キソウチカラ ♯.1
大勢の人が行きかう町の中でそれは突然起こった。
ある人からすれば何気ない日常の一コマ。
しかし、まだこの町に来るようになって日が浅い俺からすれば異常な出来事そのもの。
非戦闘区域だと思っていた町の中でプレイヤー同士の戦闘が始まったのだ。
「またか」
隣に立つ年老いた男性獣人が呆れたように呟いていた。
俺は思わずその老人に向かって訊ねていた。
「あれは何なんですか?」
「決闘なんだとさ。なんでもあの商品を取り合ってやり始めたらしい」
「……決闘」
俺の心に重い何かが圧し掛かる。
その原因はおそらく目の前の景色なんかではなく、遠い記憶の出来事。
砕け散る剣の中、全身全霊をかけて戦ったことだった。
「なんでまたあんなものが欲しいのかね」
再び呆れたような視線を向ける老人の先には錆びれた一振りの剣が飾られている。
「あれは?」
「なんでも近くの村に代々伝わる剣なんだと」
「本物、なんですか?」
「まさか。本物だったら盗まれたってことになるだろうよ」
「それも、そう、ですね」
だが、そうなのだとするとあの二人が戦っている理由が分からない。
ただの遊び、という風には見えないが。
「そろそろ決着がつきそうだね」
老人の言葉通り、負けたプレイヤーが消えたことで決闘は終わったようだ。
「消えた……ってことはHPが全損するまで戦ったってことなのか。あんな剣のために?」
「信じられないという顔だね」
「だって、あの剣は偽物なんですよね」
「確かにそうだ。だが決闘というものはいつも真剣なものだよ」
それは、何となくだが理解できた。
しかし、本当にそれだけなのだろうか。
勝利を手にし剣を高々と持ち上げる男がいつの間にかいなくなっていた。
決闘を見物に来ていた他のプレイヤーの目に晒されながらどうやって姿を消したのかと辺りを見回している俺に「それではこれで失礼するよ」と言って老人が人ごみの中へと入って行ってしまった。
それがほんの数時間前の出来事。
そして、これが今起きていること。
決闘を見終えた俺が同じ場所で待っていると数分でヒカルとセッカがやってきた。
今日の予定はバーニにアイテムの納品だけということあり俺たちは町をぶらぶらと歩いては掘り出し物がないかと散策に出かけるつもりだったのだ。
現に二人と合流してからは楽しく町の中を巡り歩いていた。
しかし、平和にそれが出来ていたのは束の間。今の俺たちは額に汗を浮かべて必死に武器をとっている。
「ユウ、逃げてください!」
黒煙をばら撒く爆発のなかヒカルが叫ぶ。
「……ヒカル、ダメ、逃げて!」
MPを枯渇させ力なく膝をつくセッカが苦しそうに言った。
けれど、その声むなしく凶刃が二人を、そして俺を、襲う。
「ぐっ、何なんだよ。オマエ等!」
返ってくる言葉はない。
この戦闘、いや、最早戦闘とは別物の戦いが始まってからというもの、俺はひたすらこの疑問のなかにいた。理由も、狙いも、何もかも分からないまま襲い来る敵をひたすら捌いていくだけのことしかできない。
だが、思ってしまう。その相手がモンスターだったらどれ程マシだったのだろうかと。まるで狂信者の如く、プレイヤーたちが自らが傷つくことすら厭わずに攻めてくる。
恐怖すら覚える光景に俺は無意識ののうちに引いてしまっていた。そしてそのせいでより不利な状況に追い込まれていたのだ。
「まずい……」
≪強化術≫の効果が切れる。
ガクンと減少する攻撃力とスピードをチャンスと捉えたのかプレイヤーたちが一斉に襲ってきた。
それまでも今も多勢に無勢。
NPCに襲われた時よりもモンスターに襲われた時なんかとは比べ物にならないくらいの絶望感が押し寄せてきた。
それは、プレイヤー同士の戦いということでモンスターやNPCとの戦闘時にはこちらにあった優位性が失せ、同時に数の多い方に優位性が生まれているのが思い知らされてしまっていたからだ。
どうしようもなくなり、俺は固く目を閉じた。
押し寄せる衝撃と痛み。
それが俺の体に無数の剣が突き刺さった感触なのだと知ったとき、俺のHPは瞬く間に消えた。
※
暴徒と化したプレイヤーたちはユウに止めを刺したことで次の標的をヒカルとセッカに捉えたようだ。
二人の姿など見えないくらいの人が波のように押し寄せる。
