キソウチカラ ♯.24
ユウとセッカが共に戦い出した頃、ムラマサもヒカルと共に戦うことを選択していた。
その理由は簡単なこと。
タランダの使う曲刀が自分の使う刀の攻撃を上手く逸らしてしまい不利だと感じていたこととヒカルが相対しているヘレンというプレイヤーの短刀二本による二刀流に苦戦しているのが見えたからだ。
「どうやら君たちはオレたちの事を随分と研究してきたようだね」
感心したと言わんばかりの表情で並ぶタランダとヘレンに告げた。
自分たちの使う武器の相性が偶然にもムラマサたちの使う武器と良いことに気付き、戦う相手を自分たちの有利になるようにことを運んだ。
後手に回ったムラマサたちは否応なくそれに呑まれることになったのだ。
「いけないか?」
「いや、純粋に凄いと感心しているんだよ。これはオレの感なんだけどさ、君たちは他の誰と当たってもいいようにいくつもシミュレーションを繰り返してきたんじゃないのかい?」
「あんたたちは違うというのか?」
「残念ながら。一応一回戦の模様の動画を見るくらいはしてきたのだけど、君たち程じゃないってことさ」
肩を窄め和やかに話すムラマサをヒカルは不思議そうに見上げていた。
何故戦闘中にもかかわらずここまでリラックスできているのだろう。
どうして余裕を崩さずにいられるのだろうかと。
「ヒカル。オレと一緒に行くぞ」
「一緒にですか?」
「そうだ。ユウとセッカの様に…だな」
そう言われて初めてヒカルは同じ戦闘場の上で繰り広げられているもう一つの戦場に視線を送った。
別々に戦っていたはずの二人がいつの間にか合流していたことに驚き、そして同じように相手のプレイヤーもタッグを組んで戦っていることにも驚いた。
何よりもこのパーティではヒカルがセッカと組んだ時が一番しっくりくるというのがパーティ内での周知の事実となっていたから。
しかし、二対二で戦うユウとセッカは驚くほど呼吸を合わせて戦っているように見えた。
互いの邪魔にならないように攻撃のタイミングを考え、回避し、また攻撃を加えていく。
それまで不利に感じていた武器の相性を、戦う相手を変えることで軽減、あるいは無効化しているその戦闘方法は自分たちも参考に出来る。それがムラマサとヒカルの共通見解だった。
「わかりました。私が後ろからサポートしますので……」
「ダメだよ」
刀と短剣。武器の特徴だけで考えるのならばどちらかが前に出るかなんて決まりごとはない。
そのどちらもが近接武器であり、どちらもがユウの手による強化が成され一級品とも呼べる代物だ。当然のように、どちらが上なんてことは無く、また戦闘技術の点でも最近の練習のお陰てヒカルの腕も随分と上昇していた。
だからムラマサは迷わず後衛に回ろうとするヒカルを止めたのだ。
「ヒカルもオレと一緒に前に出るんだ。いいね?」
協力する形はなにもユウとセッカと同じでなくてもいい。けれどこの瞬間だけはムラマサはヒカルに隣で戦うことを望んでいた。
翻弄されたとまではいわないが、それでも一回戦のように自分のペースで戦うことができなかったことにヒカルは幾許かの不安を感じていた。
一回戦が状態異常の効く状態にいるプレイヤーだったのは全くの偶然。
それが通常では有り得ないことだったとしても一度経験したことは、次の戦いになってもほんの僅かな影響を残すという典型的な状態だった。
けれど自分の力を求められること自体はそんなに悪い気はしない。
これまで自分たちのパーティの前衛はユウとムラマサでヒカルとセッカは常に後衛にいた。それが一番慣れたフォーメーションで一番安全な形であることは理解している。でも、本心で言えば自分も主戦力として数に入れてほしかったと心の隅では思っていた。
それだけの戦闘ができるようになったという自負もある。
だからこそヒカルはムラマサに対して微かに喜びながら応えていたのだ。
「わかりました」
戦う決意をした者の目は変わる。
それでもまだ不安を残すヒカルにムラマサは微笑み告げていた。
