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未知への旅路 ♯.17

「どんな感じだ?」


 調薬室の机の陰に隠れているシャーリに向かって問いかけた。


「ああ、もうっ。わたしの体が変わっているんだから、これで成功なんじゃないのっ?」

「確認してもいいか?」

「ダメに決まってるだろ!」


 机の陰からシャーリの怒った声が返って来た。

 溜め込んだ息を吐きだしつつ、俺は手の中にある空になった瓶を見つめ、つい数分前の出来事を思い出していた。

 クマデスから受け取ったレシピにある『幻視薬』はプラス草を薬の原液へと変えることさえできてしまえば簡単に完成させることができた。問題の効果持続時間はこれからの課題。まずは自分の手で作り出せることから証明できたと喜ぶべきだろうか。

 獣人族へと姿を変えることのできる『幻視薬』。俺が作ったものには何故かその名前の後にプラスの記号が二つ付け加えられていた。

 その記号が差す意味を俺が理解するためにはまだサンプルが足りない。せめてマイナス草で作れるかもしれない『幻視薬』が完成させなければならないだろう。

 ということで楽しい楽しい試作の始まりだ。

 プラス草同様、マイナス草を原液へ作り変える。

 そうして出来上がったのはプラスとマイナス、二つの原液だった。

 獣人族へと姿を変えるために使ったのはプラス草で作られた原液を二つ掛け合わせたもの。となれば同じようにマイナス草で作った原液を掛け合わせても作り出せるはずだ。

 自分の直感を信じ作り上げた物もまた『幻視薬』という名のアイテムだった。

 違うのはただの一点。その名の後にマイナスの記号が二つ付け加えられていたこと。

 つまりはプラス草から作り出した原液を二つ掛け合わせたのが『幻視薬++』。マイナス草から作りだした原液を二つ掛け合わしたのが『幻視薬--』。そして、それぞれ同量を一つづつ掛け合わせたのが『幻視薬+-』。

 都合三種類の『幻視薬』を作り出した俺は自分の体を使いその効果のほどを確認することにした。

 まずは渡されたレシピ通りのもの。

 それを一気に飲み干すと俺の体から閃光が発せられる。光が消えるのと同時に俺の体が先程の黒い狼の特徴を持つ獣人族へと変化した。

 コンソールに追加されるはずの効果持続時間を示すデジタル時計が今度は自分のHPバーの下に表示されている。

 しかし、その持続時間は僅かに十分。

 基本的には作り出すことに成功したらしいが効果持続時間を伸ばすことはまだできていないようだ。

 そうなると気になってくるのが同時に作成したもう二つの『幻視薬』の効果だ。けれど俺はいま獣人族へと変わる『幻視薬』を使用したばかり。この持続時間が残っている限り他の『幻視薬』が使えない可能性がある。試作の数がまだ少ないから今は試せないがもう少し数を作りだせるようになれば試してみるのも悪くない。

 ともあれ、残る二つの『幻視薬』の効果を確認するのにわざわざ十分も待つのは面倒だ。

 それにここにはもう一人。『幻視薬』を使える人がいる。

 俺の提案に一瞬嫌そうな顔をしたシャーリがクマデスの言葉を思い出し渋々もう一つの『幻視薬』を使用したのがついさっきのこと。

 シャーリは現在も机の陰に隠れたままだ。


「そろそろ出て来いって」

「嫌だ」

「ここにいるのは俺だけなんだ。どんな姿になってたってかまわないだろ」

「そんなわけないじゃない。だって、これ……」

「何だよ?」

「だって……」

「ああ、もう、めんどくさいな。こっちから行くぞ。いいな? ダメだと言っても行くからな」

「え!? ちょっと、待って――」

「待たない」


 黒い耳をピンと立たせ、俺はシャーリが隠れている机に向かって歩き出した。

 歩き出した、といっても所詮は狭い調薬室の中。わずか数歩で俺はシャーリのもとへと辿り着いてしまった。

 机の陰に座り込むシャーリは見慣れた獣人族の姿ではなく、普段の俺と同じように人族の姿になっている。獣人族の姿をした俺と人族の姿をしたシャーリ。それはそのままこれまでの二人の種族が逆転してしまっているかのようだ。


