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ガン・ブレイズ-ARMS・ONLINE-  作者: いつみ
第一章 【はじまりの町】
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♯.12 『細工スキルと金属板』


 ≪細工≫スキルの習得は俺がこのゲームを初めてから経験したどの戦闘よりも困難を極めたと言ってもいいだろう。

 NPCに渡された薄い金属板は簡単に傷のような跡をつけられるが、それを模様にまで昇華させるとなるとそれなりの技術がいる。スキルを習っている段階なのだから綺麗に出来なくて当然と言えば当然なのだが、それではスキル習得に至る合格点を得ることは出来ないように思えた。

 せめて曲がりなりにも一つのデザインとして完成しているくらいには見られるものを作り上げなければならないのだ。


「だー、だめだ。失敗した」


 またしても俺の手の中にある金属板が割れてしまった。

 特段精巧な絵柄を彫ろうとしてるわけではないのに、毎回金属板の半分ほど手がけたあたりで壊れてしまう。

 これで俺が壊してしまった金属板はこれで四枚目になっていた。


「大丈夫、ユウくん?」


 隣に座り俺と同じように金属板に彫刻をしているリタが聞いてきた。


「あ、ああ。だいじょうぶー」


 気の抜けた返事しかできない俺の手の中で割れた金属板が再生する。砕けたガラス片のような形から元の一枚の金属板へと自動で修復されるその様は何度見ても違和感しか感じない。

 現実ではなくゲームなのだから納得しろと言われればそれまでだが、俺にとってはこれまで見てきたモンスターや現実では持つ機会の無かった武器なんかよりもこの現象の方が余程ファンタジーを実感させた。


「はぁ。俺には向いてないのかな、これ」


 思わず愚痴を溢してしまう。

 普通に彫刻してるだけのつもりなのにどうして毎回割れてしまうのだろうと、俺は自分の手の中にある金属板を見つめた。


「まだ慣れていないだけだと思うよ。だからほら、ユウくんもがんばろうよ」


 などと言っているリタだが、彼女は最初こそ俺と同じように金属板を壊すこともあった。しかし今では順調に自分の思い描いている模様を刻み終えて仕上げにヤスリを掛けている。

 リタのせいでは無いことは重々理解しているが、こうも隣で上達の差を見せつけられれば気落ちするのも無理はないと思うんだ。

 それでもここで立ち止まってはどうにもならないと再びやる気になったその矢先、ドーラが工房に戻ってきたのだった。


「調子はどうですか?」


 俺とリタの返事を待たずして、ドーラは二人の手元をのぞき込んだ。


「おや、あなたの方はもう次の行程に進んでもよさそうですね」


 俺に割り当てられている金属板は一度壊して最初の状態に戻ったところ、それと既に仕上げの段階に入っているリタの持つ金属板を見比べてリタにだけ告げていた。


「あなたはまだ続けていてくださいね」

「あ、はい」


 よっぽど次の行程に進められるリタを羨ましそうに見ていたのか、ドーラが宥めるように俺に言ってきた。

 早くリタに追いつくために、金属板の彫刻を成功させるための参考にと事前にドーラが用意していた見本とリタの手元の金属板を見比べてみるとこの二つにそれほど遜色がないことに愕然となる。

 勿論リタの持つ金属板の方が粗が目立つが、それも仕上げに磨き上げることでそれほど目立たなくなるのだろう。

 そんな風に思いながらリタが持つ金属板を見るとそこには綺麗な華の模様が刻み込まれている。それが仕上げに磨き上げられたことで金属板が持つ本来の銀色と彫刻を施した場所の色の違いがよりくっきりとして、彫刻された場所がより輝いて見えた。


 ふと自分の手の中にある金属版を見て考える。

 俺はここに何を刻みこみたいのだろう?

