キソウチカラ ♯.22
獣闘祭一日目が終わった。
ログアウトした俺の下にはこの日に行われた全ての試合は出場者に承諾を取ってからホームページにアップしたいから了承するかどうか返信を求めるという旨の内容が記された送り主が獣闘祭運営のメールが送られてきていた。
どう返信したものかと悩みつつも俺はてっきり自分の戦いが見られるのが嫌だと断る人ばかりかと持っていたがどうやらそうではないらしい。
とりあえずそのメールに即座に返信するのではなく、俺が気になったことを訪ねるメールをバーニ個人に送ってみたら、そもそもアップしようとしている動画ではキャラクターの名前の欄にはモザイクが入るし何よりも自分たちのホームページなど最初から見ている人の数自体少ないのだと皮肉交じり内容が返ってきた。
それはそれでどうなのかとも思わなくもなかったが、無数のパターンが存在するキャラクターの外見と実際にこの獣闘祭に参加でもしていない限りそうそう個人が特定されるはずもないと高を括って承諾したのは俺だけではなかったようだ。
少なくとも順次追加されていく動画の数を見る限りほとんどのプレイヤーはOKを出したらしい。
意外だったのはシストバーン陣営のプレイヤーまでも了承していたことだ。そして試合動画の公開を断ったのがシシガミたちだけだったこと。これはいつまで経っても後悔されないシシガミたちの試合の動画という事実から想像しただけなのだが、次の日に気になり確信したところ朝になってもまだ公開されていないのだから間違いないはずだ。
そして今日。俺が再びログインしてきて最初に確認したのは獣闘祭本戦のトーナメント表。
コロシアムの前に設置された掲示板のようなものに記されているそれを見ているのは俺たち本戦に出るプレイヤー以外にも大勢いる。知り合いが参加しているという人の方も少なくはないだろうが大半は獣闘祭をただの祭りとして参加しているプレイヤーがどの試合を観戦するかの指標にしているようだった。
昨日が予選と本戦第一試合で終わったのは主に時間の関係だという話だったが、今日は残る全ての試合を行う予定のはず。と言っても実際に試合の数は第二試合が四回でその次の準決勝が二回と決勝の一回の計七回だけ。大規模な予選を何度も行った昨日に比べれば些か物足りないと感じてしまうかもしれない。
それでも観戦者の数が減らないのは本戦は予選よりも質の高い戦いが繰り広げられるはずと思っている人が多い証拠だ。詰まる所、量より質ってやつだろう。
などと一人思考に耽っていると俺に遅れてログインしてきたヒカルが声をかけてきた。
「ユウは今日も早いですね」
「そうか?」
「だって、次の私たちの試合はもうちょっと先ですよ」
ヒカルの言うように俺たちの第二試合は三番目だ。
これは今日トーナメント表を見て知ったことなのだが、獣闘祭のトーナメントの進め方は通常のそれとは違っているらしい。俺の印象で言うならば第一試合の戦闘場の破損度合いが少ないパーティがいる組み合わせから先に行うようになっているようだ。
昨日の試合の様子を動画で確認したからそう思ったのだけど、多分あっていると思う。
「それにしても意外でしたね。私、もっと多いと思ってました」
「俺たちみたいにローズニクスやシストバーンに協力しているプレイヤーの数がか?」
「はい」
「ここから見る限りは獣闘祭に参加しているって意味のプレイヤー自体は少なくないんだけどな」
「でも……」
動画を見る限り俺たちのようにどちらかの陣営を示すアイテムを装備しているパーティは少なかった。
ヒカルが見上げるトーナメント表にある勝ち残っているパーティの半数は二つの陣営に関係ないプレイヤーたち。つまり領主の跡目争いに加担しているプレイヤーはその半数しか勝ち残ってはおらず、同時にその半数が別の陣営となれば、本戦第二試合に進んだパーティのなかでも四分の一しか確実な同陣営の味方は残っていないということになる。
あれだけ味方を集めていた割には少ないというのは俺も同感だが。
