未知への旅路 ♯.18
ユウがシャーリと共に調薬室に籠り最初の『幻視薬』の試作を完成させた頃。ヒカル、セッカ、ラクゥ、トビアの四人は村から少し離れたところにある森の入口へと来ていた。
「……そのモンスターがいるのってこの奥?」
「そうだぞ」
「森シカでしたっけ? それはどんなモンスターなんですか?」
「そうだな。基本的に大きさはそれほどでもないな」
「でも、大きな角があるのですよ」
「角ですか。それってどんな――」
「確か、こんな感じだったかな」
ラクゥが近くにあった枝を拾い地面にシカの絵を描いていく。
スラスラと描かれていくその姿は確かにテレビや図鑑なんかでよく目にする類の鹿そのもの。しかし、その角だけは現実の鹿とはかけ離れ、まるで空に向けて両手を広げたみたいに大きく広がっていた。
「それに森シカは雑食なんだ」
「雑食ですか?」
「ああ。口が小さいから大型の動物を捕食することは無いが、小型の動物や昆虫、それに農作物なんかは軒並みやつ等の餌だな」
「数が少ないうちはまだいいんですけど、それなりに数が増えていくと村の中にまで侵入してくることもあるのですよ」
「……だから、数減らし?」
「そういうことなんだなっと。よし、完成だ」
地面に描き上げた森シカの絵はまさにこのゲームに出てくる動物を逸脱した存在というモンスターの姿そのもの。
そして、ヒカルとセッカにとっては初めて目にする姿でもあった。
「これが森シカなんですね」
「どうだトビア? なかなか上手く描けてるだろ?」
「そうね。なかなかなんじゃないかしら」
「だろう」
ラクゥがにやりと笑う。
「それじゃそろそろ森のなかに入るとするか。二人とも準備はいいか?」
「はい」
「……ん、だいじょうぶ」
「ちょっと、なんでわたしには聞かないのよ」
「トビアはいつだって準備万端だろ」
「そう、だけどさ」
「あーもう、わかったよ。トビアも準備はいいな?」
「ええ。当然よ」
拗ねたような表情から一転、自信たっぷりというように胸を張るトビアにラクゥは小さくため息をついていた。
「そうだ、先に二人には言っておくけど、森シカは森に入ればすぐに見つかるだろうけど、決して勝手に攻撃をしたりはしないことだ」
「どうしてですか?」
「森シカとの戦闘は自分の位置に気を付けないとその大きな角に阻まれて何もできなくなることがあるの」
「それに森シカの最大の武器も角だからな。基本的には正面に立たないことを心がけてくれ」
「……わかった」
「わかりました」
ヒカルとセッカがラクゥの言葉に頷くと四人は縦に二列の隊を組んで森のなかに入っていった。
先頭の二人はラクゥとヒカル。後方の二人はトビアとセッカ。これはそれぞれが扱う武器を基準に選んだ隊列だった。
「それにしても、ラクゥさんの武器ってそれでしたっけ?」
「これか? わたしは基本的に何でも扱えるように鍛錬しているからな。今回は人員に合わせて選んだんだ」
そう言うラクゥが持っているのは細長い棒の先にひし形の刃が付けられた槍を持っている。トビアが持っているのはその柄を短くした短槍。それを合計すること十本、一本は手の中、残る九本は腰の丸筒の中に収められている。
「トビアさんは投げ槍でしたよね」
「そうですよ。これをえいって投げるんです」
「森シカを見つけられたら実演できるのだけどな」
「……あれじゃない?」
奥へと進むたびにその深みを増していく森の中に一つの動く影をセッカが見つけた。
見えたのはその角の端。
揺れ動く木々の狭間からゆっくりとした動きで姿を現したのは紛れもなく森シカというモンスターだった。
「そうだ。あれが森シカで間違いない。トビア狙えるか?」
「誰に聞いているのかしら」
「聞いての通りだ。二人ともついてきてくれ」
「どこにいくんですか?」
「何、ちょっと姿を隠すだけさ。言っただろ。森シカとは正面で対峙しないことだってさ」
「……トビアはいいの?」
「ええ。わたしが注意を引き付ける役目ですから。倒すのは任せますね」
「任された」
ラクゥに先導され森の中を突き進むヒカルとセッカたちが完全にその身を緑のなかに紛れ込ませた時だ。フルスイングで投げられた短槍が一直線の軌道を描き、一瞬だけその全貌を現した森シカの胴体を貫いた。
