未知への旅路 ♯.12
俺たちが村へ案内されることになったきっかけはたぬき耳の獣人に俺の持つポーションをいくつか手渡してたことだった。
最初に渡したものが何の変哲もないHPを回復させるためのポーションなのは一目で解ったはずだ。そこで続けざまに状態異常を回復させるためのポーションも渡した。全て自分が作ったのだと付け加えて。
毒に麻痺、一通り種類を揃えたことにより大概の状態異常が自力でどうにかできるようになった上にパーティにはセッカもいる。セッカはスキルによってHPの回復の他に呪いなど特殊な状態異常を治すことができる。
こと回復という一点にだけ注目するならば俺のパーティはその種類や回復量において一線級の能力を誇っていると思う。
「こっちだ」
「もう一度聞くぞ。この先に足を踏み入れてお前たちが疫病に感染しない保証はない。それでもいいのか?」
村の入り口が見えてきたあたりで二人の獣人は立ち止まり、真剣な眼差しで問いかけてきた。
「ああ。覚悟はできてる。けど、まあ、なんとかしてみせるさ」
自信があるというように告げた。すると狐耳の獣人が深々と頭を下げた
「すまないが、頼む」
「任せてください。ユウならきっと何とかしてくれますから」
明るい調子で励ますヒカルがその視線だけで俺に信頼していますと言ってきた。
俺もその視線に答えるように頷くと、俺たち三人のパーティと二人の獣人は揃って村の中へと足を踏み入れた。
村の中にある家屋はどれも植物の葉や茎、切り出した丸太を使って作られており南国の原住民が暮らす建物という印象だった。
こんなことになっていなければ別の大陸に旅行に来ている気分で見物もできたのだろうが、生憎今はそんな余裕はなさそうだ。
村の中を歩き回る人の姿は皆無。それどころか近くの家屋に人の気配すらないのはどういうことだ?
俺が疑問を感じていることを察したのか、たぬき耳の獣人が告げた。
「疫病に感染した住人はこの先の病院に集められているんだ」
「感染していない人はどこにいるんです?」
「反対側にある村長の家に集まっている。尤もその数は多くないがな」
ということは疫病に感染している村人はここに暮らす人の大半を占めているということ。これは俺が思っていたよりも大事なのかもしれない。
「まずは感染している人に会わせてくれ。その病状がどんなもんか確かめたい」
「ああ。着いて来てくれ」
「その前に、二人は感染していない人のところに行ってくれないか?」
「どうしてですか?」
「俺たちにも感染する恐れがあるからだ。一度に全員が罹るわけにはいかないだろう」
「……ん、わかった」
「だったらそこには私が案内するよ」
「お願いします」
狐耳の獣人に連れられ、ヒカルとセッカは反対の方向へと歩き出した。
「一人でいいのか?」
「ああ。二人にもいったけど一度に全員が感染するわけにはいかないからな。それに、こう言ってしまうと元も子もないけどさ、俺が持ってきているポーションが効かない可能性だってあるんだ」
「そう、だな」
「気付いていたのか?」
「お前たちは獣人族ではない。おそらく別の大陸からきたのだろう」
「ああ」
「私はここ以外のことは知らない。だが、生きてきた土地が違うということがそれくらい大きなことなのは理解しているつもりだ」
俺が気になっていた点があるとすればこれだ。
感染している疫病というのがこの土地特有のものならば、別の大陸の材料で作ったポーションが効かない可能性はわずかながら存在する。
その場合、俺たちは手分けしてこの辺りでポーションの材料になる薬草を集める必要があるのだ。
これなら最悪の場合、俺が疫病に感染しても二人が無事なら薬の材料は調達できる。作るのに道具がいるだろうけど、病院があるならそれもたぶん大丈夫だ。
「そうか。とりあえず俺にできることはしてみるさ。仮に駄目でも見捨てたりはしない、必ず治す手段を見つけ出してみせるよ」
「頼んだ」
「ああ」
それから感染者のいる病院に入っていったのだが、その中は酷いの一言だった。
所狭しと横たわる人、人、人。
看病している元気のある人もその眼には悲観しか映されていないように感じられた。
これがゲームの中だというのに、あまりにも楽しくはない状況が広がっている。
「まずはこれらを使ってみてくれないか?」
俺がたぬき耳の獣人に手渡したのは毒と麻痺に対する状態異常回復ポーション。
「わかった」
たぬき耳の獣人は近くに寝ている二人にそれぞれを与えていた。
効果があるならすぐにわかるはず、と注意深く観察してみるが効果は表れなかった。ということは疫病は毒や麻痺などが複数同時にかかっているというわけではなく独立した状態異常の一つのようだ。
となれば、やはり手持ちの状態異常回復ポーションでは間に合わない。新たに作り出す必要があるということだ。
「これを体力が減っている人にあげてくれ」
「いいのか?」
「ああ。それよりもここの設備を使わせてもらうぞ」
「それは構わないが」
「場所は、あそこか――」
俺は手持ちのポーションの九割を渡して奥の調薬室へと駆け込んだ。
「道具は――問題ないな。となれば後は素材か」
回復薬の基礎となるポーションは渡した残り一割しかないがそれでも十分なはずだ。
こうなるとストレージいっぱいに持ってきておいてよかったと思う。その反面、素材アイテムはほとんど持たずに来ているのだが、そこはヒカルとセッカに期待することにしよう。
