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キソウチカラ ♯.9

 こうして剣を交えてみるとより解ることがある。

 フリックが剣を操る腕は俺よりも上で、多分、ムラマサと同格だ。

 重さも大きさも剣銃や刀なんかとは比べ物にはならない大剣を片手で軽々と振って見せているのだ。それなのに、俺が剣銃を振るうスピードよりも速く大剣を振り抜き、ムラマサが刀を自分の手足のように扱うよりも自然に大剣を扱っているのだ。

 それだけでも驚きなのに、フリックの底は未だ見えてこない。

 今よりも上が存在するのか。

 今よりも、先があるのか。


「君は凄いな。こっちは二人掛かりだというのに随分と余裕がありそうだ」


 感心したように笑いムラマサが呟いた。

 フリックを間に入れて俺とムラマサが両端から攻撃を仕掛けているが一度として有効打を与えることが出来ていないのだ。

 ムラマサほど余裕のない俺は無言で一縷の隙を探し続けた。

 まずは一撃。

 その一撃を与えることに集中する。

 これが俺が自分よりも強い相手と対峙した時の決まり事だ。

 出来ることから少しづつ。何事も最初は小さな一歩から。そう思えばこその、ある種のジンクスのみたいなものだった。

 しかし、どうも風向きが悪い。

 どんなに工夫を講じても、どんなに策を練ろうとも、その切っ先はフリックに掠りすらしなかった。


「……どうして?」


 思わず口から言葉が漏れた。

 正直なところ、戦う前からフリックは自分より剣の腕がたちレベルが高い相手であろうとは思っていた。その佇まいからくる想像だったが、おおよそ間違ってはいないだろう。

 だからこそ慎重に戦っているつもりだ。

 自分にできるあらゆる手段を用い、勝つ為に。

 しかし、攻撃はフリックに当たらず、また、フリックの攻撃も俺たちには当たらずにいた。不審に思いつつも立ち合いのなか笑うフリックを見て気付いた。大剣が俺たちを傷つけないのは俺たちの回避能力が高いのではなく、フリックに俺たちを倒す意思が薄いというだけなのだ。

 遊ばれている。俺がそう感じてしまうのは俺とフリックとの間に埋め難い実力差があると思うからだろうか。


「はぁ、もういいや」


 戦闘がヒートアップしていくなかでフリックが突然告げた。

 俺とムラマサを払い除けるために振り抜かれた大剣が目の前を横切る。その迫力に反射的に下がってしまったが、それでフリックが作り出せたのは呼吸を落ち着かせるための時間だった。


