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未知への旅路 ♯.19

 村の中心部にある広場にはいくつのも麻袋が山のように積まれて、村人が止まない歓声を送っていた。その中心にいるのは森シカの討伐に向かっていた四人。ヒカル、セッカ、ラクゥ、トビアだった。


「おお。これはすごい数だの」


 人だかりを抜け出てきたクマデスが積まれた麻袋を見上げながら告げた。


「お二人の力があってこそですよ」

「そうです。我々だけではこんなにも討伐することはできなかったと思います」


 賞賛の眼差しを向けるラクゥとトビアの後ろでヒカルとセッカはどこか恥ずかしそうに身をよじらせている。

 そんな二人を見てラクゥが言い難そうして話だした。


「それで、村長。二人と約束したことがあるのですが」

「約束? はて、何かしたかの」

「あ、いえ。村長が、ではなく、わたしがなのですけど」

「話してみるんだの」

「二人に角の入った袋を分けてあげたいのです」


 数多く積まれた森シカの角の入った麻袋を指さして告げる。


「別に構わんの」

「ありがとうございます」


 あっけなく了承したクマデスにたいして素直に礼を述べるトビアが麻袋の一つを手に取り、セッカに手渡した。


「どうぞ」

「……ありがとう」

「ありがとうございます。ユウも喜ぶと思います」


 受けっ取った麻袋にはたっぷりと森シカの角が収められている。

 それからヒカルとセッカは村人からの質問に答えながら森シカとの戦闘の疲れを癒すために村の喫茶店とでもいうような施設――実際はただのお茶を淹れるのが上手い村人の家だったが――に行った。

 そこで出されたお茶はヴォルフ大陸で広く飲まれている物らしいが、この大陸に来て間もない二人にとっては珍しいもので好奇心を刺激された。

 目の前でそのお茶を飲むラクゥとトビアに倣いヒカルとセッカも飲んでみると味は爽やかなミントティーのようで、疲弊していた体を常に暑い気候にはぴったりだと言わんばかりに一気に飲み干していた。


