♯.15 『次の目的地を決めよう』
「ユウさんっ。どうだった?」
剣銃を腰のホルダーに戻しつつ一息を吐く俺に駆け寄ってきたフーカが問い掛けてくる。
岩山エリアで行った戦闘は俺の予測よりも激しく、MPやHPは問題ないが精根使い果たしたという感じがにじみ出ていることだろう。
そんな俺よりもあからさまに元気なフーカはやはり経験者としての余裕があるように見える。
「どうって。まあ、さすがフーカたちだなって感心したけど?」
「そうじゃなくてっ」
「ああ、換金できそうな素材はかなり集まったよ。これなら目標金額に結構近付いたと思う」
「いやいやいや、甘いぞ。ユウ」
「え?」
感じたことをそのまま口にした俺にハルが全身鎧の兜を外し、その奥にあったニヤニヤした笑みを向けて来た。
「残念だがさっきの戦闘程度じゃ全然足りない!」
「マジか?」
思わず聞き返した俺にライラが苦笑を返した。
モンスターからドロップする素材アイテムの類いを売った時の値段が一定であるらしいことをここに来るまでの間に受けたライラの説明を思い出していた。
プレイヤーが営む店であればその店舗の在庫事情云々で価格が変わる事もあるみたいだが、NPCショップに売るのならば変わらない。それはリソースとしてプレイヤーが保有することになるわけではなく、単純に現金と交換する、そして売った素材は消えて無くなるというのが理由らしい。
つまり、素材アイテムを欲していたとして、売ったNPCショップで買うことは出来ないのだ。もし買いたいのならば素材屋と呼ばれる施設からが一般的で。そしてその場合でも売っている物はプレイヤーが売って集まった物ではなく、当初から商品として羅列されているものだけ。
現状それでも問題はないが、後々プレイヤーの多くはNPCショップの素材屋を利用しなくなるとはっきり言い切ったのはそういう事情があったからだ。
「ま、気落ちすんなって。どっちにしてももっともっと戦うつもりなんだからさ」
爽やかな笑顔で言い切るハルに俺は肩を落した。
無限に現れるのかとすら思った雑魚モンスターとの連戦。その途中から否応なく突入したボスモンスターである『ヴェノム・センチピード』との戦闘。短時間でも内容の濃い戦闘を経験した結果、かなりの数の素材が集まる以外に俺のレベルが一つ上がった。
そして、これまでなかったことが一つ起きたのだ。
「解ったよ。俺もレベル上げたいしな。それにこの戦闘でスキルレベルってのも上がったみたいだし」
「え!?」
リザルト画面を眺めていたらスキル≪剣銃≫の隣にあるレベルが1から2へとなっていた。リザルト画面を消してステータス詳細画面を確認するとアーツ<リロード>の説明文に『発動に必要なMPの固定化』という一文が追加されていた。
これまで<リロード>の使用にはMPを20消費していた。消費する量が固定化されたというのなら今後レベルが上がっても消費するMPは常に20だけで済むということのはず。これからもレベルアップ時の増加量が想像通りならばMPの総量が上がれば上がるほど剣銃という武器の弾数が増えることになる。
「ちょっと待て。お前いまスキルレベルが上がったって言ったか?」
「ああ。≪剣銃≫のスキルのレベルが2になってるぞ……って、あれ?」
何気なく、それが当然だと言うように返しいると不意に自分の発言の不自然さに気がついた。
「そもそもスキルレベルって戦闘で上がるものだったっけ?」
「いいえ。スキルレベルはスキルポイントを消費して上げるものよ」
「だよなぁ」
「もう一回確認だけど確かにスキルレベルが上がったんだよな」
「ああ。見てみるか?」
「え、あーっと。頼む」
本来ステータスに関することは秘匿されるべきだ。だが、自分のこの違和感を解消するためにも、ハルたちに自分がなにも不正を行っていないことを証明するためにも俺は自分のステータスを三人に開示した。
「あ、ほんとだ」
「嘘じゃない、みたいだな」