深々と突き刺さった短槍がもたらすダメージが森シカに大きな隙を作り出した。
「今だっ。行くぞ!」
森の中から真っ先に飛び出してきたラクゥが振るう槍が森シカを切り裂いた。
続けて飛び出してきたヒカルは初めて森シカを間近で見て驚愕する。
確かにその姿は角が大きいだけの鹿そのもの。しかしその大きさが巨大な猪なんか目じゃない程、ヒカルが知る動物で近いのはゾウだろうか。四肢が細く角が大きいそれはより近くで見るとまるで一つの大木と対峙しているかのようだった。
「やっぱりモンスターなんですね」
どこか安心したようにヒカルは呟いていた。
誰にも言ってはいないがヒカルは内心どこかで鹿という動物と戦うことに抵抗があった。それは現実で良く知るそれが平和の象徴のように扱われていることを知っているからだ。何よりそんな脅威をもたらすような動物とは思えないでいたのが原因だろう。
そのせいで飛び出していくのがラクゥよりも遅れてしまった。
けれどこうして実際に正面に立ってみればよくわかる。この森シカというモンスターには可愛らしさのかけらもなく、決して平和の象徴などではないことを。
短剣を逆手に構え、下から上へと切り上げる。
ラクゥによる最初の一撃と続けざまのヒカルが刻み込んだ一撃が残した傷跡が重なって十字のような傷跡が森シカの胴体に刻まれた。
「ラクゥさん、行きますよ」
「ああ!」
ヒカルとラクゥが並び立つ。
短剣と槍。形の長さも何もかも違う武器を持つ二人を森シカは敵として認めたのか頭を下げて大樹の枝のように広がった角を向けてくる。
ここからが本番だとヒカルとラクゥが真剣な眼差しで森シカと向かい合った瞬間に遥か後方から二つの閃光が飛び込んできた。
巻き起こる爆発と突風が砂と枯葉を舞い散らせた。
目に飛び込んできたのは森シカの胴体に突き刺さる二本目の短槍。そして、何かの魔法の痕跡。
短槍を放ったのがトビアだとして、魔法を放ったのは誰か。そんな疑問を抱きラクゥが振り返るとその先には手を開いて突き出している格好をしたセッカが立っていた。
「魔法を使ったのか」
「はいっ。セッカちゃんが最近習得した魔法≪ソニック・ウェーブ≫です」
≪ソニック・ウェーブ≫とはその名の通り衝撃波をぶつける魔法。一撃の殺傷力は少ないものの広範囲かつ自分と対象との距離を作るのに適している魔法とされていた。
セッカがこの魔法を習得した理由は一つ。後方からの視線に重点を置いたことで自分で相手との距離を作る手段を講じなければならなかったからだ。メイスを振るい戦うことも考えたがそれでは根本的な解決にはならず、メイスを用いる近接戦闘は自衛のための最後の手段と捉えることにしたのだ。
事前に説明を受けていたために片手を突き出すという独特なポーズが魔法を放った時のものでありセッカならそれも可能なのだと知るヒカルは動じることなく振り返らずに駆け出していた。
連続する二度の衝撃を受け、下げていた頭を大きく後ろに仰け反らせる森シカに向けて何度も何度も短剣で切りかかる。
ヒカルとセッカにだけ見えている森シカの頭の上に浮かぶHPバーは度重なる四人の攻撃を受け瞬く間に減少していった。
「これで、最後ですっ!!」
気合を込めたヒカルの一撃が森シカの最後のHPを削り取った。
力なく崩れていく森シカはすぐに消える。
それがこの世界のルールでもあり、ヒカルたちプレイヤーにとっての常識だった。
「ヒカル、助かったよ」
「私たち結構いい連携でしたよね」
「ああ、そうだな」
頷いてみせたラクゥにヒカルは嬉しそうに顔を綻ばせている。
戦闘の終わりを感じそれぞれの武器を鞘に収める二人にセッカとトビアが並んで近づいてきた。
「……無事?」
「けがは無かったかしら?」
「大丈夫だ。二人の援護のおかげで簡単に倒すことができたよ」
ラクゥが言うように、巨大な鹿のモンスターである森シカと戦ったというのにもかかわらず、ヒカルたちのHPはほとんど無傷のまま。森シカがボスモンスターではないとはいえ、初見の戦闘でこのダメージ量で抑えられたのはNPCの二人が協力してくれたからなのだとヒカルとセッカは理解していた。
「それじゃあ、角を切り落としましょうか」
「え!?」
「……なんで?」