「おかわりもありますよ」

「もらいます!」

「……おかわり」


 家主の申し出を受けると空になったカップにお茶が注がれた。

 和やかな時間が流れ、物珍しさに集まってきていた村人も去ると突然クマデスがやって来た。


「村長? どうかしたのですか?」

「いやの。集めてきた角の加工に入ろうと思うんだがの、トビアやもう一仕事頼めるかの」

「はい。構いませんよ」


 そういうとトビアは立ち上がりヒカルとセッカに一礼をして出て行ってしまった。


「あの、トビアさんはどこに行ったんですか?」

「あの方向は村の奥にある加工場だな」

「トビアはこの村で儂のサポート役をしとっての、その関係で色んなことの指揮も任せておるんだの」

「……忙しい?」

「まあ、他の者に比べるとそうかもしれんの」

「でも、本人はそれにやりがいを感じているようですし。何より村の皆からも慕われていますから」


 その言葉の通り、トビアが向かった先からは村人たちとの仲の良さそうな話し声が聞こえてきた。


「それはさておき、一度調薬室の様子を見に行ってはどうだの?」

「……様子?」

「それがいいかもな」

「どうしてです?」

「わたし達が戻って来たにもかかわらず顔を出さないのは気にならないか」

「……そういえば、なんでだろ」

「大方『幻視薬』を作るのに手こずっているのだろうの」

「ユウがですか!?」

「違うのかの」

「……わかった。そうする」


 腑に落ちない顔をしているヒカルに代わりセッカが頷く。

 立ち上がり家から出ていこうとする二人にラクゥが告げた。


「わたしも同行しよう」


 クマデスに別れを告げ、ヒカルとセッカはラクゥと共に村の調薬室へと向かう。

 道中、村人たちからの賞賛を受けつつ進む三人が程なくして辿り着いた調薬室の窓からは激しい閃光が迸っていた。


「ユウ!」


 慌てて駆け込むヒカルの目に飛び込んできたのは獣人族の姿へと変化したユウ。そして呆れ顔で椅子に座り近くの机に肘をついているシャーリだった。


「何をしたんですか?」


 『幻視薬』の試作をしているとばかり思っていたヒカルはその異様な光景に己の目を疑った。


「何って、試作だけど」

「それは分かってます。どうしてこんなことになっているかを聞いているんです」


 ヒカルが目にした異様な光景とはユウが黒い狼の特徴を持つ獣人族の姿になっていることだけではない。何故かシャーリまでもがその姿を変えていたからだ。


「はは……もう…諦めた」


 果てしなく儚い表情を見せるシャーリに後に続いて入って来たラクゥとセッカがより微妙な表情を見せる。


「何をしたんですか?」

「いや、だからな。試作をだな」

「それでなんでシャーリさんがこんな風になっているんですか」

「……ぜったい、変」

「シャーリなのか? どうしたんだ。その恰好はいったい?」

「は、はは」


 尚を虚ろな目をして項垂れるシャーリが乾いた笑いを漏らした。


「……ほんとうにいったい何したの?」

「正直に話してください」


 ユウの正面に立つヒカルとセッカが責めるような口調で問い詰める。

 誤魔化すことすら許さないという視線にユウは観念したように三人が調薬室に来るまでにあったことを告白し始めた。



                ※



「次は持続時間だな」


 一通り『幻視薬』の効果を確かめた俺は空になった瓶を机に並べながら呟いた。

 作成した三種の『幻視薬』のレシピはきっちりと俺のレシピノートに刻まれているが、それを再現するだけではいつまで経っても効果持続時間が十分のまま。性能の向上は望めない。

 そして俺にはもう一つ気になったことがあった。

 それは獣人化した際に生える尻尾のやりどころの無さ。

 履いているパンツに穴を空けるわけにもいかず、どうするかと考えているうちに思いついたのは『幻視薬』が起こす変化を使用者の体に限らず服までも含んだものにすることができればいいのではないか、ということ。

 実際に種族を変化させているわけではないのだから出来るはず。そう思いながらもどうすればいいのかはさっぱりなのだが。


「まずは原液の濃度を変えてみるか」


 一定量を掛け合わせて出来るポーション類の効果を素材を変えずに変化させる方法の一つに、原液の濃度を変えるというものがある。

 煮出した物ならば別容器に取り出して煮沸させることでその濃度を上げることができるし、潰した物なら単純に潰す量を増やせばいい。その際増える嵩があっても濃縮させれば済む話だ。

 幸いにもここにその道具は揃っている。

 昔理科の授業で使ったアルコールランプを彷彿とさせるものの上に煮出した原液を入れて置く。するとぐつぐつと沸騰しだし、徐々に水分だけが蒸発していった。

 程よい加減で皿を取り予め濡らしておいた布巾の上に置く。

 近くにある匙を使い皿の中の原液をかき混ぜると最初に作ったのよりも粘度が濃い原液ができた。


「これを二つ同じだけ合成させる、のか?」


 なんとも半信半疑になってしまったのは先程までの液体を混ぜ合わせるという感じにはなりそうもないと思ったからだった。

 今でこそ固まりかけのゼリーのような感触だが、これをこのまま火にかけていると少し柔らかめの粘土くらいにはなるのではないかと思ってしまう。それではもはや液体というよりも固体。液体薬ではなく錠剤ができてしまう可能性だってあるのだ。

