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キソウチカラ ♯.7

 何が起こっている?

 ラカンに目掛け走っている最中、俺の頭を占めているのはそのたった一つの疑問だけだった。

 クロスケで降り立った地点とラカンの町の入口の距離はせいぜい百メートル程度。高原となっているが足元はある程度整備されていて走ることに抵抗は感じない。

 乱暴に町の入口の門を開ける。


「どうしてこんなことになっているんだ?」


 先行していた俺に続いて現れたムラマサが驚き、呟いていた。


「……これが本当に町中なの?」

「こんなことって」


 信じられないものを目にしたと言わんばかりのセッカと言葉を失うヒカルがそれぞれ俺とムラマサの間に並ぶ。


「バーニとの通信は繋がったままか?」

「そうです」

「なら現在地を聞いてくれ。さすがにこのど真ん中を突っ切るなんてことは出来そうもない」


 目の前の光景を一言で表すならば闘争、であり戦争、だろうか。

 PKという行為にペナルティが施されることは無くとも実質的な利益は無くなった後、プレイヤー同士が戦うことは単純な腕試し行為と化していた。

 それでも悪質なPK行為をするプレイヤーもいるらしいが、その数は減少の一途を辿っているらしい。

 だからこそ、目の前の光景は異常だ。

 プレイヤーが別のプレイヤーをまるでモンスターと戦っている時のように平然と攻撃していく。

 時折見える光は間違いなくどこかのプレイヤーがHPを全損させた時の光なのだろう。


「バーニさんの現在地が分かりました。この先の神殿に立て籠もっているらしいです」

「わかった。まずはそこを目指そう」

「ユウ達はマップを見ながら進むのに慣れているのか?」

「……それなりなら」

「だったらここはオレが先導しよう」

「頼む。ヒカルとセッカはムラマサの後に続いてくれ」

「ユウはどうするんですか?」

「俺は最後尾で付いて行く」

「了解だ。なるべく戦闘は避けるつもりだが、それでも避けられない戦闘もあるだろう。そのつもりでついて来てくれ」


 建物の陰に隠れるようにムラマサが駆け出した。

 闘争の中心となっているのは町の表通りであり、メインストリートだ。裏通りや小さな路地なんかはNPCたちが必死の形相で逃げ回っていることからも戦場とはなっていないようだ。

 けど、それも時間の問題だろうな。

 今はまだ戦況が拮抗しているからいい。しかしその振り子がどちらかに傾けば間違いなく戦場は広がる。

 逃げ出すものを追撃しようとして、自分だけはどうにか生き残ろうとして。

 なんとも荒々しい戦場を横目に進んでいると不意にムラマサが立ち止まり、後からついて来ている俺たちに前を見るようにと素振りだけで指示を出した。


「見えるか? あの建物が神殿だ」

「何か沢山の人が押し寄せているみたいですけど」

「……でも、武器も何も持ってない?」

「多分、あれは戦場から逃げてきたプレイヤーとNPCたちだろうな」

「オレもユウに同感だ。誰も彼も戦いたいわけではないのさ」

「だったら無理やり押し通るわけにはいかないですよね」

「……というか正面からも裏口からも入れそうにないよ」


 神殿を囲むように集まってきている人たちは皆助かりたい一心で戦場から逃げてきたのだろう。

 本来神殿はそういう人たちの逃げ場所になっているのかもしれない。そういう意味ではバーニは神殿を不当に占拠しているということになるのだろうか?


「あ、扉が開きましたよ」

「……誰か出てきた」


 神殿の中から集まる人を掻き分けて出てきたのはあの神殿の神父らしき男。おそらくはNPCだろうが、その様子からバーニが不当に占拠しているのではないと知り少しだけ安心することができた。


「今なら私たちも神殿のなかに入れるんじゃないですか?」

「だな。急ごう」

「武器は仕舞っておいた方がいいだろう。あそこにいるのは皆戦う意思のない者たちだ。不要な軋轢は避けるべきだろう」


 そう言うとムラマサは刀を鞘ごと背中から服の中へと入れてしまった。


「そこまでする必要があるのか?」

「ちょっとばかり動きづらいが、仕方ないさ」


 確かに外からは武器を持っていないように見えるが、これでは単純に武器を隠しているだけだ。神殿の中にはバーニがいることだし、説明をすれば問題ないだろう。それに辿り着くまでに何かあった時の備えはしておきたい。