「不思議ねぇ」
三者三様に首を傾げる様子に俺はますます得体も知れない不安感を募らせていった。
「えっと、考えられるのはベータテストの時とはスキルレベルアップに関する仕様が変わっていること。もしくはただのバグか。お前が何か不正したか」
「それは無い!」
「だろうな。そもそもこのタイミングでする意味も分からないし。となるとだ。お前のスキルポイントは変わってないよな?」
「まあ、新しいスキル覚えてないし」
「何っ!?」
俺の一言にハルが目を丸くした。
そしてこの時の疑問は結局製品版で仕様が変わったのだということで一旦棚上げすることになった。それよりも問題は俺のスキルが少なすぎることらしい。
「とりあえず、話はそのくらいにして、本格的に休憩しましょう」
パンッと手を叩きライラが告げる。
戦闘を行った場所というのはいつでも雑魚モンスターの再出現が可能な場所だ。そこに留まり戦闘を繰り返すのならばじっとしているのもありだが、そうでは無いのならばそれほどゆっくりしてられない。
「それならこの先にセーフティゾーンがあるはずだ。休憩するならそこだな。どうだ皆行けるか?」
「ああ、大丈夫」
MPとHPを減らしているのは俺だけでは無い。けれど疲労の色が濃いのは俺だけ。そのことをハルは把握しているのだろう。訊ねたのは俺にだけだった。
岩山エリアのセーフティゾーンに辿りつくまでにモンスターに出会ってしまうと戦闘になる恐れがある。それでもここに居続けるよりは安全だと判断して移動することにした。
ここにあるセーフティゾーンはプレイヤーが一人ずつ通れるくらいの入り口の横穴。誰が置いたのか分からないカンテラが入り口近くの壁に打ち付けられた釘に無造作にぶら下げられている。
「ここで回復だな」
ハルがストレージから取り出したマッチでカンテラに火を灯すと、洞穴の奥までが一気に明るくなった。そこには良い感じの大きさの岩が椅子のように並べられていて一目で人の手で整備されていることが分かるほどプレイヤーが休憩するのに適した場所となっていた。
「それにしても、ユウさん強いんだねっ」
椅子代わりの岩があるにもかかわらず地面に直接座り、壁に背中を預けているフーカが俺にキラキラした目を向けてきた。
「そうねぇ。剣銃は使い辛いって言われているのに不思議ねぇ」
ライラは行儀良く岩の椅子に座っている。そんなライラがこの場の通り不思議だと頬に手を当て首を傾げていた。
「というか確かお前の剣銃は弾丸の装填すら出来なかったんじゃなかったか?」
一番最初に装備を確認した時に一緒にいたハルは俺の剣銃が他の銃武器のように再装填出来ないことを知っている。そのために俺がヴェノム・センチピードとの戦闘の際に何度も銃を撃ち出していたのを見て不思議に思ったに違いない。
片手銃程の大きさの剣銃はどう考えても撃ち出せる弾の数は少ない。ベータテストの時に様々な武器を使ってみた経験のあるハルは訊ねずにはいられないのだろう。
「≪剣銃≫スキルにあったんだよ。弾を込め直すアーツってやつがさ」
「何!?」
「なんでそんなに驚くんだよ」
「言っただろ。俺はベータの時に剣銃を使ったことがあるって」
「それは聞いてるけどさ。だからなんだってんだ」
「あの時俺が剣銃を諦めた理由がスキルを習得出来なかったからだってのも言わなかったか?」
「や、それは聞いた、と思うぞ」
「その後に調べたんだけどな。偶然スキルは見つかってもアーツが無かったって言う話だったんだよ」
興奮冷めやらぬ様子で詰め寄ってくるハルに若干引きつつも、前にハルと交わした会話を思い出していた。ベータ版の時は剣銃という武器に関しては出来ないことが多かったらしい。スキルの習得もそう。となれば当然アーツも未発見のまま。
しかし、今はそうではないことを俺はリタの言葉と自分の経験で知っている。
「だからさ。製品版で追加されたんだと思うよ。ハルだって製品版でまで剣銃を試したってわけじゃないんだろ?」