「大丈夫。オレたちなら勝てるさ」
力強く、ヒカルの不安を吹き飛ばすように。
「もういいかな?」
タランダが二人の会話が終わるのを待っていたかのようにタイミングを見計らい問いかけてきた。
「律儀に待っていなくてもいいのに」
と言うのはタランダの横で戦闘が再開されるのを今か今かと待ちわびていたヘレン。
左右の手に持たれた短刀をくるくると回し玩ぶその様子はどこか子供のように感じられた。外見は大人の女性獣人族のキャラクターであるのにだ。
「話している相手を攻撃するのは不作法だろ?」
「そんなの戦闘中に呑気に話している方が悪いと思う」
ヘレンがまたも不満気に呟く。
「そうだね。君の言う通りだよ。話をしている間に攻撃されてもオレたちは文句を言えないな。けど待っていてくれたのならオレたちは全力で戦うことで応えるしかない」
ムラマサが刀を構えながら問いかける。
「それでいいかな?」
「好きにすればいいんじゃない」
ヘレンがさほど興味がなさそうに言う。
その横でタランダが微かに笑ったような気がしてムラマサはあの素っ気ない態度がヘレンの普通なのだと知った。
「行くよ、ヒカル」
「はいっ」
中断されていた試合が再び始まった。
二度目となる開戦はそれまでとは違う、新たなる様相を露わにしていた。
ユウとセッカが繰り広げている戦いと同様にタッグマッチが今度の戦いの景色の基本だ。
ムラマサがヒカルと並んで走る。
二人に向かってくるタランダとヘレンも同じように並走しているが、ムラマサとヒカルとは違うのはほんの僅かだけそのスピードを変えてきている点だった。
前に出たのはヘレンで、それは戦闘の再開が待ちきれなかった子供のように思いの丈を全身で表現しているかのようだ。
「ヒカルはこのまま走れ。あいつはオレが迎え撃つ!」
「えっ?」
共に戦うと言っていたにもかかわらず、真っ先にヘレンと戦うこと選択したムラマサにヒカルは戸惑いをみせていた。
だが、ヒカルが何かを言うよりも早く、ヘレンはムラマサと激突してしまっていた。
二刀の短刀と一振りの刀。
同じ刀というカテゴリの武器でも一本と二本ではその違いは明白。長さも短い二刀の短刀の方が防御には適しているようでムラマサの振るう刀がその身に当たるギリギリで受け止められていた。
「そんな攻撃当たらないから」
綺麗に防御して見せたかと思うと次は残るもう一方の短刀で切りかかってくる。ムラマサはヘレンの振るう短刀を持つ腕を器用にも刀の柄で殴打して防いでいた。
「オレも簡単にやられるつもりはないよ」
「ふぅん。ナマイキ」
ヒカルからすればムラマサは何時二刀流の相手との戦い方を覚えたのかと聞いてみたい気もしたが、今は自分に迫るタランダの対処の方が先。
刀も直剣に比べれば刀身が曲がっている部類に入るのだろうけど、タランダの持つ曲刀はその比ではない。完全な半円形とまではいかないものの綺麗なカーブを描くその武器はタランダの動きに変則的なものを与えていた。
今にして思えばタランダのいるパーティは変則的な武器を持ったプレイヤーが集まっているのだろう。
最初から変則的な武器を使おうとしていたのか、それともパーティを組んでいく中でそういう武器を選択したのかは謎だったが。
「これはっ、確かに、戦い辛いですねっ」
「そう言いながらも避けているじゃないか」
「必死なだけ、ですよっ」
曲刀が振るわれる度、ヒカルは大げさなほど大きなモーションで回避を繰り返していた。
文句を言いながらもさっきよりも冷静でいられるのはタランダが振り回す曲刀が一つしかないから。二刀の短刀による防御と攻撃を完璧にこなしてくるヘレンに比べればまだ戦いやすい。そう思えているからだ。
「でもっ!」
一瞬の隙を突いてヒカルはタランダの左足を斬りつけた。
短剣では一撃でHPをゼロにすることは出来なくとも何度も何度もダメージを与えれば必ずHPをゼロにすることは出来る。
攻撃力では劣ろうとも機動性という一点において、ヒカルはタランダを完全に上回っているのだ。
