キソウチカラ ♯.15
少女ならぬ幼女へと姿を変えたローズニクスの顔だちは先程まで同じ場所に立っていた二十代後半の女性とよく似ている。
だが、よく似ているというだけで、決して今のローズニクスが成長した姿という印象ではなかった。
「えっと、それがローズニクスさんの本来の姿なんですよね」
戸惑いの声を出すヒカルは恐る恐るという様子で自分よりも身長を低くしたローズニクスに話しかけていた。
「驚きました、よね?」
少しだけ申し訳なさそうな笑みを作りながらローズニクスが聞いてくる。
「それは、まあ」
曖昧な表情で頷く俺の横でムラマサが考え込むように呟いていた。
「どうやって姿を変えているんだい? アイテム、それとも魔法か何かかな」
「アイテムですよ。皆さんの使っている『幻視薬』と似たようなものです。ローズニクスさんの場合は自身の記憶にある人の姿に変える、というよりも見せかける、というものらしいのですけど」
ムラマサの独り言に答えたのはバーニ。すらすらと性能を口にしたらからにはあらかじめローズニクスから件のアイテムの性能を聞いていたのだろう。
「使用者の記憶にある人物ね」
「はい。先程までの私の姿は若い頃の母の姿です」
自分が思い描いた姿になるというのは明らかに俺の使っている『幻視薬』とは質が違う。それに記憶からその姿を探るというのならばそれはプレイヤーに対しては出来ないことのように思えた。
どんなに技術が進歩したとしても記憶にまで介入するとなればそれはゲームの、というよりも電子機器の領域を著しく逸脱している。
だからこそ、それが可能なのはNPCに対してのみ。
それが俺がローズニクスの変化に対する結論だった。
「ローズニクスが母親、それも若い時の姿で現れてシストバーンは驚いたりしていないのか?」
「そもそもローズニクスさんの実際の年齢をシストバーンが知らないわけがありません。ですから驚いていることでしょうね。とはいえこれが目的だったわけではないのですが」
「目的?」
「私たちの目的は少しでもシストバーンの目をこちらに向けること」
「その理由はなんなんですか? 獣闘祭を無事に開催して、味方から優勝者を出したいのでしたらシストバーンの注目は外しておく方がいいんじゃないんですか?」
「ですが、それでは領民の皆さんを守れません。それに、同じ町にいるあなた方のことも」
小さいながらもその瞳に秘めた意志は領主の持つそれのように思えた。
「あくまで一つの椅子を競っているのは私だというのに……」
苦々しげに呟くローズニクスの肩に慰めるような眼差しをしたバーニの手が置かれた。
領主を継ぐ条件が出された時、真っ先に行動を起こしたのはシストバーンの方なのだろう。そしておそらくローズニクスはそれを知って初めてプレイヤーと協力体制をとることを決めた。その時にバーニという人を、バーニが作ろうとしている協会というももと知り合えたのは偶然だったのだろう。
俺からすればその偶然が幸運だった出会いだと言わざるえない。
こうして巻き込まれて、いや、自分から巻き込まれにいってなお信じたいと思えるのは悪いことではない気がする。
気がするだけで断言できないのはまだ整理できていない感情を抱えているからか。
「ローズニクスが姿を変えているのはわかった。それにその理由も何となくだが理解した。だが、姿を変えていたのでは領民は戸惑うんじゃないのか?」
「それは…そうなのですが」
「バーニの発案なのかどうかは知らないが、領民を騙すつもりがないのならすぐにでも姿を変えるのは止めた方がいい。俺たちのような事情でもない限りは、な」
「あなた方の事情とは何なのですか?」
俺たちのような事情、それは種族が違うということ。それを証明するために俺はストレージから『幻視薬』を取り出し使用し人族の姿へと戻った。
自分と同じように姿を変えたことに驚いたのか、それともヴォルフ大陸では珍しい人族を目の当たりにしたから驚いたのか。どちらにしてもローズニクスは俺を見て目を丸くしていた。
「こういうことさ」
変化を見せつけるように俺は両手を上げた。
