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キソウチカラ ♯.21

 シシガミと合成獣となったプレイヤーの戦いは凄いの一言に尽きる。

 あれだけの力を身に付けるのにどれ程の時間と労力を使ったのか。同じゲームをプレイする一人として一度話を聞いてみたいとすら思ったのだが、それはシシガミが戦闘場で拾っていたある物を見て諦めるしかなかった。

 さして興味がなさそうな素振りをしつつもしっかりとその手に握られているそれは俺の記憶が間違いではないのならば確実にバーニから渡された物と同じ類の物だった。

 違うのはそれが誰から渡されたかということだけ。

 シシガミが持つそれは持ち主がシストバーン陣営なのだと示すためのブローチだった。


「おい。これにもなんか仕掛けがあるんじゃないだろうな」


 自分の腰のベルトに付けられたタリスマンを外し見せつけるように持つと俺はバーニとローズニクスを問い詰めた。

 合成獣と化したプレイヤーがいた場所に残さていたという事実が俺にそんな懸念を抱かせたのだが、多分それは間違いではないはずだ。


「まさか、そんなことあるわけがないです。そのタリスマンはボクが用意したものですけど、こう言ってはなんですが何の効果も無い、アクセサリとしては失敗作と言われても仕方ないような代物ですよ。それに合成獣なんてのはボクも今日初めて見ましたし」

「私もその記章については形状を指定しただけで他の効果を付けるなんてことは命じてはいません」


 心外だと言わんばかりに告げる二人は驚きと同時に苛立ちを感じているようだった。

 芝居をしてそのような感じを演出したのかとも思ったが、現状ローズニクスにもバーニにもそのような小細工をする意味がないはずだ。

 もし仮にあのブローチと同じ効果が秘められているとして、それは一度表に出てしまえば協力をしているプレイヤー自身がタリスマンを手放してしまうということになりかねないからだ。


「ってことはシストバーンがあのプレイヤーに黙って仕組んでいたということか?」

「互いに承知の上、ということも考えられますが」


 複雑そうな表情を浮かべながらバーニが答える。

 それもそうだろう。苦労して開催に辿り着いた獣闘祭の本戦であのような事態が起これば確実に不安が広がってしまうことになる。今はまだ一件だけで済んでいるからいいものの、これから先、同じような変化が他のプレイヤーに起これば確実にイベントどころではなくなってしまう。


「まずないでしょうね」


 正面から俺の目を見て告げるバーニの言葉は嘘とは思えなかった。ならばそれを信じるとして俺たち、というかバーニとローズニクスにはすぐにでもやるべきことがある。


「だったら時間は無いんじゃないか?」

「そうだね。シシガミたちが戻ってしまう前にあのアイテムを回収しなければ」

「何よりもシストバーンが出てくる前に、だな」


 俺とムラマサの考えていることは一緒らしい。

 ヒカルとセッカが何も言わないのは俺たちの話を理解していないのではなくて、彼女たちも同じように思っていたからだ。

 俺たち全員の顔を見回すバーニにヒカルとセッカは無言のまま頷き返している。


「わかっています。こちらの手の者を回しておきましたので問題ないとは思いますが。すいません。ボクも行ってきます」

「私も同行します」

「お願いします。君もついて来てください」


 この場にいるバーニの仲間の一人も連れ立って三人はシシガミがいる場所へと向かっていった。

 残された俺たちは所々破壊された戦闘場が自己修復していく様を見ながら静かに事の成り行きを見守ることにした。

 したのだが、ある種部外者といえる三人が去ったことで気が緩んだのだろう。ヒカルがあの戦闘を見てからずっと感じていたであろう疑問を口に出していた。


「それにしてもさっきのシシガミさんが使ったのはどんなスキル何でしょうか?」

「……光ってるふうにしか見えなかった」

「俺も同じだけど、ムラマサは違うみたいだな」

「そうだね。しっかりと見えていたよ」


 当たり前だというように答えるムラマサに俺だけでなくヒカルとセッカも驚きを感じていた。俺の場合見えなかったというのとは違うが、実際にシシガミが使った攻撃がどのようなものなのかはっきりとは分かっていない。