 そもそも同じ原液を混ぜて別の物になるというのはゲームならではだと感じる。

 現実でそれをしたとしてできるのは同じ原液。量の増えたものができるだけのはずだ。

 何がどう作用して変化しているのか。気にならないこともなかったが、それを気にしたらゲームで生産職などやっていられないような気がしてすぐに考えることを止めた。

 ドロッとした原液を匙で掬いながら玩んでいると、何故だかそんなことが思い出された。


「それをどうするつもりなんだ?」


 一度『幻視薬』の実験台になって以降、俺の作業を横目で見ていたシャーリがあからさまな不審の眼差しを向け訊ねてきた。


「一応は『幻視薬』の元になるんだけど」

「これが、か?」

「やっぱり口にするのは抵抗があるか」


 シャーリが表情を崩さず頷く。

 それもそのはず。原液の色はどす黒い緑で匙越しに触った感想は柔らかい粘土。その見てくれは良く言えば春先の田んぼ。悪く言えばただのヘドロだ。


「これは失敗だな」


 まったくもって残念だ。

 使った素材とか時間が無駄になってしまったではないか。


「いや、待てよ。一度これで作ってみても……」


 と俺が呟くと即座にシャーリが「止めろ」とドロドロとした原液が入っている器を持つ手を掴んだ。

 仕方ないかとため息をつき器の中身を棄てた。

 やり直すにしても同じことを繰り返すのは面白くない。

 プラス草だけでは加工するパターンなど多寡が知れている。そうなればやはり使う素材はもう一つのマイナス草にまで及んだ。

 並行して二つの素材を異なる方法で加工していく。

 そうして出来上がった原液を今度は混ぜ合わせる割合を変えて調合してみることにした。


「とりあえず使ってみるか」


 同じプラス草から作り出した原液の一つ目を多く、二つ目を少なくして出来上がった『幻視薬++』を使用すると、体の変化はこれまで通り黒い狼の獣人族となり、違いは持続時間にだけ現れた。

 今度の持続時間は七分。多少の違いではあるが確実に効果持続時間に誤差が生まれたのだった。


「短いってことは、少なくした方が影響しているのか?」


 後から加えた二つ目の原液の量が関係しているのだと仮定して俺はもう一度『幻視薬』を作ってみることにした。

 一つ目の原液の量を当初の通りに。二つ目の原液の量を少しだけ増やして。

 そうして出来上がった『幻視薬』を使うと仮定通り効果持続時間が二分追加されていた。


「一応は合ってるみたいだけど、量を増やすだけでは限界がありそうだよな」


 あまりにも混ぜ合わせる量に違いがあれば作成自体が失敗に終わる可能性がある。そんな俺の懸念は的中し、一つ目の原液に対し二つ目の原液の量を三倍まで増やした時、出来上がった『幻視薬』は効果時間一分という失敗作になってしまった。

 二つ目の量を増やす方法として一つ目の量を増やすという方法を試してみたが、どうやら効果持続時間は一つ目と二つ目の差分によって決まっているらしく、結局は一つ目の原液の量は最初に作ったベターな量である時の限界値を超えることは無かった。

 そうなってくると残る改善点は原液の質。

 先ほどは失敗したが、その濃度を上げるという発想自体は間違っていないはず。

 間違っていたのはそのための手段と考え、沸騰させて水分を蒸発させるのではなくより多くの量のプラス草を潰しそれを水で伸ばし目の細かい布を使いこしていくという方法を試してみることにした。

 ゆっくりコーヒーを淹れる時のように一滴づつ落ちていく原液は先程のように濃い色をしているもののその感触はさらさらとした水のようだ。

 新たに抽出した原液を混ぜ『幻視薬』を作りあげる。

 出来上がった物を使用すると今度もまた視界にあるタイムリミットを告げる時計の針はリセットされた。


「いきなり一時間か」


 これまでよりは長くなるという予測はあった。しかし、これ程までとは思っていなかった。

 持続時間を伸ばすという目的に成功したとはいえこの急激な結果には若干の戸惑いすら覚える。


「できたのか?」

「まあ、今はこんなもんだろ」


 加工の工夫で伸ばせる時間はこれが限界だろう。これ以上伸ばそうとするのなら素材自体の品質を向上させなければならない。それができるとすれば自分の農場があるギルドホームだろう。こうなるとよりギルドに帰れる方法が欲しくなる。