ローズニクスが元の姿に戻った時、種族は変わる前と同じ獣人族。変えていたのは外見、年齢だけだった。だからこそ隠し通せるものではないし隠すことではない。そう思えてならないのだ。
「領主になろうとあろうものが嘘を吐くなとは言わないよ。だけど、すぐにバレる、あるいは隠し通せないような嘘を吐くのは宜しくはないということさ」
「それは、私から言い出したことです。子供では侮られる、何より認められないのではないのかと…思って」
不安、だったのだろう。だがバーニたちはそれを承知で止めるべきだったと思う。仮にその条件を満たしたとして、それは姿を変えたローズニクスが行ったことであり、子供の姿のローズニクスではない、そう言われかねないのだから。
「認められていないのが年齢のせいだけだという根拠は何なんだい? 前領主然り、現領主代行然り、その資質は自分たちが行ってきた結果によって見極められていくものなのだろう。だったら年齢が幼いというのはローズニクスの逃げ口上のように聞こえるよ」
「それは……」
ムラマサの意見はいくら領主候補に向けたものだとしても子供には厳しいもののように思える。
しかし、同時に人の上に立つということはそれすら踏まえた上でなにかしらの行動を起こさなければならない。そう思えるのも事実だった。
「すぐに認められないと思うのならば認められるように頑張ればいい。子供だからと侮られるのならば侮られないような手段を講じればいい。領主というのはそれができる立場ではないのかい?」
「ですが、今の私に力を貸してくれるような人は…」
「君は単身でこの跡目争いに挑んでいるのではないのだろう? 君を領主にと押した者、それにバーニたち。少なくともそれだけの人は君のことを支援してくれているはずだ。違うかい?」
「それは…」
ローズニクスが不安げにバーニの顔を見上げた。
まるでムラマサの言葉を確かめるかのような眼差しを向けるその顔はやはりまだ子供でしかなく、領主の椅子に座るには確かに幼いとしか言いようがなかった。だが、先ほど見せた領主然とした表情もまたローズニクスのものであるのは間違いない。
その使い分けはこれから先、時間をかけて覚えていけばいいものだ。
むしろ子供だからこそ、周りの力を懸念無く借りられる。そういう利点もあるということだ。要は自分の捉え方一つ。
そして自身のプライドの在り方一つだ。
「ボクたち協会はローズニクスさんの力になりますよ。それが協会を発足させる際に力添えしてもらったボクたちの最初の恩返しなのですから」
「では、次もあるということかい?」
「勿論です。それはこれからもずっとローズニクスさんの力になること、ですよ」
ムラマサの問いかけに答えたバーニの言葉を聞いてローズニクスは微かに喜びを露わにしていた。
「なにがともあれローズニクスが姿を変えることを止めなかったのはバーニのミスなんだ。それは分かっているな?」
あえて責める視線を向ける俺にローズニクスは怯えたような、それでいて責められているバーニを庇うような視線を俺に送ってきた。
だが俺の言いたいことをバーニは理解しているのだろう。どことなく申し訳なさそうに頷き、
「そう…ですね。それに関してはボクたちのミスだったというほかありません」
「違っ、あれは私が……」
「それでも、だ。協力関係にある以上、誰であろうとも失策に走ろうとするのなら止めるべきだと俺は思う。何よりそれが仲間というものだろう」
「だが、同時に失敗を拭うことも一人ですることではないのさ」
つまりはこれから挽回するためにはローズニクスと協会が互いに力を合わせていく必要があるのだと暗に告げ、それにはバーニとローズニクスが揃って頷きを返してきた。
「でも今はこれからの事を考えるべき、ですよね?」
「……反省は後からでもできる」
「だな。一先ずの問題はこの獣闘祭か」
「それに対してはボクたちの手のものが勝ち残れば問題ないのですが」
「難しい、のか?」
「正直に言いますと難しい、ですね。協会側には戦闘をそれほど好んでいないプレイヤーが多いですし、何より向こうの方が純粋な戦闘スキルで構成されたプレイヤーばかりみたいですから」