「それは簡単なことさ。予選の段階で落ちたんだよ。二つの陣営に味方であることを表明しているプレイヤーの殆どがね」
「ムラマサさん。こんにちわです」
「うん。こんにちは」
「……待った?」
「セッカも一緒だったのか」
「……そこで会ったから」
「それで、本当なんですか? ローズニクスさんたちに味方をしているプレイヤーの殆どが予選で落ちたっていうのは」
「でなければこの数の説明はできないさ。仮に違っているのなら余程有象無象が集まっていたということだね」
ムラマサの言い方はキツイが結果だけを見るとその評価も仕方ないと思ってしまう。
おそらくは互いに相手の陣営のプレイヤーだと判ると躍起になって倒そうとしたのだろう。そして相討ちになり結果として予選を抜けたのが二つの陣営と関係のないプレイヤーが勝ち残った。
イベントの観点で見れば健全な結果になったと俺は思うが、当事者からすれば誤算以外のなにものではないだろう。
知ったことじゃないが。
「さて。トーナメント表の確認も終わったんだ。そろそろ中に入ろうじゃないか」
「っと、その前に。これを皆に渡しておくよ」
忘れてはいけないと俺は自身のストレージから同じ形をした三つのタリスマンを取り出した。
「昨日の合成獣化したプレイヤーの事を考えるとさ。どうしてもそれをそのままにしてはおけなくてさ」
「ユウはアレが偶然の事故だったと思ってはいないということなのかい?」
「そうだな。あの戦いを事故で済ませるには無理がありすぎると思う」
「無理ですか?」
「まず第一前提として、合成獣化はあのプレイヤーも合意している可能性が高い。そうでもなければ苦情もんだからさ」
「でも、誰に苦情を言うんですか? バーニさんたちにですか? それともシストバーンという人にですか?」
「どちらでもない、運営にだよ」
「……運営?」
「忘れてるのかもしれないけどさ、シストバーンもローズニクスもNPCなんだ。それの管理は運営の仕事さ」
許容の範疇を超えていたとしても一度それにちゃんとした承諾をしていた場合、その後はあくまで個人の問題と化す。だからまだ表立って問題になっていない。合成獣化した事例があれ一つだったことも関係しているだろうけど。
公には映像の類は残っておらず、見たという証人も遠目からでは何かしらの自己強化だと思っている可能性が高い。ここがヴォルフ大陸だったってことも大きいはずだ。人族が活動する大陸ではなく獣人族がメインとなる大陸では動物の特徴の大小の違いは思ったよりも目立つ場合が大半だった。
動物の特徴が小さければ人のよう。反対に大きければ極端な話合成獣のような見た目になる。違いは対峙ているプレイヤーと本人の目に映るHPバーの下にあるとあるアイコンのみ。
シシガミから聞いた話も複合するとそれほど問題になっていないのはやはりこの大陸だから、だということだろう。
「……でも、普通のプレイヤーに合成獣化するアイテムを使わせるのって簡単にできることなの?」
「簡単じゃないだろうさ。だから合成獣化に賛同しそうなプレイヤーにだけ話したってことじゃないかな」
「その場合でも問題は残るね」
「わかってる。誰がそう仕組んだのかってことだろ?」
「ああ」
「一応それも考えてはいるんだけど。まだ決定的な証拠は掴めていないって感じなんだよな」
「証拠は無くても当たりは付けているってことかい?」
「まあ、そうだな。ムラマサも分かっていると思うけどさ合成獣なんて出てきた場合に得をするのはシストバーンでもローズニクスでもない。寧ろシストバーンは自分の管理下にある領内で合成獣なんてものを野放しにしてしまったという事実が残り、仮にそれがローズニクスが仕組んだことだとするなら、合成獣化なんてことが明らかになれば確実にシストバーンに自分を排斥する明確な理由を与えてしまうんだ」
「つまりどちらがそれを仕組んだとして明確なメリットが無く、反対にデメリットが大きすぎるってことなのか」
「そういうことだな」
犯人捜しをしようにも判断材料が少なすぎる現状、答えをだすことはできない。
