キソウチカラ ♯.2
バーニが出て行って数分後。俺たちのパラメータは元に戻っていた。
しかし、どうも外出する気にはなれない。
未知の敵に怯えている。それもある意味事実だ。だがそれ以上にこの大陸で新しい仲間を探すということの方が俺には困難なことのように思えてならない。
「それ以上に面倒なんだよな」
人付き合いが苦手の人見知り。そんなことはこの三人しかいない超小規模ギルドのギルドマスターをしていることからも明らかだろう。何よりこの二人に出会わなければ未だソロプレイヤーだったという確信すらある。
そんな俺が新しい仲間探しだと。
ビラでも作って街中で配ればいいというのだろうか。
「――無理だ」
自分のそんな姿を想像して笑いが出た。
仲間をつくるのならば二人に任せた方がまだ勝算は高いというもの。かといって何もしないでここに引きこもるのもあまりいい策とは言えないだろう。
「……どうするの?」
「そうだよね。私たちはこの大陸に知り合いなんていないもんね」
ヒカルとセッカは考え込んでいる時の俺には触れないようにしてくれている。
調薬だろうと鍛冶だろうと細工だろうと、集中している時の俺は言っては悪いが愛想というものが全くない。一度完成させれば再現する時はそれほど集中しなくてもすむと言っておいたこともありヒカルとセッカが話しかけてくるのはその後というのが慣例となっていた。
だから俺はこうして考えに没頭することができる。
考え得る可能性を模索した先、たった今ヒカルが言っていたことこそが問題をより難しくしていることだということに行き着いた。
俺たちは元々中央大陸で活動していた。このヴォルフ大陸に来たのだって偶然によるものが大きい。そして、困ったことにこの大陸に来て知り合ったのはバーニを除くとNPCばかり。新しいプレイヤーの知り合いなど出来る機会はなかった。
いや、ここ数日は俺も町に出ることが多かった。そこで俺の知らないプレイヤーと接する機会だって作れたはずだ。
「俺の怠慢だよな」
そう考えると呆れて物も言えない。
「決まったんですか?」
「まあ、な」
苦笑しながら俺は告げた。
「仲間を作らなきゃいけないのなら作るまでだ」
「……でも、どうやって?」
「そうだな。ビラでも作ってみるか?」
「え?」
「冗談だ」
それは最後の手段にしたい。
ビラの材料たる紙だってタダじゃないのだ。この状況で無駄な出費は抑えたい。
「まずは町に行ってみるか」
「町にですか?」
「……またさっきみたいなことになるかも」
セッカが告げる危険性は俺も承知の上だ。だとしてもこんな山の中で引きこもっていてもプレイヤーと知り合うことなどできはしない。
「今度は襲われたら全力で逃げるさ。それに、町中で戦闘ができるというのならクロスケの≪解放≫だってできるはずだろ。いざとなったら空に逃げればいい。幸いなことに獣人族は魔法があまり得意じゃなさそうだしな」
対空攻撃は武器の投擲が一般的。
そういうことからも獣人族を選択するプレイヤーは近接戦闘が好きな場合が多い。反対に魔法などを用いた遠距離戦闘は苦手な場合が多いときた。
クロスケに乗り遥か上空へと逃げてしまえばどうにかなると考えていいはずだ。
「あの、それなら私はラクゥさんたちの村に行ってみたいんですが」
「あの村にか。どうしてなんだ?」
「街中で戦闘ができるってのは実際に経験したから解ります。だから、もしかすると村の中でも同じことが起こっているんじゃないかと思って心配なんです」
「その可能性は低い、と思う」
「何故ですか?」
「あの村にいるのはNPCばかりなんだ。たまに立ち寄るプレイヤーが居はするもののあそこはまだバーニたちも手を付けていない場所だ。協会ってやつに関係していないのなら敵対勢力ってのが狙う意味がない」
「だから無事だと?」
「その可能性が高いってだけだ。いつかは様子を見に行かないといけないかもしれないが、今は四人目を探す方が先だ」
あえて口に出さなかったもう一つの可能性。
運営側のクエストによって標的にされるかもしれないということ。
それに気付いているであろうセッカは平気な顔で隠し事をする俺に微妙な顔を向けてきた。
曖昧な笑みでそれを受け流すとセッカは一層険しい顔つきに変わる。
「四人目が見つかればそれだけ早く見に行けるんだ。今はそれで納得してくれないか?」