成程と納得しながらも、それでは初めから目論見が崩れる可能性があったということになるのではないのかと首を傾げ、すぐに思い返す。多分それ以外の方法を模索する時間がなかった、ということなのだろう。だからこそ協会の発足と同時になんらかの発表の場を考えていて、それを獣闘祭の場とすることを決めた。だから勝ち残れる人材を探すことも出来なかった。
「俺たちも勝てるとは限らないんだぞ」
俺たちを協会側の勢力に含むこと自体は問題なくとも確実に勝ち残れるという保証をすることはできない。
分かっているのかと目で問いかけるもバーニは曖昧に頷くだけ。
それは俺たちに期待を持っているからこそでもあり、また自分たちでは確実に勝ち残れないと思っているからでもあった。
それでも構わないと言い、俺たちに力を貸してくれと頭を下げられた以上、もう言うことは無かった。
俺からすればどのみち優勝した時の賞金は欲しいものだったし、なにより出場した以上そうやすやすと負けてやるつもりもない。
やることは変わらないのと割り切り少しばかり話をした後、俺たちはバーニ、ローズニクスと別れ残る予選を観戦すべく観客席を目指した。
二人との話のなかで新たに知りえたことは協会側を襲うという内容のクエストに関して。元々プレイヤーが出したのには内容が物騒すぎるとは感じていたものの、そういうのもありなのかと思うことで納得してたことだが、実際はその後ろにシストバーンの影があったということらしい。
バーニたちがそれを公表できなかったのはローズニクスが味方にいる以上、あれ以上状況を混濁させるわけにいかず、結局は自分たちの手でどうにかするしかないと判断したからだという。
それにしても、と思わなくもなかったが、すでに大々的に発注されたクエストである限り後手側から出せる手段というものがそれほど多くなかったのも事実。
何より何も事情を知らないプレイヤーからすれば変わったクエストという認識と運営側が何も手を打たない以上それは正式なものだと判断するしかなかったのだろう。関係ない人を巻き込むのを最低限にしたいと考えるのならば、そこはやはり変わったクエストだと思わせ、自分たちで対処していくほかなかったのだろう。
「それにしても、これは、なんというか……」
廊下を歩きながらムラマサが複雑そうな表情を浮かべ呟いた。
「MMOらしくない、か?」
「まあね」
「それこそ今更だろ。ムラマサは知らないかもしれないけどさ、俺たちはこっちに来てすぐクエストともイベントとも取れない騒動に鉢合ったんだ。しかもそこにはプレイヤーの陰などまるでないのに、だ。こう言っては何だけど俺はことNPCが絡んだ場合はそれもある種の現実なのだと思うようにしているよ」
「現実、ですか?」
「ああ。俺たちプレイヤーにとってはここは仮想の世界だ。けど、NPCにとってはそうじゃない。NPCが物語に出てくる登場人物だとするならば俺たちはそれを外から鑑賞、いや、この場合は干渉か。ともかくそれをするイレギュラーな存在だということになる」
「……だから、なの?」
「何がだ?」
「……だからローズニクスって人に手を貸すことを決めたの?」
「まあ、それだけじゃないけどさ」
獣闘祭に参加している以上、勝ち進んでいけば必ずどちらかの勢力が接触してくるだろう事は予測できた。そして以前協会側として戦っていることも知られているはず。そうなった場合シストバーン勢力がとる手段は二つに一つ。強引にでも味方に引き入れるか、排除してしまうか。
可能性としては後者の方が高いと判断したからこそ、俺はバーニ呼び出しにも応じ、ローズニクスとも直接会うことを決めた。
「どっちにしてもさ。俺たちのやることは変わらないよ。何よりもまずは勝たないと。全てはそこからだ」
戦闘場に続く扉を開き地面を揺るがすほどの歓声を耳にしつつ告げる。
目の前で繰り広げられている予選は既に第四回戦にまで進み、その四回戦までも半分近くのプレイヤーが戦場を去った後だった。