「よし。成功だな」


 人族へと姿を変えたシャーリは獣人族の特徴ともいえる耳と尻尾が消え、顔の横には人の耳がついている。尻尾が出ていた服の穴はいつの間にか塞がれ、これまた普段の俺と同じような感じになっていて、その顔はマンガに出てくるような典型的なキツネ目の少女という印象だった。


「み、見るなぁ」

「見るなって言われてもな。効果の程度は確認しておかなきゃいけないし、別に変じゃないぞ」


 変なところなど何もない。今のシャーリは立派な人族の少女そのものだ。


「それに、あと数分で効果が消えるだろうさ」

「本当?」

「シャーリも見てただろ。あの時、効果が消えて俺たちが元の姿に戻るのを」

「そういえば、そうだったね」

「もう直ぐ効果が消えるはずだ」


 視界の端にある時計のカウントがゼロになる。

 すると俺の姿が元に戻った。俺から数分遅れで『幻視薬』を使用したシャーリも程なくして元の姿に戻るはずだ。


「ほらな」


 続けて起こる閃光の中には獣人族に戻ったシャーリがいた。


「どうだ? 別に怖いことじゃないだろ」

「そ、そうね。でも変な感じ」

「そうか? 結構面白いと思うけど」

「どこがよ! いつもの自分じゃなくなるなんてゾッとするわ」


 元に戻った自分の体をさすりながらシャーリが言ってのけた。

 クマデスが使う必要がなかったと言っていたのは暗に使いたくなかったと言っていたのかもしれない。俺はシャーリの口ぶりから漠然とそう感じ取っていた。


「とにかくだ。シャーリのおかげで三つ中二つの『幻視薬』の効果は分かったな」

「あんたが使ったのが獣人族になるためで、わたしが使ったのが人族になるためでいいんだね」

「ああ。そうすると残り一つは自然と解ってくるんだけど、どうする? シャーリが確かめてみるか?」

「嫌だ。もう絶対使いたくないよ、そんなの」

「じゃあ、俺が試すか」


 折角元に戻ったのに、なんて感傷は俺にはない。寧ろさっさと三つの効果を確認し効果持続時間を伸ばすために施策を重ねたいとすら思っているのだ。

 普段使っているHPを回復させるポーションのように平然と最後の『幻視薬』を飲み干すとこれまたそれまでと同じように俺の体を閃光が包み込んだ。

 俺の予想通りならば最後の『幻視薬』は魔人族の姿になるためのもののはず。

 自分の魔人族の姿がどのような感じなのか、そしてそもそも自分の予想が合っているのか確かめるのはそれほど難しいことではない。

 ヒカルから預かっている手鏡に自分の姿を映してみればいいだけだ。


「ふむ。これは、何というか。あぁどう言えばいいんだろうな」

「ユウ、鬼みたい」

「だよな」


 驚いた声を出すリリィの言うように、最後の『幻視薬』を使って変化した俺の額には小さな、それこそ鬼のものとしか思えない角が生えていた。

 加えて肌の色が赤黒くなり耳が尖っている。

 牙は生えたわけではないようだが、今のユウの姿からは全体的に攻撃的な印象が受け取れた。

 とはいえ実際は変わっておらず、内面もこれまでの俺のまま。

 そうなるとリリィ以外の人の反応が気になってくる。鏡に映る自分の姿から視線を外さずにシャーリに問いかけてみた。


「どうだ? 魔人族に見えるか?」

「み、見えるよ」

「どうかしたのか?」

「なんでもない」

「あからさまに目を逸らされて何でもないわけないだろ。正直な感想を言ってみろよ」


 俺が獣人族の姿に変化したときには見せなかった戸惑いをシャーリから感じ俺はそっと鏡を机の上に置いてその顔を覗き込んだ。


「く、来るなぁ」

「いったい何だってんだよ」

「もしかしてさ、魔人族を見慣れてないから怖いんじゃない?」

「怖い? 俺がか?」

「ユウが、というよりは魔人族がなんじゃないの」

「でも、ヒカルとは普通に接していたぞ」


 記憶のなかのシャーリはヒカルを特別嫌っていたわけでも避けていたわけでもない。余所余所しい態度は俺たち三人全員に取っていたし、当たりが強かったのは俺に対してだけだった。俺に対する当たりの強さも余所者だから仕方ないと半ば流していたが、今のシャーリの態度はこれまで以上に俺を避けているように思えた。


