♯.13 『パーティ結成』
町の中心にある噴水の縁に座り途方に暮れた。
手詰まり感が拭えないとはいえ今更リタに工房の入手方法を聞きに行くことほど間抜けなことはないだろう。
俺が如何にもなこのゲーム初心者だろうとも最低限守りたいものもある。例え無駄なプライドだと言われてもだ。
「はあ、そうは言ってもほんとこれからどうするかなぁ」
呆然と空を見上げてみればまったく以て雲一つない澄んだ青い空だった。風も心地よい温度で、町の人も活気に溢れている。
ところが晴れ晴れとした空気に包まれている町のなかでただ一人、俺だけが重い空気を漂わせていた。
「ん?」
突然コンソールが出現し、何らかの通信が入ったことを知らせるアイコンが浮かび上がってくる。ついつい釣られるようにそのアイコンに触れるとプッと誰かと繋がったような音が聞こえてきた。
「えっと、誰だ?」
『おー、ユウ。出るの早いな』
電話を通したときのように少しくぐもって聞こえてくる声はハルのもの。通信越しに耳にした眠そうな声から察するとハルは今ログインして来たのかもしれない。
「ずいぶんと眠そうだな」
『まあな。実は一時間狩りをした帰りだからな』
「え?」
どうやら今ログインしてきたのではなく、既にログイン中でしかも長時間モンスターと戦っていたらしい。
自分の予想を上回るハルの発言に俺は言葉を失くしていた。
『ところでさ。お前、いま暇か?』
「え? ああ。町に戻ってきてやろうとしたことが出来なくて暇になったとこだな」
『あん? どういうことだ?』
覇気の無い返答をする俺にハルが問い掛けてくる。
そこで俺は重い口調でこれまでの経緯を説明し、工房を入手する方法が解からないで困っていることを告げた。
すると一通りの説明を終えた俺にハルがまじめな口調で確認をしてきたのだ。
『一つ良いか?』
「何?」
『お前はこのゲームを続けていく気はあるんだよな?』
「そりゃあ勿論。今のところはこれを辞めるつもりはないぞ」
『だったらさ、少しは自分で調べた方がいいんじゃないか?』
ハルの声は微かに怒っているように聞こえる。
『このゲームにも攻略サイトなんかは結構あるし、俺みたいなベータ版を経験している人も色んな情報を色んな場所で出したりしてるんだ。工房の入手方法なら色んなところに載ってるから調べれば直ぐに出てくるぞ』
「あー、いや。なんかさ。そういうのを調べるのって攻略本を見ながらゲームするみたいで嫌じゃないか?」
実際、俺はこれ以外のゲームを遊んでいたときも攻略サイトは見ることは極力避けていた。クリアしてしまえばなんとなくで見ることはあっても初回プレイ中に見ることは無い。
その心情を上手く例えられないが、攻略サイトを見ながらのプレイは答えを見ながら問題集を解いているみたいに思え、どこかズルをしている気分になってしまうのだ。
だからというわけじゃないが、このゲームでも事前情報すらも調べようとは思わなかった。
『まあ、お前の気持ちも分からなくはないけどさ。それはゲームにもよるだろ』
「どういうことだ?」
『RPGとかならストーリーのネタバレになるから俺も攻略サイトとかは極力見ないようにしてるけどさ、この【ARMS・ONLINE】みたいなストーリー性が稀薄なオンラインゲームなら攻略サイトで情報を仕入れながら進めることも結構大事だと思うぞ』
俺よりも遥かに長いMMO歴があるハルの言葉にはそれなりに説得力がある。とはいえ今ひとつ俺の心には響かなかったのだが。
曖昧な空返事をする俺にハルは通信越しで苦笑を漏らした。
『ははっ。そうだな、例えばボスモンスターと戦う時に事前情報があるのと無いのとでは全然勝率が違ってきたりするんだ。そうなるとお前だって何も知らずに無策で突入して死ぬよりは、ある程度情報を手に入れてしっかり対策をとって戦う方がいいだろ?』