次の瞬間に起こったのはほぼ同時に起こる二筋の閃光。その光が二人のHPが消えたことによるライトエフェクトだと知るプレイヤーたちは口々に何かを呟きながら散り散りになって町の喧騒に紛れていった。
「間違いない。彼らだ」
表情を硬くして戦闘と喧騒を遠くから眺めていたひとりのプレイヤーが嬉しそうに口元を緩め呟いていた。
そして、プレイヤーたちから隠れるように町から出ていく。
目指す場所はまだわからない。けれど会うべき人は見つけた。そんな笑みを浮かべながら。
※
俺が目を覚ましたのはヴォルフ大陸で手に入れたログハウスの自室の中。
ゼロになったHPは復活したことで全快しているがパラメータは酷く減少している。ユウとしての姿も『幻視薬』の効果が消え元の人族の状態へとなっていた。
「それにしても、あれは何だったんだ」
自問してみても答えは浮かんでこない。
それもそのはず、俺は襲ってきた連中のことも、襲われた理由すら何も知らない。それでは想像することさえも出来やしない。
ため息を吐きつつ、木製のドアを開け廊下を歩くとすぐにログハウスの共同スペースへと出た。
共同スペースにはクロスケ用の止まり木が日当たりの良い場所に置かれ、二人掛けのソファが二つL字を描くように置かれその中心には正方形の大きい机、ティーカップや大小様々な皿が収められた棚に最近町に出回り始めたというプレイヤーが記した本なんかがある。
本は俺が生産の参考になればいいと購入したものだが、正直参考になったものはごく一部しかなかった。
「ユウ! セッカちゃん!」
「……無事?」
「とは言い難いけどな」
全員が死に戻りしてこのログハウスにいるのだ。いい展開ではないのは間違いない。
「……暫くはここで休憩、だよね?」
「そうですね。パラメータも下がっていることですし」
「だったらお茶でも淹れてくるか」
「それならさ、お茶菓子もちょーだい」
「はいよ」
戸棚から作り置きのクッキーを取り出して皿に並べていく。
「リリィこれを運んでくれ」
「わかったー」
リリィが両手で皿を持ち、慣れた様子で運んでいく。するとクロスケが近寄ってきて、これまたいつもの様子でヒカルとセッカの間に止まった。
キッチンで火にかけているポットには水。
お茶を淹れるためのお湯は程なくして沸き、自家製の茶葉が入ったティーポットにお湯が注がれた。
用意した人数分のティーカップに注がれるお茶は赤く透き通り、甘い匂いを漂わせている。
「しかし、やっと落ち着いてきたと思ったらこれか」
呆れ半分、困惑半分で呟く。
ヴォルフ大陸に来て最初の騒動はどうにか収めることに成功し、このログハウスも所持金の全てを使うことで手に入れることができた。それからはまたコツコツと貯金をして足りない道具や珍しいアイテムを自由に買ったりできるとこまではどうにか戻ってこれた。
畑で栽培している植物もHPとMPを回復するポーションに使う薬草以外はこの大陸のみで採れるものを中心に増やしている。このお茶に使っている茶葉もその一部だ。
作り出されるポーション類もその種類を増やし約束通りいくつかはバーニに卸していて、実はそれも大きな収入源となっている。
「あれはなんだったのでしょう?」
お茶を啜りながら一息入れているとヒカルが目を覚ましたばかりの俺と同じ疑問を口に出していた。
「……さあ?」
「よく分からないけど、あまりまともそうには見えなかったよな」
プレイヤーだから何か目的があるのだろうとは思うが、それにしても俺たちが経験してきたこれまでのことより異常に感じられた。
なんというか、まともにゲームをプレイしていてはならない目をしていたとでも言うべきか。遊んでいるという感じではなく、例えばそれを使命と感じているかのような目。俺が彼らを狂信者だと思ったのはそれが関係しているのだろう。
「みんな暗い顔をしてどうしたのさ」
「ちょっとな。町で変なことにあったというか、巻き込まれたというか」
いつもと変わらぬ様子で問いかけてきたリリィの質問に答えようとして、俺は上手く説明できないでいた。
訳が分からないからだけではない。
そもそもあれが何だったのか、その輪郭すら掴めていないせいだ。
「失礼します」
不意にログハウスの玄関のドアが開き、バーニが入って来た。
「申し訳ありませんが、鍵が開いていたから勝手に入らせて貰いました。それに、あなたたちも知りたいでしょう。どうして自分たちが襲われたのかを」
