未知への旅路 ♯.13
完成した『劣化ソーマ』を差し出しながら告げた。
「ヒカルこれを渡してきてくれないか?」
「できたんですね」
「ああ。これで回復するはずだ」
俺が知るなかではあの疫病に効果のあるアイテムはなかった。ならば知らないアイテムのなかにあるはずだと作り出した結果、俺が作り出せたのはこれだけだった。
『劣化ソーマ』が空振りなら今度こそお手上げになってしまう。
けれど、これで間違いないはずだという確信が俺にはあった。
「俺はここでこれを量産するから出来上がり次第届けてくれるか」
「まっかせてください。まずはこれを持っていきますね」
「頼む」
早速一本目の『劣化ソーマ』を抱えて飛び出してくヒカルを見送り、俺は同じものを作るために原材料となる二つのアイテムを作り始めた。
『毒薬・大』と『アムリタ薬』
二つのアイテムはヒカルとセッカが持ってきてくれた素材だけで量産することができる。それはすなわち『劣化ソーマ』を量産できるのと同義だ。
並行して二つのアイテムを作っていると扉の向こうから小さな歓声のようなものが聞こえてきた。どうやら最初に渡した『劣化ソーマ』が効果を発揮してくれたらしい。
ならば、と、俺に迷いは消えた。
自分では間違っていないと思いながらもほんとのところ不安が残っていたようだ。
同じものを作り続けていくと自然と作業効率が上がってくる。それが俺の持つ≪調薬≫スキルの効果でもあるのだが、実際に制作しているプレイヤーが慣れてくるということもあるのだろう。
いまでは原材料となる二つのアイテムの他に『劣化ソーマ』までも並行して作り出せるようになっていた。
しかし、その分MPの消費も激しくなっていた。
最初に『劣化ソーマ』を作り出したときに気付き、二つ目を完成させたときに確信した。普通の調薬とは違い『劣化ソーマ』の作成にはMPを使うらしい。それは僅かなもので気にも留めてはいなかったが、こうも数をこなしていくと無視できない程になってしまっている。途中にMP回復ポーションを使用することで間に合っているがそれが無くなったとき、自然回復するだけのMPで足りるかどうか不安になってしまう。
自分の中の不安を隠しつつ、俺はヒカルが戻ってくる度に完成した『劣化ソーマ』を渡していった。それから殆ど間をあけずセッカがやってきて同様に『劣化ソーマ』を運ぶように指示を送ると、続けざまにたぬき耳の獣人がやってきて彼女にも同じく『劣化ソーマ』を渡した。
製作と運搬を繰り返すこと十数回。
完成した『劣化ソーマ』は村人全員に行き渡り、さらにはまだ感染していない人に向けた備蓄分という形で何本かまとめて渡しておいた。これで次の感染者が出たとしてもどうにかなるはずだ。
途中素材が切れるという事態にもなったが、重症者から先に『劣化ソーマ』を使用していたらしく時間の余裕はどうにか作れたみたいで、今度はヒカルとセッカだけではなく元気な村人までもが素材の採取に手を貸してくれた。
そのお陰もあってか作り出すものが決まってからはあまり労せず素材を集めることも、それを使って俺が『劣化ソーマ』を作りだすこともできるようになっていた。
程なくしてこの村で起きた疫病騒ぎは収束を迎えた。
「お疲れさまです」
「……お疲れ」
「そっちこそお疲れ様」
製作の手を止めた調薬室でようやく俺たちは一息つくことができた。
この扉の向こうにはまだ体力回復の途中の村人もいるはずだが、とりあえずはこれで死者が出るという最悪の展開だけは回避できたようだ。
「三人とも、ちょっといいか?」
「えっと……」
俺たちが休憩しているとたぬき耳の獣人が調薬室に入って来た。
そういえばまだ名前を聞いていなかったな。
「礼を言いに来たんだが。そうだな。改めて自己紹介をさせてくれ。わたしの名はラクゥ。この村の守衛の任に就いている」
「俺はユウだ」
「私はヒカルです」
「……セッカ」
「ユウにヒカルにセッカだな。覚えたよ。それでお礼なんだが、地図以外にも何か欲しいものはないか?」
「どういうことですか?」
「うん、シャーリと話し合ったんだが、やはりこれだけの功績に対して地図を渡してはいお終いではいけないと思うんだ」
「だから追加で欲しいものか」
「ああ。わたしの一存ではそれほど貴重なものを渡せないかもしれないが、いまシャーリが村長に掛け合っているからそれなりには融通をきかせられると思う」