「ところでさ、シャーリはもう一度試す気はないか?」

「やだ」

「どうしても、か?」

「どうしてもだ」


 何度も何度も自分で試してみて思ったことだが、やはり効果の程を確かめるには自分以外の誰かに使ってもらいそれを見るほうがいい。

 持続時間は自分で試して確認できるが、より全体的に変化させるという目的を試すにはどうしても客観的な視点が求められる気がする。


「でも……村長に俺を手伝えって言われてるんだよな」


 卑怯な言い回しになったと思う。けれど協力してくれる人はここにはあいにくシャーリしかいない。


「ぐっ」

「すぐに戻ろうと思えば戻れるんだ。少しだけ俺を手伝ってくれるだけでいいんだ」

「い、嫌だって――」

「村長にはしっかり手伝ってくれたって報告するからさ」

「あーもう。わかったよ。手伝えばいいんだろ」


 どうもシャーリは村長が弱点らしい。

 何事も弱点を責めるのは兵法の基本だ。


「最初はこれだ」


 俺が渡したのは『幻視薬--』魔人族の姿になるためのアイテムだ。


「んぐっ。最初のやつよりは飲みやすいのが腹立つな」


 苛立たしそうに言って瓶の中身を飲み干すと同時に閃光が起こりシャーリの体を魔人族のものへと変化させた。


「シャーリは……」

「夢魔だね」


 俺が鬼になったようにシャーリもまた魔人族として一般的な姿になったらしい。

 俺の調薬作業に興味をなくして調薬室の中で眠っていたリリィがいつの間にか起きて告げた。


「夢魔、ね。それって翼とかあるのか?」

「あるんじゃなかったかな。飛び回ることはできなかったはずだけどさ、まだ背中にあるって聞くよ」

「へえ。どうなんだ、シャーリ。背中に何かありそうか?」

「たぶん。なんか変な感じするし」

「となると俺の時の尻尾と似たようなものか」

「ねえ、早く元に戻るための薬ちょうだいよ」


 丁度いいと言わんばかりに頷く俺にシャーリが手を伸ばしてきた。

 素直に作っておいた『幻視薬++』を渡すとシャーリはすぐにそれを飲み干して元の獣人族の姿へと戻っていた。


「これでいいでしょ」

「まだまだ。これからも付き合ってもらうぞ」

「え!?」


 そう言って俺は『幻視薬』の効果を高める為に試作を重ね、完成するたびにシャーリに試してもらうということ繰り返した。次第にシャーリは『幻視薬』を使うことに抵抗することを止め、俺に言われるがまま次々と完成したものを使うようになっていた。




          ※



「で、今に至ると」


 シャーリが魔人族の姿、そして虚ろな目になった経緯を語り終えるとヒカルとセッカの俺を責めるような眼差しはより一層強くなっていた。

 ラクゥが何を言えばいいのかわからないというような顔で頭を振り、そっとシャーリの肩に手を置いていた。


「全くもぅ。それで完成はしたんですか?」

「一応は現段階で出来ることはし尽くしたつもりだよ」


 机の上に並べられた『幻視薬』は全て持続時間と効果を強めた改良品。

 俺が素材の加工と調合の割合を変えて試作を重ねていった結果行き着いたものだ。


「……これ、おみやげ」

「それは?」

「森シカの角です」


 麻袋一杯に入ったそれはずっしりとした重量がある。

 ストレージに直接収納されるのではなく現品として持ってこられたこの角は何に使うというのだろうか。


「それはだな。作物の肥料にするといいんだ」

「乾燥させて砕いてから使うんですって」


 肥料か。丁度『幻視薬』を作る際の素材であるプラス草とマイナス草の品質を向上させたいと思っていたところだ。ありがたく使わせてもらうとしよう。


「どっちにしても俺たちのギルドに帰らないと使えないけどな」


 目標は変わらないし、その明確な方法も見つかっていないままなのも同じ。けれど、俺たちがこの大陸で自由に動き回れる方法だけは手に入れた。

 ヴォルフ大陸でも石碑を見つけ出すという目的もある。


「まずはこの大陸での拠点を探そうとしようか」


 ここからようやく俺たちのヴォルフ大陸での活動が始まるのだ。




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