そうなれば今はこれから始まる自分たちの試合に集中していたほうがいい。
どちらにしても負けてしまえば俺たちに出来ることなど無くなってしまうのだから。
俺たちがトーナメント表の前で話をしてから二十分。
ようやく自分たちの試合の番が回ってきた。
俺たちの前に行われた二つの試合では両方ともレベルの高い戦いが繰り広げられていた。第一試合では俺たちが以前にも遭遇したシストバーン陣営のホワイトホールとフリックがいるパーティが相手を圧倒していた。気になったのはその二人以外の方だ。二人とも初めて目にするということが共通するヘリオスという名のプレイヤーとザムルズという名のプレイヤー。ザムルズは何の変哲もない形をした長剣を使いこれまた正攻法の戦い方をしていたからある意味まだ印象は薄いともいえる。だが、ヘリオスは遠目からでも目を引く武器を持っていた。それは禍々しくも神々しい漆黒の大鎌。
普通の長剣を一撃必殺の武器の様に使ったり、漆黒の大鎌を自分の腕のように自在に操る様は離れて見ているとプレイヤーではなくモンスターのようだとすら思ってしまう。
さらに言えば顔まで隠されたフルプレートメイルを纏っているのも理由の一つとなるだろう。
この先、俺たちが勝ち上がったとしたら優勝までにある障害としてヘリオスは確実に立ち塞がる。
確実に勝てるという自信が持てないのなら、持てるようになればいい。たとえその時間が殆ど残されていないとしてもだ。
そして二番目の試合。そこにはシシガミがいた。
危うげなくという風に勝ち上がっていたのだから、その強さは今更疑うようなこともない。
「出てきましたね」
戦闘場に上がらずその下で対戦相手を待っている俺たちの前に反対側の扉から四人のプレイヤーが現れた。
「……行こう」
「ああ」
セッカとムラマサが戦闘場に上るとその後に続いて俺とヒカルも舞台に上がった。
視界に浮かぶ10という数字。それが一秒ごと減っていく。
「今回はどうします?」
「基本的にはいつも通りでいいだろう」
「……後は臨機応変?」
「そういうことだね」
遂に数字がゼロになった。
「散開ッ!」
対峙しているプレイヤーの一人が叫ぶと同時に一つの塊だったパーティがそれぞれの相手目掛けて飛び込んできた。
まずセッカに向かって行ったのがダリエルという名のプレイヤー。獣人族の特徴は犬で武器は長い木の棒に二十センチほどの長さの刃が取り付けられている長刀。メイスという射程の短い武器を使うセッカに対して自分の武器の長さが有利に働くと判断したのだろう。
次にヒカルに向かって行ったのがヘレンという名のダリエルと同じ犬の特徴を持つプレイヤーだ。ヒカルの短剣に合わせてか二刀の短刀を使うヘレンを仕向けたということのようだ。
そしてムラマサが対するのがタランダという名のプレイヤー。これまた犬の耳と尻尾を持ったプレイヤーであり、使う武器は刀身の長い曲刀――確かタルワールだったか。刀を使うムラマサに合わせるのには最適という訳だ。
最後に俺に向かってきているのがエアレイという名のプレイヤーだ。他の三人と同じように犬の特徴を持つプレイヤーで使っている武器も俺に合わせてきている、と思ったがどうやらそこまで上手くは行かなかったらしい。エアレイが使う武器は二つの刀身が柄を挟んで取り付けられている両頭剣。それは俺の剣銃とは似ても似つかない武器であり、間合いも当然のように違う。
剣形態ならまだしも銃形態では確実の俺の方が有利なはず。
「近付けさせる前に!」
腰のホルダーから抜いた銃形態の剣銃の引き金を引く。
撃ち出されるMP弾が命中するその刹那。エアレイの前に現れた火球がそれを受け止め、小規模な爆発を引き起こしていた。
エアレイの姿を隠すような黒煙を見つめつつ、俺は自分の認識を改めていた。
「これは…確かに俺向きかもな」
剣形態と銃形態の二つの間合いを操る俺。
両頭剣と魔法を操り二つの間合いに対応しているエアレイ。
どうやら俺の想像以上に相手は俺たちの事を研究してこの戦いに臨んでいるらしい。