キソウチカラ ♯.5
「ということは今のユウ達の姿は種族変更したからではないということか」
俺が『幻視薬』の説明を終えると発せられたムラマサの第一声は驚きに満ちたものだった。
「そういうことだな」
「しかし、まあ、妙なものを作り出したものだな」
「俺が一から考えたわけじゃないんだけどね」
「ん? どういうことだ?」
「さっきも言ったけど、俺たちはこの大陸で最初はNPCたちの暮らす村にいたんだ。そこで教えてもらったのさ」
あれがこの大陸でプレイすることが無ければ今よりも大変だったと思う。
「この大陸ではまだ人族のプレイヤーは少ない。それはムラマサも分かっているだろ?」
「そうだな」
「多分だけど、それは他の二つの大陸でも同じだと思うんだ。だから姿を変えるアイテムが必要だったってわけ」
魔人族を選択したプレイヤーの初期地点となるオルクス大陸。人族を選択したプレイヤーの初期地点となるジェイル大陸。
そのどちらでもヴォルフ大陸と同じように他種族が珍しいものと思われている可能性は少なからず存在する。いつかは向かわなければならない場所に備えることとして自分の姿を変えるというのは有用な手段となるはずだ。
「ってことは獣人族以外の姿にもなれるということか?」
「まあね。説明した通り『幻視薬++』が獣人族、『幻視薬--』が魔人族、『幻視薬+-』が人族の姿になるようになっている。これらは外見しか変えることは無いけど、元の種族と同じ種族になるためのものを使うことで瞬時に元に戻れるようにはできているよ」
「凄い、としか言いようがないな」
ムラマサが机の上の瓶を一つ一つ確認していく。するとそこには俺の言ったとおりの名称と効果が記されており、それを見て一層驚いていた。
「PVP大会に出るよりもこれを売りに出した方が稼げるんじゃないのか?」
「かもしれないけどさ、実際まだ量産する目途が立っていないんだよ。材料となる素材だって自分で栽培している物を使ってだし、仮に売りに出そうとするとどこか大きな生産ギルドに生産を依頼して、商業ギルドに販売を委託しないとまともな値段にはならないからさ」
「確かに。まだ数が出回っていないとなれば転売の的になるかもしれないな」
「そういうこと」
もし転売に手を貸したなどという噂が立つと俺の生産職としての信用に関わる。知り合いにしかアイテムやアクセサリを渡したりはしていないけど、もしかすると渡した先に迷惑が掛かるかもしれないという懸念が残る。
だから売りに出すならある程度は安定した供給ができるようになって且つ信頼のおける商業ギルドと一緒にと思っているのだ。
それにはまだいくつも障害が残っている。
当分は自分たちだけが使用するアイテムに留まることだろう。
「それじゃムラマサも使ってみようか」
「ああ、勿論だとも」
「意外と抵抗ないんですね」
「こんなに面白そうなんだ。やらない理由は無いさ」
「最初は俺たちと同じ獣人族の姿になるのからだな」
『幻視薬++』の入った瓶を手渡す。
「……いくぞ」
勢いよく飲み干されていく『幻視薬』が無くなった瞬間、ムラマサを中心にして閃光が迸った。
「どうだ?」
「成功しているよ。自分でも確認してみるか?」
共同スペースにはログハウスを手に入れてから割とすぐに購入した姿見がある。
窓から差し込む光を反射して眩しくならないように普段は布が被せられているそれを外しムラマサを姿見の前に立たせた。
閃光の中から現れたムラマサは獣人族の姿になっている。
丸い耳と丸い尻尾。
特徴から察するに熊だろうか。同じ熊でもクマデスというNPCとは大分違うな。
「これがオレの獣人族姿か。これは変更不可なんだったよな」
「そうだな。どういう理屈なのかは知らないが自分で選べない上に一度決まったら変更不可となっているんだ」
「そうなんだ」
「何だ? 不服か?」
「ん、ああ。熊に不満があるわけじゃないんだけどさ。どうせならもう少しカッコイイ動物が良かったななんて」
「いいじゃないですか。熊ですよ、熊。熊は可愛いんですよ」
「お、おお、どうしたんだい? ヒカル」
「私に比べれば……私に……」
「あー、ヒカルは自分のモチーフが羊なのが嫌なんだとさ」
「そうなのかい? 羊も可愛いと思うが」
「……っていうか、ムラマサは女の人だったの?」
「あれ? 言ってなかったか?」
「……聞いてない」
確かにムラマサは中性的な雰囲気だし、言葉使いも男に近しいものを好んで使っているようだけど、そこまで驚くことなのか。
「触ってみるか?」
「は? 何にだよ?」
「無論、オレにだ。そうすれば簡単に解るだろ」
そう言うとムラマサの行動は速かった。
セッカの手を掴んで思いっきり抱き寄せたのだ。
