キソウチカラ ♯.4
「な、なんでここにいるんだよ?」
「そう驚くな。ユウがオレを探しているの知っているのさ。ずっと見てたからね」
「見て…た……だと? なんかストーカーちっくだな」
「変な誤解は止めてくれ。ユウに頼みたいことがあっただけなんだ」
「頼みたいこと?」
「オレを仲間に入れてくれ」
久しぶりに会ったムラマサは俺の記憶の中にあるままの様子で告げた。
それから俺はヒカルとセッカに連絡を入れ、ラハムに来た時と同じ場所で落ち合うことを約束した。
人族の姿をしたムラマサにはすぐにも『幻視薬』を渡したいと思ったが、変化の際に生じる閃光はこの町中ではやけに目立つ。
人の目を避けるという目的のアイテムもこの一点だけは人の目を引いてしまう。
どうにか消せないものかと試作を繰り返してみた物の未だその閃光を消す方法には至っていない。こうなると最早その閃光は消せないものなのかとすら思えてくる。
会話らしい会話をするでもなく、俺はムラマサと並んで路地裏を歩く。
いくら人の数が少ないと言えども全くのゼロではない。すれ違う人が皆ムラマサに奇異の視線を向けるのは単純に人族のプレイヤーの数が少ないから、ではなく、先程シシガミというプレイヤーと繰り広げた一幕を見ていたからなのだろう。
「こっちだ」
町の入口近くに二人の姿を見つけ、俺は駆け足で近づいて行った。
「よかった、見つけたんですね?」
「どちらかと言えば俺が方が見つかっていたんだけどな」
「……どういう意味?」
「探していたのはオレも同じだったってことさ」
ニコッと笑うムラマサにヒカルとセッカは示し合わせたようにどういうことと視線だけで俺に問いかけてきた。
「細かい話はログハウスに戻ってからにしようか。それでいいよな?」
「……うん」
「わかりました」
「構わないとも」
町を離れ林に行き、クロスケをダーク・オウルに変える。
四人に増えた搭乗者をものともせずにクロスケは大空へと飛び立った。
「これは凄いな」
喜ぶムラマサが身を乗り出して眼下に広がる景色を見回している。
「落ちるぞ」
「大丈夫さ」
風になびくフードから飛び出したリリィが俺の腕のなかに収まる。
「そろそろ着くぞ」
風を切って飛ぶクロスケは瞬く間に俺たちの拠点となっているログハウスのある場所へ辿り着いた。
四人がクロスケの背中から降りると頭上に魔方陣が出現し、それがクロスケの全身を覆う。
小さな黒い梟の姿に戻ったクロスケをヒカルが抱えセッカと並んでログハウスへと歩き出す。
「俺たちも行こう」
現時点では客人であるムラマサを引き連れて俺たちはログハウスへと入って行った。
「立派なログハウスだね」
「ありがとう。それで、話を聞かせてくれるか?」
全員が共有スペースのソファに座ったのを確認して告げた。
「そうだね。ユウ達がオレを探していたように、オレもまたユウ達を探していたのさ」
「どうしてですか?」
「理由はいくつかあるけど一番の理由はユウがギルドを作ったと聞いたからだね」
「そうなのか?」
「まあね。ヴォルフではどうか知らないけどさ、グラゴニスでは勧誘がひどいのさ。それに辟易していたころにユウ達のことを耳にしてね。これは丁度いいって感じで探していたら、ヴォルフ大陸に向かったっていうじゃないか。慌てて追いかけたんだけど、ようやく今日になって合流できたってわけさ」
「ヴォルフ大陸は広いのによく見つけられたな」
「同じことをしようとしていた人に言われてもね」
「それは、そうだけど――」
「まあ、実際に探し出せたのは偶然立ち寄った町でユウ達が騒動を起こしていたのを目撃したからなんだけどね」
騒動というのはどれのことだろう。俺が言葉に出さず考えているとセッカが、
「……どれのこと?」
などと言ってのけた。
平然とした様子のセッカにムラマサは若干驚いたような顔をして、さらにはそのすぐ後に俺に向けて呆れたという顔を向けてきた。
「そんなに騒動を起こしているのかい?」
「俺が起こしているんじゃないぞ。巻き込まれることが多いだけだ」
静かに悠々自適なプレイを心がける俺がどうしてわざわざ騒動を起こさなければならないのか。まったく意味が分からない。
そんな風に考えていることを見通したようにヒカルが頷いている。けど、それは俺の意見に同意してくれているわけではなく、ムラマサの驚きに同意しているように思えるのはどうしてだろう。
「とにかく、オレが目撃したのはヴォルフの町中での戦闘だな。何人ものプレイヤーに襲われていたみたいだけど何をしでかしたんだい?」
「だから、俺がしでかしたわけじゃないって」
「そうなのかい?」
「はい。あの時は変なクエストに巻き込まれたらしくて」
「変なクエスト?」
「そのことはまた後に話すよ」
例のクエストのことを話すとなるとバーニのギルドが作ろうとしている協会のことも話さなくてはならなくなる。
別段秘密にしている話ではないとは思うが、今はまだ関わるべき話でもないように思えるのだ。
「……っていうか、どうして私たちのギルドなの?」
「それもそうだな。俺たち以外にもギルドはそれこそ山のようにあるだろ。勧誘を避けたいだけなら適当なギルドに入ってしまえばいいんじゃないのか」
「確かにそうなんだけどね。他のギルドは、オレの知るのだけかもしれないけどさ、はっきりとした目的があるんだ」
「目的、ですか?」
「戦闘系だったり生産系だったり、商業系だったり。ギルドというものでしかできないことをやろうというものばかりだったんだよ」
