未知への旅路 ♯.15
何事も最初は検証から。
俺たちはクマデスから渡された『幻視薬』を持って村長の家の庭へときていた。
突如姿を変えるさまは他の人の目には入らない方がいいだろうとのことだったが、どのように変化するのか試してもいない俺たちにそれを断る理由はなかった。
「とりあえず人数分渡すけどこれは貴重なものなんだからな」
それぞれ『幻視薬』を持つ俺たちにシャーリが注意を促した。
「ま、そう緊張するではないの。薬師であるそなたには後に作り方を教えるつもりだからの」
「いいんですか?」
「儂らには不要なものだからの。まあ一応口外しない方がいいかもしれんの。この村に他種族が押し寄せてきても困るからの」
「わかりました」
「それから、そなたらが個人で売買する分には邪魔するつもりはないからの。好きにするがいいの」
「はは……わかりました」
クマデスから聞いた使い方は通常のポーションと同じ。飲むだけ。
しかし問題なのはその変化が自分ではコントロールできないことだった。しかも変化した姿は最初に変化した姿で固定されるときた。
ラクゥたちのようなワンポイントの獣人族ならばいいが、クマデスのようなガッツリとした獣人族の姿になるのは少しばかり抵抗が残る。
「……じゃあ、私から」
躊躇する俺をよそにセッカが『幻視薬』を一気に煽った。
変化する様子は一言でいうと発光。
眩く直視できない程の閃光の後、同じ場所には獣人族へと姿を変えたセッカが立っていた。
「……どう?」
着ている鎧もその背にあるメイスも髪の色も、顔の形だって同じ。違うのは人族の耳が消えその代りに頭の上に動物の耳が生えていること。
「可愛いよ。セッカちゃん」
セッカの変化を目の当たりにして目を輝かせているヒカルが駆けよって行く。
耳の形は三角形で髪の色と同じ色の体毛が生え、セッカの感情に反応しているらしく小刻みに動いている。
どうやらセッカの獣人族の姿は猫、それも高貴な感じの白猫を模ったもののようだ。
「セッカは猫か。それ尻尾もあるのか?」
「……あるみたい。ムズムズする」
くすぐったそうに体をくねくねと動かすセッカは傍から見てるとなかなか面白い。
しかしそれも本人の不満げな顔を見ているとそうは言っていられないような気がしてくる。次に『幻視薬』を試すのは俺かヒカルであることは決まっていることなのだから。
「次は私ですね」
意気揚々と告げたヒカルは先程のセッカ同様に『幻視薬』を一気に飲み干した。
二度目の閃光が巻き起こり、続いて獣人族へと変化したヒカルが姿を現した。
「私はどんな感じなんです?」
閃光の中から現れたヒカルはセッカと同じように獣人族の姿になっている。なってはいるのだが、なにやらそれまでとは印象が違っている気がする。
元が魔人族だからだろうか。獣人族の姿のモチーフとして選ばれた動物がこの村にいる他の獣人族ともセッカとも違う。
「ま、まあ、こういうのもアリなんじゃないか?」
「なんか微妙な反応ですね」
「自分でも見てみろよ」
「そうします」
ヒカルがストレージから手鏡を取り出すとそこに自分の姿を映してみた。
「な、なな、な、何なんですかこれはー」
絶叫を上げ自分の頭に付いているものに触れる。
短くて小さく丸まったそれは紛れもなく、角。その下にある耳もまた小さく、モチーフになっている動物が何なのかすぐにわかった。
綿のような、もこもこな毛こそないがその特徴は羊そのもの。
「なんで、私だけ、羊なんですか」
「いや、べつに羊でも悪くないだろ」
「それはそうなんですけど……ユウも早く使ってみてください」
「お、おう」
ヒカルに急かされるように俺もまた『幻視薬』を使用した。
三度村長の家の庭で巻き起こる閃光の後、今度は俺が獣人族の姿へと変わり現れる。
「俺はなんの動物だ?」
「うぅ、うぐっ、犬です」
「……というより、狼。……かっこいい」
「ヒカル、鏡を貸してくれ」
「いいですよ」
ふてくされながらもヒカルは俺に手鏡を渡してくれた。
その手鏡に映っているのは黒い毛並みの犬耳、もとい狼耳をつけたユウの顔。この尻のあたりに感じる違和感はおそらく尻尾のせいだろう。
「これでそなたらは外見だけ獣人族になったようだの」
「外見だけ?」