 あくまでも三度の強化の後アーツを使い強力な攻撃を繰り出したとしか見えなかったのだ。

 気になっているのはその攻撃の正体。

 手甲であるがゆえにパンチや蹴りなど直接攻撃に限られるとは思うのだが、問題は俺にはそれが見えなかったこと。

 こう言ってしまえば元も子もないが俺にはただぶつかったようにしか見えなかったのだ。


「その通りだよ。シシガミは正面からぶつかっただけさ。ただ全力でね」


 自分の考えを肯定してくれるのは嬉しいし、自分の観察眼が間違っていなかったことも嬉しいが、ムラマサの口から語られた真実を信じきれないのも事実。


「ぶつかっただけって、それだけであんな威力が出せる物なんですか?」

「それは流石のスキル、流石のシシガミだと言うしかないと思うよ。そもそもあの攻撃方法はシシガミならではだろうし、同じような攻撃をするにしても自分から合成獣のような相手に突っ込んでいける度胸がないと成立しないからね」

「……確かに、難しい。私じゃできない…と思う」


 セッカの意見には俺も同意しかない。

 それがプレイヤーであれモンスターであれ自分の体を武器として使い正面から激突するなんてことは余程の度胸と自分に対する自信を持っていないとできないことだ。


「まさに猪突猛進って言ったところだね」


 その一言が正に的を射ていたとは俺もムラマサも露知らず、シシガミが猪の特徴を持つ獣人族であることも思い出して静かに笑い合っていたのだった。

 そして戦闘場の自己修復が終わり、次の試合が始まった。

 今度の試合は俺の目から見てもあの予選を乗り越えてきたがそれだけという印象だった。良くも悪くもシシガミや合成獣のように際立った、悪目立ちしたとも言えるが、そのようなプレイヤーはいないらしい。あくまでも強いパーティ同士が行う健全なPVP。

 一般的なスキルと武器をかなり強化した両者の戦いは先程までの特異さは感じられないものの、誰が見てもレベルが高い戦いだと感じられるそれは観客たちには受けがいいらしく、どちらが勝つかという賭けのようなものまで始まっているようだった。


「このまま見てても面白いとは思うけどさ、一度バーニたちの所に行った方がいいんじゃないか?」

「そうだな。あのブローチを回収できたかどうかも気になるし」


 眼下で行われている戦いはこういってしまっては何だが、それほど気になる戦いではない。

 何よりも両者のどこにもブローチもタリスマンもなかったのもその理由の一つだった。

 俺が思っていたほどローズニクスにもシストバーンにも手を貸そうとしていないプレイヤーが多くこの予選を勝ち残っていたということのようだ。

 俺たちは並んで戦闘場を後にするとそのまま先程までいた部屋に戻ることにした。

 バーニたちと連絡を取るのならばあの場所が一番簡単のように思えたからだ。

 実際には通信を入れればいいだけなのだが、どちらにしても直接会う場所というものが必要となる。シストバーンの側が容易に近づけない場所となるとあの部屋くらいしか思いつかなかったのもあるが。

 コツコツ響く足音のなかを進んでいくと程なくして意外な人物と顔を合わせた。


「おや? シシガミじゃないか」


 真っ先にその人に気付いたのはムラマサで唯一面識があるということも相まって声をかけていた。


「そなたは、ムラマサとか言ったか」

「覚えていてくれて光栄だよ。さっきの試合は大変だったみたいだね」

「見ていたのか」

「まあ、途中からだけどね」


 和やかに話すシシガミの後ろで三人のプレイヤーが顔を出した。

 多分、自分も紹介しろって言っているんだろうな。


「そちらの方々は初めましてだね。オレはムラマサ。シシガミとは、そうだな…顔見知り、かな」

「まあ、そんなところだろ」

「初めまして。シシガミさんの補佐役をさせて頂いているリンドウです」


 リス特有の大きな尻尾が揺れる。


「自分はボールス。同じくシシガミの補佐役の一人です」


 今度はネズミ耳が揺れた。


「その、わたしは餡子です。わたしもシシガミさんの補佐役です」


 見覚えのない最後の一人は猫、それも三毛猫の獣人族だった。

 細長い尻尾に頬に生えたヒゲと頭の上にある三角耳が動く。それは俺たちのような無理矢理獣人族の姿になったプレイヤーには現れない極々自然な仕草だ。

 どことなく落ち込んでいるような顔をして見えるのはこの餡子というプレイヤーただ一人が先程の戦闘でHPを全損させていたせいだろう。


「俺はユウ。ムラマサとは今同じパーティを組んでいる」

「ついでに言うとオレが居るギルドのギルドマスターだよ」

「ほう。そなたが」

「シシガミのとこに比べると弱小もいいとこだけどな」

「ギルドは大きさなどではないさ」


 はっきりと言い切るシシガミは本心からそう口にしているようで、確かに俺たちに対する侮りや侮蔑という感情は微塵も感じられない。


「私はヒカルです。ムラマサさんと同じパーティで同じギルドの仲間です」

「……セッカ。みんなと同じ」


 全員の自己紹介が終わると俺たちは自然と同じ方向へ歩き出していた。

 会えるかどうかわからないバーニを待つよりも直接戦った経験を持つシシガミに話を聞いた方が早い。そう判断したのだが、どうしてこうなった?