「あー、まあ、そうだよな」
ゲームといえども死亡して負うリスクはそれなりに大きい。獲得した経験値の減少に一定時間のステータス低下。それらが所謂デスペナルティ、略して『デスペナ』と呼ばれているものだ。このデスペナを受けてしまっている期間は戦闘に限ってしまえばまともなプレイが出来なくなることは必至だった。
ならばこそハルの口ぶりは俺の主義は態々自分から負う必要のないリスクを取っているのだと言っているも同然と納得するしかない。
初めから調べていれば何かをしよう考えたその度に壁にぶつかって足踏みすることも減らせるはずなのだ。
『ま、今回は特別に俺が教えてやるよ』
通信越しの長い説教を終えたハルは元の明るい口調に戻り、
『工房なら全ての町にあるNPCショップで手続きして手に入れられるんだ。それでユウは買いたいのか、それとも借りたいのか、どっちだ?』
「や、どっちだって言われても……俺でも買えるのか?」
『金はそれなりに掛かるけどな』
「それなりって、どのくらい?」
『確か、一般的な工房で買うなら二十万。借りるなら毎月五万だったかな』
「二十万に五万か。高すぎないか?」
率直な感想が出た。
『ま、一口に工房って言っても基本的には家を買うのと変わらないからな。そこはほら現実準拠でさ』
「なるほど」
『それでお前は今どのくらい持ってるんだ?』
「えっと……約一万」
『全然足りないな』
「だよね」
町に戻ってから素材アイテムを売ったりして稼いだものの、その後にHPとMPを回復させる定番アイテムであるポーションを買ったせいでかなり減ってしまっていた。
それにしたって工房の金額は高すぎると思うんだ。
「ここって初心者が最初に転送される町なんだよな」
『まあな。だからこそ比較的安価な値段になっているんだ』
「これで…か?」
『これで、だ』
「はぁ、仕方ない。適当にモンスター狩って稼ぐよ」
雑魚モンスターから得られる素材は売っても大した額にはならない。それでも俺が出来る金策はこれしかなかった。
『だったら一緒にやらないか? 一人で狩るより効率が良いと思うぞ』
「いいのか?」
『一度パーティメンバーも紹介したかったし、ユウが嫌じゃなければ良いぞ』
「ぜひ頼む。……っていうかハルは今どこにいるんだ?」
『ユウがいる町の北の門の近くだ』
反射的に北の門の様子が頭に過ぎる。
岩山でモンスターと戦った経験はサンド・スコーピオンとの一回だけ。ドロップした素材は他のモンスターの素材と一緒にすぐに売ってしまった。それも大した金額にはならなかったが。
『今ならパーティメンバーも揃ってるから直ぐにでも狩りに行けるぞ』
「わかった。五分も掛からずに着けると思う」
『あいよ』
通信を切り、すぐさま北の門を目指して駆け出した。
十字路を抜け、北門の付近に辿り着くとそこで町を出ていく人の中からハルの姿を探し始めた。現実では昼近くになりログインしてきている人の数は増えていた。それでも未だ稼働して間もないということもありハルが装備していたようなデザインが凝られた全身鎧を使っているプレイヤーは少なかった。
「おーい、こっちだ、こっち」
ハルの顔ではなく装備を頼りに探していると、北門の近くでこちらに向かって手を振るプレイヤーが目に入ってきた。
一度振り返り人間違いではないかと疑ったものの、鎧を着たプレイヤーが笑顔を向けてくるハルだと言うことに気付き近寄って行った。
「よう! 意外と早かったな」
「ん、んん? なんか色々と変わってないか?」