「それのどこが悪いんだ? こういっては何だけど、俺たちのギルドよりかはよっぽど健全なギルドだと思うぞ」
俺たちのギルド建設理由は広いギルドホームが欲しかったからだ。どのようなものだとしても明確な目的がある方がギルドとしては正しい形なのだと思うのだけど。
「それじゃオレの目標は達成できないんだよ」
「ムラマサさんの目標って何なんです?」
「この世界を遊び尽すこと。そのためには一つの目標に凝り固まったギルドは適していないんだ」
「だから俺のギルドってわけか」
「そういうことだね。言っては悪いけど、ユウのギルドは何かをするために作ったってわけじゃないんだろ?」
「まあね」
ムラマサに言われるとヒカルとセッカは照れくさそうにして互いの顔を見ていた。
「ユウのギルドに入れてもらおうと思ったのはそれが理由さ。どうだい? オレをユウ達のギルドに入れてもらえないかな」
「二人がいいのなら、俺は構わないよ」
「私もいいですよ」
「……ユウはギルドマスターだから遠慮しなくてもいい。それに、四人目に誘うつもりだったんでしょ」
「四人目とは何なのかな?」
もしかするとこれはムラマサの嫌う明確な目的というやつかも知れない。
だから話さずに受け入れることは騙すことにもなりかねない。見当違いかもしれないが、ふとそんなことが頭に浮かんだ。
「もう少し先の話になるんだけどさ、この大陸でとあるギルド主催の大掛かりなPVP大会が開かれるんだ。俺たちはそれに参加しようと思っている」
「理由を聞いてもいいのかな?」
「まあ。単純に優勝賞金目当てなんだけど」
「賞金? 何か欲しいものがあるのかい?」
「まあね」
「それを聞いても?」
「私たちはギルドポータルが欲しいんです」
「ふむ。ギルドというものに入っている以上その気持ちは分からなくもないが、敢えて聞こう。どうしてだい?」
「それは――」
「……私たちのギルドホームに帰るため」
帰れなくなって久しい我が家を思い浮かべると郷愁似たものを感じてしまう。
「意味が分からないって顔をしているな」
「そう、だね。ギルドホームにはどこからでも行くことができると思っていたのだけど、違うのかい?」
「おおよそ間違っていないよ。ただ、同じ大陸内ならという条件があるだけで」
「なるほどそういう訳なのだね」
「俺たちがこの大陸に来たのは全くの偶然なんだ」
それから俺は何度目かになる説明を始めた。
この大陸に来た経緯から今日に至るまで、簡潔に。
「ギルドポータルってのは設置したら各地にある転送ポータルからギルドホームに自由に行き来できるようになるっている代物だろ。それを使えば俺たちはギルドホームに帰ることが出来るってわけさ」
「ユウ達がお金が欲しい理由は分かった。それでさっきも聞いたけど四人目っていうのは何なんだい?」
「……そのPVP大会に出るための条件がプレイヤーの四人組パーティなの」
「私たちは三人。あと一人仲間を探す必要があったところにムラマサさんがシシガミって人と対峙しているのを目撃しまして――」
「それがオレを探していた理由なんだな」
「え、あ、はい。そうなんです」
なんか強引に話を切ったな。
シシガミとの諍いはあまり触れない方がいいのか?
「だから俺たちのギルドに入るとパーティメンバーの一人としてカウントすることになるけど、それでもいいか?」
これで断られたらどうしょう。
嫌がることはしたくないと思うが現状他に当てがあるわけでもなく、また別の人を探さなければならないのかと思った時だった。ムラマサがあっけらかんと言ってのけた。
「別に構わないぞ。そういう理由なら共に戦おう」
「いいのか?」
「ん、ああ。オレのことを気にしてくれてるんだよな」
「ああ。目的があるとこには入りたくないって言っていたから」
「それは一つの目的に凝り固まったという意味さ。ユウ達は別に戦闘に固執しているわけじゃないのだろ」
「……私たちもお金稼ぎっていう目的がある」
「ちょっとセッカちゃん。折角仲間になってくれそうなのに」
「あはは、大丈夫だよ。今更心変わりはしないさ」
穏やかな空気が流れるなか、ムラマサはコンソールを操作しギルド加入申請画面を出した。
「これから宜しく頼むよ」
ムラマサのギルド加入申請に呼応して現れたコンソール画面の了承ボタンを押すとギルドメンバー一覧にムラマサの名前が刻まれた。
「よろしくお願いしますね。ムラマサさん」
「……よろしく」
「ああ。宜しく」
「私も紹介してー」
俺たちの話に加わることなく静かだったリリィが飛び出してきた。
これまでどこにいたのかと、リリィが飛んできた方向を見ると止まり木で休むクロスケがいる。
「俺たちと一緒にいる妖精のリリィだ」
「よろしくねー」
「あ、ああ」
「ついでに言っておくけど、あそこにいるのがクロスケ。ここに来るのに乗ったから知っているとは思うけど、クロスケは俺が契約しているモンスターだ」
これで一通り紹介し終えた。
「となると次にするべきはこれの説明と実験だな」
ストレージから『幻視薬』を取り出してそれを机の上に並べていく。
横一列に並ぶ『幻視薬』の瓶のうちの一つを手に取り聞いてきた。
「これは?」
「使ってみればすぐに解るさ」
そう言って俺たちは立ち上がる。
これから始まる変化ショーを楽しみ感じているのはリリィを含めた四人だけで、当事者であるはずのムラマサは心なしか不安そうな表情を浮かべていた。