 正直な話、リタのように煌びやかな彫刻をしたいわけではない。そもそも俺の目的は剣銃の強化だ。銃形態の強化には≪細工≫スキルが必要だと教えられたから覚えたいというのが始まりなのだ。これから先に自分用にアクセサリを作ったとしても派手なデザインにすることは無いと思う。取り分けて地味な物が好きというわけじゃないが、無駄に派手な物は好みじゃない。

 ならば出発点に立ち戻ろう。俺が最初にこの金属板を見て思ったのはドッグタグみたいなものだなということだ。この直感に従うのならば確かにいつか作るかも知れないアクセサリの製作にも使えるのかもしれない。

 例えばそれは、画家が自分の絵に刻むサインのように。

 それは、刀匠が自分が打った刀に刻む銘のように。

 俺もまた自分が作ったアクセサリや強化を施した武器に自分というものを刻んでいくのだろうと思い始めていた。


「あなたはこれを何にするのですか?」


 少し離れた場所からドーラがリタに問い掛けている。

 綺麗な華の彫刻が刻まれた金属板はこれからどのような姿に変わってゆくのだろう。多大な興味を引かれながらも俺は自分の手の中にある金属板に意識を集中させた。

 自分を示す印。

 それがどのようなものなのか明確な答えなど無い。けれど、ただぼんやりと思い浮かんでくる記号のようなものを金属板に刻もうと決めることでようやく俺の手から迷いが消えた。

 既に刻み込むイメージは出来ている。

 それでもと無意識に手を止めた俺は自分に向かってどんなものを望んでいるのかと静かに自問自答を繰り返した。

 彫刻が終わって完成では無い。彫刻を刻み成形して完成なのだと言い聞かす俺の脳裏に外着の内ポケットに収められている『証の小刀』が浮かんできた。

 衝動に駆られ内ポケットから取り出したそれを鞘から引き抜くと『証の小刀』の刀身は窓から覗く日の光を反射し銀色に輝いている。


「俺に出来るのか?」


 声に出した疑問はゆっくりと自分の中に浸透してゆく。

 思い浮かんでしまったことを現実に移そうとするのならば、失敗は許されない。それでも自分の中に生まれたこの直感は信じるべきだと俺の中の何かが訴えてくる。

 失敗が許されないのは剣銃の強化をする時も同じだ。失敗すれば素材が無駄になるだけじゃない。確率は低いかもしれないとはいえ、元の性能に悪影響を与える可能性が無いわけではないのだから。

 ならば常に安全策を取って失敗を避けるよりも、一発勝負になったとしても思いつきとすら言われようとも、自分の無意識が促す行動を選ぶべき時は確実に存在する。

 それがこの時なのだと、俺の中の何かが叫んでいた。


「いくぞ」


 自分に活を入れるように呟き俺は『証の小刀』の刀身を鍛冶師NPCが取り付けた柄から取り外した。

 刀身と木製の柄は目釘というもので固定されていて、それを外すことで簡単に刀身は外れる。これは普通の日本刀と同じだ。

 刀身が全て露出した『証の小刀』の姿は昨日見たばかりだというのにどこか懐かしくもある。

 規則正しい波紋がある刀身に比べ柄の中に収まっていた部分には何も印されていない。平な刀身の根の部分の側面は今の今まで彫刻を試していた金属板と何も遜色はない。

 今回『証の小刀』に彫刻を施すのならばこの場所になるだろう。柄に戻してしまえば外から見ることは出来ないが、刀のようなものに自分を示す何かを残すのならばこの場所を置いて他にはない。

 慎重に、それでいて大胆に彫りを加えてゆく。

 時間を掛ければかけるだけ余計な傷がついてしまう。傷が重なることで刀身に致命的なダメージが蓄積されていき最後には壊れてしまうかもしれない。

 そんな風に思うと俺が金属板を壊していたのは何を彫ろうか迷うあまり、余計な彫りが何度も加わったからのだと今なら理解することができた。


「…出来た」


 現実の時間にして僅か数分。

 ゲーム内の時間でも僅か数十分。

 俺の手の中にある『証の小刀』の刀身に一つの印が刻まれていた。

 抽象化された狼の頭のように見えるそれは俺がキャラクタークリエイトの最後に、自分のキャラクターであるユウの全身を俯瞰で見た時に受けた印象を表したものだ。

 キャラクタークリエイトの時にも感じたことだが、ユウというキャラクターは現実の自分に似せて作りそこからゲームのキャラクターに調整したつもりだったのに、不思議と鋭い牙を持った狼のような雰囲気を持ってしまっていた。

 正直それほど悪い気はしないために放置していたのだが、それがこんなところで役に立つとは思わなかったのも本心だ。

 何はともあれ『証の小刀』に刻まれた印は満足のいく出来になった。後は同じ模様を≪細工≫スキル習得のために渡されていた金属板に刻むだけ。

 一度出来たことは自然と再現できるシステムになっているのか、金属板に印を彫刻していく俺の動きは初心者のそれではなかった。大げさに言うなら何年も何年も黙々と同じ印を刻み続けていた職人の動きに近い、と思う。