「だって、そのヒカルって娘は怖くなかったから」

「ってことはなんだ。俺が怖いのか?」

「だって、今のあんたはモンスターっぽいんだもん」


 シャーリの俺の魔人族姿に対する評価に心なしか懸念が生じた。

 もしかすると俺は魔人族の姿になるための『幻視薬』を作ったつもりでモンスター姿になるための物を作ってしまったのではないか。そうなるとこれは完全な失敗作だということになる。

 空になった瓶を見つめつつ、漠然とそう考えていると、俺を観察するように近くを飛び回るリリィが平然と告げた。


「でも、こんな感じの魔人族はいるよ」

「だよな。これは失敗じゃないよな」

「う、うん。数は少ないけどいるのは確かだよ」


 よかったと胸を撫で下ろす俺を前にシャーリは相変わらず恐る恐るといった様子で俺のことを見てくる。


「ダメだ。やっぱり、怖い」


 意を決したような顔になって何を言うかと思えばそれか。

 こうなってくると俺の魔人族姿はあまりこの村で晒したりしないほうがいいだろう。妙な騒ぎになっても困るだけだし、獣人族が暮らすヴォルフ大陸ではいいことなんて何もないはずなのだから。

 気を取り直して俺はもう一度抽出した原液が入っている瓶を手に取った。

 魔人族の姿から元の姿に戻るまでの間にすべきことはまだまだある。その一つが別の『幻視薬』の効果が発揮されている最中でも別の『幻視薬』を使うことが出来るのか否かを確かめること。

 本当なら全部のパターンで試したい所だが、今は人族、つまりは元の姿に戻るためにシャーリに飲ませた『幻視薬』と同じものを作り上げてた。

 一度作ってしまえば個人のレシピノートに記され、MPと素材さえ消費すれば一瞬で再現させることができる。

 少し前に追加された機能だがこうしていくつも思索を重ねたい場合はなんとも便利な機能だとしみじみ思う。

 そうして出来上がった『幻視薬』シャーリに使わせたのが人族の姿になるための物だから『幻視薬+-』を俺は魔人族の姿のまま一気に飲み干した。

 効果が発揮されれば閃光が、されなければどうなるのか解らない。何も起こらないのか、それとも何かバッドステータスが付いてしまうのか。

 結果としては別の『幻視薬』を使っていても新たな『幻視薬』は使うことができる。

 そして、後から使った方の姿に変化する。

 人族になるためのものを使用したことによって、元の種族と同じ種族になるものを使うとどうなるのかも同時に確認することができた。

 答えとしては元々の種族と同じ種族になるための『幻視薬』を使うとあらかじめエディットしていた自分の姿になる。

 同時に効果持続時間を示す時計表示も消え、効果が終了したのと同じ状態になった。


「上書きされるってことなら、同じ種類を使うとどうなるんだろ」


 そう呟くと俺は『幻視薬++』を飲んだ。

 魔人族になるのはシャーリに怯えられたから控えた。そのぐらいの配慮は俺にでもできる。それに種類が違っても同じ結果になりそうだというのはこれまでの感覚でおよそ掴めていた。

 獣人族の姿である黒狼になった俺はそのままもう一度『幻視薬++』を飲んだ。

 さて、どうなるか。

 また別の獣人族の姿になるということはないだろう。クマデスも言っていたように変化後の姿は固定されているようだし、これまで三度獣人族の姿に変化したけど、どれも同じように黒狼の姿をしていた。


「目立った変化は、なし、か」


 体は黒狼のまま。

 どうにか必死に違いを探して見つけたのは視界にある持続時間を示す時計が新しくカウントされているということだけ。


「なるほどね。同じのを使うと時間がリセットされるってわけか。けどそうなるとやっぱり十分は短いぞ」


 姿を変えていたかったら平常時でも十分置きに、効果が消える前にということだから九分置きくらいには再使用しなければならないのは面倒、というよりも構造的に問題があるとしか言えない。

 何もしていない時ならいざ知らず、それが戦闘中ならその度に隙を生み出しかねないことを行わなければならず、自分の変化を知らない相手との会話の途中だったりしたら十分毎に席を外さなければならないということだ。


「ま、ここからが腕の見せ所かな」


 問題は一つ。

 それを解決するのが困難でも不可能なわけではないだろうと俺はまた机に向かい集中力を高めていった。この時、調薬室の外となる村の中心部で村人たちのとても大きな歓声が沸き上がっていたのだが、それすらも耳に入らない程に。



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