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ガン・ブレイズ-ARMS・ONLINE-  作者: いつみ
第一章 【はじまりの町】
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♯.14 『パーティで戦ってみよう』


 パーティを組んで登った岩山の道程は俺が知るそれとは大きく違っていた。

 ごく僅かだけ人の手が入った形跡はあるが基本的に補正されていない道に時折岩陰から覗くモンスターの姿。そのどちらもが俺が登った時の記憶の中にはないものだった。


「もう解ったと思うけどさ、ここにいるモンスターは西の草原エリアにいるモンスターとは比べ物にならないくらい強いだろ」


 楽しそうに笑いながらハルが告げる。


「知ってるよ。俺だってここで戦ったことくらいあるんだからさ」

「お、そうなのか?」

「さっき言っただろ。ま、その時はモンスター一体としか戦わなかったんだけどな」


 ハルが言ったようにサンド・スコーピオンは草原エリアで戦ったモンスターとは一線を斯くするモンスターだった。あの時ツバキたちが先に戦っていてサンド・スコーピオンのHPを削っていなければ俺は勝つことは出来なかったと思う。


「だったらここのモンスターの説明はいらないよな?」


 ぼんやりと記憶を辿っている俺にハルの一言が届いた。


「いや。いらなくはないぞ」

「そうなのか?」

「まあな」


 困ったことに俺がここで知るモンスターはサンド・スコーピオンという一種類だけ。しかもそのサンド・スコーピオンが通常の雑魚モンスターなのかボスモンスターだったのかすら判明していないのだ。

 岩山エリアにいるモンスターについて知らないことを自分の怠慢なのは重々承知している。だが折角知る人が、それも仲の良い友人が近くにいるのだ。その人に頼ることも決して悪くは無いはず。


「それならわたしが教えるわ」

「お願いします」


 俺のことをからかうような物言いをするハルを諫なめるように肩を叩き、ライラが率先して話し始めた。


「岩山エリアにいるモンスターは基本的に昆虫型とかコウモリみたいな洞窟にいるような動物をモチーフにしたモンスターだけなの」

「その中でも俺たちが狙うのは昆虫型だな。コウモリのモンスターは夜しか出てこないし、洞窟に入るには装備が足りないからな。何より採れる素材も少ないからさ、効率が良くないんだ」

「なるほど。それじゃ昆虫型の情報を詳しく頼むよ」

「ええ。ハルくんよろしく」

「ライラが言うんじゃ無いのかよ」

「ハルくんの方が詳しいじゃない。適材適所よ。ユウくんもそれで良いでしょ?」

「まあ、俺はそれでもいいけど」

「ねっ!」


 口には出さなかったがハルに説教をされてからというもの、人に何かを聞くことに対して抵抗感が無くなっていた。さらに言うなら現実に戻った時にでも少しくらいは【ARMS・ONLINE】に関する事を調べてみようかなと思うようにすらなっていた。


「あー、詳しくって言われてもな。なんて言えば良いのか、どのエリアも時間と場所で出てくるモンスターが違うんだ。ま、今の時間、この場所、この岩山エリアに限定するのなら出てくるのは『サンド・ワーム』か『サンド・センチピード』くらいだと思うぞ」


 このゲームのモンスターは現実にいる動植物と同じ系統をモチーフにしている場合、嫌になるほど現実の形を踏襲している。違うのはその大きさくらいだ。

 その特徴は動物系ならば戦闘の際にプレイヤーにモンスターの動きを予測可能にするという利点をもたらしていたが、昆虫型に限って言えばその独特の気味の悪さを増長させる効果しかない。昆虫が好きな人ならばテンションが上がるかもしれないが、特別虫が好きでもない俺にとってはあまり嬉しくないことだった。


「まあ、俺たちが一緒に戦えばただの雑魚モンスターに負けることはまず無いさ」


 そう言い切るハルには確かな自信があるようだ。そんなハルを前にして何も言わないのを思えばとライラもフーカも同じように考えているらしい。


「なら安心だな」

「それで、だ。ユウはどのくらい戦えるようになった?」


 ハルが俺の戦いを間近で見たのは最初の戦闘の時だけ。それから僅か一日しか経っていないが、実際にいくつかの戦闘を経験しステータス的にも、技術的にも成長を遂げた今の俺と昨日の俺とではありとあらゆることに対してはっきりとした差がある。