俺がそう思ったその時、ヒカルからのフレンド通信が入った。
『ユウ。どうですか?』
「ヒカルか、いいタイミングだ。俺の持ってきていたポーションじゃ効果がなかった。この近くに自生している素材アイテムは何かあったか?」
『ポーションに使えそうなのはいくつかありましたけど、あまり見慣れないものばかりで、どれを採ればいいのか解らないんです』
「とりあえず一通り採ってきてくれ。それとセッカは近くにいるか?」
『……何?』
「解呪が効くかどうかも試したい。一度二人でこっちに来てくれるか?」
『……わかった』
フレンド通信が切れ、代わりにたぬき耳の獣人が調薬室に入って来た。
「どうだ? できそうか」
「道具は十分。何とかしてみせるって言っただろ。それよりも、ポーションは効いたのか?」
「ああ。だいぶ楽そうだ」
せめて体力だけでも回復してもらわなければ薬を試作する時間すら稼げないということになってしまう。それでは本末転倒だ。
「よかった。もう直ぐここに俺の仲間が薬の素材を持ってくるはずなんだ。それに解呪できるやつもいるからそいつには一度試してもらうことにしたから、二人を案内してくれないか?」
「了解した。だが、解呪とはどういうことだ? 皆が患っているのは疫病なのだろう?」
「ま、そうなんだけどさ。解呪も回復の一種だし、疫病には何が効くかわかっていないのなら試してみるだけ損じゃないだろ」
「そういうものか。わかった。私が対応しよう」
「ああ。頼んだ」
調薬の道具を並べていく俺を残したぬき耳の獣人が出て行った。
それから程なくしてヒカルが両手いっぱいの素材を持ってやって来た。
「お待たせしました」
「ヒカル。それをここに持ってきてくれ」
調薬の素材を置ける場所を予め空けておいた机の上にこの近くに自生しているであろう形や大きさがバラバラな葉っぱや木の実などがずらりと並べられた。
この中に効くものがあればいいが。
たぬき耳の獣人にはああ言ったもののここに効くものが何も無かった場合、俺たちはここから出ていかなければならなくなる。目的は調薬の素材探しになるのだがそれを信じてくれる人がどれほどいるものか。なにより俺たちが戻ってくるまで村人が耐えていられる保証はない。
「始めるぞ」
とはいえまずは出来ること、それぞれの素材を鑑定していくことから始めるべきだ。
コンソールを開きつつ俺は一つ一つ素材アイテムを手に取ってみた。
浮かび上がる説明文を注意深く読んでいく。
するとこの中にはポーションの素材となるものがかなり含まれていることが分かった。残りは全部毒などのマイナスの効果のある薬品を作るときに使うものだった。
俺が作り出すべきはHPを回復させるためのポーションではない。疫病を治すためのポーションだ。となれば製作方法は状態異常回復薬と一緒でいいはず。
ポーションは原液を作り出しそれを薄めるのに対して状態異常回復薬は原液に別の素材を混ぜることで完成する。俺はヒカルが持ってきた中にあった見知った薬草を煮詰め手早く原液を作り出した。
出来上がった原液は少しづつ別の容器に入れ、そこにまた別の素材を入れ調合する。
≪調薬≫スキルの恩恵により俺は普通よりも早く回復薬を作り出すことができる。
それぞれ別の素材を原液に入れたものが一つづつ新たな回復薬へと姿を変えた。
『MP回復ハイポーション』『解毒薬・効果中』『睡眠薬・効果小』『冷却薬』『遠視薬』『暗視薬』etc
出来上がった薬品類を確認していった結果、俺の求めていたものは無かった。
「駄目だったんですか?」
予想していなかった結果に俺は表情を曇らせていたのだろう。ヒカルがおそるおそるといった様子で訪ねてきた。
「大丈夫です。今度はもっと遠くまで探しに行きますから、諦めないでください」
俺を元気づけようとするヒカルの言葉に顔を上げたその瞬間だった。感染者たちがいるところから悲鳴にも似た声が聞こえてきた。
「何かあったのか!?」
「来ちゃダメ!」
咄嗟に調薬室の扉を開け走っていこうとする俺を駆け寄ってきたセッカが止めた。
「何があった?」
「……一人のHPが危険域に入った」
「俺の渡したポーションは?」
「……使ってる。でも、効果が薄いみたい」
新たに素材を手に入れる時間まで無くなってしまったということだ。
「……ユウ、薬は?」
「まだだ。二人が持ってきた中で使えそうな素材は全部試したけど――」
「……なら、使えなさそうなやつも試してみたら?」
「他は全部毒とか…だったし……いや、毒か。それなら」
毒は薬にも成り得るという言葉を思い出した。
アイテムというものはゲームでは役割がはっきりしている。どんなアイテムも使いすぎて過剰になるということはなく一定以上は効果が表れないから忘れていたが、本来、薬は過剰に摂取すると体を害するものだ。ならば、その反対だってあり得る。
適度な量を正しい方法で用いれば毒でも薬になるはずなのだ。
「もう少し、もう少しだけ時間を稼いでくれ」
「……まかせて」
俺はセッカの言葉を信じてすぐに調薬室へと戻った。
毒薬というものがあるのは知っている。使う機会があまりないために常備してはいないが、これも一つの作例としてレシピを増やす意味もあって作った経験はある。
その時はポーションの原液を入れずに抽出した成分をそのまま薬品の主原料として使用した。毒薬として使うにはそれでいいが今度は薬として使うのが目的だ。毒の成分を消すためにどうすればいい?
