キソウチカラ ♯.14
予選第一試合が終わり、続く第二試合が始まっている頃。
俺はヒカルとセッカと共に戦闘場へと続くコロシアムの通路で今まさに予選を終えたムラマサの帰還を待っていた。
そして、暫くもしないうちにムラマサは予選に臨んでいった時と変わらぬ様子で現れたのだった。
「おや? 待っていてくれたのかい?」
カツカツと音を立てて歩いて来たムラマサが俺たちに気付き片手を上げて訊ねてきた。
「お疲れ様でした。凄かったですよ。やっぱりムラマサさんは強いですね」
「……あれでも全力じゃないんだよね?」
「まあね。あそこで全力は出せないからね。それに――」
「鞭を使っていたプレイヤーのことか?」
「ああ。鞭という武器であそこまでの練度はなかなか見ないからね。それだけレベルも高いのだろう。この先、戦う可能性を考えるとおいそれとこちらの手の内を明かすことはできないさ」
その意見には自分も同意だというように俺は頷いた。
俺からすると万が一にもないことだったが、ムラマサは予選突破の為に全力で戦わないのかと言われることを懸念していたらしい。殆どわからないくらいだったが、微妙にだけ表情を緩めたのが見えた。
「それにしても、予選の様子を見てなくてもいいのかい? 幸いにもオレたちは一番最初の予選だったんだ。次の予選を観戦がてら本戦に出てきそうなプレイヤーをチェックするんじゃなかったのかい」
「俺としたらそのつもりだったんだけどな」
「なにかあった、というわけだね」
「……うん」
「実は私たちに宛てたメールが届いたんです」
「メール? こうして予定を変えてまで来たということはよっぽどな差出人だったと思っても間違いないのだろうね」
「まあ、な」
獣闘祭が始まる前、それこそ揉めているプレイヤーたちと戦う前ならば警戒する必要など微塵も感じていなかったのだが、今はその差出人に対しては一定以上の警戒心を抱かずにはいられない。
他人。敵対しているものや知らないものに対して多少の警戒心を抱くのは悪いことではないとは思うが、こうして見知った顔になった後や親しくなった後にこのような警戒心を抱くようになろうとは、正直嬉しい変化とは思えなかった。
「バーニだよ。俺たちを呼んだのはね」
その一言でムラマサの頭に疑問が浮かんだらしい。
見て取れるほど困惑しているムラマサにヒカルはそっと触れ落ち着くように促した。
「ありがとうヒカル。それにセッカも」
「……大丈夫?」
「ああ。取り乱してすまない」
「いや。それほどじゃないさ。それに、正直俺もこのメールが来た時には動揺したものさ。何を企んでいるのだろうってね」
だからこそここに来たということでもあった。
どうせ巻き込まれるのならば、何も知らないでいるよりも問題の渦中にいた方がいい。たとえどのような状況になったとしてもだ。
「企んでいるなんて、とんでもない。ボクはただボクに出来ることをしているだけですよ」
「それが俺たちにとってプラスかどうかが問題なんだよ。バーニ」
廊下の反対側。
戦闘場から離れた場所から現れたバーニは心外だといいたいように苦笑して見せている。
「それに関しては確かに保証はできませんけど。これでもプレイヤーの利になるように動いているつもりなんですよ」
「バーニ、のじゃなくてプレイヤーの利、か」
「はい。その…皆さんにはそれを解っていて欲しくて。というよりは力を貸してほしいんです」
自然とバーニに対する警戒心が増した。
それは以前と同じような台詞であってもバーニ個人、というよりは協会というものに対して幾許かの不信感が現れたからだろう。
かといってここでバーニの頼みを無下にしようと思わないのはまだ俺のなかにバーニを仲間だと思う気持ちがあるからか。
「皆さんがボクを警戒するのは当然だと思います。何度も騙すようなことや隠すようなことをしてましたから。けど、それを承知でもう一度だけボクたちに力を貸してもらえませんか?」
隠し事があったとしてもバーニは必ず俺の目を見て話してくる。
真摯な思いを伝えるにはそうするべきだとバーニが考えているからだろう。事実、自分にやましいことが何もないわけではない、と解っていてもそうしてしまう人柄を思うと、やはりどうしても見棄てようとは思えないのだ。
バーニの術中に嵌まっているかもしれない。そう感じられてもなお俺はその手を掴まずにはいられなかった。
とはいえ事は俺一人がどうこうすればいい話ではない。パーティを組み、仲間と共に行動をしている限り問題は常に全員に関係してくるのだ。だからこそすぐにはわかったとは言えない。
「どうして、オレたちなのか聞いてもいいかい? 君たち協会が自分たちの仲間だけでことを進めれば済むのではないのかい? あくまでも部外者であるオレたちでなければならない理由があるわけではないのだろう」
「理由ですか。そうですね、それを話すにはボクに付いて来てもらうしかないのですが」
「ここで話せないことというわけか」
「どこで誰が聞いているか解りませんから」
何を警戒している?