「見ての通りだの。『幻視薬』は姿を変えるだけで、本質までは変えられんからの」
コンソールに自分のパラメータを表示させるとそこには今までと変わらない自分の能力値が記されていて、種族の欄にはしっかりと『人族』の文字もあった。
つまりはクマデスの言うように外見だけが変化したということらしい。
「ん? この数字はなんだ?」
「……どれ?」
「これ」
顔を近づけてくるセッカに俺はコンソールを可視モードに切り替えてみせた。
俺が指さす先、コンソールに追加された新たなデジタル時計の数字が刻一刻と減っていってる。元がどれだけあったのかは今から知る由はないが、それでも残りが十分程だということだけはすぐに読み取ることができた。
「それは『幻視薬』の効果時間だの」
「短いな」
「それは仕方ないの。これまでこの村に住む者には無用の長物だったからの。作り方は知っていてもそれを高めていこうとするものは出てこなかったからの」
「……でも、これなら私たちもこの大陸で自由に動ける?」
「そうだの。その姿ならまず問題ないだろうの。他の獣人族の村でも自由に動き回れるだろうの」
「……ありがとう」
セッカが深々と頭を下げている。
このアイテムは確かに今の俺たちにとってはかなり重要なアイテムになり得るだろう。いかに効果時間が短いとしてもだ。
「って、ヒカルはまだ拗ねてるのか?」
「だって、私もユウやセッカちゃんみたいなかわいい動物がよかったんですっ」
「かわいいって……」
「それに私はひつじより犬とか猫の方が好きなんですっ」
「お、おう」
確かにセッカの白猫姿は可愛いと思えるが俺の黒い狼は可愛くはないだろう。
それに、ヒカルが怒るたびにその小さな耳が小刻みに動いているその様子は傍から見ていて可愛らしいと思うのだが、本人は未だ受け入れられていないようだった。
「まぁ諦めるんだの。一度決まった姿は変えることはできんからの」
「う、うぅ」
「さて、そなたにはこの薬の作り方を教えるかの」
「あ、はい。お願いします」
「コレだの」
そういってクマデスから渡されたのは一本のスクロール。
スクロールというアイテムは普段新しい魔法を習得するためのアイテムとして名高いが、稀にアイテムのレシピが記されていることがあるらしい。
今回はその稀なケースに値するようだ。
レシピを確認するとそこにあったのは『プラスの効果を高めること』との一文が。さらにプラスの部分を詳しく表示すると見慣れない言葉が並んでいた。
「えっと、何だ。コレ」
「必要な素材と調薬方法が記されておるの」
「いや、それは分かるんだけど」
「何か問題かの?」
「その素材が聞いたこともないんだが」
レシピが記されているスクロールにあった『幻視薬』に必要な素材としてプラス草とマイナス草という聞きなれない素材の名前。
「おかしいの。その二つはどこにでもあるはずだがの」
「どこにでも?」
「ほれ、そこにもあるの」
不思議そうに首を傾げるクマデスを前に俺はこれまで一度もその素材を目にしたことがない理由を考えていた。
もしかするとこの二つの素材は最近追加されたものなのかもしれない。だから俺が知らないのだという可能性の他に考え得るのはこのレシピを入手して初めて採取できるようになっているという可能性。
今になっては何が正しいのか考える必要などなく、また新たに採取できるようになったアイテムがあることに別のこれからの可能性も感じ始めていた。
俺がこれまで行ってきた調薬や素材の調合はどれも組み合わせや分量で違いを出していた。しかし、新しいレシピを手に入れたことで入手できる素材自体が増えることがあるというのは生産職としては朗報以外のなにものでもない。
手始めに近くにあるプラス草とマイナス草を一束づつ摘むとそれらの詳細な情報を提示させた。
『プラス草』
使用者の因子を強める効果がある。
『マイナス草』
使用者の因子を弱める効果がある。
なんとも理解し難い説明文だ。
そして短い。
レシピを入手しているからこれらの使い道を俺は知っているが、そうでなかったら何の事だか意味が解らないと頭を抱えていたことだろう。
いや、レシピを入手したから採取できるようになったのだとすれば、この説明文でも通じるのか?
