キソウチカラ ♯.13
試合開始の合図と共に巻き起こったのは灼熱の竜巻だった。
それがこの予選第1試合に参加しているプレイヤーの手によるものだったのか、それとも舞台にあらかじめ施されていた仕掛けなのかは不明。
だが、この灼熱の竜巻は試合開始と共にある程度のプレイヤーの振り分けという効果を持ち、それ相応の結果をもたらしていた。
「これはどういうことになるんですか?」
観客席にまで届く熱。
悲鳴にも似た絶叫。
そんな喧騒の中を平然と立っているのは何らかの自衛手段を持っている人か、その攻撃すら耐えられるパラメータをしているかのどちらか。
現に半数近くのプレイヤーが脱落してしまっている。
「やられたプレイヤーは失格。生き残ったプレイヤーのみで戦闘は継続されるんだろう。それにこれがプレイヤーの仕業だったとするならばまったく同じとまではいかないだろうけど、似たような事をしようとする人は出てくるんじゃないか。あの攻撃はそれだけ有効な攻撃手段だったってことだ」
戦闘場に施された仕掛けならば確実に同じことが起きるだろうと容易く想像することが出来た。
思案顔でそう答える俺にセッカが僅かにこちらの方を見て、
「……これなら予選はサクサク進みそう?」
「どうだろうな。これからが本番って感じがするんだけどな」
この時の俺の言葉を証明するかのように、戦闘場に立ち続けるプレイヤーたちは自分に有利な距離を作るためにじりじりと他のプレイヤーたちとの間合いを取り始めていた。
誰から動き出す? と言わんばかりに互いの動向を探り合う視線が交差する。
観客席という第三者の目線で見ていてもこの緊張感は拭えない。今まさにあの中心に立っているムラマサが感じているプレッシャーは並ではないだろう。
固唾を飲んで事態の進展を待っている俺の目に次なる展開が飛び込んできた。
それは四方に分かれたプレイやーたちが一様に攻撃を仕掛けるという光景。
同時に、一度静まっていた戦闘が再開されたという証でもあった。
※
竜巻を避け切ってもなお、動くに動けないでいるムラマサは一人のプレイヤーが倒れたのを見て驚きを隠せないでいた。
(誰がやった?)
顔を動かさず、表情にも出さず、目だけを動かして辺りを見回すがそれを行ったプレイヤーの姿は見つけられない。
どちらかといえばムラマサのように驚きを隠そうとしている人の方がほとんどだ。
「半数近くが倒されたとはいえ、まだかなり残っている、か」
近くにいるプレイヤーだけではなく、少し離れた場所にいるプレイヤーも警戒している。してはいるのだが、どうにもその警戒を向ける先を定めきれていないようなのも事実。
動き出そうとしてそのきっかけとなる何かをじっと待っているのも他のプレイヤーと同じだった。
口火を切ったのは誰だった、何だっただろうか。ムラマサが憶えているのはガタリと何かが倒れる音が聞こえてきたこと。
そして、その正体を探る前に、ムラマサは自分に向けられている敵意に向かって駆け出していたことだ。
誰かが特定の誰かに狙いをつけるなんてことはしない。
ただ、目の前の、近くのプレイヤーを敵として戦うだけ。
それがバトルロイヤルなのだと知識では知っていても、一対多、あるいは多対多の戦況を何度も経験していてもこの状況は今までのそれとはどこかが違っているように感じられた。
勝ちを得るためには他を排除するしかなく、また生き残るための椅子は僅か二つときた。
先着順でもなく、最後まで生き残った者という曖昧なようで明確な基準がこの場でどのように立ち回るべきかそれを探るように動き、倒せると判断した相手とタイミングのみ、攻撃に転じる。
(なにやら消極的だね)
それが一番安全である。そんなことは解っている。けれどそれが本当に正解なのかは誰にも分からないのだ。
状況を変える何かが起これば、起こってしまえば、容易くこの現状は変化してしまうだろう。
そしてそれを行う者こそ、現状における不確定要素なのだとムラマサは無意識のどこかで理解していた。
※
「ムラマサさんはどこです?」
「……あそこ。三人のプレイヤーと戦っているみたい」
観客席にいるヒカルとセッカは仲間であるムラマサを探し、その動向を見守っていた。
セッカが指さす先でムラマサは俺の打ち直した刀を振るい勇猛に戦っているようだ。
