未知への旅路 ♯.11
俺たちがヴォルフで最初に訪れることになったこの辺りは大陸の中でも端の端。
獣人族が暮らす大陸ということもあってか基本的には獣人族は海辺には好き好んで住んだりはしないらしい。
そのためにこの辺りは大陸の中でも特に貧しい者たち。言い方は悪いがスラムに住むような人たちが暮らす場所となっているようだ。
何故そんなことを知っているのか、というと俺がここに現れる前にヒカルとセッカが近くを散策し途中で出会った人のよさそうな行商人から聞いた話らしい。
ついでに言うとあまり治安が良くないらしく、余所者である二人は俺が現れるまで物陰に隠れながら俺を探し続けていたのだと話してくれた。
「それで、問題のクエストですけど」
言い難そうに俯くヒカルが小さく口を開いた。
「わかってる。失敗したんだろう?」
「はい」
確認はしていなかったが大体の予想はついていた。
クエストの目的は護衛。なのに俺たちは船を守れずにここにいる。悪魔ダコの討伐には成功したと思うがそれが実際に船を守れたかというと疑問が残る。
なによりあの時頭上から降り注いでいたのは船の破片のようだった。となれば船を守る、ということはできなかったと解釈できる。
「せめて、ギブリたちは無事だといいんだけど」
顔を知らない乗客まで心配することは難しい。けれど顔を知っている、一度だけでも共に戦った人を心配するのは当たり前のことだ。
「無事だと思います」
「……だって、ここに流れ着いていないから」
「だな」
そうなれば次は自分たちがどうするかだ。
目的もなくここにいるのは時間の無駄。とはいえ、すぐに自分たちのギルドホームに戻れるとは思っていない。
となればこの大陸でも自分たちの拠点というのが必要になってくる。
「この近くに町があるんだったよな」
「町というよりは村ですけど」
「村、か」
このゲームでは町と村ではある一点が根本から違っていた。
王都などの巨大な街と一般的な町が違うのは何となくだが理解できたが、村というものはさらにそれよりも違いがある。
それはよく言えば暮らしている人たちの団結感、悪く言えば他者に向けられた排他感とでもいえばいいのだろうか。
余所者、特に行商人でもないただの旅人が訪れるときには過剰なまでの警戒がされることがあった。村が小規模になればなるほどその傾向は顕著に表れ、酷いときは滞在している間はずっと監視されているような感覚に苛まれることも珍しい話ではないらしい。
俺は自分の工房を持った後も採取に出かけてログアウトの場所を確保するために村などで宿屋を探すこともままあった。ギルドホームを得てから、というよりもクロスケを仲間にしてからはそんなことは滅多にしかしなくなったが、それでもその時の記憶は色濃く残っている。
「どうかしたんですか?」
「ん? 昔を思い出してさ」
「……昔?」
「まあ気にしないでくれ。あんなこと滅多にないはずだからさ」
世界にフラグというものがあるのならばこの時の自分のセリフ以上にそれに相応しいものはないだろう。そしてできることならこの時に自分の口を塞いでやりたい。そう思わずにはいられなかった。
「誰だお前たちは!」
「この先は我らのテリトリーだ。立ち去ってもらおう」
ヒカルとセッカの案内のもと、俺たちは近くにある村へと向かった。
歩いているうちに俺に課せられていたデスペナルティは消えパラメータは元に戻った。それはいいのだが道中にある関所のような場所で俺たちは二人の獣人の若者によって止めらてしまった。
同じ形をした木製の槍を交差させ行く手を遮る獣人の若者は右が青い髪に狐のような耳としっぽ、左が茶色い髪に丸い耳と太めのしっぽ、あれは動物で分けるならたぬきかなにかだろう。二人とも着ている服がボロボロに見えるのは元のデザインというわけではなさそうだ。
貧しいものが暮らす村というのはあながち間違いではなく、このような場所で侵入者を阻む職に就いているというのに二人の腕はまがいなりにも肉付きがいいとは言い難い。
「すいません。私たちはこの先にある村に用事があるんです」
「お前たちの話は聞いてない。早々にここを立ち去れ」
「ちょっと待ってくれ、迷惑をかけるつもりはない。ただこの近隣の地図を買いたいだけなんだ」
ヒカルとセッカがびっくりしたように振り返った。
それもそのはず。俺はこんな目的があるとは言っていない。村に行くのは自分たちの置かれた状況を調べ、ギルドホームに戻るためだと思っているはずだ。
それも嘘ではないが、せっかく別の大陸に来たのだから多少散策したいと思うのは生産職の性だと諦めてもらおう。
そして、もう一つ。いま自分が言った地図がほしいという言葉も本心ではあるが全てではないのだ。
本心は村の中を散策してみたい。地図探しはある意味そのための口実だった。
「駄目だ。村へ入らせるわけにはいかない」
「……どうして?」
「お前たちが余所者だからだ。それに――」
と狐耳の方が俺たちの全身を一瞥した。
「お前たちは獣人ではないのだろう」
これが警戒心を強めている要因の一つのようだ。
まだ足を踏み入れていないから確かなことは言えないが、おそらく村の中にいるのは獣人族だけなのだろう。だから人族である俺とセッカや魔人族であるヒカルを警戒している。
自分と違うものを排除しようとする感情が二人からはひしひしと伝わってくる。これがこの村の常識ならばこの傾向が二人の個人的な感情だけでで現れたのではないということだ。