「そう言われてもな――」
俺はヒカルとセッカの顔を見た。
正直『劣化ソーマ』を作ったのも成り行きに任せたところはある。地図の話だってラクゥに負い目を与えないために出た方便のようなところもあるのだ。
「二人は何かないか?」
困っている俺の代わりにヒカルとセッカに尋ねてみたようだが、二人も俺と似たような顔をしているみたいだ。
ラクゥが残念そうに肩を落とし、
「そうか。この村にはみんなが欲しがるものはない、か」
と小さく呟いていた。
「や、違うんだ。俺たちはまだこの村に何があるのか知らないだけで、それに、ここに来たのも偶然みたいなものだから」
「それは……どういうことなんだ?」
村を訪ねてきたということはどんな種族であろうと目的がある。ラクゥはそう思っていたらしい。まあ、俺も本来なら目的をもって別の町や村を訪ねたいとは思うのだが、今回ばかりは完全な偶然。なんて言っても船に乗り損ね、クロスケに乗ってどうにか追いついたかと思うと乗りこんだ船がタコのモンスターによって攻撃を受け、最後の自爆攻撃で俺たちは海に投げ出され、ギルドホームか最寄りの街に死に戻りしたかと思ったらまさかのヴォルフ大陸に来てしまっていた。
そして近くをうろついていたらこの村を見つけ今に至る、と。
これまでのことをざっと説明するとこんな感じか。
俺の話を聞いたラクゥが怪訝そうな顔をしたがこれが真実なのだから仕方ないだろう。
「つまり、みんなはここに来たくて来たわけじゃないと」
「まあ、いい方は悪いかもしれないけどさ。そういうことなんだよ」
「なんというか、その、よく無事だったな」
「モンスターに襲われるのには慣れてますけど、海に投げ出されたのには参りましたね」
「……鎧が重かった」
それぞれに抱く感想がおよそラクゥの想像を超えていたのか、笑顔を引き攣らせている。
「というわけでさ。他に何か欲しいものがないかって聞かれても困るんだよ」
「ああ。どうやらそのようだな」
わかってくれたか、と思う反面、貴重な機会を棒に振ったかもしれないと思ってしまうのはプレイヤー特有の思考なのだろうか?
決して俺が強欲だとか、ゲーム脳になってしまっているとかではないはずだ。
「ならば着いて来てくれ」
「どこにです?」
「村長の所へだ。そこならこの村のこととか村の近くの事とかが詳しくわかるはずだし、地図を欲していたくらいなのだから、そもそも、三人ともここがどこだかすら解っていないのだろう?」
まったくもってその通りです。
揃って頷く俺たちを見てラクゥがクスリと笑った。
「ならば尚更だな。村長の家にはかなり大きい地図があるんだ。それを見せることもできるし、村長はこの村で一番の物知りなんだ。三人の聞きたいことにも答えてくれると思う」
俺たちはラクゥの案内のもと村長の家へと向かうことにした。
道中この村の住人の視線を浴びることになったが、どうやらその視線は警戒しているという感じではなく疫病を治したことに対する感謝が込められている気がした。
『劣化ソーマ』はHPを継続回復させる他にも状態異常を一定確率で回復させる効果があると書かれていたのだが、この村の住人に対してはその効果が百パーセント近い確率で発動したらしく『劣化ソーマ』を使用した村人は須らく疫病を治していた。
ということは疫病は一つの状態異常だったということだ。その場合これから先に自分たちがその状態異常にかかる可能性があることを表し、人知れず俺はその時のために状態異常回復薬を研究しようと胸の中で決意を固めていた。
「ここです」
案内されてきたのはこの村で一番大きな家屋。他の家屋と同じ材料で作られているために南国風という印象は変わらず、さらにその大きさからまさしく部落の長が暮らす家というイメージ通りの建物だった。
俺たちが到着したのが見えたのだろう。
村長の家の前に着いた俺たちを一人の村人が出迎えてくれた。
「お待ちしていました」
年若く、長く白い髪がきれいな女性の獣人。耳の特徴を見る限りはウサギのようだ。
「トビア、村長はいる?」
「はい。なかで皆さんをお待ちしていますよ」
「わかった。みんな遠慮せずに入ってくれ」
「私が案内いたします」
ラクゥにそう言われ俺たちは木製の扉を開けて、村長の家のなかへと入っていった。