「アーツは使っていないみたいだな」
「解るんですか? ここは結構遠いですよ」
「アーツ特有の発光は確認できないし、あの刀はムラマサのスキルに適応するように作った。見えるか? 刀身に一筋の溝が彫られているのが」
「……見えるわけない」
「だろうな。とにかく、その溝にはムラマサの魔力ってやつが蓄積されるようになっているんだ。そのお陰でいくつもの属性を使っても刀自身は保護される」
「どういう原理なんですか?」
「原理も何も、あれはある種の魔法道具、いわゆる魔道具だよ」
俺としても武器を作るつもりはあったのだが魔道具を作るつもりはなかった。偶発的とはいえそれが出来てしまったのはムラマサにいくつもの属性をインゴットに覚えさせたからに他ならない、というか他の可能性は思い当たらない。
武器として魔道具を使っているプレイヤーはまだ少ないだろう。
そもそも自身の武器の特性を隠せるということだけでもなんらかのアドバンテージを得ることはできる。
今はまだただの刀としてしか使ってはいないようだがこれから先、アーツを使用するような戦闘になれば確実にこのことが有利に働くはずだ。
「……ユウの剣銃も?」
「これは強化しただけで、まだただの武器だよ。二人の武器と同様にね」
自分の腰に提げられたホルダーに収まる剣銃を思い浮かべながら告げた。
「あの竜巻から生き残ったとはいえ、実力にはまだ開きがあるってことか」
視線の先ではムラマサが三人のプレイヤーを通常攻撃だけで押し切っているのが見えた。
同様に自身の持つ基本的な力だけで対峙している相手を制圧しているプレイヤーがちらほら現れた。まだ既定の人数にはなっていないが、それでもこの辺りが振るい落としの限界なのかもしれない。
「聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「この予選に勝ち残れなきゃ本戦には出れないんですよね?」
「……当然、そう」
「しかも出場できる人数も決まっているんでしたよね?」
「ああ。予選突破の人数は二人だったな」
「ということはですよ。予選に出ている代表者はそのパーティの中でも一番強いプレイヤーなんですか?」
「そうとは限らない、と思う」
「……どういうこと?」
「この予選は誰でも見ることは出来るだろう。だとしたら一番強いプレイヤーが出てくるとは限らない…はずだ」
「……はず?」
「予選突破の確率が一番高いのはそりゃ一番強いプレイヤーが出ることだろうけどさ、その後はどうする?自分の使うスキルや武器の特性、アーツの種類なんかもバレてしまう可能性だってあるんだ。よっぽどの自信がなきゃ全力で戦うことなんて出来ないさ。全力を出せないのなら一番強いプレイヤーである必要はない、というか一番強いプレイヤーは向かないんだよ。この衆人環視の中で戦うのはね」
だからなのだろう。先程開始の一撃で大半のプレイヤーが失格となったのは。
それに生き残っていたプレイヤーもムラマサのように地力のあるプレイヤーには勝つことは難しかった。だからこそ現状で立っているのはムラマサのように地力のあるプレイヤーか、初めから全力で戦っていたプレイヤーだけということだ。
「あ、動きますよ」
生き残っていたプレイヤー同士の、予選第一試合最後の戦闘開始を告げる火蓋が切って落とされた。
※
(アーツを使わずにどこまでやれるかな)
それはムラマサにとって一種の自分に掛けた制約でもあった。
パーティの邪魔になるような結果にはしたくない。だからこそ負けるつもりもない。その意識の先に思いついたのがアーツの使用をできるだけ抑えるという戦い方だった。
これまではその中でも十二分に戦うことができた。
しかし、今生き残っているプレイヤーたちが相手ではそう思い通りにはいかないだろう。
刀を構え、対峙するプレイヤーと向き合う。
お互いに相手の実力の一端は感じ取っていた。
だからこそ油断はしない。けれど出し惜しみするわけにはいかないというところまで追い込まれるわけにもいかない。
一人、また一人と正面の相手と戦い始める。
ムラマサが戦っているのも同じように刀を武器として使用しているプレイやーだった。
「君も刀を使うみたいだね」