 俺は剣銃を腰のホルダーに収めると急いで神殿へと駆け出した。

 人の数は多いが神殿も大きい建物だ。

 開かれた扉も例外ではなく大きい。人が雪崩のように押し込んでも問題はないようだった。


「バーニはどこにいるんだ?」


 神殿の中に入っても直ぐにバーニの姿は確認できない。

 名も知らぬプレイヤーとNPCがそれぞれ神殿のなかで怯えた様子を見せているのだけはどこにいても見えてくるようだが。


「皆さん。こっちです」

「バーニさん」


 神殿の二階。多分ここで暮らすシスターや神父が使う部屋があるのだろう。

 その部屋がある階層から慌てて憔悴しきった様子のバーニが素振りだけで俺たちを呼んだ。


「ついて来てください。話はこの奥で」


 バーニに促されるまま俺たちは神殿の二階へと続く階段を昇っていく。

 会議室のような部屋に入るための重々しい扉を開けた先にはまた俺の知らない顔ぶれが揃っていた。


「バーニ、教えてくれ。何があったんだ? どう考えてもこの町の状況は異常だ」

「その前に一つ確認させてください」


 俺たちの前に立つバーニは真剣な面持ちで問いかけてくる。


「どうしてここに来たのですか? まさか、もう忘れたのですか? 皆が襲撃にあったことを」

「三人とも忘れてなんかいないさ。ただ、一度は当事者になったからこそできることがある、そう思っただけなんだ」


 ここに来ると決めた段階でバーニが危惧しているようなことは全て納得してきた。たとえ自分たちの身に何かが押し寄せてこようと自己責任なのだとムラマサが視線だけでそう告げていた。


「それは本当なのですか?」

「ああ。本当だ」

「あなたたちも?」

「はい。みんなで相談してきましたから」

「……ほんとう」

「では、お話しします。この町で今何が起こっているのかを」

「ちょっと待て。こいつらは信用できるのか? おれたちの敵じゃない保証は?」


 テーブルについている一人が信じられないと言わんばかりに告げた。


「ヘディレス、保証はボクとボクのギルド果実樹がします」


 バーニがきっぱりと言い切ると部屋中にどよめきが起こった。


「それでいいの? この人たちが何かしでかしたらバーニの協会内での立場は厳しいものになるのよ」

「たとえ立案者であろうともじゃな」

「わかっています。パイソン、オリヅル。責任は全てボクが持ちます」


 強い意志を込めて三人の仲間を見つめるバーニは一度目を伏せるともう一度目を見開いて俺たちの方へ向きを変えた。


「そういう訳ですから、信じていますよ。皆さんのことを」

「友達を裏切るような真似はしないさ」

「友達。ですか?」

「違うのか?」

「いいえ、違いませんね。ボクはあなたたちと友達です」

「ついでにオレもその中に入れてくれると嬉しいのだがね」


 肩を窄めムラマサが言った。


「勿論です。ユウさんたちの仲間ならば、ボクの友達です」

「ありがとう」


 ほほ笑むムラマサにバーニが立ち上がりテーブルについている四人の獣人を差し話し始める。


「まずは彼らを紹介させてください」

「そんな時間など――」

「イブリース。顔を名前も知らない人を直ぐに信用するのは難しいことです。それはボクたちも彼らも変わらない」

「だったら、俺たちの方からがいいだろうな。俺はユウ。ギルド黒い梟のマスターだ」

「私はヒカルです」

「……セッカ」

「ムラマサだ。よろしく頼むよ、みなさん」


 四人がそれぞれ自分の名前を告げる。

 これがこのゲームでの基本的な自己紹介だった。知らせるのは名前だけ。余程親しくなければどのような武器を使いどのように戦うか、どれほどのレベルなのかは知らせない。

 隠すのは自分を守るためであり、他人との距離を不用意に縮めすぎないようにするのだと俺は昔誰からか聞いた記憶があった。


「ではボクから。名前はバーニ、ギルド果実樹のギルドマスターでありこの協会の発起人です」

「おれはヘディレス。ギルド『ワンアイド』のギルドマスターヲやらせてもらっている」


 バーニに続いて名乗った獣人の外見は一言でいえば青い犬。雰囲気は獣人族の姿になった俺とよく似ているが、俺よりも少しだけ温和な印象があった。


「わしはオリヅル。ギルド『水銀海』のギルドマスターじゃ」


 二人目は俺が初めて目にする鳥の特徴を持った獣人族だった。と言っても嘴などがあるわけではなく、実際には露出している腕や顔にごくごく小さな黄色い羽が生えているだけだったが。