それはセッカに向けた説得の言葉であり、自分に向けた言い訳の言葉でもあった。
これがプレイヤーの考え方であるということは理解している。
NPCのように実際にこの世界で生きていない者の考え方であることも。
RPGとしてならばこれは間違った感覚なのかもしれない。少なくともこの世界に存在するユウという存在になりきれていないということなのだから。
「……わかった。それならユウが勧誘を頑張ってくれるんだよね」
「え!?」
「ユウは私たちの『黒い梟』のギルドマスターなんですから頼りにしてますよ」
「あ、ああ。そうだよな」
全幅の信頼を寄せられればそれを裏切ることなどできはしない。
どんなに自分が苦手だと思っていてもやらなければならないことは必ずあるものだ。自分にそう言い聞かせ俺は壁に掛けられた大陸の地図に視線を送った。
この地図はクマデスの村にあったものを書き写させてもらったものだ。所々新たに書き加えられている箇所があるのは俺たちが自分で調べた場所の情報。どこに何があるのか、特に何を売っているのかということが重点的に記されているそれは、俺たちがこの大陸で活動していくために必要な情報ばかりだ。
「さっきの町には行く気になれないよな?」
「そうですね」
「……当然」
「となると別の町か。そうだな、候補を立てるとするならあそことあそこかな」
地図にある町を二つ指差して告げた。
一つ目の町の名は『ラカン』中央大陸でいう王都のように大勢のプレイヤーとNPCが生活している町であり、交易の中心となっている町でもある。
二つ目の町の名は『ラハム』ここはプレイヤーが中心となって運営している町だ。
「どっちにしますか?」
「そうだな。あまり例のクエストが出回っていない町がいいんだけどそんな所あるはずもないし」
「……人を避けていたら本末転倒。だよね」
「その通りだな」
そう考えて出した候補だ。二つの町はどちらも人の出入りが激しく仲間を探すという目的には適しているはずだ。
「どっちでも同じならこっちにするか」
「ラハムですか?」
「ちょうど買い足しておきたい物があるからさ」
そうと決まれば後は準備だけ。
ヒカルとセッカが自室に戻り待ちに行くための準備を始めると、俺は調薬部屋に赴き倉庫代わりに使っているログハウスのストレージから完成済みのポーションを取り出した。
町に仲間探しと買い物に行くというのに俺はフィールドやエリアに行く時と同じくらいの量のポーションを俺個人のストレージに収め、同時に二人分のポーションを持ち出すことにした。
共同スペースに戻ってきて早々持ち出してきたポーションを机の上に並べていく俺の上をリリィがいつもの調子で飛び回っている。
「リリィはどうする?」
「そうだねー、一緒に行くよー面白そうだし」
「言っておくが危険かもしれないぞ。特に今のこの大陸はさ」
「その時は逃げるから大丈夫。そのための指輪だもん」
「違うだろ」
妖精の指輪はあくまでリリィの元の住処とこの世界をつなぐためのもの。決して緊急避難路などではないのだが、その実その役割を持っているのも同じだった。
「準備できましたよ」
「……行かないの?」
装備を整えたヒカルとセッカが自室から現れた。
「ポーションを渡しておくから持っててくれ」
「解りました」
「……ありがとう」
山のように置かれたポーションの瓶が一瞬で消える。
「来いっ、クロスケ!」
黒い梟がログハウスの窓から飛び出してくる。
そして俺が掲げた手の平に浮かぶ魔方陣をゆっくりと降りてくるクロスケが通り過ぎた。
「それじゃ、行くか」
巨大な黒い梟型のモンスター、ダーク・オウルとなったクロスケの背に乗り、俺たちはログハウスのある森から飛び立った。
小さくなるログハウスを見送って、俺は遥か彼方にあるラハムの町を目指して飛んだ。
ほんの数分、風を切り雲を抜けていく先に見えてきたのはこの大陸独特の建造物が建ち並ぶ町。ラハム。
米粒のように小さく見えるプレイヤーのなかに俺たちの仲間になってくれる人はいるのだろうか。
不安と期待が織り交ざる感情の昂ぶりを感じつつ、俺たちは町の近くの林へ降り立った。
「……やっぱり直接町に降りるのはムリなんだ」
「できないことは無いはずだけどさ、見たことあるか? モンスターに乗って突然降りてくる人を」