外からはかなり大きな建物のように思えたそれも中に入ると昔ながらの日本の平屋を彷彿とさせどこか懐かしさのような感情が沸き上がって来た。それに足元に敷き詰められている草を編み込んで作られた絨毯が気温の高い外とは違い家の中に程よい涼しさを醸し出していた。
先頭にトビアという名のウサギ耳の獣人を置き、俺たちは村長の家の中を進んでいく。
いくつかの部屋を無視して案内されたのは一際大きな座敷だった。
「こちらです」
座敷の奥には二人の獣人。一人はラクゥと同じタイミングで出会った狐耳の獣人。ということはもう一人の方がこの村の村長なのだろう。
しかし、その姿は他の、少なくともこの村で俺が出会ってきた獣人、といっても三人だけだが、とは違っていた。
驚くことに頭が熊そのものだったのだ。
「儂がこの村で村長を務めているクマデス」
「へ!? 熊!?」
「如何にも。クマデス」
ああ。熊、ではなくクマデスか。
なんていうか、よくもまあ運営も紛らわしい名前を付けたりするものだ。
外見こそ違っていればただの名前だと思っただろうに、よりにもよって熊の頭そのまま。せめて他の獣人のように耳とか尻尾とかだけにしてくれればよかったものを。
「まずは礼を述べるのが先だの。この度はこの村に蔓延していた疫病を鎮めることに尽力してくれて感謝する。そこのラクゥから話は聞いておる。そなたらはこの付近の地図を欲しているのだったの」
野太い声と着ている服装から察するにこのクマデスは男のようだ。
初めて目にするNPCの獣人族男がクマデスか。なんだろう、変な先入観を抱いてしまいそうだ。べつに他の女獣人族のように可愛げがほしいとは言わないが、どうしても残念な気持ちになってしまう。
「村長。それなのですが、少しいいですか?」
「なんだ?」
「彼らはこの土地に来て間もなく、色々と知らないことがあるようなのです。ですからまずは彼らの質問に答えてはいただけないでしょうか」
正座をして深く頭を下げての進言。まるで時代劇を見ているようだ。
「構わんぞ。それで儂に何を聞きたいのかの?」
頭を下げたままラクゥが顔だけを俺の方を振り返ってきた。
どうやら質問する役は俺にあるらしい。
「まずは、ここはヴォルフ大陸のどのあたりにあるのか教えてもらえませんか?」
「ほう。いいだろう。トビア、地図を持ってきてくれ」
「わかりました」
座敷を出ていくトビアが戻ってきたのは一分も経たずしてのことだった。
獣人族は身体能力が高いとは知っていたが何もこんな風に生かさなくても。それともこれが獣人族の平均なのだろうか。
薄く横に長い長方形をした天板に足の短い机――どこかちゃぶ台のような机にトビアが持ってきた地図が広げられた。
おそらくはこれがラクゥの言っていた地図なのだろう。
確かにでかい。持ち歩くには不便そうだが、その大きさはかなりのもので俺たちが普段使っているマップの十倍以上の情報が書き込まれていた。
「まずは儂らが暮らす村の場所だが。ここだ」
とクマデスが指差したのは地図は端っこも端っこ。ヴォルフという大陸の海に面する地域でもごくごく小さな場所でしかなかった。
自分たちがいる場所がいかに大陸に比べていかに小さいか、その事実に驚く前に俺は獣人族の中でも獣の成分が高いクマデスでも手は普通の人族と同じなんだななんて思っていた。
「では、もう一つだけ。村長は俺たちのような他の種族が暮らす場所を知りませんか?」
この村に入るのですら俺たちはかなり手こずってしまった。疫病の件がなければ今も村に入ることはなかっただろう。
それでは困る。
村長の家に来るまでの道すがら見ていたのだけれど、この村には転送ポータルがない。それではここからどこかへ行くことは自分たちの足で向かうという方法以外にはないということだ。
何より問題なのは現時点の俺たちには安全なログアウト地点がないこと。
戻って来た時のことを考えなければログアウトすること自体はできる。しかし、それでは心許ないというのが本音だった。
「君たちのような種族。それは人族のことを言っているかの?」
「それと魔人族もです」
俺の言葉を受けクマデスがヒカルを見た。
魔人族の特徴であるとがった耳に一瞬驚いた素振りを見せたがすぐに平静を取り戻していた。
「俺たちは獣人族以外も一緒に暮らしている場所を探しているんです」