「何のつもりだ?」

「どういう意味だい?」


 振り抜かれた大剣を地面に突き立て、そこに体重を預けるその様子からは戦意というものが忽然と消えてしまったかのようにすら見える。


「オマエラは気付かないのか?」


 呆れたように呟くフリックが視線を町の方へと移し、続けた。


「終わったみたいだ」


 釣られて顔を向けた先にある町の中心部からは黙々と白煙が立ち込めていた。


「あれも…お前たちの仕業なのかッ」

「さあな。オマエラのせい、かもしれないぜ」

「ふざけるなっ!」


 剣銃を構えて咄嗟に駆け出していた。

 戦闘が終わった後の完全なる不意打ち。それなのにフリックは俺を鼻で笑うと大剣の腹で剣銃の刃を受け止め、動きを止めた俺の腹に強力な蹴りを叩き込んできた。


「――がっ、はっ」


 仮想(ゲーム)だというのに呼吸が苦しくなる。

 HPバーの減少という明白なダメージを示すものよりも、フリックの蹴りが与える衝撃の方がそれだけ強いという証となっていた。


「オマエこそふざけているのか? もう終わりだと言っただろうが」


 フリックが俺を見下ろしながら言い放つ。


「な、何であんなことをするんですか!?」

「ああ?」

「あなたはさっきの人たちよりもあからさまに強いですよね。それなのに、あの人たちを捨て駒みたいにしたりして――」

「それがやつらの役割なのさ」

「……どういう意味?」

「何で俺が話さなくちゃ――って、ああ…別に話してもいいのか」


 だるそうに、舞台に突き立てた大剣にもたれかかる体重を乗せるようようにしてフリックが告げた。


「ヤツらがここで砲台になったのは自分の意思ってやつさ」

「自分の意思だって? そんなわけ――」

「ないと思うのか? だったらそれはオマエが俺らのことを知らないからだ」

「そうだね。オレたちは君たちのことを知らない。だから口を出すなというのなら教えてくれないか? 君たちの目的ってやつをさ」


 ムラマサが刀を鞘に収めながら問いかける。

 ボロボロになった舞台の上で二人のプレイヤーが静かに睨み合った。

 張り詰めた、といえばいいのだろうか、身動き一つとれないような空気の中でその静寂を破ったのは聞き慣れない男の声だった。


「私がお教えしましょう」


 その声が聞こえてきたのは上の方。

 だが、ここは外で上には空しかないはず。そう思って空を見上げると小さな影が近づいてくるのが見えた。

 小さな影は重力に従い見る見るうちに大きくなる。

 俺達の前に降り立ったのは獣人族とは思えないほど動物的特徴が見られない男だった。


「アンタは?」

「私の名はホワイトホール。そこの男の仲間ってやつですよ」


 ホワイトホールがにこやかな笑顔を向けてくるが、その笑顔は明らかな作り笑いだ。

 傍から見てるだけでも分かる。目が笑っていない。

 多分、必死に隠されているだけで、その戦意はフリックよりも大きく、また激しいのだろう。


「だったら答えてくれるかな。君たちの目的はなんだい?」

「私たちの目的は協会ってやつを潰すことですよ」


 端的かつ明確なそれを耳にして、俺は自分のなかに現れた静かな怒りを感じていた。

 折角得た相手側の話を聞くチャンスを潰してはならないのだと怒りを胸の中に押し込んで平静を装う。

 だが俺の静かな葛藤すら見通していると言わんばかりに横目でこちらを見てくるホワイトホールは変わらぬ笑顔でプレッシャーをかけてくる。


「その理由とはなんなんだい? 言ってはなんだが協会は所詮数名のプレイヤーが作るノンオフィシャルなものだろう」

「私たちは知りません」

「何故だ?」

「協会を問題視しているのは私たちじゃないく、領主たちですから」

「では、その領主たちは協会の何に懸念を抱いているんだい」

「さあ。何でしょうね」


 知っていて隠している。そして俺たちには伝えるつもりはないのだという意思がホワイトホールの様子から感じ取れた。

 固く口を閉ざした人から話を聞き出す術を俺は知らない。

 頼みの綱のムラマサも交渉事に関してはそこまで得手じゃないらしく、次の言葉を探して思考を巡らせているといった感じだ。


「そろそろいいでしょう。フリック、戻りますよ」

「いいのか?」

「ええ。これで解ったはずですから」

「何がだ?」


 剣呑な眼差しで俺は反射的に問いかけていた。


「私たちが敵ではないということがですよ」

「なっ、敵じゃないだと。ここまでのことをしておいて何を言っている?」

「事実です」

「……どうして言い切れるの」

「私たちはただ、領主から出ているクエストを進めているだけ、ですからね」


 多分、今度のホワイトホールの笑顔は本物なのだろう。なにせ微かに歪んで見えたのだから。

 自分たちに非は無い。そう言いたいのだろうが、俺にはそれが信じられない。