「多分、時間さえあればここにいる雑魚モンスターなら一人でもやれる気がする」


 決して強がりなどではなく、俺にはそれが出来るという確信があった。

 ここに生息するモンスターはどれだけ強かろうとも所詮初心者エリアに出てくるモンスターの延長線上でしかない。つまりどれほど強敵と感じても必ず対処法は存在し、プレイヤーが勝利を手にすることが出来るはずだ。


「言うじゃないか。んで、ソレは使えるようになったのか?」

「勿論だ」


 腰のホルダーに収まる剣銃を見て問い掛けるハルに俺は口元だけで微笑ってみせる。

 時間さえあればと思ったのは銃形態でもそれなりに戦えるようになったことが大きく影響していた。近距離戦オンリーでは回復する間はないかもしれないが、銃撃ならば距離を取って戦える。その際に回復することも近距離戦よりは容易なはずだ。


「へぇ、自信があるみたいだな。ん?」


 口角を上げ笑ったハルの視線がある一定の場所で止まった。その視線の先を追ってみるとそこにはクレーターのような窪みとそこで何重にも重なっているモンスターの姿が見えた。


「ライラは俺たちの中心で回復と魔法による遠距離攻撃。俺とフーカはライラの護衛と接近してきたモンスターの迎撃を。ユウは……好きに動け!」

「それで良いのか?」

「まだ俺にはお前に何が出来るのか分からないからな。それに俺たちの方が経験があるんだから俺たちがユウに合わせる方が簡単だ」


 テキパキと全員に指示を送るハルの様子はまさにリーダーといった感じだ。その指示にライラとフーカが素直に従っていることからもこの三人の連携の練度と信頼関係が推し量れるというものだ。


「来るよっ」


 いち早くモンスターの挙動に気がついたのはフーカだった。

 警戒を促す一言の直ぐ後に窪みの中にいるものに加え岩山の岩壁の隙間や足元にある穴の中から一斉に昆虫型のモンスターが飛び出して来た。


「うげっ」


 昆虫型といってもその大きさは拳大ほどもある。

 モンスターの姿は先程のハルの説明にもあったように、ムカデやハチ、クモや公言したくないような虫もいる。正直いつまでも見ていたいと思える光景ではなかった。


「喰らいやがれぇ! <爆斧>」


 俺たち四人の隊列から一歩前に出たハルの大きく振り上げた斧の刃が青く発光する。

 光った斧を頭上で何度も回転させると十分に威力を溜めた瞬間、迫り来る昆虫型のモンスターの群れ目掛けて振り降ろした。

 ハルの斧の刃が昆虫型のモンスターの群体とぶつかった瞬間、凄まじい爆発が巻き起こった。

 爆発が無数の虫を飲み込み、燃やし滅ぼしていく。


「あれが、ハルのアーツか」


 スキルを成長させていくと獲得できる技、アーツ。ハルが習得した≪斧≫スキルに現れる技の一つが斧の直撃と同時に爆発を巻き起こす<爆斧>なのだろう。その威力は今目にした通りだ。


「やるねっ。それじゃあたしもいっくよー。<ライトニング>」


 フーカの持つ直剣に白い光が宿り、自身をも加速させ目にも止まらぬ速さの剣戟で爆発を抜けてきた昆虫型モンスターを切り刻んでゆく。

 普通の攻撃に比べて格段に威力を上げられるのがアーツの特徴であり最大の利点。数少ないデメリットは使う度にMPを消費するということと同じアーツの再使用にはそれぞれ一定の間隔を要するということだ。


「みんな避けて。<アイス・レイン>」


 ライラが杖を掲げると周囲のの水分が急速に凍てつき、無数の氷の矢となって昆虫型モンスターの群れに降り注ぐ。

 この魔法だけで全てのモンスターを討伐することは出来なかったみたいだが、見える範囲全てのモンスターにダメージを与えることには成功していた。倒したモンスターの数もまた多く、逃したものもダメージを与えられている。

 範囲攻撃と支援攻撃を同時に熟したライラのおかげで俺たちが残りの昆虫型モンスターを倒すこともより容易になっていた。


「凄いな」


 感嘆の声を漏らした俺には攻撃にも防御にも使えそうなアーツはない。唯一持っているアーツは剣銃に銃弾を即座に込め直すことのできる<リロード>だけ。

 離れた場所にいるモンスターには銃形態で銃撃を、近付いて来るモンスターには剣形態で剣撃を。通常攻撃でも確実に相手のHPは減らすことができる。アーツに使えそうなものがないのならばそれ以上の回数、それ以上の威力で攻撃すればいいだけだ。

