キソウチカラ ♯.17
時間は少し遡る。
本戦第一試合が始まってすぐに向かってくる二人のプレイヤーを見定めてムラマサはそのうちの一人と対峙することを決めた。
自分が戦うのはウォーアックスを持つプレイヤー。
もう一人のハルバードを持つプレイヤーはユウの方へ行ったが、それは任せても大丈夫だろう。残る二人もヒカルとセッカを警戒してか前線に出てくる素振りはなかった。
互いに攻撃が届く間合いの二歩手前で立ち止まる。
「君がオレの相手だね」
「そうみたいだな。まずは自己紹介といこうか。おれはラウンチ。武器はこのウォーアックスだ」
「ふむ。答えるのが礼儀だね。オレの名はムラマサ。武器は見ての通りこの刀さ」
未だ鞘から抜かれていない刀の柄に手を置いてムラマサが告げる。
「知っている」
「ほう。何故? と聞いてもいいかな?」
「簡単なことだ。予選を見ていたからな」
「なるほど」
それならば納得だとムラマサが頷き、すぐに申し訳ないというように眉尻を下げた。
「どうした? おれがムラマサを知っていたことがそんなに以外だったか?」
「いや、そうじゃないんだ。生憎だけどオレは君のことを知らないからね」
「何だと!?」
「どうやらその様子じゃ君たちのパーティで予選に出たのは君だったみたいだね」
「ああ、そうだ。こう見えても中々派手な勝ち方をしたはずなんだがな。すでに勝ち上がった自分らには次に誰が上がってくるかなんて興味無しってわけか」
余程の自信があるのかと責めるような眼差しを向けてくるラウンチにムラマサは肩を窄めた。
「違う。ちょっとした用事があってね。予選が終わってすぐに別の場所に移動しなければならなかったんだ。それに第四試合の最後くらいからは観戦することが出来たんだけど、見覚えがないとなると君の予選はその前に終わって事なのだろう」
「そうだな。おれの試合は三試合目だった」
ようやく納得したのかラウンチは僅かに顔を横に振ると、すぐさまにやりと笑った。
「どうかしたのかい?」
「これは好都合だと思ってな」
「好都合?」
「だってそうだろ。おれはムラマサの戦い方を見たがそれに対してムラマサはおれの戦いを見ていない。違うか?」
「そうだね」
「だからおれは知っているということさ。ムラマサが風使いだってことは、なっ!」
先手を打ったのはラウンチ。
ウォーアックスの重さをものともしない突きは獣人族ならではだと感心してしまうほど。
何よりもラウンチというプレイヤーはムラマサがこれまでであってきた獣人族の獣の割合が一番高い外見をしていた。
下半身もがっちりとしているが、それよりも目を引いたのは上半身がそのまま獣――ラウンチの場合は狼そのものだったからだ。
まさに人狼。
ワーウルフというモンスターと並べばラウンチがどれほどそれに似ているか確かめることも出来ただろうに。
「おっと」
「逃がすか!」
ウォーアックスという武器は幅が広く、鋭さで切る刀とは違い重さで切るための武器だ。形状上その刃も横に付き、少なくとも突きという攻撃に適した武器ではない。
いとも簡単にラウンチの突きを躱してみせるムラマサを追いかけてラウンチはその刃を平行に保ったままウォーアックスを振るう。
空を切る一撃がムラマサの目の前を過る。
「これも避けるか」
「当たったら痛そうだからね」
回避を続けながらも平然と言ってのけるムラマサにラウンチは誰にも聞こえないような小さな舌打ちをした。
それもそうだろう。戦闘が始まり、一定の攻防ともとれるやり取りすら始まった今もムラマサはその刀を抜こうとはしていないのだから。
元々予選の模様を見ていたラウンチだ。ムラマサが振るう刀の一撃の強力さというものは知っている。寧ろ自分の攻撃の威力を知らないのに初見の一撃から全て防御ではなく回避という方法を選択していることに驚きすら感じているほどだった。
だが、それと武器を抜かないのとは関係がない。
戦う意思がないというわけではないのだろう。ムラマサの放つプレッシャーは今にもラウンチの喉元に刃を突き付けてくるという凄みを含んでいるのだから。
だからこそラウンチは悔しさを感じずにはいられなかった。
戦うつもりはある。けれど自分には全力を出すまでもない、そう言われている気がしたから。
しかし、実際のところそれは全くと言っていいほど見当違いだった。
この時、ラウンチが冷静さを保ち、且つ刀という武器とそれが繰り出す攻撃に居合い切りというものがあることを思い出せていたなら、これ程苛立ちを感じずにいられたはずだ。
