未知への旅路 ♯.16
シャーリと一緒に調薬室へ入っていくと真っ先に俺は調薬の道具を並べ始めた。
「で、わたしは何をすればいいわけ?」
道具は二つの素材アイテム『プラス草』と『マイナス草』を原液へと変えるためのものがいくつか。煮出すためのものとすり潰すためのもの、そして乾燥させるためのもの。
どの道具と方法が適しているのか解らないためにしらみつぶしに確認していこうというわけだ。
「ちょっと、ねえ聞いてる?」
素材は道具の倍以上に用意しなければならない。ここに来る道中に採取した二つの素材アイテムの数はそれぞれ二十個以上。それでもまだ十分だとは言えない数だけど、足りなくなったらその時はその時だと思うことにした。
「ねえってば!」
シャーリが机の上に並べられた道具を倒しかねない勢いで叫んだ。
「なんだよ」
「わ、た、し、は、何をすればいいの?」
「何をって、好きなことをしていればいいだろ」
「好きなことって、こんな場所でしたいことなんてないわよ。第一村長の命がなければこんなとこに、ましてあんたなんかと――」
「なんかとは随分だな」
「じゃあ、何て呼べばいいのさ」
「ユウでいい」
「あっそ。で、もう一回聞くけど、あんたがえっと『幻視薬』だっけ、それを作っている間わたしはなにをすればいいの」
「そうだな。とりあえずは見学、かな」
正直、シャーリに手伝ってもらいたいことは何もなかった。
ここでできる工程は一人でもできるものばかり。
そうこうしている間に二つの素材アイテムを煮出すためのお湯が沸いた。
「さすがに二つ同時ってわけにはいかないよな」
水を沸かすためのコンロと鍋は一つだけ。それらはプラス草とマイナス草の成分を煮出すために使うのだからその道具を別々にするのは当たり前のこと。時間が倍掛かったとしてもその間に別の方法を試みてみればいいだけの話だ。
乾燥させるのに使うのはただの日光。つまりは天日干し。時間こそ現実よりも短く簡単に作れるようになっているから一番簡単と言えば簡単な方法となっている。
その分、原液が取れる量は一番少ないんだけどな。
「それじゃあ乾燥は自動でできるはずだから、すり潰してみるか」
すり鉢を二つ。すりこぎも二つ。棚にはまだいくつかが積まれていることからもこの村では薬を作るときに使う道具はこの二つが主となっているようだ。
「まずはこっちからだな」
道具も素材も二つづつあれど、それを行う俺の体は一つだけ。
両方を同時に行えるわけではない。
ゴリゴリ、ゴリゴリと一定のリズムを刻みながら俺はプラス草をすり潰していく。
新鮮なレタスのような緑色をした葉が潰され、鉢の底にドロッとした緑色の液体が溜まっていく。
「なんか思ってたより早くできたな」
自分のレベルが上がったことがもたらす恩恵をひしひしと感じた。
最近はすり潰す工程というもの自体が必要なくまったくと言っていいほどしていなかったが、これほど簡単ならばまた試すのも悪くない。
「次はマイナス草か」
クマデスから受け取ったレシピにあったのはプラスという文字だけでマイナスは書かれていなかった。けれどその名前や詳細文からも推測できる通り、この二つの素材が全くの無関係ということは無いはずだとプラス草の時と同じようにすり潰し始めた。
マイナス草はプラス草に比べて青色が強い。
純粋な青色をした野菜など現実では見たことがないが、ゲーム中ではありなのだろう。そのまま食べたりしたいとは思わせない色をしているのは確かだった。
「ねえ、そっち、そろそろいいんじゃない」
「お、みたいだな」
マイナス草をすり潰す手を止め、俺はシャーリが言う煮出している最中のプラス草が入った鍋の方を向いた。
ぐつぐつと煮え立つ鍋の中では色鮮やかな緑色が葉からお湯に溶け出している。
問題があるとすれば持ち手にまで熱が伝わり素手では持てそうにないことか。
「なにか布巾みたいなのあったかな」
自分のストレージの中を探っていく。
この村で消費したポーション類が消えて随分物悲しくなったものだと感じる。だとしても、まだまだ残っているものは数多くある。これまで自分が集め作りだした物の殆どがここにあるのだからそれも当然と言えば当然なのだが。まあ、中には持ってこれなかった物もあるはあるけど、それでも大した量だと思う。
しかし、そんな多くの物を所持しているにもかかわらず、ミトンの代わりになりそうなものは残念ながら見つからなかった。
「あれ? いつも使ってたやつがあったはずなんだけど」
「ギルドホームにあるよ」
「見たのか?」