「確かにそうだけどさ…」
「だから製品版では剣銃もちゃんとした使える武器になったってわけだ」
自分だって人伝に得た情報だということを隠し棚上げしているのに、チェックを怠ったと悔しがっているハルに向かって得意気に口角を吊り上げてみせた。
「それよりもだ。これからどうするつもりなんだ? まだこの近くで素材を集めるのか?」
俺の言う素材は採集するものではなく、モンスターを倒し得られる物のこと。そうなればこのままこの場所で戦うのかどうかが議題に上がるのも当然のこと。
剣銃という武器種に関してこれ以上気になるのだとしたらハルには自分で調べてもらうことにして、俺は自分たちの次の行動を決めるべく他の二人に問いかけた。
先程のハルの言葉を信じるのならば目標金額に至るまではまだまだかかりそう。そして先程と同じ金額を稼げたとしても目標にはまだ遠い。なにより、ボスモンスターである同程度の規模の戦闘をするためには別のボスモンスターであるヴェノム・センチピードと同程度のモンスターを探し討伐しなければならない。
「そうだな。俺はもう少しここで戦っていてもいいんだけど、二人はどうしたい?」
俺の言葉を受けてぶつぶつと何か呟いていたハルが気を取り直したかのように他の二人に質問を流した。
「あたしはまだまだ戦えるよっ。ポーションにもまだまだ余裕あるしねっ」
「わたしはもう少しくらいなら戦えると思うけど……正直、ボスモンスターとの連戦に耐えられるほどMPポーションは残ってないから出来ればそれは避けたいわね」
前衛と後衛では消費するアイテムの類に差が現れるらしい。
俺も用意していたポーションにはまだ余裕があるが、ボスモンスターとの戦闘で感じた緊張感は短いスパンでそう何度も味わいたいと思えなかった。
「えっと、それなら先に進んだ方が良さそうだな。この先にいるモンスターは雑魚にしてはわりと強いけどボスモンスターほどじゃないし、取れる素材も換金率の高いのが多かったはずだからな」
ハルの言葉に頷いてみせる二人とは違い、俺は首を傾げていた。
「なあ、だったらなんで最初からそこに行かなかったんだ?」
「言ったろ。そこのモンスターはそれなりに強いって」
「でも、さっきのモンスターほどじゃないんだろ」
「まあな」
今更ハルの言葉の真偽を疑おうと思わない。思わないからこそ、その言葉のなかにあった不審な点が気になってしまう。
「まあなって……俺も確認させてもらうぞ」
「ん、何だ?」
「さっき俺たちが戦ったのはボスモンスターなんだよな」
「その通りだ」
「んで、避けていたこの先にいるモンスターはそれよりも弱い、と」
「あ、いや。正直、戦うことになるとは思って無くてだな……」
俺から目を逸らしながら言い淀むハルを見るライラとフーカは呆れたような顔をしていた。
「ユウくん、ユウくん。ハルくんはいつもこうだから」
困ったような顔をしてライラが言った。
「昔からこうだよねっ。ボスを見つけたら戦わずにいられない」
「は、はは……」
「いつも勝つなら良いんだけどさっ。負けても楽しそうにしてるし」
「はははー」
「いっつも巻き込まれるのはあたしたちなのにさっ」
「はははははー」
ジトッとした目で見つめるフーカから逃げるように、ハルがジリジリと俺の方に近寄って来る。
「暑い、くっつくな」
ハルの頭を押して強引に離れさせる。
「おっしゃ、そろそろいいだろ」
勢いをつけて立ち上がったハルが告げる。
その言葉を裏付けるかのように俺のMPは自然回復し全快している。HPはここで飲んだポーションで回復済みだ。
「先に言っておくと、ここから向かう場所にいるモンスターはがらりと変わるぞ」
「あら? もしかして砂漠に行くの?」
「そうだ」
「ええっ、あそこは暑いから嫌だなー」
ほんわかと目的地を察するライラとは対称的にフーカが表情を曇らせる。
「そう言うなって、砂漠のエリアにいるモンスターの素材がこの辺りで一番換金率が良いの知ってるだろ」