不用意な他人との接触、特に異性の場合、ハラスメント防止機能が働く。独自のコンソール画面が出現し警告を促す。サッカーのイエローカードのように一度目は警告、二度目は退場。このゲームにおける退場はアカウントの停止。かなり重い措置だと思わなくもないが、仮想空間とは言え実際に触れる感触を得、与えることができる以上、仕方ないと納得も出来る。
「あ、柔らかい」
ぼーっとしながら呟いたセッカを目の当たりにしてヒカルがようやく正気に戻った。
俺はというと何となく直視してはいけない気になってムラマサから視線を外し、どこというわけでもない窓の外を見ている。
「な、何をしてるんですか?」
「何って、確認?」
「何の確認なんですかっ」
「あーっとだな。落ち着けヒカル。これはムラマサが女の人だってことの確認? だったよな」
「そうだ」
「ってわけなんだ、けど」
「はあ、それは解りました。それよりもいつまで抱き合っているつもりなんですか?」
ヒカルがセッカを強引に引き剥がす。
「オレは別に構わないんだけどな」
「駄目です。まったく、いくら同性だからといってもいつまでもくっついたりして――」
「……羨ましかったの?」
「何だ、そうだったのか」
「え!? あ、ちょっと」
有無を言わさずにムラマサがヒカルを抱きしめていた。
「……ね。柔らかいでしょ」
「そ、そうですね。でも離してください。恥ずかしいです」
「む。そうか。わかった」
ムラマサの手から解放されたヒカルがどことなく紅潮した顔を手で隠しながら部屋の隅に行ってしまった。
「結構、無茶するんだな」
「そうか? そうだな、そうかもしれない。どうやらオレはこの姿になって若干浮かれてるみたいだ」
もう何度目になるのか。ムラマサは獣人族の姿になった自分を姿見に映しどこかのモデルよろしくその場で回転したりしている。
「そろそろいいか?」
「別の『幻視薬』を使ってみるんだっな」
「ああ。そうだ」
『幻視薬』自体の効果はすでに十分すぎるほど検証してきた。俺が知りたいのはムラマサがそれを使った場合どのような姿になるのか。
獣人族の姿はだいたい覚えた。次は魔人族の姿だ。
「この大陸では使い道は無いと思うけどさ、これから先も一緒に行動していくつもりなら必要になるから」
「ん。分かっているともさ。それに、これはなかなか貴重な体験だからね。簡単に違う自分になれるなんてゲームでもなければ出来ないことだからさ」
「確かに、そうですね」
「……それに、私たちだけだから」
「何がだい?」
「……これ、使えるの」
セッカが机の上の『幻視薬』を一つ手に取り呟く。
「このアイテムはユウが作ったのだったよな」
「そうです。元のレシピは貰いものですけど、ここまでしたのはユウなんですから」
凄いんです、とヒカルが目を輝かせている。
俺としてはそこまで褒められると恥ずかしい限りなのだが、セッカどことかムラマサまでもが同じような瞳を向けてくる。
「早く。次を試してくれ」
この空気を変えるために俺は少しばかり強い口調で言った。
「わかっているさ」と言いながらもムラマサはにやけた表情を変えることは無く、俺が変えようとした空気はムラマサが『幻視薬--』を使用するまで続いた。
「どんな感じだ?」
「そうだな。体感としてはさっきの『幻視薬』と変わらないな」
自分の体を触り変化を確かめようとしてもあまり実感は得られていないようだった。
「……でも、変わってるよ」
セッカが言うように確かにムラマサの姿は変わっていた。
獣人族から魔人族の姿へと。
「魔人族の姿にもモチーフってのがあるんだろう? だとすると、オレは何になるんだ?」
「ムラマサは多分ヴァンパイアじゃないかな。牙が生えているんじゃない?」
「牙、か。あーー」
口を手で広げながら姿見に映る自分の姿を確認しつつ問いかけたムラマサに答えたのはリリィ。
どうしてなのかは知らないが、俺たちのなかで一番魔人族に詳しいのがリリィであり、俺とセッカが魔人族の姿になった時もモチーフになったものを告げたのはリリィだった。
「確かにあるな」
「皆はどんな感じなんだい?」
「そうだな。俺たちも一度なった置いた方がいいだろうな。ムラマサにも俺たちの魔人族の姿は覚えもらう必要があるからさ」
と真っ先に俺が自分のストレージから取り出した『幻視薬--』を使うと、それに続くようにヒカルとセッカも同じように自分のストレージから取り出して使用した。
ほぼ同時に重なる三つの閃光のなか現れた俺たちは魔人族の姿に変わっている。といってもヒカルは元の自分の姿に戻るだけなのだが。
「それが皆の魔人族の姿なのか?」
「ああ。リリィに言わすと俺は小角鬼らしい」
「私はリリィちゃんと一緒です」
「違う。私は妖精でヒカルはエルフなんだから。全然ちがーう!」