「目的は何なのか聞いてもよいかの」
「安全に休憩できる場所。それに、自分たちの家に帰ること」
ヒカルとセッカの顔を見ると二人揃って意外だという表情をしていた。
「な、なんだ? 変なこと言ったか?」
「いえ、そうじゃないですけど」
「……いつもならこの大陸を巡ってみたいって言う」
「それは、ほら、いつもはギルドホームがあったし――」
この大陸とは違い中央大陸では三種族が入り乱れて生活していた。だからどこに行っても基本的に拒まれることはない。けど、この村では最初に拒絶されてしまった。今でこそこうして村長と話をすることができているが、それでも拒絶された記憶は消えない。
その不安が今なお残っているのだろう。だからこのまま冒険に行こうとは言い出せなずにいる。
「自分たちの家、か」
クマデスが目を細め、どこかを懐かしんでいるような視線を俺たちに向けてきた。
「帰れないのかの?」
「彼らはここに偶然辿り着いたみたいなんです」
「偶然?」
「はい。船から落とされ流されて着いたのがこの先の海岸らしいのです」
「詳しく話してくれるか?」
「わかりました」
この日二度目となる話を俺はクマデスに向けて語りだした。話の途中、クマデスの後ろで控えているトビアが何故か泣き出すという事態もあった。ラクゥの話ではトビアは涙脆いらしい。それにしてもとは思うけど。
全てを話し終えるとクマデスが不意に立ち上がり俺とヒカルとセッカの頭を順番に大げさに撫でた。
突然の出来事に驚いている俺たちとその光景を見てほほ笑んでいるラクゥ。
再び元の席に座ったクマデスが開口一番告げたのは驚くべきものだった。
「相わかった。そなたらが落ち着ける場所をこの村で用意しよう」
俺たちの返事を待たずしてトビアが立ち上がり座敷から出て行った。
「気にしないでくれ」
「いや、気になるって」
「トビアはみんなの滞在場所を用意しに行ったんだ」
満足そうに微笑むクマデスの代わりに俺の疑問に答えたのはラクゥだった。
その言葉にヒカルがおそるおそる問いかけた。
「いいんですか?」
「何がかの」
「俺たちはこの村にとっては招かれざる客なのだろう」
「確かに、儂らの村は他種族との交流をしてはおらぬ。しかし、村を救ってくれた恩人を放り出すなどという不躾な真似はできはせん」
「それに、みんなはこの村に害を及ぼすことはしないだろ」
「当たり前です」
「……理由もない」
「なら大丈夫。そうですよね、村長」
「ま、そうなるかの」
戸惑う俺を置いてどうやら俺たちがこの村に滞在するのは決定したらしい。俺はというとヒカルとセッカが嫌に思っていないのならばそれでいいのだ。
「さて、そなたら、今日は重労働だったからの。他の話は明日にするかの」
「え!?」
「自分では気づいておらんようだがの、特にそなたは顔色が悪いぞ」
「俺、ですか?」
クマデスの言葉にヒカルとセッカ、それにラクゥまでもが俺の顔を見た。
「そう、なんですか?」
「わたしには平気そうに見えるが」
ヒカルが俺に尋ね、ラクゥがまじまじと俺の顔を見ながらいった。
「ほほ。まだ儂のようにはいかないらしいの、ラクゥよ」
「診透視ですか」
「診透視ってなんだ?」
「儂の能力だ」
「村長は見ただけでその人のことが分かるんです。この村で最初に疫病に気付いたのも村長なんですから」
「観えるだけなのが口惜しいがの」
「それでも、ここまで村を守ったのは村長です」
「違うぞラクゥよ。皆の力だ」
きっぱりと言い切るクマデスに俺は驚きを感じていた。
調薬に使用したMPはポーションをすべて使い切ったとしても完全回復することはなかった。更に言えば自然回復の速度までもが低下してしまっているらしく、こうして話をしている今もMPの残存量は少ないまま。これがHPなら赤く点滅しているゲージを目の当たりにしたことだろう。
ばれないように隠していたつもりだったがクマデスにはぱっと見ただけで見破られてしまった。それもさも当たり前というような顔をしてのことだ。
俺はクマデスの一言に自分たちとは違う力強さを感じていた。
けれど、それでも力が足りなかったと言った。その力がどういう類のものなのか。単純な武力などではないだろう。武力ではない力、それが足りなかったというのならば、それはある意味、多種族との交流を途絶していたからでもある。俺にはそう思えてならなかった。