刀という耐久度が剣よりも低い武器を使うもの同士だからの立ち回りというものがある。それは不用意な防御を行わないというもの。
刀使いの自分を守る手段は防御ではなく回避となるのが常だった。
「けど、オレの仲間に言わせれば打ちが甘いよっ」
攻撃と回避を繰り返す様はさながら舞を舞っているよう。
しかし、ムラマサが持つ刀はただの刀ではない。ユウに言わすと魔道具なのだ。その耐久力は並みの刀の比ではない。
僅かな隙を見つけて放つ横一線の斬撃がムラマサと対峙しているプレイヤーの刀を叩き切った。
※
宙を舞う折れた刀に視線が集まる。
さらに回転を加え斬撃を加えるムラマサは目の前の相手を両断していた。
「凄いですね。あれでもまだ」
「そうだな。アーツは使っていない。単純にムラマサの技術の成せる業だ」
感心したように呟く。
鋭さ、というものが増したと俺があの刀を渡した時にムラマサは言っていた。なんとなくその言葉を理解していたつもりだったが、あの光景を目の当たりにしていると自分がその言葉の意味を真に理解していなかったのだと痛感させられた。
俺の予想ではムラマサはこの予選を突破することは出来るだろうがそのためには何らかのアーツの使用を強いられると思っていた。
だが、あの切れ味はアーツにも相当する。
つまりはアーツを使用するまでもなく同等の攻撃力を発揮できるということだ。
単純な攻撃だけで胴体を両断されたプレイヤーを見て他のプレイヤーも気づいたのだろう。あの場所に立つ中で勝利への一番の障害はムラマサであろうことを。
しかし、すでに始まってしまっている戦闘は簡単には中断できない。中断した瞬間自分が倒される可能性があるからだ。
それすらもムラマサの計算の内だと言わんばかりにムラマサは戦闘が終わったばかりのプレイヤーに向かって駆け出していた。
迫り来るはたった今プレイヤーを両断して見せたムラマサ。
さらに自分は真剣勝負を終えたばかりで呼吸を整える暇すらない。
そんな二人の対決の結果は火を見るよりも明らかだった。
「このままムラマサさんの勝ちですね」
確かに。ヒカルの言うようにこのままの調子が続けばムラマサが勝つことは決まったようなもの。
だが、俺にはこの予選第一試合がこのまますんなりといくとは思えない。
必ずなにかしらの変化が起こる。
「……まだ解らないみたい」
俺の予測通りにムラマサにとっては不利なことが起こった。
目の前の相手との戦闘を終えたプレイヤーが他のプレイヤーと協力体制を取り、一番の障害となる相手を排除してしまおうと結託したようだ。
※
ムラマサを取り囲むように並ぶプレイヤーたちは揃って肩で息をしている。
「ここを切り抜ければオレの勝ち。押し切られてしまえばオレの負けというわけだね」
余裕がある素振りを見せつつもムラマサは自分の置かれた状況に内心苦笑していた。
ムラマサの予想ではもう少し数が減ったころに動きがあると思っていたのだ。
(展開を読み違えた、というわけじゃなさそうだけど。まあ仕方ないかな)
正直ムラマサすら予想外だったのは自分が使う刀の威力だった。
鋭いというのは最初に渡された時にも感じた事であり、後に練習としてモンスターと戦った時にも実感したことだった。けれど今回の相手は防具で身を守ったプレイヤー。自身の毛皮や身体的能力によって身を守っていたモンスターとは違う。その防御力の差は歴然としているはずだった。
そう。あのように両断できるとは思ってもいなかった。
けれどその予想外がいい方向にも働いているのは間違いない。
戦闘が長引けばその分、自分の手の内を明かすことになってしまう。この状況で相手を一掃しようとすればアーツを使うことになるだろうが、ムラマサからすればあらかじめ自分の使う属性の印象を与えておくことは悪いことではなのだ。
ムラマサにとって今使う属性など数あるうちの一つでしかないのだから。
愛おしい何かを撫でるように、刀身を指でなぞりながら告げる。
「さあ、終わりにしようか」
※
ムラマサの持つ刀に淡い緑色の光が宿る。
注意さえしていれば遠く離れた場所からでも見て取れるその光は俺だけではなく、観客席にいるプレイヤーの半数近くを驚かせていた。
「あの刀でアーツを使うとここまでの威力になるのか」
感心したというように呟く。