 とはいえ、言うは簡単だが実行に移すとなれば話は別。

 現実はライラが魔法を使いダメージを与えてくれているおかげで僅か数回の攻撃で倒すことが出来ているのだ。


「もうっ、どれだけいるのよ」


 うんざりとしたようにフーカが呟いた。

 四人で戦うことにより俺たちは確実に昆虫型モンスターの数を減らしている。

 昆虫型モンスターの一体一体は大した強さではないにしても、倒しても倒しても出現しているのは攻撃を受けずして徐々にこちらのHPとMPが削られていっているのも同然だった。


「――っ! <リロード>!」


 撃ち尽くした銃弾を補充すべくアーツを発動させ、そのまま近くの昆虫型モンスターを撃ち落としていく。

 このまま事態が好転しないのならば、いつか四人のうちの誰かのHPが危険域にまで追いやられることがあるかもしれない。最悪の場合、HPが全損することだってあり得る。

 俺が感じている危機感をより強く感じているのはこのパーティのリーダーであるハルの方。


「ライラ! さっきみたいな大規模魔法をもう一回使えるか?」


 俺たちの後ろで魔法を連発しているライラにハルが叫ぶ。


「出来るけど、全部を倒せないと思うわよ」

「それで構わない。モンスターの発生源までの道を作ってくれ。後は俺たちがそこにいるボスモンスターを倒す!」


 ハルが告げた言葉に驚いたのはここにいる皆が同じだった。


「それっと本当なの?」

「ボスモンスターがいるのっ?」

「多分な」


 自信半分、予測半分といった調子で返事をするハルに俺は驚愕の視線を送った。

 本当に無数の昆虫型モンスターの奥にボスモンスターがいるのだろうかと目を凝らし奥の方を注意深く見てみても、忙しなく動くモンスターの影に隠れて見つけることが出来ない。


「わかったわ。二十秒ちょうだい」


 ハルの言葉を疑う素振りなど微塵も見せずにライラが言い放った。胸の前で杖を抱き、集中するライラの全身に水色の光が宿り始める。


「ユウ、フーカ、聞こえているな」

「わかってるって」

「ああ。見えてる」


 正直ハルたちが何をしようとしているのか、はっきりとしたことは分からない。けれど、この二十秒後に戦況に大きな変化がもたらされているであろうことだけは分かった。

 倒されてゆくモンスターは光の粒子となって消えていくために、死骸は残らない。そのために足場が悪くなるということは避けられている。

 空を飛ぶ昆虫型モンスターには関係の無い話でも地に足を付けているプレイヤーには大きなことだった。


「みんな、ありがとう。ハルくん、方向は?」


 収束した光を杖に纏わせたライラが問う。


「二時の方向。タイミングは任せる」

「カウント3でいくわ」

「了解!」

「カウント、3・2・1 <アイス・ピラー>」


 タイミングを合わせて撃ち出したライラの魔法は地面を伝ってハルが指示した方向へと飛んでいく。その魔法が一番近くのモンスターに当たった瞬間、天高く聳える塔の如き氷の柱が出現し他のモンスターも飲み込んで倒れていった。

 ハルが指示した通りの方向で氷の柱に飲み込まれ、倒壊した柱に潰されて消えたモンスターがいた場所に出来たそれは道と呼ぶにふさわしい。


「行くぞ、ユウ。フーカはライラのMPが回復するまで護衛だ」

「まかせてっ」


 ライラによって作られた道を駆け出したハルが俺を呼んだ。

 細かな昆虫型モンスターのいなくなった先には一際大きなムカデがいる。あれがハルが言っていたボスモンスターなのだろう。

 どうして俺を呼んだのか。そんな疑問を解決させる暇などなく俺はハルを追って走りボスモンスターとの戦闘に突入していった。


『ヴェノム・センチピード』


 銃形態の剣銃で照準を定め、正面にいるボスモンスターに銃口を向けたことでその名称とHPゲージが同時に表示された。


「え!? HPゲージが二本…」


 初めて目にするそれに驚きを隠せない。

 草原エリアで戦ったグラス・ラビットもボスモンスターだとハルは言っていた。だがそのHPゲージは一本。目の前のヴェノム・センチピードは単純にその体力だけでも二倍の能力があるということになる。


「ぼさっとするな。来るぞ」


 動きを止めてしまった俺を叱咤するハルの声に、ようやく冷静さを取り戻すことができた。

 蛇のように身体をくねらせるヴェノム・センチピードに向けて咄嗟に二発の弾丸を撃ち出す。硬い甲殻を持つのは昆虫型モンスターの特徴だと理解していたはずなのに、銃弾が弾かれてしまうと焦りが生じてしまう。