「なあ、砂漠にはどんなモンスターがいるんだ?」
砂漠と聞いて思い浮かべる生き物といえばサソリやラクダ、あとはコブラだろうか。ラクダは手強そうな印象はないが、サソリと言えば一つ思い当たるモンスターがいる。『サンド・スコーピオン』いま居る岩山エリアに初めて来た時に戦ったモンスターは確かに雑魚モンスターではなくボスモンスターだった。
砂漠エリアに行ってこれと似たモンスターと戦うことになるのなら確かに今のボスモンスターと同程度のモンスターであるのだろう。
「聞いて驚くなよ。砂漠にいるのはゴーレムだ」
【ARMS・ONLINE】に登場するモンスターと言えば現実の動物をモチーフにしたものしか知らない。だからそれが突然ハルの口からファンタジーな単語を聞くとは思っていなかった。
「他には? まさか一種類だけってことはないんだろ」
「いや。ゴーレムだけだ」
「嘘ぉ」
きっぱりと言い切るハルに驚かされライラとフーカを見てみると、二人は黙って微笑んでいる。
「マジか…」
「その、いまから行くところ限定では確かにゴーレムだけなの。でもその奥とか、別の砂漠に行くとそうじゃないから。色んなモンスターがいるから」
なんのフォローか解らないが、ライラが必死に訴えてくるので俺はとりあえず「そうですか」とだけ言った。
「先に言っておくとゴーレムは動きが遅いんだけど攻撃力と防御力が高いんだ。だから攻撃は魔法中心のライラがメインになるから俺やフーカ、ユウの三人はここでの戦闘よりもより一体に集中して確実に倒していくことになるからな」
「そうなのか? ライラはさっきMPポーションが心許ないって言ってたような」
「大丈夫よ。ゴーレムは確かに防御力が高いんだけど、魔法に対してはびっくりするほど耐性ないの。だから威力の低い魔法でも十分ダメージを与えられるの」
「へえ」
「その分、俺たちは大変だけどな。ゴーレムの特徴はさっき言った通りだけど、どれだけ攻略法を知っていても結局慣れるには数を熟すしかないんだ」
初めて戦うモンスターとの戦闘では今まで戦いの最中に攻略法を見い出してきた。前情報が無いが故にそうなったのだと思っていたが、どうやらそういう感じではなさそうだ。前情報があろうとなかろうと実際に戦うまで実際の所は分からないというのは変わらなかった。
それでも全く前情報無しに比べると自分の心持ちが違ってくる。多分自分の攻撃が効きにくいのを目の当たりにしても知っていれば動揺はしないはずだ。
「んで、そこで何体のゴーレムと戦うつもりなんだ?」
「とりあえず一体」
「えっ!?」
「効果の高い魔法を使えるのがライラしかいないんだ。一体を倒すのにダメージを受けすぎたり、時間が掛かりすぎたりすると効率が悪いからな。相手と場所を変える」
「なるほど」
モンスターが突然現れるランダムエンカウントを採用しているゲームと違い【ARMS・ONLINE】は初めからモンスターがフィールドにいるシンボルエンカウントだ。もしゴーレムが群れをなしているとしても、一応はノンアクティブの設定の初心者エリア付近のモンスターのはず。故に俺たちは一体だけを狙い自分たちに引き寄せても良いし、群れを無視して離れた場所にいるゴーレムを狙って攻撃をしかけてもいい。
どちらかといえば後者の方を狙うべきなのは明白だが。
「さて、これを抜けるとこの先が砂漠だ。いきなり景色が変わるし長くいるとダメージが発生する場合もあるから出来るだけ早く狩って帰るぞ」
セーフティゾーンを離れ暫く歩いているとハルが突然歩みを止めた。
そこは岩山を下り脇に逸れた所に見つけた薄暗い天然のトンネルの入り口。遙か彼方に除くその向こう側には同じ色の砂に覆われた砂漠が広がっているのだろうが、生憎とここからじゃ確認できない。
現実ではおそらく足を踏み入れることのない砂漠を前にして俺は一人、静かに好奇心を滾らせていたのだ。