キソウチカラ ♯.16
全ての予選が終わり本戦が始まる。
そして皮肉なことに俺たちの試合は本戦における最初の試合となっていた。
「さて、俺たちの陣形だけど…」
「オレとユウが前衛、セッカとヒカルが後衛でいいんじゃないかい?」
「俺はそれで構わないけど」
「私もそれでいいですよ」
「……私もそれでいい」
いつもと同じ陣形で戦うことに対しては問題ないのだろう。
たとえ相手が予選を勝ち抜いたパーティだとしても。
「そろそろ始まるぞ」
観客席にある二面のモニターに表示されている数字が刻々と減っていく。
この数字がゼロになったとき、始まるのは二つのパーティによる衝突と戦闘だ。
「はぁああああああああああああ」
モニターの数字がゼロになったその瞬間、叫び声を上げ攻撃を仕掛けてくるのは相手のパーティにおける前衛を任された者たち。
手に持っているのはウォーアックスとハルバード。
ムラマサの持つ刀や俺の持つ剣銃よりも長いリーチを持つ武器だからこそこうして臆せず襲い掛かってくるのだろう。
(とはいえ、こうして戦う以上怖れを抱いているとは思えないけどな)
近づいてくる二人の後ろに控えているのも魔法を使うプレイヤーという感じではなく、似たような形の長剣を持つプレイヤーだった。
見た限り前衛と後衛で分かれているのは俺たちが二手に分かれたからそれに合わせただけといった風だ。多分あのパーティは本来ならば四人全員で攻撃を行い、回復はアイテムに頼るのが常だったのだろう。それがアイテムの使用を禁止され回復手段を失ったからこうして慎重な方法を選んだ、これもまた彼らの真実であるのは間違いなさそうだ。
俺もまた回復手段はアイテムに頼るのが基本なのだが、現状パーティにはセッカがいる。
最近は後衛としての技術を高めることに重きをおいているからこそパーティ全体の回復を任せられるのだが、予選に出ていないセッカのことを目の前のプレイヤーたちが知っているとは思えない。
知っていれば回復手段であるセッカから落とそうとするのは間違いないのだから。
(まあ、向こうの誰かも回復魔法を使える可能性は低くないんだけど)
どうだ? と向こうパーティの後ろに控える二人に視線を向ける。
長剣を構えてはいるが、魔法を使ってくる気配はない。
ダメージを受けていないから当然と言えば当然なんだけど、そう考えているとふとセッカが言っていた戦闘が始まる前から継続的にHPを回復させる類の魔法を使っておくという方法を思い出した。
仮にそれを使用しているからこそこうして向かってくるのだとすれば、確かに後ろに控えているプレイヤーが魔法を使う素振りを見せないのは納得できるが。
「来るぞっ!」
鞘に手を置き、刀の柄を握ったまま構えるムラマサが告げた。
その声を耳にしながら、向かってくるプレイヤーたちを睨みつける。
俺とムラマサが持つ武器を見て、という訳ではなさそうだが、ウォーアックスを持つプレイヤーがムラマサに、ハルバードを持つプレイヤーが俺に狙いを定めてきた。
ヒカルとセッカの方を後回しにしたのは単純に立ち位置の他にそれぞれが装備している武器と防具が関連しているように思えた。
ヒカルは短剣を持ち、目立った防具らしい防具は付けていない。そしてセッカは全身フルプレートメイルで包んでいるいるものの使用している武器は片手用ハンマーであるメイス。こちらはまだ魔法を使うかもしれないという可能性は含んでいるものの纏っている防具が防具だけに打撃力重視の前衛職だと判断したのだろう。
俺たちの戦闘の様子を見たことのある者がいればセッカは魔法を使うと知っていたかもしれないが、目の前のパーティはそれを知らない。
(そうなると俺たちを襲ったプレイヤーたちの仲間という訳ではない、か)