「耳が早いな」
「これでもギルドの長ですから」
「知っているんですか? 私たちが襲われた理由」
「確証があるとは言い切れませんが、おそらくは」
妙に歯切れの悪い言い方でバーニが告げた。
「それでも宜しければお話しします」
「頼む」
「解りました。まずあなたたちを襲った者たちですが、それはおそらくこの町に、いえ、この大陸にあるギルドが仕向けた刺客だと思います」
「……どこのギルド?」
「それはまだ判りません。しかし目的はおそらくボクのギルドの弱体化でしょう」
意味が分からない。
思わずそんな気持ちが顔に出てしまっていたのだろう。バーニが俺を見て苦笑を浮かべていた。
「実のところ、最近あなたたちと同様のことに巻き込まれたという報告が何件か届いているのです。ボクたちは現在その調査を行っていたのですが」
「ちょっと待て、ボク達って言ったか?」
「言いました」
「ってことは何だ。バーニのとこ以外にも襲われている人がいるってことか?」
「そういうことになりますね。とはいえ、実際はボクたちが作ろうとしている協会に参加の意思を表明しているギルドだけなのです」
「協会?」
「はい。ボクのギルドの理念は以前に話したと思うのですが、それに賛同してくれたギルドと力を合わせて大きな協会を造ろうという話になりまして。今回襲われているのはそのギルドの関係者ばかりなんです」
「だったら襲ってきているのはその協会ってのに反対している連中ってことか?」
「その可能性は高いのですが、残念ながらまだ反対している連中というのが誰なのか解らないのです」
「……どうして?」
「一度襲ってきている人たちを捕らえたことがあったのですが、どうやら彼らはクエストだと思ってやっていたようで」
「どういうことだ?」
「知っているとは思いますけど、このゲームには運営側が用意したクエストの他に個人やギルドなどがクエストを出すことができるのです。捕まえた人たちは皆口を揃えて言いました。今回の襲撃は皆ギルドや個人が出したクエストを受けて行ったと」
クエストだから良心の呵責もなく攻撃を加えることができたというのだろうか。
しかしそれだけでは街中で戦闘ができた理由にはならない。本来街中は非戦闘区域のはずだ。
「ボクも町のクエストボードを確認したのですが、確かにそのようなクエストはありました」
「運営に報告してもダメなのか?」
「それが、間の悪いことにそのクエストと運営が出している正規のクエストが似ているんです」
「似ている?」
「プレイヤーが出しているクエストが『協会に参加を表明しているギルドの人を襲う』ということで運営が出しているクエストが『プレイヤー同士の決闘によってアイテムを勝ち得てそれを納品する』というものなのです。ですから街中でも戦闘が可能になっていて」
「偶然ではないでしょうね」
「そうなんだろうな。このタイミングは狙っていないと出来そうもない。とはいえ二つのクエストの内容は似て非なるものだとは思うんだけど」
「それは、そうなのですが。不自然なほど運営側は何もしてこないんです。まるでこの騒ぎを黙認しているかのように」
「黙認、か」
「……でも、どうやって知ったんだろう?」
「何がだ?」
「……運営側のクエストの発表のタイミング」
運営が出すクエストはランダムで規則性などない。それが中央大陸では普通だったが、このヴォルフ大陸では違うというのだろうか。
「それはクエストの内容が内容でしたからね、公式サイトでは事前に知らされていたのです」
「……そんなの知らない」
「セッカちゃん見てなかったの?」
「そんなの、あったか?」
「ユウもですか」
「日々追加されるクエストのなかの一つですから、見逃していたのかも知れませんね」
見逃した? 本当にそうなのだろうか。
確かに今はそれ以外の可能性は浮かんでこない。けれど、なんとなくだが、それは違う。そう思えた。
「でもクエストの体をとっているのなら発注者の名前が記されているんじゃ」
「名前は棄てアカウントの名前が記されてました」
「どういうことですか?」
「クエストの発注自体は報酬すら払えればレベル1の初心者でも可能です。ですが普通はレベル1が出したクエストなど誰も受けはしないでしょう。それを受けるということは」
「報酬を別の誰かが肩代わりしているってことか」