ハルが着ている鎧や背中にある斧のデザインが俺の知るそれとはかなり違っている。この僅か一日でここまではっきりとした装備の変化が見られたのはハルが初めてだった。
決して俺の知り合いが少ないからだとか言っちゃいけない。
装備の変更や強化はこれから行われていくのが普通のはずだ。
「まあな。これもベータの頃に使ってたやつの一つだな」
「へえ」
現在ハルが装備している鎧は最初の頃に比べるとかなりがっちりとしている。専用武器である斧も柄が伸び刃も大きくなっていて、もはや木こりの斧とは呼べない。
「ねえねえ、ハルくん。わたしたちにも紹介してくれる?」
ハルの後ろにいた二人の女性プレイヤーのうちの一人が小走りで駆け寄って来て顔を覗かせた。
「お、おお。そうだな。とりあえずこいつがユウ。見ての通りの初心者だ」
どういう紹介なんだと睨む俺を無視してハルは二人の紹介を続ける。
「それで、この人がライラで、奥にいるのがフーカだ」
ペコっと頭を下げるライラは持っている武器から分かる通り魔法使いということだろう。装備している防具も魔法使い然としたローブでさもありなんという感じだ。
「よろしくね。ユウくん」
「ああ、こちらこそよろしくライラさん」
青く長い髪を靡かせるライラは白を基調とした足元まである長いローブを纏い、精巧な細工が施された長い木の杖を持っている。素の身長はここにいる四人の中では一番高いみたいだが、全身鎧のデザインのせいで僅かにハルの方が高い。
ライラのローブ装備もハルの全身鎧の装備と同様に初期装備から数回の強化を経たもののようだ。
「よろしくっ。あたしがフーカだよ」
ライラの後ろから顔を出した少女がフーカというらしい。
フーカの恰好は肩と胸だけを覆う鎧に革製の服を装備している。背は俺の肩くらいで腰から下げられているのは片手用の直剣か短剣のどちらかみたいだが、鞘の長さからみるに直剣の方だろう。
直剣には華美な装飾や精巧な彫刻は施されていない分頑丈な造りになっている、というわけではなく、純粋に初心者が持つソレと性能自体に差は無いみたいだ。それに加えてフーカの防具を見る限りシンプルなデザインを好んでいるようだ。
「俺はユウ。よろしくフーカさん」
「そんな畏まらなくてもいいよっ。あたしのことはフーカで」
「だったらわたしもライラと呼んでくれますか?」
「えっと、フーカとライラだな。覚えたよ」
満足げに頷く二人とハルを見る。どうやらこの中で完全な初期装備のままなのは俺だけのみたいだ。
「さて、自己紹介も終わったところで、俺たちはこれから再びってユウは初めてか?」
「いや、一度だけなら行ったことあるよ」
「そうかそれなら俺たちはこれから岩山に狩りに行くけど良いよな?」
「ああ。大丈夫だ」
「良し。それじゃ皆、準備はいいか?」
このパーティのリーダーはハルが務めているらしい。
俺を含めた三人の顔を見渡し、意思を確認するように問い掛けてきた。
「ああ」
「もっちろん」
「いいわよ」
三者三様に頷き応える。
「それじゃ、簡単な説明をするぞ――」
ハルが何やら説明を始めた横でフーカが俺に小声で尋ねてきた。
「ねえねえ、ユウさんはハルと友達なの?」
「俺のこともユウでいいよ」
「わかったっ」
「それはわたしも気になりますね。ユウくんはハルくんとどこで出会ったのか教えてくれますか?」
「えっと、ライラもフーカみたいにもっと楽に話してくれていいんだぞ。俺も普段通りに話すからさ」
「そう? わかりました……じゃないね。わかったよ、ユウくん」
「えっと、ハルとのことだったよな。俺とハルは現実の友達なんだ。それよりも二人はハルとどこで会ったんだ?」
「わたしたちはハルくんの従姉妹なんだよ。わたしが姉でフーカが妹」
「へえ」
つまり俺と同様に現実からの付き合いがあったというわけだ。