あのプレイヤーたちが情報を秘匿しているという可能性もあったが、実際味方とまではいわなくとも同じ勢力に属しているプレイヤーに対して行うことではないと判断し、目の前のパーティは単純にこの獣闘祭という催しに参加し予選を勝ち抜いてきたプレイヤーたちであるということだ。
これから先敵対している相手との戦闘の事を考えればあまり手の内を晒したくはない、がここで負けては意味は無い。
そう思ったことで俺は全力を持って戦うことを選択する。
「いくぞ…≪ブースト・アタッカー≫」
≪強化術≫から派生した上位スキル≪強化術式≫を発動させる。
俺の背後に浮かぶのは紋章のような魔法陣であり、それがアタッカーという強化が正常に発動した証でもあった。
このスキルの特徴は今まで自由に二つの強化を組み合わせることができたのが出来なくなったことにあるだろう。それだけでは不便になっただけのようにも思えるが、その実≪強化術≫の時と同程度のMP消費であらかじめ決められた強化を施されるようになっていた。
今使った強化、アタッカーはその名の通り近接戦闘に対応した強化だ。以前のように種類で分けるならATKとDEF、それにSPEEDの同時強化だろう。
霧散するように書き消えた魔方陣をある種のこけおどしのように感じたのだろう。襲い掛かってくるハルバードを構えるプレイヤーは意に介さないというようにその勢いを殺さずに突っ込んでくる。
これが本当にただのこけおどしならばそれでよかったのだろう。寧ろ臆さなかっただけに最善だともいえる。
だがこの魔方陣がもたらすのはより強力になった強化であり、その恩恵は剣銃を素早く構え、的確なカウンターを叩き込むことに成功させるということにも表れていた。
「ぐっ」
短く息を吐き出すハルバードを持ったプレイヤーは痛みに耐えるためというように一歩後ろに下がった。
そもそもが自分の体重を乗せた突進攻撃の勢いをそのまま利用された形になったが故に受けたダメージよりも自分の攻撃が全く通用しなかったという事実の方に動揺を隠せないようだ。
「休ませるつもりはないぞ」
「何っ」
追撃を叩き込むべく振り下ろされる剣銃の刃をハルバードの柄の部分で受け止めていた。
ダメージを受けての咄嗟の判断だとすれば中々のものだとは思うがこの時ばかりはそれが悪手だと言わざるえない。
俺が振るう剣銃はこの獣闘祭に向けて強化を施したもので、その刀身、というよりは剣銃そのものが一回り大きいものへと変わっていた。
剣形態で明確になるそれの影響といえば具体的には重量の増加、それと刀身の延長。
つまりは軽くはないと思っていても想定以上の重量が乗せられた一撃を受け、体勢を崩した状態で振り下ろされる剣銃を受けるとどうしても押し潰されてしまう格好になってしまうということだった。
「何だ、この感触は――」
遠くから一見するだけでは普通の片手剣としか思えなかったのが問題だったのだろう。
片手剣にしては重すぎるその重量を受けて苦々し気に奥歯を噛みしめるプレイヤーに対して俺は小さく≪インパクト・スラッシュ≫とだけ呟いた。
それがアーツ名であることはこうも至近距離から剣銃を見てしまえばそこに現れたライトエフェクトによって嫌でも気づかされたことだろう。とはいえ両手でハルバードを持ち上げ、俺の剣銃の刃を受け止めているからには簡単に回避行動をとれないのも現実。
赤く光る刀身が目の前を通り過ぎる頃にはハルバードを持つプレイヤーに大きなダメージが刻まれていた。
「ぐおっ」
「一撃で倒せるとは思っていないけど、それなりにダメージはあったみたいだな」
ハルバードごと押し込んだ剣銃の一撃は目の前のプレイヤーを戦闘場の端まで吹き飛ばしていた。
短く息を吐き、どうにか体制を整えようとしているプレイヤーに後ろで控えていた長剣を持つ二人のプレイヤーが近づいて来ようとしているのが見えた。