「ないですね」
「俺は出来るだけ目立ちたくないんだ」
きっぱりと言い切る俺を二人は何やら生暖かい目で見てきた。
わかっているともさ。普段の行いから目立ちたくないということに信憑性がないことくらいは。けれどそれが本心なのだから仕方ない。
「クロスケはこっちに来てくださいね」
両手を広げてヒカルが言った。
ダーク・オウルの姿から小さな梟の姿になったクロスケはヒカルの胸のなかに収まって、眼を細くしながら体を休めている。
「なんか、もうすっかりそこが定位置になったよな」
黒翼の指輪を作り上げてからというものクロスケの出現頻度は以前にも増して俺たちと行動を共にすることが多くなっていた。
その際、誰かの肩に止まるという格好でついてきていたのは最初の頃だけで、程なくしてヒカルがクロスケを抱きかかえるとそれを気に入ったらしく、今では外で行動を共にするときは常にあのような恰好となっていた。
『幻視薬++』を使い獣人族の姿になっている時はマスコットのぬいぐるみのようだが、本来の魔人族の姿の時はそれが使い魔のように見えてしょうがない。モンスターと契約しているのだからそれが本来の関係性のようにも思えるが、あそこまで様になってしまうと、本来の契約者である俺としてはなんとも言えないものがある。
「リリィはここに入っていろよ」
「はーい」
新調した外着には大きめのフードが取り付けられている。
その目的は単純に外で行動する時に一緒にいるリリィを隠しておく場所を作っておきたかったから。外が見えないと嫌だというリリィの意見を尊重してこのスタイルに留まったが、元々自由勝手な性格をしている妖精からすればそれでも窮屈かつ退屈のようで、気が付くと居なくなっているなんてことがままあった。
だとしてもいつの間にか帰ってくるのでさして問題とは思ってはおらず、今回のように危険があると察すれば自分からフードの中へ入ってきたり、戦闘ともなれば指輪を通って移動してしまうなんてことも珍しいわけではない。
そういう意味では心配する必要はないということで、俺としたら助かっているのだけど、絶対に本人には言ってやらない。そう言うと調子に乗ってめんどくさくなると決まっているから。
「……行こう」
セッカの号令で俺たちはラハムの町へと続く一本道を歩き出した。
ヴォルフ大陸は気候の暖かい場所ということもあってか、こうして歩いているだけで中央大陸では見たことのなかった植物などが目に入ってくる。初めてラハムに行ったときは採取するという寄り道のせいで到着するのが遅れたりしたものだが、最近は必要な植物は自分の畑で栽培するようになり、寄り道するということ自体減っている。
この日も路肩に咲いている花には目が行くものの珍しいものはなく、順調にラハムの入口までたどり着いていた。
町と外を隔てる見えない境界線を跨ぎ俺たちはラハムの町へと足を踏み入れた。
活気が溢れるこの町ではまだ例のクエストは活発に行われていないらしく平和そのもの。
俺たちが安心したのも束の間。
一つの喧騒が平和を打ち砕いた。
「何かあったのでしょうか」
「……見に行ってみる?」
集まっていく野次馬と慌てて逃げだしたようにも見えるプレイヤーの姿。
脳裏に浮かぶは先程の決闘風景だったが、どうやらこの騒ぎは決闘などではないようだ。
俺の横を通り過ぎようとするプレイヤーを呼び止め尋ねる。
「何があったんだ?」
「喧嘩だよ」
「それだけじゃないんだ。獣人以外のプレイヤーが来てるんだってよ」
一瞬ドキッとしたが今の俺たちはどこからどう見ても獣人族。となれば俺たち以外にもこの大陸に来ている別種族のプレイヤーがいるということになる。
「珍しいことなのか?」
輝石というアイテムが配布された以上、いつかはすべての種族のプレイヤーが全ての大陸を行き来するようになる。そう考えていた俺は多種族のプレイヤーが来たというだけでこれほどの騒ぎになるとは思ってもいなかった。
「別種族のプレイヤーは確かに珍しいんだけどな」
「その喧嘩の相手っているのがすごいんだ」
「誰なんですか?」
「聞いて驚くな。なんと――」
「シシガミの奴なんだよ」
興奮した様子で俺が呼び止めたプレイヤーの一人が答える。
「誰だ?」
「誰です?」
「……誰?」
異口同音。俺たちは揃って首を傾げていた。