「そ、そんなぁ」
「何度言ったらわかるんだよー」
言い争いを始めたヒカルとリリィは放っておいて俺は話を進めることにした。
「んでセッカは……」
「……私が言う」
「そうか?」
「……うん。私は、悪魔」
「あ、悪魔だって? なんていうか、その、ストレートだな。かなり」
「やっぱりムラマサもそう思うか?」
「まあな。オレがヴァンパイア。ヒカルがエルフでユウがインプなんだよな」
「ああ。そうだ」
「オレたちはそれなりに具体的なのにどうしてセッカだけが漠然としているんだ?」
「さあなぁ。リリィに聞いてもさっぱりだったし、詳しく調べるならやっぱりオルクス大陸に行ってみるしかないんじゃないか?」
魔人族が暮らす大陸ならばおのずと知る機会には恵まれるだろう。
とはいえ今はそこに向かうことは全く出来そうにもないが。
「とにかく。これで全員分の魔人族の姿は確認できたし、あとは人族だけなんだけど、どうする?」
「そうだな。全員が『幻視薬』で他の種族の姿になっているのだとしたら人族の姿が基本なのだろう? だったらそれの確認はまたの機会でもいいんじゃないのか?」
「私の普段の姿はこれですよ」
いつの間にか戻ってきていたヒカルが告げるとムラマサが意外なほど驚いて見せた。
「なに!? そうなのか?」
「ムラマサも最初は思ったんじゃないのか? 俺たちが前に配られたアイテムを使って種族を変えたんじゃないのかってさ」
「あの時はそれしか方法を知らなかったからな」
「俺たちもそうだ」
苦笑交じりで告げる。
ヒカルが種族を変えたのは俺が『幻視薬』の試薬を作るもっと前のこと。
「私がこの種族になったのは種族というシステムが組み込まれた初日なんですよ」
「それはまた思い切ったことをしたものだな」
「二人にも驚かれちゃいました」
「いきなり姿が変わっていれば驚きもするさ」
「……でも、可愛いよ」
「ありがとう。セッカちゃん」
嬉しそうにして手を握り合うヒカルとセッカを見てムラマサがまた苦笑いを浮かべた。
「いつもこうなんだ。早く慣れてくれ」
俺だって頑張って慣れたんだ。ムラマサにも頑張ってもらうことにしよう。
「それにしても、魔人族の姿っていうのは獣人族の姿に比べるとまだ人族に近いんだな」
「俺はこうなんだけど」
「だったらユウは別ってことで」
「なんだそれ」
軽口を叩きながらも俺は確かにとムラマサの言葉に頷いていた。
動物の特徴を色濃く残す獣人族に比べ、魔人族は人の形をした魔物をモチーフにしているところがある。インプである俺はともかく、エルフであるヒカルやヴァンパイアであるムラマサ、セッカだって人のそれに近い悪魔だ。人族の容姿との違いがあるとすれば極々小さなもの。
ヒカルは尖った耳、ムラマサは牙、セッカに至っては人族の時との違いは全くと言っていいほど見受けられない。
戸惑い、ではなく何かを思案する様子でムラマサが問いかけてきた。
「この『幻視薬』ってので変えられるのは外見だけなんだよな」
「ああ。だからその種族の特徴なんかが現れることはない。ステータスを確認してみろよ」
「確かに。変わってはいないな」
「だろ。そういう意味じゃまだ未完成なんだけどさ」
「突然新しいパラメータに変わるよりはいいんじゃないか?」
「そうか?」
「種族が変われば使えるようになるスキルってのもあるのだろうけど、反対に使えなくなるスキルもあるらしいからさ。姿が変わっても今まで通りの戦い方が出来るほうがいいだろ」
「新しいスキルってのには興味あるけど、姿を変えるたびに戦い方が変わるのは確かに不便だよな」
スキル構成なんかは自分が戦いやすいよう、使いやすいように研鑽されていくものだ。自分で選択して種族を変えた結果スキル構成が変わることと外的要因によって強引に変化させられてしまうことには大きな隔たりがある。
俺よりも戦闘を普段のプレイの中心に置いているムラマサだからこそすぐに思い至ったのだろう。
変わらな方がいいものがあるのだと、言われているような気がした。
「二人とも。そろそろいいか? 最後の『幻視薬』を試したいんだけど」
「あ、はい。わかりました」
「……いいよ」
「それじゃあ、始めるぞ」
一斉に『幻視薬』を使用する。
人族の姿へとなるとここにいる全員が自分たちが最初に作り上げたキャラクターの姿へと変わることになる。
ムラマサは俺以外の人族の姿は初めて目にするものだが、俺からすればヒカルだけが懐かしい姿に戻ったという感覚でしかない。
「これで一通り確認できたかな」
「ああ。しっかりと憶えたから大丈夫だ」
「だったら次は――」
「軽く戦ってみるか?」
元の姿に戻ったムラマサが自身の武器たる刀に触りながら提案した。