カウンターでもなく、自分から積極的に攻撃に出るのではない。まさしく刹那の一撃を放つ攻撃方法である居合い切りは連撃ともいえるラウンチの攻撃が途切れたその瞬間に繰り出されるものなのだから。
「……いくぞ」
耐えに耐え、待ち続けたその瞬間が訪れる。
体を前に、刀を後ろに、そうして繰り出される刹那の斬撃がラウンチの体に大きな刀傷を刻み込んだ。
「くおっ」
追撃が来る。
それを予期したラウンチは即座に下がりムラマサを睨みつけた。
「……何故だ?」
「ん? 何がだい?」
「何故、今の一撃に属性を付けなかった?」
手加減されたと感じたのだろう。ラウンチがムラマサに向ける視線は苛立ちと、悔しさが込められていた。
だが、ムラマサはそんな視線は気にしていないとでもいうように、刀を大きく振り抜いた。その動きはまるで刀身に付いた血を払うかのようで、ごく自然にその動作をするムラマサをラウンチは驚いたように見続けている。
自分の驚きを悟らせたくないらしく、ラウンチがウォーアックスを地面に突き立て、
「そうすれば先程の一撃が与えるダメージはこんなものじゃなかったはずだろう」
「かもしれないね。けど、あからさまに警戒している相手に対して使う方法でもないというわけさ」
警戒。それがこの戦闘が始まってからずっとムラマサがラウンチから感じていることだった。当然ムラマサも同様にラウンチの動きに対してはそれなりの警戒心を抱いている。だが、ラウンチの向けてくるものはムラマサが抱いているものとは毛色が違っていた。強力なボスモンスターを警戒するというふうでもなく、見も知らないPKに対するものでもない。戦う相手の最大の攻撃がいつ来てもいいように、先にカウンターを用意しておく。ラウンチが抱いている警戒心はそういう類のものだ。
それが解っている以上はわざわざ相手の狙いに乗る必要はない。
多人数戦闘という舞台では出番のなかった攻撃方法である居合いは一対一の場面でこそ効果が出てくるというもの。
さらには風属性の攻撃を待ち構えている相手だからこそ、ということもある。
その結果がこうして居合いの一撃をクリーンヒットさせることに繋がっていたのだった。
「とはいえ、これで決着がつくとは思っていないさ。そうだろ?」
「当たり前だ。このくらいのダメージはなんてことない!」
地面に突き立てていたウォーアックスを引き抜き、大げさに振り回し、肩に担ぐ。少しだけ背中を丸め、力を抜き何も持っていない方の腕をだらんと下げる。
構え、と取るにはあまりにも自然体な恰好だったが、不思議とムラマサが感じているプレッシャーは増してきていた。
「ならば、第二ラウンドといこうか」
刀を構えるといってもムラマサの構えは剣道のそれではない。
自然体という意味ではラウンチがウォーアックスを構える姿と似ているようにも見えるが、そこには武器の違いというものが存在しているようで、傍から見た分にはただ睨みあっているようにしか見えないようだ。
構えを解くのではなく、武器の重さを生かした動きをする二人が呼吸を整え終え戦闘が再開するのにはそれほど時間は掛からなかった。
「はあっ!」
「おおっ!」
気合が込められた声を発しぶつかり合う二人は遂に本格的な打ち合いを始めた。
攻撃にフェイントを織り交ぜつつ、凄まじい勢いで交わされる攻防はこれを見るものを魅了した。
観客席から巻き起こる歓声を耳にしながらもムラマサもラウンチもそれに応えることはしない。ただ目の前の相手の動きに集中し、いかに自分の攻撃を当てるか、相手の攻撃を躱すかということだけを考え続けていた。
程なくしてムラマサとラウンチの動きに変化が現れだした。それは攻撃にではなく防御、あるいは回避という行動にだ。
ラウンチがムラマサの攻撃をウォーアックスの腹や柄で防御するのに対して、ムラマサはラウンチの攻撃を刀を使っていなし始めたのだ。
二人の動きの違いによって生じたのは目に見えない疲労という形で現れる。
どちらが不利になるかなんてことは明白。
攻撃をいなされているラウンチの方が疲労を蓄積していったのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
肩で息をするラウンチはそれでもウォーアックスの切っ先を下げることはない。
戦い方の差。その一点だけをこうも覆せないとここまで不利になるのかとラウンチは心の中でぼやいていた。けれどこの短時間では戦い方を変えることなど出来るはずもなく、ラウンチはただただ不利になり続ける戦闘を続けるしかない。