「おい、俺の話を聞くつもりはないのか」
三人で話しているとそこにハルが入ってきた。
「お、もういいのか?」
不満げな顔を見せるハルに何も無かったように聞く。
「ったく、もういいのかってな。お前ら俺の話を最初から全然聞いて無かっただろうが」
「まあな」
「まあなじゃねぇよ」
「それよりもハルに従姉妹がいたなんて初耳だぞ」
ハルとは十年近い付き合いになるが思い返せば親戚の話などした覚えがない。それもそのはず。普段遊ぶ時は本人同士がいれば十分で、わざわざその場に居ない親戚の話などする必要などなかったのだ。
そうなれば当然俺も自分にどんな親戚がいるかなどの話をハルにした記憶もあるはずもなく、自分がしていないことをハルにだけ強いるのも気が退けた。
結局しなくてもいい話だという認識のままなわけで、俺がハルの従姉妹という存在を知らないのも無理のない話だった。
「あれ? 言ってなかったっけか? 実は二人とはベータテストの頃からパーティを組んでるんだ」
稼働初日、俺と別れたハルが会うと言っていたベータテストの頃の仲間というのがこの二人だったということに今になって気付いた。
ベータテスト経験者だということはこの二人は俺以上にゲームの経験を積んだプレイヤーだということになる。だからこそ二人の装備の強化具合にも頷けるというものだ。
「それならこの中だと俺が一番の初心者になるってわけか」
経験者の中に初心者が一人混ざっている。心強いと言えばその通りなのだが、なによりも自分が戦闘の足手まといにならないかが心配だ。
「確かに。金の稼ぎ方すら知らないくらいだからな」
「嫌みかよ」
「事実だろ」
「事実だよ」
ニヤリと笑って見せるハルの顔つきは現実で俺が良く見る春樹の顔そのもの。そのことが尚更俺をイラッとさせた。
「ユウさんはお金が欲しいの?」
かわいく首を傾げたフーカが俺を見上げてくる。
「そうなんだよ。いま一万くらいしかないから買いたいものも買えないんだよなぁ」
工房の購入金額まであと十九万も必要なのだ。借りるにしても四万足りない。これまでと同じ稼ぎ方では貯まるまで何日かかることか分からない。結論として別の金策が必要になるのは当然だった。
「買いたいもの?」
「コイツ、自分の工房が欲しいんだってさ」
聞き返してくるフーカに答えたのはハルだった。
「自分のって、ユウくんは生産職を目指しているの?」
「いや、これの強化を自分でしたいだけだ」
ライラとフーカに剣銃を見せると一瞬で驚いた顔になった。
「これって、まさか……剣銃?」
苦笑したままのライラの隣でフーカが複雑な顔を見せる。
「なんでそんな武器にしたのさっ?」
前評判を知っている以上に、フーカもベータテスト出身だ。剣銃の使い勝手の悪さは嫌と言うほどに知っているのだろう。
初めてログインした日にもハルに同じようなことを聞かれたのを思い出した。それに対する俺の返事は今も変わらない。
「別にいいだろ。俺はこれが気に入っているんだから」
不貞腐れたように視線を逸らす俺を見てハルが楽しそうに笑っていた。
「ま、コイツはこれでも戦えるから大丈夫だ。それは俺が保証するぞ」
俺の肩を組みハルが自慢気に言い切った。
「昨日一日でレベルもそれなりに上げたみたいだしな」
「そっちこそ」
フレンド登録してあれば互いのログイン状況が分かる他に現在のレベルも表示される。次にパーティを組む時の指針になるようにとの運営側の気配りらしい。
「それじゃ、行きますか」
「おう」
「ええ」
「りょーかい」
再び三者三様に返す。
これから進むべき場所は決まった。
あとは、行くだけだ。
「あ、その前に俺たちのパーティに入ってくれ」
「あいよ」