未知への旅路 ♯.8
羊皮紙に書かれている挿し絵を頼りに船を探すこと五分。俺たちはその出航時間ギリギリになってようやく目的の船を見つけることが出来た。
「俺たちはクエストを受注しているからこの船には乗れるんだよな?」
でなければ護衛という内容のクエストを完遂することはできない。
船に乗ることがクエストの一部であるのなら当然、俺たちはあの船に乗ることができるはずなのだ。
しかし、どういうわけかヒカルは不安げな表情をして、
「たぶん」
と小さく、誰にも聞こえないような声で呟いていた。
「……普通は船のチケットとかを買うんじゃないの」
「そうなんだけど、売ってなかったんだもん」
「……売り切れただけじゃ」
鋭いセッカのツッコミが冴え渡る。
俺もそれに同感するが、それだけは正直間違いであって欲しい。でなければ俺たちのクエストはここで終わってしまうのだから。
「と、とにかく、行ってみましょうよ。そうすれば分かるはずです」
力強く歩き出すヒカルを追って俺たちも目的の船へと近づいていく。
乗船するための階段が船の側面に取り付けられている。その階段の隣に置かれたテーブルに着くNPCが見事な笑顔で俺たちを呼び止めた。
「乗船なされれる方はこちらで手続きをしてください」
一瞬NPCを振りきって乗り込んでしまおうかと思ったのは誰にも言えない秘密となり、俺たちは案の定、NPCによって船に乗ることを阻まれた。
「……どう、するの?」
「俺にどうするって聞かれても、どうしようか?」
甲高い汽笛の音と共に出港してしまった船を見送りながらセッカが問い掛け、俺は呆然としたままそれに質問で返していた。
「いやー、やっぱり駄目でしたね」
唯一にこやかな笑顔を見せるヒカルは、まるで自分の犯したミスを誤魔化しているかのよう。
「まあ、当たり前といえば当たり前なんだけどな」
そんなことを言いながらも、俺はこれがゲームなのだから、そこら辺はもう少しアバウトに、なんというか有耶無耶なまま乗船できたりしないかと思っていたりもした。
そんなことあるわけないのだが。
ため息混じりにコンソールを開きクエストの進行状態を確認してみて驚いた。
俺たちが船に乗り損ねたというのに未だクエストは進行中だったのだ。
さらにいえばクエストの内容にも変化は無かった。船の護衛という一文が今も変わらずに表示され続けている。
「諦めたりはしないよな?」
「当然です!!」
「だよな」
となれば先に出港した船に追いつかなければならない。
探すべきは自分たちが乗れる船だ。
「とりあえずは聞き込みからだな」
そう言うと今度は時間があるということもあって俺たち三人は別々に分かれ件の船を探すことにした。
港町というだけあってNPCの数はそれなりにいる。その中には一人くらい俺たちを船に乗せてくれる人がいるはずだ。
声をかけるのは船を持っていそうな人。といっても実際ここに停泊しているのは漁師が使う漁船ばかり。俺たちが乗ろうとしていた船のような旅客船というのはあの一隻の他には全くと言っていいくらいに見つけられなかった。
途方に暮れたくもなるが、事実そんな暇はない。
正確には暇はあるがそんな余裕はない、といったところか。
「まだここにいるつもりなの?」
俺と行動を共にしているリリィが暇を持て余して訊ねてきた。
「いるつもりはないけど、いるしかないかもな」
このまま船が見つからなければな、と心の中で付け加える。
急がなければならないというのにどうもクエストの進行の速度が遅い。遅いというよりも停滞しているというべきだ。
失敗に終わらなかったのは他にも手段があるということ。しかし、その手段が分からない。救済手段とでもいうべきそれが見付からないのだ。
溜め息を吐きつつ呟く。
「船に追い付くための船が用意されていると思ったんだけどな」
「当てが外れた?」
「ったく、楽しそうに言うなよ」
「楽しくはないよ、暇だもん。面白いだけ」
「はぁ。そうかよ」
疲れた。
船を探すことよりも、この会話に。
「さて、探索再開だ」
俺はリリィを連れだって再び港を歩き出した。
まだ行っていない場所はあるし、話を聞いていない人もいる。
一つ一つ船を見て、一人一人声をかけて行く。先に出港した船に追い付ける船はあるのか。同じようにヴォルフに向かう船はあるのかと。
けれど、全てが空振りに終わった。