「協会を襲うクエストを出したのも領主とやらの指示だとでもいうつもりか?」

「半分はそうだ」

「フリック!」

「いいだろうが、別に」


 話は終わりだと言ったホワイトホールに反してフリックが喋り出した。


「俺はまだ納得していないんだからな」

「はぁ。それはもう何度も話し合ったことでしょうに」

「それでもなんだよ。俺らだったらこんな回りくどいことをしなくてもいいだろうが」

「どういう意味なんですか」


 フリックの見せた苛立ちは本心からくるものなのだろう。それを敏感に感じ取ったのかヒカルがここぞとばかりに質問を投げかけていた。

 もしかすると領主とやらに自分たちの実力を低く見られている、そう感じているのかもしれない。


「協会ってヤツを潰すくらいは簡単なことだって意味だ」

「方法はともかく、私たちと協会に組するギルドとは明らかな力の差がありますからね」


 明らかな力の差が武力の差なのか組織としての力の差なのかは分からないが、こうもはっきりと自信あり気に言い切るホワイトホールを目の当たりにしては嘘だとは思えない。

 仮にそれだけ大きな組織力のがあればすぐにどのギルドが敵対しているのか探れそうなものだが、バーニたちは本当に気付いていないというのだろうか。

 知っていたとして、それを俺たちに隠す意味などないようにも思えるが。


「……だったらどうしてあんなクエストを発注したの?」

「それが最も簡単な方法だと判断されたからだ」

「……誰に?」


 当然とも思えるセッカの問いには誰も答えようとはしない。

 まるで真実を聞かれるのを避けているかのようだ。


「その領主って人にじゃないのか?」


 黙り込む二人の代わりに俺が言った。

 この男たちの上に立つ者で尚且つその性格を認知していないものとなれば俺には一人しか思いつかない。ムラマサも同意見だったのか表情を崩すまいとするフリックとホワイトホールの表情の機微を見逃すまいと真剣な眼差しを送っている。


「ここまでです。これ以上あなた方にお話しすることはありません」


 ホワイトホールが手を空に向けて掲げた。

 すると何か巨大な影が俺たちの頭上に現れた。


「今度こそ行きますよ、フリック」

「ああ」


 風を起こし、舞い降りたそれは白色の巨大なカラス。

 フリックとホワイトホールがその背に乗ると目を見張るスピードで飛び去ってしまった。


「ユウみたいなことをする人っているんですね」


 感心したように呟くヒカルに俺は如何とも形容しにくい顔を向けていたと思う。

 先ほどの流れで俺みたいと評されると、まるで俺が協会を襲うというクエストを考えつくような人物に聞こえるではないか。

 そんな俺の気持ちが伝わったのか、ヒカルは慌てて、


「違いますよ。クロスケちゃんみたいなのを連れている人もいるんだなって思っただけです」


 とフォローを要れた。


「ああ、解ってるって」


 これまで偶然にも出会ってこなかっただけで、当たり前のように自分以外にも契約したモンスターを使うプレイヤーは居ると思っていた。いつかは他の人が契約したモンスターも見てみたいとも。

 その最初の一人がよりにもよってホワイトホールだとは。

 喜びたい出会いではないのが残念だが、俺のクロスケとは違い純白のカラスというのも綺麗だと思ってしまったのが若干悔しい。

 俺のクロスケの方が綺麗で乗り心地もいいんだ、と誰にでもなく言ってしまいそうな衝動に駆られたがどうにか堪えることは出来た。

 これがペットを自慢したがる心境か。

 うん。自重は大事なことだな。


「それにしても、あの二人が言っていたことは本当なんでしょうか?」

「……少なくともフリックて人はクエストを出すの。イヤだったみたいだけど」

「そうなのかもしれないね」


 俺が最初に抱いていたこのクエストを仕掛けたというプレイヤー像からフリックはかけ離れているように思えた。どちらかといえば常に嫌らしい笑みを浮かべるホワイトホールのような人物像を想像していたのだ。

 しかし、そのホワイトホールもフリックを諫めていただけで否定らしい否定はしてはこなかった。

 つまりは欠片だとしても納得していない感情が残っているのかもしれない。


「聞いてみるしかないか」


 プレイヤーの影が遥か彼方へ消えて行った空を見上げて呟いた。

 去って行った二人のプレイヤーの言葉に込められた真意と真実を想像してみても答えなど解るはずもなく、頭の中では延々と疑問が繰り返されるだけ。

 騒ぎが収まりだした町の中心部へと俺たちは足早に歩き出す。

 この騒動の真実を聞くことができるかもしれないもう一人がいるその場所を目指して。



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