いや、誰を、か。
バーニが怖れていると思うものがこの辺りにいると仮定してもだ、俺には警戒を周囲に向けたとしてそれを探り当てる芸当は出来ない。
この先の話を聞こうとするならばバーニについて行くしか手はないようだ。
「ユウ」
「……ユウ」
「いいのか?」
ヒカルとセッカが揃って頷いた。
「オレも構わないぞ」
二人に続いて頷き、あっけらかんと言ってのけるムラマサにバーニは見てわかる安堵の表情を浮かべた。
「ということだ。俺たちを案内してくれ。バーニが安心して話せる場所まで」
俺たちがバーニに連れてこられたのはコロシアムの地下。そこに設置された会議室の一つだった。
扉を開け中に入ってもそこ待っている人は居らず、正真正銘俺たちと話をするために用意された部屋ということらしい。
「ここでなら安心して話ができるというわけか」
「はい。防音効果がある部屋ですから」
「それで、話してくれるのだろう。オレたちを巻き込む理由ってやつを」
「そのつもりです。ボクたちとしても獣闘祭が開催できたのですから皆さんに本当のことを話しても問題ないですから」
「俺としてもそう願いたいものだな」
「約束します」
力強く頷くとバーニは俺たちの正面になるように座る、というわけでもなくたった今入ってきた扉を開けた。
その行動の意味が増援か何からならば俺たちは完全にバーニに騙されたということになったのだろうが、驚いたことにその先にいたのはたった一人。
俺からすれば実際に顔を合わせるのは初めてとなる人物だった。
「あんたは…確かローズニクスだっけか」
自分よりも背の高い女性に対する口調ではないのだろう。しかしこうして目の前に立ってみると感じる僅かな違和感が拭えずにいるのだ。
そんな俺に対してローズニクスは窘めるのではなく、ただ穏やかに頷いて見せるだけ。それはまるで消して言葉は発するまいとしているかのよう。
「バーニが呼んだのか?」
「はい。皆さんに説明するのにはローズニクスさんの協力は必要不可欠ですから」
「どういう意味かな?」
目を閉じ、表情を表に出さないローズニクスとバーニの顔を見比べながらムラマサが問いかける。
「それは――」
「それは私から説明します」
話し出そうとするバーニを遮るようにローズニクスが口を開いた。
だが、その口から放たれた声は俺がモニター越しに見たローズニクスの声とは違って聞こえた。更に言えばその外見と声が一致していない。そんな風にも感じられたのだ。
長い話になる、そう視線だけでバーニに告げられると俺たちは誰からというわけでもなく近くの椅子に腰を下ろした。
「此度の獣闘祭は私の申し出により開催されたのです」
「協会発信のイベントじゃなかったのか」
「表向きはそうなっています。しかし、その実態は私と現領主代行のシストバーンの跡継ぎ争いが発端なのは事実です」
凛っとした口調に比べ、やはり声だけがどことなく二十代後半の女性のものとは思えない。
「正直、領主の跡継ぎ問題とバーニたちが開く獣闘祭に関連があるとは思えないんだけど」
それがローズニクスの最初の告白を聞いた俺の素直な感想だった。
プレイヤー主催のイベントとNPCの問題。ゲームという舞台の上でそれらが絡み合う理由は何だ?
