キソウチカラ ♯.23
目の前で立ち込める黒煙は風に攫われて消えてなくなった。
エアレイの放つ魔法を目の当たりにしたことで俺は気を引き締め直し、仲間に向けていた意識を目の前の相手一人に向ける。
一回の魔法発動に消費するMPの量はここから確認することができない。
俺の目に見えるのはエアレイのHPバーだけでMPバーが見えないのだから仕方ないといえば仕方ないのだが、このまま撃ちあって相手のMP切れを待つという方法はこの際、現実的ではないと思うべきだろう。近距離の戦闘と遠距離の戦闘を両立するための手段として魔法を選択したのならばアイテム使用以外にもMPを回復させるための手段を用意してあるかもと考えるべきだからだ。
「なら、このまま遠距離の撃ち合いをしても決着はつかないか。だったら≪ブースト・アタッカー≫!」
即座に剣銃を剣形態へと変え俺は≪強化術式≫を発動させる。
背後に浮かぶ魔方陣が消えると同時に俺のパラメータが強化された。
「来たッ!」
エアレイが走る速度を上げた俺を見て言う。
俺が銃撃を牽制にもならないと近距離戦に切り替えたのと同じようにエアレイも魔法では意味がないと思ったのか、腰を低く落とし両頭剣を構えてみせた。
地面と水平にある両頭剣は正面から見れば普通の両手剣と同じに見える。だが、明らかに違うその武器はこれまでのプレイの中でも初めて目にする種類の武器だった。
多分通常の大剣あるいは両手剣からの派生で作られたのだとは思うが、基本的に普通の剣なら一つしかない刀身が二つ付いているというだけでもそれを扱うことは全く別の武器種を使っている感覚になるはず。自分が選んだ武器だから当然使いこなせていないなんてことはないだろう。それも予選と本戦一回戦を勝ち抜いたプレイヤーならばなおさらだ。
かといって様子見をしていられる状況ではないもの確かだった。
エリアなど開けた場所で行うモンスター戦ではない現状で後手に回るのは明らかに不利にしかならない。
そう考え真正面から突っ込んだ俺だったが、その選択と行動が正しかったかと問われればどうだろうと首を傾げるしかなかった。
振り抜いた剣銃の刃が両頭剣の刃で受け止められ、即座に体ごと回転したエアレイの持つもう一方の刃が俺の背後に迫ったのだから。
「のわっ」
「チィ。これを避けるかッ」
両頭剣という武器とそれを用いたエアレイの通常とは違う動きを警戒していたのが功を奏した。
下がるのではなく、駆け抜けるように前に出ることでエアレイの振り抜いた両頭剣のもう一つの刃が空を切ったのだ。
「やり難いな」
いまいち手応えを感じられない苛立ちを思わず声に出していた。
あの両手剣という武器の形状を鑑みるに小回りは利かないと辺りを付けていたのだが、それはエアレイの独特な動きでカバーされていた。
回転に回転を重ね威力を増していくその様はまるで独楽のよう。
いずれエアレイが目を回すかもしれないなどという低すぎる可能性に賭けるのではなく、自分であの相手を突破する方法を模索する。
近づき離れて刃を激突させていく俺はまずエアレイの両頭剣の特徴を捉えることに集中した。
まず何より目を引くのが同じだけの長さの刀身が二つ付いていること。そのお陰で回転を軸とする独特な動きとそれに伴う攻撃力の増加に成功している。となればそれを回避する最も簡単な方法は刃の届かない場所から攻撃すること。俺には銃形態による攻撃があるが、それはエアレイの魔法によって相殺された。
だとすれば別の方法が必要だ。
突破口を見出すのはやはりあの両頭剣にある。そう感じるのだ。
「このッ。何で当たらないんだよッ」
勢いを増していく両頭剣の回転はもはや小規模な竜巻のようになっていた。
しかし竜巻である以上その軌道が大きく変わることはそうそうありはしない。実際エアレイは殆ど動かずに両手剣を振り回して防御とカウンターに行動の比重を大きく傾けている。
「当てたかったら攻めてくればいいだろ」
軽くバックステップをして距離を作った俺の言葉にエアレイが見て解るほどの動揺を見せた。
それはまだ攻撃に移行したとしても自信のある攻撃ができるという保証がないと思っていたエアレイの痛い所を突いた俺の言葉を受けたことでもあり、同時にエアレイ自身が悩んでいたことでもあるからだとは露知らず、俺はただ一瞬だけ出来た隙に剣銃を突き出していた。
両頭剣ではじこうものなら、今度は俺が振り返りの一撃を加えてやると右足に体重を乗せる。
しかし俺の思惑を知ってか知らずかエアレイは迫る剣銃の刃を防ぐのではなく大きく後ろに下がるという移動で回避して見せたのだ。
「――何っ!?」