 あの硬い甲殻はプレイヤーの攻撃を容易く弾き返すことが出来るのだろう。それでも全く効果がないという訳ではないはずだ。


「このっ、もう一度! <リロード>」


 銃口を下に呟くことで瞬時に<リロード>が発動する。減少するMPと引き換えに剣銃に新たな弾丸が込められた。

 再び狙いを定めて引き金を引く。

 あまり間隔が空いていないこともあってか二度目の銃撃も一度目の銃撃の時と寸分変わらぬ場所に着弾した。


「ナイス!」


 一度目の銃撃はヴェノム・センチピードの甲殻に弾かれたが、二度目の銃撃によってそれを砕くことができた。

 減少するHPは僅かでもその一部に限り防御力は著しく減少する。いわゆる部位破壊というやつだ。


「はああッ、<爆斧>」


 ハルが砕けた甲殻の場所目掛けて斧を振り降ろす。

 攻撃と同時に巻き起こる爆発がヴェノム・センチピードのHPゲージを目に見えるほどに削っていった。


「このまま押し切るぞ」

「あ、ああ」


 自信たっぷりにハルは言い切っているが、残っている自分のMPは最大値の半分程度で同じ戦術がとれるのはあと数回だけ。減少したヴェノム・センチピードのHP量を見る限り、倒しきれるまで俺のMPが保つとは思えない。

 なにか突破口はないものかと、注意深くヴェノム・センチピードを観察すると砕けた甲殻は再生することなく柔らかい内部が露出したままだということに気付いた。


「ハル! さっきと同じこと、もう一回出来るか?」


 俺の銃撃だけで出来るのは甲殻を破壊することまで。有効なダメージを与えることが出来るのはあくまでハルの一撃だ。


「任せろい」


 そう言ってハルは慣れた様子でストレージから液体の入った小瓶を取り出し、勢いをつけて飲み干した。空になった小瓶を雑に投げ捨てるとモンスターが消滅するときと同じように細かな光の粒子となって消えた。


(あ、ポーション使えば良かったのか)


 今あるMPをどう使うべきか考えるあまり、回復すれば良いことを失念していた。ハルの行動に促されるように俺もストレージからMP回復用のポーションを取り出し使用した。


「行くぞ」


 互いの準備が出来たことを確認し引き金を引く。

 剣銃から響く発砲音を皮切りに俺とハルによるヴェノム・センチピード攻略が始まった。

 ムカデを大きくしたモンスターであるヴェノム・センチピードの攻撃方法は僅か二種類だけ。鋭く尖った大顎での咬み付きと全身を使った巻き付き攻撃だけ。

 驚いたことに体当たりなどは使ってこないようだ。しかし、身体が大きいだけにその攻撃の全てが俺たちにとっては大ダメージとなる。だがその分こちらの対応は簡単だった。一回一回の攻撃の後に出来る隙を狙って攻撃し甲殻を砕き、砕けた甲殻を目掛けてハルが斧を振り降ろす。その際には≪斧≫スキルのアーツである<爆斧>も併用すれば巻き起こる爆発に飲まれヴェノム・センチピードはそのHPを大きく減らした。

 そうして俺たちは何度も何度も同じパターンの攻撃を繰り返す。

 暫くして一本目のHPゲージが消失し二本目に突入したその瞬間にヴェノム・センチピードに変化が現れた。砕けた甲殻から紫色の液体が滲み出してきたのだ。


「これは…ヤバいっ! そこから離れるんだ」


 銃形態の剣銃を構えてヴェノム・センチピードを狙っている俺を呼ぶハルの叫び声が聞こえる。しっかりと狙おうとしていたせいで思っていたよりも近づき、動きを止めてしまっている俺に向かってヴェノム・センチピードの体から滲み出る液体が飛んできた。