「そうだ。けど、それに何か問題があるのか?」
二人の感情を察しつつもあえて俺はそれを知らないふりをして問いかけた。
「ある。この先の村は我ら獣人族だけが暮らす村だ。むやみに多種族が足を踏み入れてほしくない」
「そんなの無茶苦茶です」
「無茶苦茶でもなんでもそういうものなんだ。悪いが君たちを招くことはできない」
「謝る必要なんてないよ! この人たちは獣人族じゃないんだ。それだけで理由としては十分だよ」
狐耳の獣人は俺たちと隣にいるたぬき耳の獣人とでは話し方が違うようだ。たぶん後者のほうが素なのだろうな。
「生まれは自分で選べない。種族だけで差別するのはよくない」
「へえ、話が分かりそうなやつもいるじゃないか。なら」
「けど、この村の風習も無視できない。だから駄目だ」
「そうか」
これ以上何を言っても無駄だろう。それは諦めではなく、冷静な分析からくる結論だった。
目の前に立つ二人の獣人は風習に縛られていると言えなくもないが、ずっとそこで育ったというのならそれが常識となっていてもおかしくはない。むしろそれが二人の普通なのだ。それをたったいま会ったばかりの俺たちがどうこう口を出す方が不躾だというものだ。
「なら提案だが、俺たちの代わりに二人が村で地図を買ってくるというのはどうだ?」
「イ、ヤ、だ」
「当然、料金はこっち持ちだ」
「できなくもない、だが、私がそれをする必要はないと思うが」
「まあ、普通はそうだよな」
せめて地図を入手したいと思って出た提案だが何の報酬も無しでは断られて当然だ。
「報酬、というよりも対価か。おい、何か必要なものはあるか?」
「は?」
「回復薬でも、素材でも、俺たちが用意できるものなら地図を買ってきた報酬として渡すことはできるぞ」
「ちょっと、いいですか?」
二人から俺を離れるように引っ張ると、小声でヒカルが聞いてきた。
「何が?」
「だって、地図ですよ? 私たちにはコンソールのマップがありますし、そんなに必要はないものですよね?」
「ま、そうなんだけどさ。この先、俺たちが入れるような村があるかどうかわからない。となれば」
「……ここで知り合いを作っておいたほうがいい?」
「地図ってのはそこに暮らす人たちが作るものだ。俺たちが持っている地図はあくまでどこに何があるか記されているだけで細かな情報は書かれていない」
「……知りたいのはそれ?」
「まあ、知り合いを作っておきたいってのも嘘じゃないけどな」
そう言い残し、俺は二人の獣人のもとへと戻った。
「待たせたな。こっちの話し合いは終わった。アンタらはどうだ? 欲しいものは決まったか?」
俺たちが話している間、二人の獣人も同じように話し合っていたのは知っている。そして俺たちの相談が終わる少し前に二人の相談も終わっていたことも。
「結論から言うと、断りたい」
「ん? どうしてだ?」
「お前たちが私の欲するものをよこす保証がないからだ」
「それに、どう考えても釣り合わない」
「どういうことです?」
「俺たちに信用がないのはいいとして、釣り合わないというのは聞き捨てならないな。アンタらの村では地図はそんなに高価なのか?」
「違う。私たちが欲しているものの方が高いのが問題なのだ」
釣り合わないと知りつつも思い浮かんだのがそれだけだった。だから断りたい、か。
「とりあえず言うだけ言ってみてくれないか? アンタたちには高価でも俺たちにとってはそうじゃない場合だってあるだろ」
「そうとは思えないが」
言い淀むたぬき耳の獣人は置いておいて、俺は狐耳の獣人の方を見た。
「言っておくけどさ、俺はアンタの懸念も尤もだと思っているんだ。だから俺たちが渡す品は先渡しでも構わないんだけど、それでも駄目か?」
「はぁ、わかった。聞いても後悔するなよ」
「私たちが欲しているのは薬だ」
「……何の薬?」
「それがよくわからないんだ」
目を伏せ悔しそうに唇を噛みしめるたぬき耳の獣人の肩を狐耳の獣人が優しく叩いた。
「いま、私たちの村では原因不明の疫病が萬栄している。まだ死人は出てないけど、正直それは時間の問題だと思う」
たぬき耳の獣人の隣に立つ狐耳の獣人がその言葉の最後に泣きそうになってしまっている。
「正直に言うとだな、私たちが村に人を招かない理由にはそれもあるのだ。他種族を招かないのはいつも通りなのだが、今は同じ獣人も招かないようにしているのだ」
少なくとも俺たちに敵意がないというのだけはわかってくれたのだろう。少しづつだが心を開いてくれている気がする。
「二次感染を防ぐためというわけか」
「……そう思ってくれて構わない」
「ユウ」
「……ユウ」
「わかっている」
隣に並ぶヒカルとセッカ同じような目で俺を見てきた。
「やっぱり俺たちを村に入れてくれないか?」
「無理だと言っている」
「対価として薬を分けることはできる。けど、実際の症状を見ない限りは最適な薬は渡せないんだ」
「何故だ? 対価としては薬の方が明らかに価値が上だ。地図なんかでは釣り合わないんだぞ、なのに――」
「ま、その話を聞くまではただの対価として渡すつもりだったんだけどさ、話を聞いてしまうとさすがに無視できないよ」
顔も知らない相手だというのはわかっている。プレイヤーでないのだろうことも。
けれど、それがなんだというのだ。
自分にできることがあるかもしれない。それが分かっていて無視することは俺にはできるはずが無かった。