予想外の行動に虚を突かれたのは俺。
そして一度引いても尚その武器のリーチに長があるエアレイは信じられない攻撃を繰り出してきた。
俺の腹に一筋の傷を刻んだ両頭剣の反対側。そこにある刃を持つエアレイは平然とした顔をしているが、鋭く研ぎ澄まされた刀身は不用意に持つとそれだけで怪我を負わせることもある。現に刀身を掴むエアレイの左手には俺の腹よりは薄いが傷が出来ていて、ほんの僅かだったが確実にそのHPを削っている。
「……避けて、ユウ」
「ん?」
俺とエアレイの戦闘で一瞬の間が生まれる。その最中、声のした方を向くと長刀を持ったプレイヤー、ダリエルがその切っ先を向けて突進してきていた。
「このっ、当たるかっ」
これまで変則的な動きを見せるエアレイと戦っていたから驚いたがダリエルはそれとは対照的に直線的な攻撃だ。避けること自体はそれほど難しくはないが、どうしてここに来たという疑問が過る。
「……ごめん。避けていたらこっちまで来ちゃってたみたい」
「大丈夫だ」
戦闘が始まったばかりということもあってかセッカのHPバーはまだそれほど減っていない。
代わりになのだろうか、ダリエルのHPバーが半分程度に減っている気がする。どうやら俺とは違いセッカは戦いを自分有利に進めることができているらしい。
「セッカは調子がいいみたいだな」
「……そうでもない。回復魔法が使えなかったら私の方がやられてたかも」
「本当なのか?」
「……うん」
ということはセッカも俺と同じように苦戦しているということか。
「セッカ。一緒に戦うぞ」
「……いいの?」
「当然だろ。それに、向こうもそのつもりらしいぞ」
俺の隣にセッカが並ぶのと同じようにエアレイの隣にはダリエルが並んでいる。
その二人が持つ長刀と両頭剣の切っ先が揃ってこちらを牽制している。
「あのエアレイってプレイヤーの使う両頭剣には気を付けろ。防御とカウンターが殆どタイムラグ無しに来るぞ。その分攻撃は得手じゃないようだが、全く出来ないってことはない」
「……分かった。ダリエルは基本的に柄で防御して攻撃は突きばっかだから」
「了解だ」
俺とセッカが互いに情報交換しているように目の前の二人も俺たちの情報を交換していることだろう。ということは俺の銃撃もダリエルにバレてセッカの回復魔法もエアレイにバレていると考えて間違いないはずだ。
今更隠し立てする意味もそれの固執するあまり負けるつもりもないので問題ないが、現時点武器の相性という一転で俺たちが不利なのはどうしたものか。
「……来る」
思考を巡らせているとダリエルが長刀を低く構え突進してきた。
それは先程と同じ攻撃だったが、この攻撃こそダリエルが最も得意とし最も威力のある攻撃であることは明らか。
一撃必殺とまではいかないが普段回復手段をポーションに頼っている俺からすればかなり驚異的な一撃ではあった。
「避けろっ」
言うよりも早くセッカはダリエルの射線上から外れていた。
途中で方向転換ができない代わりの速度と威力らしくダリエルは俺たちが横にずれたその先まで余分に進みようやく止まった。
そこで終わりという訳はなく当然のように即座に二撃目が繰り出される。
だが先程のように固まっていたわけではない俺たちを同時に狙うなんてことは無く、まだその動きに慣れていないだろう俺の方を狙ってきたのだが。
「もう一度!!」
「だから当たるかって」
身軽に回避してみせる。
単純だがその迫力が凄まじいダリエルに俺は半ば苛立ちをぶつけるように呟いていた。
「ってか、あいつにセッカはどうやって攻撃を当てていたんだ?」
「……簡単。打ち返しただけ」
そっと俺の背中に体をくっつける。
「……それに私の鎧は頑丈だから」
多少のダメージは盛り込み済みという訳らしい。
当たっても構わないと身構え攻撃を加えるなんて芸当は俺には出来そうもないので、セッカの打ち返したという部分だけを採用することにした。
今度来たらすれ違いざまに斬り裂いてやると意気込んでいると、俺の考えを予期したのかダリエルはエアレイの隣に戻ると突進を辞めていた。
「……どうしたんだろ?」
「さあな」
「……ユウを見てるみたいだけど?」
「俺、を……」
何かあったかと思い内心首を傾げていると不意に一つの事が思い当たった。
対峙しているエアレイとダリエルだからこそ気付いたのだろう。
俺が発動している≪強化術式≫そのアーツである≪ブースト・アタッカー≫に隠されていたもう一つの効果というやつに。
近距離特化と遠距離特化ということだけでは俺が≪強化術≫を≪強化術式≫にした意味は正直薄い。しかしある一点において≪強化術式≫は≪強化術≫を大きく凌駕しているのだ。