「うん。いつもの工房のとこにあったと思う」
「それなら俺が忘れてきたみたいだな」
「まったく忘れっぽいんだから」
そう言われればそんな気がしてくる。
事実ストレージの中にはいつも使っているミトンは入っていないのだから。
「あのさ、なんだかすんなり受け入れてるみたいだけど、それ、誰、っていうか、何」
「何って失礼だな。妖精族のリリィだよ」
「ああ。俺の仲間だ」
悪魔ダコと戦った船の上から海へと落ちた時から今に至るまで一度として姿を現さなかったリリィがさも当たり前のような顔をして俺の頭の上にいる。
俺はというとどうして今まで出てこなかったのかという疑問より、無事だったことに安堵していた。
「な、仲間って、妖精だぞ。あんた人族なんだろ。それがどうして妖精と一緒にいるのさ」
「色々あったんだよ」
「そうそう。色々あったんだ」
俺に同調するリリィはいま、必死に笑いを堪えているのだろう。微かに漏れ聞こえる笑い声がした。
「それで、ユウは何を作っているの」
「『幻視薬』っていう薬なんだけど、見ての通りミトンが無くて困っているんだ」
「これを使えばいいじゃん」
そう言ってリリィが持ってきたのは調薬室にあるボロ布。一つだけなら意味をなさないだろうが、それも十枚近く集まればミトンの代わりとしては十分使うことができそうだ。
目の細かいざると器を用意して煮だったプラス草を液体と固体で分けているとリリィが話しかけてきた。
「どう? 使えそう?」
「ああ。問題なさそうだ。助かったよ」
「えへへ。それでなんだけどさ」
嬉しそうに笑ったかと思うとリリィが突然モジモジと何かをおねだりする子供のような視線を向けてきた。
「なんだよ。何か言いたいことがあるのか?」
「というか作ってほしい物があるんだ」
「リリィが、俺にか」
「うん。ユウじゃないと意味がないから」
生産職としてなかなかの殺し文句を言われてる気にもなるけど、妖精であるリリィが欲しがりそうなもので俺が作り出せるものなど何かあっただろうか。
そんな疑問を浮かべてリリィに視線を向けるとその腕につけられている秘石の腕輪に目がいった。
思えばそれもリリィにせがまれて俺が作ったものだ。もう一つ似たような腕輪が欲しいというのなら申し訳ないが素材を持ち歩いていない今は待っていてもらう以外ない。
とはいえだ。話を聞いてみないことには始まらない。
「言ってみろよ。すぐに出来そうならやってやるからさ」
「うん!」
プラス草の成分を抽出した液体を冷ましながら訊ねるとリリィが俺の目の前に止まった。
「あのね、クロスケの為のゲートを作ってほしいんだ」
「ゲートって何だ? クロスケのためのってどういうことなんだ?」
「私がここに来るのにその指輪を通ってきているのは解ってるよね」
「まあ、その為に作ったんだからな」
「それと同じ効果のある何かをクロスケの為にも作ってほしいんだ」
妖精の指輪と同じ効果のある何か、か。
作れないことは無いだろう。妖精の指輪同様に特別な何かがあればの話だが。
「ゲートを作れたとして、クロスケがリリィみたいにそれを通ってくることができるのか?」
「問題ないと思うよ。ユウの契約モンスターだし、これもあるし」
「それは」
「黒翼結晶。クロスケと繋がっている石だよ」
特別な何かも用意してあるとなれば作らないわけにはいかないな。
「シャーリ」
「な、何よ」
「この村に鍛冶ができる場所はあるのか?」
「そんな所ないけど」
「じゃあ、強い火を起こせる場所とかは」
「あるわけないだろ。ここの周りは農地なんだ。大きな火なんて絶対厳禁だよ」
それは困った。
人が暮らしている以上、必ず鍛冶屋があると思っていたがどうやらそうではないらしい。となるとラクゥが言っていた他の村から得ているものというのが金属製の道具ということかもしれない。
「さて、どうするかな」
火がなければ鍛冶はできない。
鍛冶ができなければ素材があったとしてそれをアクセサリの形に変えることができない。
アクセサリが作れなければ黒翼結晶をつけたゲートの効果がある何かを作り出すことは不可能だ。
「他の方法、か」
あるものでどうにかするべきなのだろう。
そうなると木工細工だろうか。しかしそれでは金属製に比べて幾分か強度に心配が残ってしまう。
強度となるとせめて今付けている指輪くらいは必要だ。
「できないの?」
「いや、やってみるさ」
悩んでいる俺にリリィが心配の声をかけてきた。