「ワタシはパイソン。『バットナイト』のギルドマスターをしているわ」


 三人目は鳥ではなくコウモリの特徴を持った獣人族の女性。コウモリの羽が露出した腰の辺りに生えているのが見える。

 そして四人目が、俺たちに向けて不信感を露わにしている。


「イブリース。『フォッグ・ストラグル』のギルドマスターだ」


 彼の体は普通だが、頭は鰐そのもの。以前会ったクマデスを思い出させるが、どうしてだろうか熊よりも鰐の方が怖く見える。これは彼自身の雰囲気が助長させているのか、町で出会うと思わず目を逸らしてしまうかもしれない。

 青い犬に鳥とコウモリ、そして鰐。

 一つとして同じモチーフを選んではいないのは偶然なのかそれとも元々選択できる種類が豊富なのか。『幻視薬』を使用した際に自動的に決定した俺には解らないことばかり、いつか余裕があるときにヒカルに訊ねてみるのもいいかもしれない。忘れていそうな気はするけど。


「この五人が協会に参加する主なギルドとそのギルドマスターです」


 五人のギルドマスターが揃って俺の方を見た。

 その中の一人、パイソンが立ち上がった。


「この町でなにが起こっているかを話してもいいかしら」

「お願いします」

「まず起こっていることはこれまで通りと思ってもらってもかまわないわ」

「二つのクエストが同時に進行しているってやつか」

「そうね。今回に限って言えば問題なのはきっかけになったのが運営側のクエストで、ここまで拡大した理由が協会を狙うクエストってことかしら」


 それだけ聞くとまだまともな気がするが、あの惨状を見る限りとてもじゃないがクエストのせい、だけでは納得できそうもない。

 腑に落ちないという顔をしているとオリヅルがさらに言葉を続けた。


「ここまでの規模になったのはおそらく協会を襲うクエストを受注したものが結託したからじゃろうな」

「どういう意味だ?」

「わしらがここで集まるという情報が漏れていたらしいんじゃ」


 オリヅルがギロリとその大きい目で残る四人のギルドマスターを見渡している。


「ここまでになるとどこから漏れたのかという詮索は意味がないじゃろうの。今すべきは事態の終息じゃろう。のぅバーニや」

「そう…ですね。ボクたちを手伝ってくれるのならば皆さんにはそれをお願いしたいのですが」

「別に構わないが、オレ達は何をしたらいいんだ? 無策で飛び出してもクエストに巻き込まれるだけじゃないのかい?」

「大丈夫、とは言えませんね。クエストの失敗させるのは相手の全滅しか方法はないでしょうし」

「こちら側の全滅、という方法もあるが?」

「ヘディレス、冗談を言っている場合じゃないんだ!」


 バーニが苦虫を噛み潰したような顔をする横で平然と言ったヘディレスにイブリースが激昂して突っかかっている。


「冗談ではない。こちらからするとこれはPKされたということになるんだ。実際の被害は一時的なパラメータ減少だけで済む。平和的な解決というならばそれでもいいはずだ」

「どこが平和的だ。それでは相手側につけ上がらせる隙を与えるだけだろうが」

「あんた等が言う相手っていうのはどこの誰なんだ?」


 俺たちが最初に襲われた時、バーニから話を聞いた時、そして今。俺の頭の片隅に燻り続けていた疑問は法外な報酬を払ってまでバーニたちを襲わせるメリットのあるものがいるのか、ということ。そして、その理由だった。

 こう言っては何だが協会というのはしょせん一部のプレイヤーが作る組織に過ぎない。

 ゲームを辞めるといういつかが存在する以上、それは永久的なものではない。それを知るからこそ、市場に与える影響力だってそこまでだと思っている。

 俺の予測が甘いという可能性もあるが、ここまで大々的に敵対する者が現れるとは思えなかったのだ。


「それは――」

「バーニさんが友達だと思っているのなら、話しても構わないんじゃないかしら」

「解りました。話しましょう。ボク達を狙う相手、それはこの辺りを収める領主とそれに与するプレイヤー達なのです」


 驚く俺の耳にひときわ大きな爆音が届けられる。

 すると部屋の扉が勢いよく開けられ、一人のプレイヤーが入ってきた。


「マスター、大変です」

「落ち着け、何が起こったんじゃ」

「町の外にいるプレイヤーによる高威力魔法攻撃です」


 それは戦火が広がっているという他ならない証のような報告だった。



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