「獣闘祭の勝者に与している方が後を継ぐ、それが前領主である私の父が出した条件なのです」
ローズニクスの言葉を肯定するようにバーニが言葉を続ける。
「ボクたちの方に付いたのがローズニクスさん。そしてシストバーンという人に付いたのが――」
「あのオレと戦ったプレイヤーたちというわけか」
「はい」
「そうなると妙じゃないか? あのプレイヤーたちは獣闘祭の開催すら止めようとしていた節がある。それじゃ前領主の条件そのものが不成立になるんじゃないのかい?」
「いや、ローズニクスが獣闘祭の開催に賛成していて、シストバーンがそれに反対していたとすればさほど妙な話じゃないさ」
「その通りです。ですからこうして獣闘祭の開催に辿り着いている以上、初戦はローズニクスさんの勝利というわけです」
「けど、それで決まるという訳じゃないのだろう?」
「勿論です。父の出した条件はあくまで獣闘祭の勝者に与していた方ですから」
言い切るローズニクスに対して俺は自分の言葉を訂正したくなった。
詰まる所、勝者という存在が必要となる以上獣闘祭の開催は必要最低限の条件となるはず。それならば開催しようとしているバーニたちの邪魔をする意味はないはずだ。
「あのプレイヤーたちの目的は何なんだ?」
「ボクたちを邪魔していた理由、という意味なら。おそらくは現状維持でしょうね」
「現状維持? それがどんな理由になるんですか?」
俺の問いに対するバーニの言葉に真っ先に反応したのはヒカルだった。
今まで何となくでも飲み込めていた説明にも引っ掛かりを覚えたのだろう。そのせいで思わず質問を返してしまったという顔をしている。
「現状シストバーンは領主代行の椅子に就いている。それは即ちこのまま次の領主が決まらなければ自分が同じ立場に居続けられるということになる。そうだろ?」
「ええ。その通りです。ですからシストバーンはバーニさんの邪魔をしたのでしょう。獣闘祭の開催が阻まれれば前提条件すら満たされないということになりますから」
言い切るローズニクスの顔に滲む感情は俺には読み取ることができなかった。
ただ、言えるのはこの時だけは珍しく外見に表情が追いついている。そう感じられたことに俺自身、幾許かの驚きの感情を抱いているのだった。
「獣闘祭の開催までの経緯は理解した。けど、そもそもわからないことがある」
「解らないこととはなんです?」
「ローズニクスが素直に跡継ぎにならない理由だ。シストバーンと前領主がどのような関係なのかは知らないが、ローズニクスが唯一の血族であり唯一の肉親なのだとしたらわざわざ後を継ぐための条件を出した理由が解らない」
二十代後半というのは領主として活動するのに問題の無い年齢のはず。
個人の性格に問題があるということでもない限り、それは理由のない条件のように思えていた。
「理由は私にあるのです」
そういうとローズニクスの体を眩い光が包み込んだ。
思わず目を覆いたくなるような閃光も俺には慣れ親しんだもの。
次の瞬間、少しばかり目を細めるだけで目の前で起こった変化を見届けることのできた俺の前に立っていたのは先程までとは違う姿のローズニクス。
「これが私の本来の姿なのです」
そうして初めて、ローズニクスの発する声と姿が一致した。
閃光の中から現れたのは少女、というよりも幼女の姿をしたローズニクスだった。