あれもない、これもない。それでは何もできない。けれど思い出せば最初の俺は何もないから始めたのではないか。あるものだけで工夫してどうにか形にしてきたのではなかったか。
一つ。自分の手を見て思いついたことがある。
失敗したら失うだけのそれはまさに今あるものを最大限に利用するということだった。
俺が思いついたこと。それは自分の指輪を作り変えることだった。
左手からグリンリングを外す。
これまで形はそのままに何度も強化をしてきたこの指輪ならさらに別のものに変えることも可能なはず。
「ここで火を使ってもいいか?」
シャーリに尋ねる。
「どのくらいの火なんだ?」
大きな火を起こされてはたまらないというような眼差しを向けてきた。
「そうだな。だいたいこのくらいだと思うけど」
と、俺は右手人差し指を伸ばしその先に仄かな火を灯して見せた。
輝石の腕輪にある輝石の一つに火属性の効果を宿したときから得た最低限の火の魔法。暗い所で明かりを灯したり、焚き火の火種にしたりくらいしか使い道はないと思させる火力でもすでに完成している指輪の塗装を剥がすのには十分使えるはずだ。
指先に灯した火は軽く振るだけで消えてしまう。
実際に使うには何かに移して燃やし続ける必要がある。その時の入れ物はココにある。プラス草を煮出していた鍋ならこの程度の火力に耐えられるという確信があった。
「それなら大丈夫だけど」
「そうか。よかった」
鍋に移した火にグリンリングを当てているとそのきれいな緑色が剥がれ落ち、素材の色である銀色が露出した。
大掛かりな鍛冶の道具はギルドホームに置いてあるけれど、自分たちの武器を修理したりする程度の道具はストレージに入っている。炉だけはどこかで借りればいいと高を括っていたのはミスだった。これからは携帯炉というものを持ち歩くことにしよう。
ヤスリと金槌を手に俺はグリンリングの形を少しだけ変えた。
一回り細くなった指輪には黒翼結晶をつけるための窪みができている。
「リリィ、それを」
「うん」
手に平に収まるほどの大きさの黒翼結晶を俺は小さくなるように目の粗いヤスリを使って削り、仕上げに目の細かいヤスリで磨き上げていく。
程なくして綺麗にカットされた黒い宝石が完成した。
丸く小指の爪くらいの大きさになった黒翼結晶を銀色の指輪に取り付ける。
グリンリングがその名と形をオウル・リングへと変えた。
黒色の宝石が鈍い銀色のリングに合っている。これまでのグリンリングが明るい印象のアクセサリだとするならオウル・リングは大人のアクセサリという印象だ。
「喚んでみるか」
オウル・リングをグリンリングをつけていた指に付け直し、俺は心の中で呼びかけた。
すると指輪の上に小さな魔方陣が浮かび上がり、それを通って小型のフクロウの姿をしたクロスケが飛び出してきた。
「成功したみたいだな」
「クロスケ! これでクロスケも自由にこっちに来れるね」
喜ぶリリィがそう語りかけるとクロスケが嬉しそうにホウっと鳴いた。
「な、なな、モンスターが飛び出してきた!」
「ん? 話を聞いていただろ。クロスケは俺が契約しているモンスターだ。害はないよ」
「あんたホントなんなの?」
「何って、俺は俺だが」
一般的なプレイヤーよりは若干ズレたプレイスタイルなのは承知しているが、それを今シャーリに言われる筋合いはない。
「ってか、俺はこれが無くてもクロスケを喚べるんだけど」
リリィに頼まれたということもあって作りはしたが、よくよく考えれば俺にとってオウル・リングはそれほど重要な性能を得たわけではなかった。
そう考えると作り損か。なんてことを考えていると視界にある俺のHPとMPの数値が全く変動していないことに気付いた。これまでクロスケを喚ぶときはごく僅かだがMPの減少があった。そのために不要だと思える時には喚んだりしなかったのだけど、こうなると旅の仲間としてマスコット代わりにいてもらっても悪くないような気がしてきた。
クロスケのフワフワな羽毛はヒカルやセッカにも好評なのだから。
開けっ放しになっている窓の縁に降りたクロスケとその背中に止まるリリィを見て俺も心を和ませていた。
「さ、『幻視薬』作りの続きだ。これからはシャーリにも手伝ってもらいたいんだけどいいよな?」
「え!?」
気分一新。意欲を満ち溢れさせる様子の俺にシャーリは僅かに頬を引き攣らせた。これから自分の身に降りかかることを予感しているのだろう。
うん。いい勘してる。
でも、もう手伝ってもらうことは決定してるんだけどね。クマデスの許可も得ているし。
俺が満面の笑みを見せるとシャーリはさらに表情を引き攣らせていた。