 何故俺はシシガミたちと祭りの見物をしているのだろう。


「っていうか、仲間の所にいなくてもいいのか?」

「女性の買い物は長いのだ」

「なるほど」


 シシガミと並んで露店で買った焼き鳥を食べている俺の目の前で小物が並ぶ店に熱中しているようだ。

 俺もアクセサリ製作ができる身となれば気にならないこともなかったのだが、やはりあの中に入って行くには勇気がいる。

 しばらくしたら次の店を見てくると言って行ってしまった仲間たちを見送って俺はまた別の串に噛り付いた。


「普通こういうゲームって男の方が多いって聞くんだけどな」

「羨ましがる奴らもいるようだがな」

「苦労しているんだな。アンタも」


 これまで感じなかった苦労感というのが一気に脳裏を過った。とはいえこれまで気にしてこなかったのだ、これからもそれほど気にしなければいい。


「俺と残ったのは話が聞きたかったであろう?」

「ああ。その通りだ」

「では、何を話せばいいのだ?」

「話してくれるのか?」

「事の内容にもよるが、問題はないはずだ」


 そう言って取り出したのはバーニが取りに行ったはずの壊れたブローチ。


「渡さなかったのか?」

「それはどっちにだ? あのシストバーンとかいう者にか? それともローズニクスにか?」

「俺の立場から言えばローズニクスの方としか言えないな」

「そのようだな」


 ちらりと動いたシシガミの視線が俺の腰のタリスマンに向けられた。


「これがどのようなものかは俺のギルドで調べる。その方が良いはずだ」

「だったらこれも頼めるか?」


 俺は自分のストレージから腰のタリスマンと同じものを取り出した。


「二つ持っているのか?」

「俺が付けているのは自分で作った方さ」

「作る時間など無かったのではないのか?」

「こういうのは得意なんだよ」


 俺がタリスマンを渡されてから試合に出るまで、確かに時間はなかった。

 けれど全く無いというわけでもないのだ。いわば試合直前の最後の準備時間ともいえる時間が与えられ、その間に携帯している材料と道具を用い、外見が同じものを作り出していたのだ。

 正直、バーニを信用していなかったという訳ではなく、単純に初めて目にする何の効果も無いアクセサリに興味がでて複製を試みたというのがホントの話なのだが、合成獣を目にした以上、残る三つも複製して安全が確認されるまでストレージの肥やしにした方が賢明だろう。


「効果がないって話だったからな。複製するのは形だけで良かったから簡単だったんだ」

「わかった。それはこちらで引き受けよう」

「助かるよ」

「だが、いいのか? 確認したと知られれば疑っていたのではないかと言われるのではないのか?」

「そのくらい別に構わないさ。生産職の性とでも言っておけばいいだけだからな」


 実際にモンスターからドロップしたアイテムの複製を試みる生産職のプレイヤーは珍しくない。

 自分の作るアイテムの品質向上や、新しいアイテムのアイデアの手掛かりにしたりとそれをする意味は確実に存在するのだから。


「では、互いにフレンド登録をしておいた方が良いだろう」

「そうだな」


 俺とシシガミは手早くコンソールを操作しお互いを新しいフレンドとして登録を済ませる。

 それから他の皆が帰ってくるまでたっぷり三十分。俺はシシガミと合成獣に抱いた感想を交換し合うのであった。

 戻ってきた仲間と合流を果たし、再びコロシアムに行くとこの日の試合は全て終了していた。

 また見逃したと後悔したりもしたのだけど、試合の模様は全て協会が持つ自身のホームページで動画として公開されているらしくそれを見れば解決するとなれば、動画を見る時間も鑑みて俺たちはここで別れることとなった。


 尤も俺は三人分のタリスマンの複製をすませてから現実へと帰ることになったのだが。



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