援護が来る。そう思い希望を抱いたのも束の間、目の前のプレイヤーは表情を歪め小さく舌打ちをしていた。
その原因は後ろにいる長剣を持つプレイヤーがこちらに近寄ろうと動き出したその瞬間、同じように俺とムラマサの後ろに居たヒカルとセッカも動き出し、その行く手を阻んだからだ。
この時、奇しくも俺とムラマサが戦っている位置がそれぞれ戦闘場の両端に近い場所になっており、二人が俺たちをすり抜けて動くのに問題がなくなっていたのは単純に運が良かったとしかいいようがない。
こういってはなんだが俺たちが戦闘時の連携の練習をしたとき俺とムラマサはほとんどと言っていいほど四人で連携に失敗していた。ほとんどで済んだのは誰を起点にするかと悩んだ際、唯一ヒカルとセッカのコンビを中心にした時だけは問題なく連携が機能していたからだ。
そのこともあってか、俺たちのなかで連携に秀でているのはヒカルとセッカの二人という認識が持たれ、またそれが理由で俺とムラマサが自由に動き回る前衛を、ヒカルとセッカがそれに合わせた動きをする必要のある後衛をするということに決まったのだが。
この時、俺たちと戦っていたパーティの最たる誤算は俺とムラマサをパーティの最大戦力だと決めつけていたことだろう。だからこそヒカルとセッカの二人が間を抜け出しても自分の援護が来ないだけでそれほど危機感、というか悲壮感を抱くことは無かったのだ。
けれど実際は長剣を持つ二人のプレイヤーをヒカルとセッカのコンビはその身軽さとまた攻撃の連携をもって翻弄していくこととなる。
複数体のモンスターと対峙したりすれば嫌でも身に染みることなのだが、個人の戦力と連携を取る戦力ではどうしても後者の方に軍配が上がることが多い。唯一違う時があるとすればそれは個人の方が圧倒的な実力を持っている場合だろう。
しかし今回のようなプレイヤー戦では個人の実力に大きな開きはそうそうありはしない。
となれば戦局を決めるのは戦術であり戦略。
結局のところどちらが自分たちに有利な状況を作り出せるかによるものが大きい。
そういう意味では常に互いの位置を把握して戦えるヒカルとセッカは俺たちパーティに置ける集団戦の最大戦力だと言ってもいいだろう。
「そんな…バカな……」
圧倒されている長剣を持つ二人のプレイヤーを目の当たりにしてハルバードを持つプレイヤーは信じられないというように言葉を漏らしていた。
「悪いな。これも現実だ」
距離を取ったまま告げる俺の声に反応したようでどうにか立ち上がりその切っ先を向けてくるが、アイテムを使えない以上受けたダメージが回復しているということはない。
これは自分が戦闘場に立って初めて知ったことだが、ここに立つだけで誰でも戦っている相手のHPバーが可視化されるらしい。
普段から剣銃のもたらす恩恵でそれを見て戦うことに慣れている俺や、比較的冷静に戦える後衛のプレイヤーなんかは対して動揺しなかったが、予選に出ず、普段からも真っ先にそれを目にするわけでもなく、言葉だけで説明されていたプレイヤーは僅かばかり感心したように目を見開いていた。
自分のHPバーの残量を気にしながら戦うことに慣れていても対峙している相手までとなるとやはり前衛には慣れている人は少ないようで、時折オーバーキルのような攻撃で止めを刺す光景も珍しくは無かった。
「まだ、おれたちは負けていない!」
自分を奮い立たせるためか、それともこの言葉を聞いているであろう仲間に向けたものなのか。
ハルバードを持つプレイヤーがそう呟くと、少し離れたところでムラマサと戦っているウォーアックスを持ったプレイヤーと長剣を持つ二人のプレイヤーが叫び声を上げていた。
「そうだな。でも、俺も手加減をするつもりはない」
目の前から送られてくる元々手加減などしていないだろうという視線は無視して俺は今は柄となっている剣銃のグリップの上にあるスイッチを押した。