それは≪ブースト・アタッカー≫を発動している間は持続的に、ほんの僅かではあるがHPが回復するということ。そして≪ブースト・ブラスター≫を発動している間はMPが同程度回復するということ。
発動状態を継続ということで常に一定量のMPは消費されているのだが正直それはあまり考える必要はない程度に落ち着いている。剣銃の弾丸を補充する≪リロード≫を頻繁に発動させる方が燃費が悪い程だ。
具体的な数字は一分間にMP消費50。
レベルが上がりMP自体の上限も増えている今としては軽すぎるコストだとも言える。それにMPが無くなりかけても≪ブースト・ブラスター≫を発動すれば徐々に回復することも出来る。その場合はHP回復は出来なくなるのだがそれはそれ。両方できるなんて都合のいいことは考えていない。
勿論いつかは出来るようになるかもしれないと夢見ているのは秘密だ。
スキルのMP消費量と同じように計測したアーツ発動における各種回復量を表すなら一分間に≪ブースト・アタッカー≫ならば最大HPの一割程度。≪ブースト・ブラスター≫の場合はスキル維持の為の消費量を超えた余剰分となるが、それでもHPと同じくらい一割程度なのだが。
「……どうするの? こっちから行く?」
睨みあっていては決着はつかない。
向こうが攻めてこない今を好機とみるのなら確かに俺たちから攻めるのは悪くはないか。
「そうだな。エアレイはカウンターが主体だから気をつけろよ」
「……うん。行く」
俺とセッカはこの試合始まってから初めて攻勢に回った。
狙いはそれまでも自分が戦っていた相手、ではなく、俺がダリエルでセッカがエアレイだった。
戦闘に変調をもたらしたいという狙いもあったが何よりも一度はもう一人の方と戦ってみた方がいいだろうと思っての事。
両頭剣を使うエアレイにはメイスの重さのある一撃をどのように捌くのか見てみたいという気もしたが、今回はそれをゆっくりと鑑賞している暇はない。俺もダリエルの長刀に対応しなければならないのだから。
「狙うは頭。なんてな」
正直どこでもよかったのだが、俺は何よりも先に確認しておきたいことがあった。
それはダリエルがエアレイ同様に魔法を使うか否か。
その為に走っている間に剣銃を銃形態に変え同時に強化を≪ブースト・ブラスター≫に変更していたのだから。
おそらくエアレイから俺が使う≪強化術式≫のエフェクトの事は知らされているだろう。しかしこの試合が始まってからはまだ≪ブースト・ブラスター≫は見せておらず、実際に人前で使用したのも前回の試合の最後くらいだ。
流石にまだ的確な反応を取ることは出来ないようだ。
それでも剣銃から撃ち出された弾丸が頭に命中することだけは避けようとしたようで、その弾丸をどうにか長刀を持っていない方の手で防ぐことしかできてはいないようだった。
「とりあえず、魔法は無し、か」
「…くそっ……」
呟く俺を睨みつけダリエルが舌打ちをした。
元々近距離を武器、遠距離を魔法という風に完璧に使い分けができているプレイヤーの方が稀なのだ。同じパーティには似たような性格が集まることがあるとは聞くが、そのプレイスタイルまでも似た人が集まることは無いだろう。
そもそもどちらも使おうとすればどちらかを専門的に極めようとしているプレイヤーに分があるというのが現在の常識となっているのだ。これから先、全体のレベル帯が上がれば両立しようとするプレイヤーも出てくるだろうが割合で言えばまだ少ないのが現実。
そう考えればエアレイというプレイヤーは魔法スキルでも炎属性のものしか使ってこなかった。
魔法主体でいこうとするならば苦手な属性が出てきても大丈夫なように複数の属性を使えるようにしておくのが常なのだから、完全に両立できているとは言えないのかもしれない。
「セッカもいい感じ…かな」
剣銃のサイズが一回り大きくなったとはいえその重さ自体は打撃武器たるメイスには劣る。
重さが違えば与える衝撃も違う。回転という特殊な行動が防御と攻撃の起点となっている以上、できればそれを自分でコントロールしたいはず。そう思えば衝撃によって回転のタイミングをずらされることは喜ばしくはないのだろう。
そこにはいまいち反撃のタイミングを掴むことができずに防御に専念しているエアレイの姿があった。
「くそっ、余裕のつもりか」
「そう余裕があるわけでもないんだけどな」
「五月蠅いっ。余所見をするなっ」
「するつもりはないさ」
そう言って俺は引き金を引き続けた。
防御ができないように少しずつ着弾点をずらしながら。