「ぐっ、まだ、こんなダメージなんかじゃ……」
「わかってます。だから、もう一度です」
今度は防御に回るのではなく反撃しようと曲刀を振り上げるタランダの軸足となっている右足を斬りつけた。
不意のダメージと自身の曲刀の重さによろめくタランダにヒカルは三度攻撃を加える。
この時、状態異常を与えるアーツを発動させていなかったのは初めから効果が無いと割り切っているから。実際は麻痺や眠りを引き起こす活動阻害のタイプではなく毒などダメージを与えるタイプの状態異常は効果が出ることもあるのだが、ヒカルがそれを知るのはもう少し先のこと。
今は純粋な攻撃を的確に打ち込むことの方が大事だ。
「ヒカルもやるじゃないか。オレが苦戦した曲刀相手にああも自由に攻撃を当てるとは」
感心しきった顔でムラマサが呟いた。
「タランダは超近距離が苦手だから」
「そんなことをオレに言ってもいいのかい?」
「構わない。あんたを倒してヘレンが手伝えばいいだけだから」
「そうかっ」
ムラマサに襲い掛かる二刀の短刀の勢いが増した。
右に左にと縦横無尽に繰り出される短刀をムラマサは自身の刀で打ち払っていく。
「当たらないの、ムカつく」
自身の攻撃が通らないことに苛立ちを感じ、それを隠そうともしないヘレンにムラマサは無言で返した。
その行為がより一層ヘレンの苛立ちに拍車をかけたようで、振るう短刀にそれまで以上の力が込められたのだった。
だが、それはよい選択とは言い難かった。
力が込められれば込められるほどにヘレンの動きにあった自由自在な動きは精彩を欠き、その一つ一つが大振りなものになってしまっている。
これではそれまでの動きにすら対応していたムラマサには対応するのがより簡単になってしまったと言わざるを得ない。
その証拠にムラマサが所々に繰り出していた反撃にヘレンが対応しきれなくなってきているのだ。
「このまま押し切らせて貰うよ」
言うや否やムラマサは自分の刀の刀身を指でなぞった。
それがムラマサのアーツの発動の為の仕草であることは予選と本戦第一試合の模様を見ていたヘレンは知っていた。だからこそ、ムラマサが見せた動きに警戒心を強め、同時にそれを許した自分に対して心の中で舌打ちをしていた。
「風は効かないっ」
「試してみるか? ≪風刀・閃≫!」
緑の光を纏った刀はその切れ味を増している。おそらく体に掠っただけでも大きく切り傷を付けられてしまうことだろうとヘレンはその刀身を見てまじまじと感じていた。
けれど、効かないとまで豪語したのは、自分には当たらないと思っているから。当たらなければいかな攻撃力でも問題ないと思っているからだ。
実際≪風刀・閃≫というアーツはその切れ味を増すためだけのもので、直接的な攻撃力の増加にしか効果を発揮しない。
ムラマサ自身の剣技があればそれで充分だともいえるが、懸命に攻撃を回避するヘレンのようなものが相手ではそれだけでは足りないのだと考えてしまう。その為の方法を知っているからこそくる感情だった。
「どうだっ! ヘレンには当たらないだろ」
「そうだね。随分と身軽だと思うよ」
「でも、あんたはまだ余裕そう」
悔しそうに呟くヘレンに対して攻撃が当たらないという現状にムラマサは微塵も危機感を感じてはいなかった。
むしろ追い詰められていると感じているのはヘレンの方だ。
刀に当たってはならないと思い、回避に専念しているというのは想像以上に精神力を消耗する。意識を攻撃には回せずにいるという状況はヘレンにとってはストレス以外の何物でもなかった。
「これならどうだい? ≪風刀・伸≫」
今度は刀身をなぞる事無くムラマサはその光の色を濃くした。
新たに発動させたアーツはその名の如く刀を覆う光が刀身を何倍にも伸ばす。
「さあ。そろそろ決着をつけようか」
緑に光る刀身を構え、ムラマサはとても小さな声で告げた。
まるでその声に反応するかのようにヒカルが短剣をぎゅっと握り直し、セッカがメイスを振り上げる。そしてユウが持つ剣銃の銃声が大きく轟いた。