強くなったとムラマサの口からは聞いていてた。しかし、それを実際に目の当たりにしたのは実のところこれが初めてだった。
あの光の色が示すは風の属性だろうか。
俺の知る風の属性がもたらす副次効果は切断攻撃の威力増加、それと僅かながらの射程増加。攻撃に風を乗せればその威力も上がるらしい。
現にこうして刀を一振りするだけでムラマサの前に立っていたプレイヤーすべてを巻き込む斬撃を放っているのだ。それが風属性をも操るムラマサの≪魔刀術≫スキルにあるアーツの一つなのだと思えば心強いの一言に尽きる。
風に乗った斬撃によって生き残っていたほとんどのプレイヤーが倒され、一度戦闘場は静寂に包まれた。
最初の熱風、そしてプレイヤーたちによる乱戦。さらにムラマサの斬撃。それら全てを乗り越えたプレイヤーは残すところ三人。このうちの一人が敗北した時、予選第一試合は終わる。
そして、その瞬間はもうすぐそこまで来ているのだった。
※
(ま、あれくらいは耐えるよな)
戦闘場の上、自身を含め三角形に並ぶ残り二人のプレイヤーたちを眺めながらムラマサはそれが当然のように感じていた。
この試合、強いと思われるプレイヤーはそれこそ数多く居た。
だが、ここに居る二人ほど強いと意識したプレイヤーもいなかったのも事実。
ムラマサにすればここに立っているのは妥当なプレイヤーばかり。だからこそここから残り一人を落とすことこそが一番の難題だった。
ムラマサは一度呼吸を整えるためにも目の前の二人のプレイヤー、そのうちの一人に視線を向ける。
(あの髪の赤いほうは魔法的なスキルは使ってこない。けどその分、剣の腕に自信あり、というところかな。なんとなくオレに似ている気もするけど使っている武器は何の特徴もない片手用の直剣)
続けてもう一人のプレイヤーにも視線を向けた。
(あっちの見てくれはファンタジー系に出てくるキャラクターとしては普通だな。明るい赤毛に彫りの深い顔。見たところ使ったアーツは障壁を出すタイプか。それよりも問題はあの武器の方か)
剣の柄のような短い棒の先に伸びる長い革。一般的に鞭と呼ばれる種類の武器だ。
(鞭自体を見るのは初めてではないが、あそこまで極めたプレイヤーを見るのは初めてだな)
剣や斧、手甲なんかとも違う動きを見せる武器相手との立ち回りは簡単ではない。
しかし、この状況で相手の出方を窺うなんてことはすでに意味を成さず、求められるのは自身を勝利に導くための行動のみ。
三つ巴の様相を表して激突する三人のプレイヤー。
剣と剣。
アーツとアーツ。
持っているありとあらゆる手段を使って自分が生き残り、目の前の相手を倒す為に戦う。
自由自在に動き回る蛇のような鞭をくぐり抜け、直剣を持つプレイヤーが前に出た。
その切っ先が向けられているのはムラマサ。
どうやら障壁を出すスキルとリーチの長い武器である鞭を操るプレイヤーは正面から戦うには不利と判断したらしい。
だが、それはムラマサも同様。
二人のうちどちらかと戦うと聞かれれば答えは直剣を使うプレイヤーの方だった。
どのようなスキルを使うか分からないという一点だけはまだ不安が残るものの、それはまだすべてを出しきっていない鞭を使うプレイヤーにも、ムラマサにも言えること。
だから現時点の判断基準だけで決めるならば選択肢は一つ。
それをうっすらとでも理解したのか、鞭を使うプレイヤーは自衛に行動をシフトしていた。
(どうやらあのプレイヤーと一騎打ちになったみたいだな)
鞭が来ないと割り切って直剣を使うプレイヤーに意識の多くを向けた。
本来ならば剣と刀という違いはあれど、勝負は純粋な剣技によって決まるはずだった。
違ったのはムラマサの刀が風の属性を纏い切れ味を増していたこと。そのせいで刀身同士が打ち合うたびに直剣の刃が零れ始めていったのだ。
武器の精度に差がつけば自然と戦力にも差がついてくる。
決着がついたのはムラマサと直剣を使うプレイヤーがぶつかり始めてからそれほど時間が経っていない頃だった。
最終的にこの戦闘場に立っていたのは剣と刀を使うプレイヤーが行っていた戦いから一歩下がっていた鞭を使うプレイヤー。それとムラマサの二人。
コロシアムにある二つのモニターに一つづつ、勝利者それぞれの顔が表示されたのだった。