それが変形のスイッチであることは当然、目の前に立つ相手は知らない。
それに≪強化術式≫と≪剣銃術≫という二つのスキルを得た時に強化した剣銃もまた同様に強力なものになっていることも。
「≪ブースト・ブラスター≫」
また別の紋章のような魔法陣が俺の後方に出現した。
その光景を見ていた目の前のハルバートを持つプレイヤーは慌てて攻撃を仕掛けてこようとするが、それは俺が放つ剣銃の銃弾、正しくはMPによって作られた疑似弾によって阻まれる。
二つのスキルと剣銃の強化によってもたらされた変化。それは俺の剣銃の銃形態時の威力判定が物理攻撃力から魔法攻撃力に代わっていたこと。
まるでそのことに対応しているかのように表れた二つ目の≪強化術式≫であるブラスターはまさに魔法特化とでも呼ぶべき代物で、強化されているのはMINDとINT、それとSPEED。
アタッカーとブラスター。その両方にSPEEDが含まれているのはおそらくスキルが≪強化≫の時と≪強化術≫の時に最も使用した頻度が高いのがSPEEDであることが影響しているのだろう。
俺からすれば剣銃がどちらの形態であろうともそれに対応した強化術式に移動や回避、攻撃を当てるという面からも考えるとSPEEDがあったのは喜ばしいことだった。
引き金を引き、弾丸を撃ち出す。
真っすぐ撃ち出される弾丸がハルバードを持つプレイヤーに向かっていく。
俺の剣銃から撃ち出された弾丸は普通のそれとは大きく違っている。弾丸が目で捉え難いのは同じだがそれに実体があるのかないのでは天と地ほどの差がある。
MPを弾丸として撃ち出す俺の剣銃だが、今は光を撃ち出しているように見えることだろう。
ゲームではよく見る演出も実際に目の当たりにするのでは驚きを感じる。
以前はまだ普通の銃弾と変わらぬものを撃ち出していた気がするが、今はこうして銃弾とは似て非なるものを撃ち出しているのだから。
「な、なんだ、それ?」
狙った通りに驚いているプレイヤーに向けて俺は休まず引き金を引き続けた。
この光景を見れば誰も俺の剣銃の装填数が僅か二発だということに気が付かないだろう。
スキルを上位のものに変えても、剣銃を強化しても、装填数を増やすことができなかったのはかなりの誤算だった。少なくとも一発、上手くいけば普通の銃系の武器と同じくらいまでは増えると考えていたのだが。
「くそがっ」
俺が撃ち出す弾丸から身を守ろうとハルバードを構えるプレイヤーだったが、当然のようにそれだけで全てを防げるわけもない。
自身の体に命中し、着実にHPを削られている現実に苛立ちを募らせているようだった。
(威力も上がっているのは間違いなさそうだな。というかこれまでのような一定の決められたダメージを与えるという感じじゃなく剣形態の時のように普通にダメージを与えらるようになったとみるべきか。それにリロードの際のMP消費量も減っている。これなら無尽蔵とまではいかないもののある程度はMPを気にしないでいても銃形態を使用できるか)
自身を撃つ一発一発にダメージを与えられていてもそれだけで致命傷に繋がる攻撃ではないと判断したのか、ハルバードを持つプレイヤーは痛みと衝撃に耐えつつじりじりと俺に詰め寄ってくる。
魔法特化の状態では物理攻撃に対して発生する防御力は何も強化していない時と変わらない。
危険を冒す必要がないのなら相手を近づけない方がいいのは明白。
そして、その為に俺がとる方法も限られている。
「≪インパクト・ショット≫!」
これまた使い慣れた威力強化のアーツ射撃版を発動させる。
通常の銃撃に混ざる赤い光を放つ一筋の銃撃がハルバードを持つプレイヤーを捉えた時、俺とこのプレイヤーとの戦闘は終わりを告げた。
信じられないと意外そうな顔をしたプレイヤーの影を残して。