「何故って、モンスターを倒したのだからその部位を持ち帰るのは当然のことだろ?」
言葉をなくすヒカルとセッカはただ茫然と森シカの角を切り落としていくラクゥの姿を見守っていた。
その行為が意味することをここにユウがいたなら何かしらの理由をつけて説明しただろうと思うと自然と笑いが零れてきた。
「それは何に使うんですか?」
切り取った森シカの角を持って来ていた麻袋に入れるラクゥを見て、ヒカルは隣に並ぶトビアに訊ねていた。
「これはね、乾燥させて砕くといい肥料になるのよ」
「……肥料?」
「そうだ。村の農作物を育てるのには欠かせないものなんだ。森シカを討伐するのは被害を防ぐ以外にも肥料にするためだったんだ。どうだ? 必要なら後で肥料にするやり方を教えようか?」
「是非お願いします」
「ああ、了解だ」
薬を作れるユウの仲間だから自分たちの家でも何かしらの栽培は行っているのだろうと予想したらしいが故の提案だったが、その申し出に意外なほど喜ぶ二人をラクゥとトビアは暖かい眼差しで見つめている。
ラクゥが森シカの角を切り落として暫くすると森シカの死体は砂のように崩れ消え、同時に別の個体の森シカが先制攻撃だと言わんばかりに角を突き出して突進してきた。
咄嗟に回避行動をとり突進から逃れた四人は再びそれぞれの武器を手に取った。
二度目の戦闘が始まった瞬間だ。
例え先に攻撃を仕掛けられていたとしても、ヒカルたちの戦闘のやり方はさっきと同じ。
トビアが短槍を用い牽制と攻撃を同時に行い、その隙にヒカルとラクゥが切り掛かる。セッカは下がり魔法による攻撃と回復を的確に行う。
そうした動きは回を重ねるごとに鋭さを増し二体目の森シカは先程の半分程の時間で討伐する事ができていた。
二体目の森シカの角も切り取り麻袋に入れると、四人はさらなる森シカを探すために歩きだした。
森に茂る木々の影に潜む森シカを見つけるたびに倒してゆき集めた角が麻袋一つを満杯にした頃に異変とも思えることが起こった。
それまで個別に出てきていた森シカが数体まとめて姿を現したのだ。
「これだけの数を相手にするのは大変だな」
「そうね。一度にこれだけの数が現れるのは珍しいもの」
「……だな」
一斉に向けられた角が生け垣のように四人を囲む。
その迫力たるや、まるで迫り来る大津波の如く。
うっすらと額に冷や汗を滲ませるラクゥとトビアが僅かに後ずさった。
「私たちなら大丈夫です!」
「……何体きても問題ない」
きっぱりと言い切るヒカルとセッカは殊の外頼もしく、ほんの少し気後れしていたラクゥとトビアを勇気付けていた。
「ふっ、心強いな」
「……頼りにしてくれてもいいよ」
「それに、これだけの数を倒すことができれば今回の討伐は終わってもいいかもしれないわね」
「そうだな。だったら気合いを込めて討伐しようじゃないか」
「行きます!」
真っ先に駈け出したヒカルを追うようにトビアが短槍を投げる。
正面の森シカが短槍を受け体勢を崩す。
人ひとりが通り抜けられるほどの隙間ができるとその中をヒカルとラクゥが駆け抜けた。
「……こっちは私」
森シカが作る生け垣の中に残されたセッカが魔法を放つ。
セッカが使う魔法は衝撃を生み出すもの。属性で言えば風に分類されるが、風属性の魔法は対象を切断するために用いるのが一般的であるためか衝撃を作り出すために使うのは珍しいことだった。
セッカが放つ衝撃波がヒカルたちが駆け出したのとは反対側にいる森シカを吹き飛ばす。そして吹き飛ばされた森シカを狙いトビアが短槍を投げる。
前方と後方。二つの戦場が同時に展開された。
前方では短剣を持つヒカルと槍を使うラクゥが果敢に攻め込み、後方では風魔法を使うセッカと短槍を投げるトビアが巧みに距離を保ちながらダメージを与えていく。
意外だったのはトビアが投てき武器として使っている短槍をそのまま槍として使うこともあったこと。自衛のためにメイスを近接武器として使うセッカと同じようにして戦い、攻撃を潜り抜けて襲ってくる森シカを討伐していく。
二つの戦場が重なったり離れたりを繰り返し、戦闘は終息へと向かっていく。
そうして戦い終えた四人は両手一杯の麻袋に森シカの角を入れて村へと戻っていった。