「ユウくんも出来たの?」


 最後の工程を行っている手を止めたリタが問い掛けてくる。


「まあ、やっとだけど」


 苦笑しながら答えるとリタの手に磨き上げ綺麗に成形された金属板が付けられたペンダントが目に入ってきた。


「リタはもう完成させたみたいだな」

「まあね。ほら見てよ、この通り≪細工≫スキルも手に入ったよ」


 可視化されたリタのステータス画面には確かに≪細工≫スキルが載っている。

 どうやら金属板の加工を完了させたことでスキルが得られるのは間違いないようだ。


「あなたも次の行程に進んでも大丈夫そうですね。どんなアクセサリに細工しますか?」


 リタに聞いたのと同じようにドーラが俺に問い掛けてくる。

 こう言ってしまうとあれな気がするが、自分の印を刻み込んだことである程度は満足してしまい金属板の成形にはそれほど興味がない。

 それでも≪細工≫スキルを習得するためにはさらにもう一段階これに手を加えなければならないことは理解している。


「俺はそうだな。適当にストラップにでもするかな」


 これが完成したのなら俺がリタのように自分の工房を持った時にでも適当に飾れればいいと思う。真剣にその印を彫った『証の小刀』とは違い、半ば作業的に彫った金属板を自分の身につけるアクセサリにするのはどこか抵抗があるというのも本心だった。


「こんなもんかな」


 だから金属板を磨き、角を丸くした上で小さくなるように加工した金属板に小さな穴を開け、そこに太めの紐を通すという簡素な作りになってしまった。

 簡単にしてしまったがゆえに、これは小学生の工作のようだと感じた。まあ、これはこれでいいのかもしれないが。


「はい。お二人とも合格です」


 俺とリタが作り上げたアクセサリを見てドーラがぽんっと手を合わせて告げる。それと同時に俺のステータス画面にある習得済みスキル一覧にも≪細工≫スキルが追加されていた。


「お疲れさまでした。これで金属細工の講習は終わりです」


 ドーラに案内される形で俺とリタは工房を抜けそのまま店舗の外に出た。


「今度は何か買いに来てくれると嬉しいですわ」


 俺たちを見送るために外に出たドーラがにこやかに告げる。


「もちろん。その時はよろしくね」

「はい。お待ちしてます」


 手を振るドーラを残して俺とリタは町の中心部へ向かう。

 工房で作ったアクセサリは装備されることなくストレージに収められている。ここで作ったアクセサリの性能を確かめた時に思ったことだが、やはり俺が持つ『証の小刀』の性能は初心者がスキル習得の為に作ったものにしてはその性能が高いらしい。

 現に俺がいま作ったストラップは装備しても何も影響がない上にアクセサリとしての名前も無い。それが普通なら、やはり『証の小刀』は上手に出来たのだと思う。


「それじゃあ、ユウくんとはここでお別れだね」

「ここで?」


 歩く途中、突然立ち止まったリタが言った。


「うん。実は早く色んなアクセサリを作ってみたくてうずうずしてるんだよね」

「ああ、なるほど」


 その気持ちは理解出来る。

 俺だって早く剣銃の強化を試してみたいと思っているのだ。


「わかった。それならいつかリタが作ったアクセサリを見に行かせてもらうよ」

「その時のためにもいっぱい作っておかなきゃだね」

「楽しみにしてるよ」

「うん。それじゃあね」

「ああ、またな」


 意気揚々駆け出したリタを見送って俺は自分の剣銃の強化に必要になる素材を確かめようとコンソールを出現させる。

 自身のステータス画面にある武器の項目を見ようと手を伸ばした時に不意にその動きが止まった。


「ん?」


 思い起こせば俺が習得した≪鍛冶≫も≪細工≫も持っているだけでは効果を発揮できないスキルで、リタも鍛冶師NPCやドーラも自分の工房とそれに適した道具を持っていた。

 ならば、生産にはそれらの施設と道具が必要であることは最早疑いようはないこと。今だってリタは自分の工房に戻ってアクセサリや防具の製作を、その試行錯誤を繰り返そうとしているのだから。


「そういえば、工房ってどこで手に入れられるんだ?」


 わざわざ二つの生産スキルを習得したというのに俺が剣銃の強化に至るまでの道はどこまでも遠く長いらしい。




17/5/18 改稿

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