 俺がこの液体が毒液なのだと気付いたのは顔を庇い前に出した左腕に毒液が掛かった瞬間だった。


「うぅ……」


 焼け付くような痛みを伴って俺のHPが勢いよく減少すると同時にHPゲージの下に見慣れないアイコンが追加されたのだ。


「ユウ、大丈夫か?」

「あ、ああ。大丈夫……?」


 慌てて駆け寄ってきたハルの問いに答える。受けた痛みは一瞬でそれもかなり制限されたものに過ぎず、既に腕の傷から痛みは感じない。


「なんだ? このアイコン」


 問題なのは攻撃を受けて一度大きくHPを減らしているというのに、今も僅かに減少をし続けているということ。


「それは毒だな。解毒ポーションはあるか?」

「いや……無い」

「なら早くこれを飲んで回復しろ。次の攻撃が来るぞ」


 ハルが綺麗な紫色の液体が入った小瓶を手渡してくる。栓を開けて恐る恐る一口飲んでみれば口の中に爽やかな香草の風味が広がった。

 解毒ポーションのハーブティーのような味に安心して一気に飲み干すとHPゲージの下にあったアイコンが消失した。


「いけるな?」

「ハルのおかげでな」


 僅かに回復したHPを確認して再び剣銃を握る手に力を込める。

 今のヴェノム・センチピードは普通の攻撃に毒付与が追加されているらしく、これでは少し攻撃が掠っただけでまた毒に侵されてしまうだろう。

 どうやら今まで以上に回避に気を使う必要が出てきたらしい。


「ラスト一本。削り切るぞ」


 ハルは怖れを抱くことなくヴェノム・センチピードに突っ込んで行く。


「ん? あれは――」


 走るハルの向こうにいるヴェノム・センチピードを見て俺は微かな光明が見出せた。変化があったのはヴェノム・センチピードの攻撃だけではなかったのだ。

 それまで俺が剣銃による銃撃で甲殻を砕く必要があったのだが、現在のヴェノム・センチピードの甲殻には全身に渡ってひびが入り、砕けている箇所も増えている。

 こうなっては銃形態による点の攻撃よりも剣形態の線の攻撃の方が効果があるのではないか。

 自分が毒を被る危険性は上がるが、俺が攻撃に回るのは今なのかもしれない。


「おらっ<爆斧>」


 ヴェノム・センチピードの身体で爆発が巻き起こり聞き慣れない悲鳴のような絶叫が轟いた。

 身を捩じらせて苦痛に耐えるヴェノム・センチピードは確実に追い込まれている。倒すために追撃を加えるのは今を置いて他にはない。


「もういっちょ。<爆斧>」


 こうなると自分に攻撃技がないことが悔やまれて仕方ない。ここはMPの出し惜しみせずに大きなダメージを与え続けるべき場面なのだ。

 歯痒くなり唇を噛みながらも俺は必死に剣銃を振り続けた。

 自分に隙が生まれないように。

 ハルが再び技を使うまでの時間を補うために。


「これでトドメだぁー」


 斧の刃に光を灯らせているハルが叫ぶ。

 咄嗟に剣銃を銃形態に変形させるとヴェノム・センチピードの攻撃を遅らせるために撃つ。


「ラストっ <爆斧>」


 気合いと共に振り降ろされた斧がヴェノム・センチピードを両断する。

 一際大きな爆発が起こり、それは周囲にいる残る雑魚モンスターまでも巻き込んでいく。


「――っ!」


 ヴェノム・センチピードのHPゲージがゼロになる瞬間、最後の抵抗とでもいうべき攻撃が繰り出された。

 俺とハルのどちらを狙ったものかも分からない。そう警戒した矢先、がむしゃらに繰り出したとしか思えない攻撃は離れて戦っているフーカとライラがいる場所に当たる軌道を描いていた。

 ハルの斧も俺の剣銃も届かない遥か上空を大顎を開けたヴェノム・センチピードの頭が千切れ飛んでいく。


「させるかぁ」


 完全にHPがゼロになるまで僅か数秒。その僅かな時間に雑魚モンスターとの戦闘を続けている二人に大ダメージを負わせるわけにはいかない。

 最後のMPを使って<リロード>を発動させ、新たな銃弾が装填された剣銃を構える。

 浮かび上がるターゲットアイコンは的確に飛んでいくヴェノム・センチピードの頭を捉えた。


「当たれぇっ!」


 引き金を引き撃ち出される弾丸は風を切って飛んでいく。

 弾丸が当たった瞬間ヴェノム・センチピードの頭部が細かな粒子となって霧散した。ヴェノム・センチピードの頭部が消滅したこと残る胴体も消え、ボスが消えたことで集まって来ていた他の雑魚モンスターたちも戦意を失ったかのように逃げだして岩壁の隙間や地面に潜っていった。

 周囲からモンスターの気配が消えたことで、俺の視界に出現したコンソールには獲得したモンスター素材と経験値が羅列されていく。


「お疲れさん」


 斧で肩を叩きながら近付いてきたハルが戦闘の終わりを告げたのだった。




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