「そのようです。しかも本来手に入りにくいはずのアイテムが報酬に記載されていて」
「……どんなアイテムなの?」
「形は様々ですが、効果はどれも同じ。一度だけどんな攻撃でも身代わりにすることができる。確かそのようなものだったと」
攻撃の身代わり。それは確かに興味が出てくる代物だ。どんな強大な一撃でも、瀕死の状態から死に送られるような攻撃まで、何でもいいとなれば、戦闘職でなくても欲しくなるのは道理だ。
「本物なのか?」
「少なくともボクたちが確認できた分だけは」
ということはバーニたちは受けたということだ。自分たちを襲うクエストを、自ら。
「それで、ここからが本題なのですが」
「今までのは何だったんだよ」
「ボクの話に関係していることですからついでというやつです」
「ついで……」
「とにかく、ボクの話を聞いてください」
自分から出してきた話題なのに。
俺が呆れているとバーニが一枚の羊皮紙を取り出した。
「今度ボクたちのギルドが作ろうとしている協会であるイベントを企画しているんです」
「イベント?」
「それと同時に敵対勢力をあぶり出すのが目的です」
「いや、どんなイベントなのか聞いたつもりなんだが」
敵対勢力のあぶり出しとはなかなか穏やかではない目的だ。こうなるとイベント自体も平和には終わらないだろうと容易に想像することができた。
「そうでしたか。では話しましょう。ボクたちがやろうとしているイベントは大掛かりなPVP大会です」
俺たちがバーニから聞いたイベントの概要はこうだ。
参加したプレイヤーたちによる大規模なトーナメント形式のPVP大会。
参加条件は二つ。プレイヤー四人のパーティであること。一万 Cの参加費を払うこと。
そして、優勝賞金は参加したプレイヤー数によって決定する。
「どうでしょうか? お金を貯めようとしているあなたたちならば絶好のチャンスだと思うのですが」
バーニには俺たちが中央大陸から来た人族のプレイヤーであることも、お金を貯めていることも、その目的までも話してある。
そのお陰もあってか、俺がアイテムを売る際より多くの金額で取引できるように、それでいて流通価格から離れすぎないように計らってくれている。
「目算としてはどのくらいの人数が集まると考えているんだ?」
「そうですね。百組程度でしょうか」
「ひゃっ――」
「……そんなに?」
「ボクたちサイドからも参加者はいますし、他の一般プレイヤーたちに参加を募った場合にも数十組は参加してくることでしょう。そして、敵対勢力からも」
「その全部を足して百か」
「少なくはない数でしょう」
「そう…だな。でもそう簡単にバーニの思惑通りに進むのか?」
懸念材料はまだ山のようにある。
敵対勢力が参加する保証も、一般のプレイヤーが参加するのかどうかも解らない。なんせバーニが作ろうとしている協会というもの自体、出来る前からこうして危険に晒されている。
「必ずやってみせます。ですから――」
「わかった。そのイベントが開催されるとなったら俺たちも参加させてもらう。確かにその優勝賞金は魅力だからな」
「確実に優勝できるとは限りませんよ」
「だろうな。でも、それでもやってみせるさ」
バーニと向かい合って座り笑い合う。
「それならばまずは人を集めないといけませんね」
中身の残っているカップを机に置き、ヒカルがいう。
「どういうことだ?」
「だって、四人組がルールなんでしょう? だったら私たちは一人足りませんよ」
「……わたしたちは三人」
「――あっ」
「そういうことです。ですから頑張って最後の一人を見つけ出してくださいね」
バーニが笑顔で告げる。
その顔から察するに、これは皮肉でもなんでもなく純粋に俺たちを思っての言葉だったのだろう。カップに残っていたお茶を一気に飲み干すとバーニはゆっくりと立ち上がった。
「では、ボクはこれで失礼します。イベントの調整もまだ残っていますから」
「ちょっと待ってくれ」
「なんでしょう?」
「名前を教えてくれないか?」
ドアノブに手をかけ今にも部屋を出ていこうとするバーニを呼び止めた。
「決まっているんだろう? このイベントの名前ってやつがさ」
「獣闘祭。プレイヤーが気高き獣の如く闘う祭り、それがこのイベントの名称です」
報告を受けPVP大会の名称を変更しました