残る希望があるとすれば、自分以外の仲間の存在。後ろで控えている二人、そして自分と同じように一人のプレイヤーと戦っている仲間が自分の救援に来てくれることを願うばかりだった。
「ばかな……」
信じられないというようにラウンチが目を見開いた。
今もなお続く戦闘のなか、ラウンチの視線に誘われるようにムラマサが目にしたのはユウが戦っている相手をその剣銃で押している様。
「どうだ? オレの仲間も強いんだ」
ほほ笑み、告げるムラマサにラウンチは無理矢理ウォーアックスを振り回し距離を作り出すと、振り返り目線で後ろに控える二人に呼びかけた。
それに呼応して走りだすのは二人のプレイヤーの先にはユウと戦っているプレイヤー。
ラウンチを後回しにしているのはユウと戦っているプレイヤーに比べラウンチの方がまだ互角に戦えていると見えていたからだろうか。
「いいのかい? 向こうに行くみたいだけど」
「仕方ないさ。おれがもう少し耐えればこちらに来てくれるだろうからな」
「そう上手くいくかな」
ラウンチの側に二人のプレイヤーが控えているのと同様にムラマサの側にもまだ戦力は残っている。
全くダメージを受けていない両者の戦いが始まった。
※
「私が前に出るからセッカちゃんは後ろから援護をお願いね」
「……任せて」
スピードを上げてセッカの前に出たヒカルは短剣を逆手に持ち小さな声で一言≪パラライズ・エッジ≫と呟いていた。
その声に反応して短剣に薄い黄色い光が宿り即座に消える。
「……来る」
駆け出した二人のプレイヤーはそれぞれ同じ形の長剣を抜いた。
まるで鏡合わせのように同じ挙動をする二人のプレイヤーは先に近い場所にいるヒカルを相手として見定めたようで左右対称に攻撃を仕掛けてきた。
「へぇ」
「避けるんだ」
感心したように呟く二人のプレイヤーは装備だけじゃなくキャラクターの容姿までもが似ている。違うのは髪の色と目の色、それと長剣の鞘の色と柄に使われている紐の色。
白と黒。
相反する色が特徴的な二人がヒカルを挟み立っている。
「ぼくの名前はモーレイ」
「ぼくの名前はスキッド」
長剣を提げ自己紹介をする二人のプレイヤー。
白い方がモーレイで黒い方がスキッド。
名を告げてからすぐによろしくと揃って口に出した二人はヒカルとセッカの言葉を待たずに攻撃を再開した。
二筋の剣閃がヒカルを襲う。
呼吸が合うという表現では追いつかない攻撃は上下左右、完璧なまでに繰り出される。
「すごい、すごい」
「これも当たらないなんて」
焦った様子など微塵も感じさせないモーレイとスキッドの口ぶりにヒカルは黙って息を飲み込んだ。
「で、もう一人は……」
「参加しないの?」
スキッドが見つめる先にいるセッカは未だ動き出そうとはしない。少しだけ後ろで注意深く観察を繰り返し自分に出来ることを探し続けている。
まず最大の問題はセッカ自身も攻撃に参加するか否か。
攻撃に参加すれば仲間を回復する最適なタイミングをとらえることは難しくなる。だがその反面、ヒカルと共に行うこの戦闘の勝率は確実に高まることだろう。
逡巡する理由はムラマサが行っている戦闘の様子がそれほど芳しくないと思っているからでもありユウもそんなに優勢とは言えないからだった。それだけならば回復などの援護に回るべきなのだが、事実劣勢とは言えずこうしてヒカルと共に前線へと向かうことを決めたのだ。
膠着状態が続く限り、この戦いは終わることはない。
その膠着を破ったのは驚くことにヒカルだった。
あらかじめアーツを発動させていたのは後ろに下がっていたセッカからは見えていた。そしてそのアーツがどのような効果をもたらすのかも知っていた。そういう意味では驚くことではないのかもしれないが、実際にこれ程の効果が現れるとは思わなかったのだ。
ヒカルが用いるアーツは状態異常を付与するもの。
モンスターですら何度か攻撃を与えることで効果が現れるのに対して、今はその短剣が僅かに掠り、小さなダメージを与えるだけで効果が現れた。
「な、何を…した…」
地面に膝をつくモーレイが苦しそうに声を出しているその反対方向でスキッドは信じられないものを見たという顔で驚いている。
二人の呼吸が合っているからこその強さがあったのだろう。
だからこそヒカルはまず一人を制することに集中した。
その成果が出て、これから残る一人を倒す為に動く、そう決意したその瞬間だった。離れた場所でユウと戦っていたプレイヤーが大声を上げて叫んだのは。
ムラマサと戦っているラウンチ、そしてヒカルとセッカと戦っているモーレイとスキッドの瞳に戦意が戻った。