ポーションの原液を混ぜればいいのか?
それとも何か専用の素材が存在しているのか?
「検証する時間が欲しいけど、やってみるしかないな」
手早く作り上げた『毒薬・効果大』を握りしめ決意を固めた。
専用の素材はその正体すらわからない。となれば俺ができることは自然と限られてくる。今はポーションの原液を混ぜてみることから始めるべきだ。
新しい小皿に『毒薬・大』を入れ、その中にポーションの原液を入れ混ぜてみた。すると出来上がったのは効果が弱くなった『毒薬・中』
これを繰り返せば薬になるというのだろうか?
何かが違う気がしてならない。ポーションの原液を入れ続けたとして出来上がるのは効果が無くなった毒薬が出来上がるのではないか。
ポーションの原液で駄目ならすでに出来上がったポーションを入れてみるのだどうだろう。
別の小皿に『毒薬・大』と効果の高いハイポーションを混ぜ合わせた。
出来上がったのは『劣化ポーション』
これは明らかな失敗作だ。
それならばと、次は解毒薬を混ぜてみることにした。
毒薬と解毒薬。相反する目的を持つそれを合わせた結果出来上がる物とは。
「これは……」
完成したのは『毒薬』でも『解毒薬』でもない『再生薬・効果極小』だった。
初めて目にするものだが、効果が極小では使えるとは言い難い。効果を高めることができれば使えるだろうが、再生薬とはどういうときに用いるのだろうか?
失敗した薬品を処分しながら俺は再生薬の説明文を読んだ。書かれているのは欠損ダメージの解消及び確立による欠損部位の再生。
いつかは使えることもあるだろうが、疫病を治すのには使えそうもなかった。
俺はもう一度疫病のことを思い出すべきだ。
疫病のもたらす主な症状はHPの継続的な減少と回復力の低下。これにより疫病から自然回復した人がいなかったというわけだ。
HPを回復させるにはポーションを使えばいい。しかしそれだけで回復しきらず、また効果が表れにくくなったというのなら問題は回復力の低下だということ。
だったら作るのは専用の治療薬ではなく回復力上昇の効果があるポーションでいいのかもしれない。
毒薬は継続的にHPを減らすもの。その効果を反転させればHPを継続的に回復させられるものができるかもしれない。
一つ目の原材料は毒薬は合っている気がする。
混ぜ合わせるのが別の何かなのだ。ポーションでも解毒薬でもない何か。
「もしかして、これか?」
ストレージに残っていたのは一定レベルの状態異常を低確率で治す『アムリタ薬』
俺がまだ工房にいるとき偶然作り出されたものだが、これもしっかりレシピには残っている。コンソールのレシピ画面の中にあるアムリタ薬の調合方法は毒、麻痺、睡眠、鈍痛、熱傷の回復薬をそれぞれ同量混ぜ合わすこと。
それを『毒薬・大』に混ぜ合わせるとどうなる?
試すにしてもアムリタ薬はこれ一つ。ここにある素材でも作り出せないことはなさそうだが、使った素材とは別の素材しかないだけに確実にできるという保証はない。
けれど他の可能性は思い浮かばない。
試すしかないということだった。
「どうだ?」
小皿の中で混ざり合う二つの液体が新たな液体を作り出す。
わずか数秒で出来上がったのは『劣化ソーマ』効果は持続的なHPの回復及び中確率であらゆる状態異常の回復。
劣化という冠詞を持ちつつもそのアイテムの持つ効果は俺が望んでいたものそのものだった。
『劣化ソーマ』
アイテム説明。
神の酒との名高いソーマを模して作り出した物の劣化版。
劣化版といえどその効果は保証されるが決して本物には及ばない。
効果。
一定時間のHP自動回復。
中確率で現在かかっているすべての状態異常を回復させる。
HP自動回復効果が残っている間は再使用不可。