「この因子ってのがどの種族の外見になるのかを決める要素なんだとは思うけど」
「どうしたんですか?」
「あー、いや、これの使い方がいまいち掴みきれなくて」
「……レシピ貰ったんじゃないの?」
「それは、そうなんだけどさ」
レシピにはただ一文『プラス草を同量掛け合わせること』とだけ書かれていた。
薬上のアイテムにするのだから根本的な作り方はポーションと同じで原液を調合するだけ。この場合は二つの別々の原液を混ぜるところを同じ原液を混ぜるということになるはずだ。
けれど、それ以外は不明。
例えば効果を強くしたい場合とか、効果時間を延ばしたい場合の方法などは一切記されてはいない。
「またいくつか作ってみて調整しなきゃダメかもな」
などと考えている間にコンソールの時計のカウントダウンが全てゼロになった。
使用した時間に多少の差があったこともあり立て続けに三度、先程と同じ閃光が起こり、次々と俺たちの姿が元に戻っていった。
「……うん。この方がしっくりくる」
「そうだね」
鏡を使い見慣れた姿に戻った自分を確認しつつセッカとヒカルが呟いていた。
「また『幻視薬』を使えば変化できるからの」
「また羊なんですよね」
「何度も言っているだろうの。一度決まった変化後の姿は――」
「変えられない、ですよね」
「その通りだの」
再びがっくりと肩を落とすヒカルにこの場で和やかな笑いが起こった。
「で、次は石碑だったかの」
おもむろに告げたクマデスの一言に俺は忘れかけていたもう一つの目的を思い出していた。
「あいにくだがの、それに関しては儂らは全く分からないことなんだの」
「その…ユウからその話を聞いてから今日までの間にわたしもこの近くを探索してみたのだがな、見つけることはできなかったんだ。すまないな、みんな」
「いえ、その、ラクゥさん謝らないでください」
「……石碑探しは自分たちですることだから」
「しかし――」
「近くにないってことが分かっただけでも十分だよ。村長には他の村に行ける方法も教えてもらったしな」
「そうか?」
「はい。ユウの言う通りです」
「……ありがとう」
石碑まで簡単に見つかるとは思っていない。それに、見つかったとしてもそれが自分たちの求めている石碑、ひいては自分たちの輝石に宿したい効果であるという保証もないのだ。
なにより、すぐに見つかってしまっては自分たちでこの大陸を見て回る理由もなくなってしまうというものだ。
「けど、先にするべきはこっちだな」
スクロールを掲げ告げる。
『幻視薬』が無くなってしまった今、この村から出ていくのは同じことの繰り返しになりかねない。
それに十分程度という効果持続時間はあまりにも短い。
姿を変える理由がその土地土地の探索である以上、せめて一時間くらいは持続時間が欲しいものだ。
「またこの村の調薬室を借りてもいいか?」
「構わんだろうの。どうだトビアよ使う予定は入っておるのかの」
「いえ、元々あまり使っていない所でしたので、ユウ殿が自由に使っても大丈夫だと思います」
「それに……病人が出たらまたこの人に薬を作ってもらえばいいんだ。そうだろ?」
「シャーリ、それは余りにも不躾だと――」
「あのさ、ラクゥはそれでいいかもしれないけどさ、実際に病人が出て薬が足りなくなったりしたら結局は村の薬師に調薬室で薬を作ってもらわなきゃいけないんだ。それならこの人が作ったって一緒だろ」
「しかし――」
「俺は別に構わないぞ」
「ほら、この人だってそう言ってるんだ。使用料代わりだと思えば納得するんじゃないか?」
「だな。その条件でいいぜ」
「交渉成立だな」
にやりと笑いあうシャーリと俺に遠巻きに見ていたヒカルとセッカとクマデスが苦笑いを向けてきた。
納得しきれていないのかラクゥは今も一人でブツブツと何か言っているようだけど、施設を使わせてもらう以上タダでは駄目だ、何か対価として渡せるものはないかと考えていた俺にとってこの申し出はまさに渡りに船。どちらかと言えばありがたい申し出だった。
「えっと、私たちは何しようか」
「……観光?」
「ん? そなたらは暇なのかの?」
「あ、はい。そうなんです」
「……特にやることは決まってない」
「ならばラクゥについて行ったらどうかの」
「わたしにですか?」
「ラクゥはこれから近くの森に狩りに行くと言ってはおらんかったかの」
「はい。しばらくモンスターを討伐できていませんでしたから、多分、森シカが増えていると思うのでその数減らしに行くつもりなのですが」
「どうだの? そなたらもかなりの実力があるのではないかの」
実力がある。クマデスにそう言われヒカルとセッカは少しだけ照れくさそうにしている。
「私はそれでもいいですけど」
「……面白そう。でも…いいの?」
「ふむ、そうだの。ラクゥ一人でも心配はないと思うのだがの、一人より二人、二人より三人だの。それにトビアも一緒に行けばよかろうの」
「……はあ、わたしですか」
「ちょっ、どうしてトビアだけなんですか」
「シャーリはユウ殿を手伝うんから無理なんだの」
「だからどうしてですか?」
「調薬室のことを決めたのはシャーリだの。ユウ殿を手伝うのは道理だと思うんだがの」
「あ、わかりました」
村長であるクマデスに言われればシャーリも納得するしかない。それでも不満なのを隠しきれていないようにも見えるが。
大人しくシャーリが引き下がると今度はトビアがヒカルとセッカに話しかけていた。
「あの……本当にわたしが同行してもよろしいのでしょうか?」
「それは本人に聞いてみるんだの」
「私はもちろんいいですよ」
「……問題ない、よね?」
「勿論だ。それにトビアは投げ槍の名手なんだ。一緒に来てくれると心強い」
「では、お二方、それにラクゥもよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします」
「……よろしく」
そうして俺たちは二手に分かれることになった。
俺とシャーリの調薬組。
ヒカルとセッカとラクゥとトビアの森シカ討伐組。
新たなパーティが組みあがると自動的に俺の視界から二人の名前とHPバーが消え、代わりにシャーリの名前が追加された。