漁船ばかりと思った自分の直感を裏付けるように全ての船で全ての船の持ち主に遠出はしないと告げられたのだ。
「あとは二人に期待するしかないか」
別々に行動すると決まってから俺は一人港を、ヒカルは町の中を、セッカはこの町の外側を重点的に探すことにした。
船を探すならば一番可能性が大きかったのは港を担当した俺なのだがその俺は見事に駄目だった。
何度も言うが、徒労に終わった。空振りだった。
その事実が俺の疲労をさらに大きくした。
「どうでしたか?」
「……どうだった?」
俺が港の散策を終えてから数分後。ヒカルとセッカが二人並んで戻ってきて発した第一声は異口同音、同じ意味をもっていた。
「見ての通りさ。俺は駄目だったよ。そっちは?」
「私も同じです」
「……私も」
見て分かる程の落胆した二人のようすはその言葉が嘘ではないことを表していた。
詰まるところ船は無い。
それが確定したということだ。
「あーあ、クロスケで飛んで行ければいいのに」
「目的地がはっきりしないから、無理だ」
「目的地なら分かっているじゃないですか」
「……先に出た船」
「だから、その現在地が分からないから無理だって言ってるんだ。そもそも、そんな長い距離クロスケが飛べるわけないだろ」
苛立ちを隠しきれずに告げたその言葉に反応したのはさっきまで静かに俺の肩に停まっていたクロスケだった。
羽をバタつかせ、小さなくちばしで俺の額を突いてくる。
まるで自分にはそのくらい出来ると俺に伝えようとしているかのようだ。
「え? できるの?」
驚き、問い掛けるとクロスケは力強くホウっと鳴いた。
「ここから、海のどこかにある船まで行くんだぞ」
確認するようにもう一度問い掛けると、今度もクロスケは自分に任せとけと言わんばかりに鳴いた。
「だそうですよ」
「これが俺たちに残っていた救済手段ってわけか」
「……頑張ってね。クロスケ」
肩に停まるクロスケの頭を優しく撫でるセッカを横目に俺はようやく見つけた自分たちの救済手段がコレなのかと苦笑してしまった。
クロスケを仲間にしていなければどうなっていたのか、ふとそんな疑問が思い浮かんですぐに思い直した。その時はおそらく別の手段があてがわれるはずと。俺たちにはクロスケがいた。だからこの方法が残された。それだけなのだと。
「ここでじっとして手も引き離されるだけだから。行くか!」
「はいっ」
「……うん」
「しゅっぱーつ」
俺たちが意気揚々叫ぶとクロスケは俺のスキル発動の言葉を待たずして元のダーク・オウルの姿へと戻った。
漆黒の羽を大きくひろげる。
俺たちはそれぞれクロスケの背中に乗るとふわふわの羽毛に覆われた体に強くしがみついた。
突然出現したモンスターであり突風と共に飛び上がったクロスケの姿に周りの人の視線が集まる。そしてその視線を振り払うかのようにしてクロスケは急激にその飛行速度を上げた。
「進行方向はこっちでいいんですか?」
「……多分」
「あのまま真っすぐに進んでいればもうそろそろ見えてくるはずだけど――」
クロスケの背に乗って風を切りながら目を凝らす。
すると透き通るような青一面の景色の中に浮かぶ小さな一つの白い点が見えてきた。
「あった。あれですよね。見つけましたよ」
俺が見つけるのと同時に、ヒカルもその点を指差していった。
クロスケに指示を出し、その点に近付こうと高度を下げてみるとそれはやはり思った通り先程俺たちを乗せることなく出港してしまった船が白いく泡立った波を立てて進んでいた。
目的地であるヴォルフへと真っ直ぐ迷うことなく進んでいる船を見つけて一つ敢えて考えないようにしていたことが否応にも思い浮かんでくる。
そもそも乗船できなかったというのに俺たちはあの船にどうやって乗り込もうというのだろう。
ここから飛び降りたとして、それはただの襲撃者のように見えないだろうか。
自分たちが船の甲板に降り立った姿を想像して理解した。
そんな自分たちの姿はまごうことなく襲撃者、そして不審者だ。
「……どうしよう」
船がヴォルフに着くまでずっとクロスケの背に乗っていられる保証はない。
いづれ疲労して飛んでいられなく時が来る。ましてその大陸までどのくらいの距離があるのかを俺は知らないのだ。このまま数分、長くても数十分飛んでいれば着くというのならいいのだが、もしそれが数時間、あるいは数日掛かるというのならそれは明らかに不可能だとしか思えない。
確実に取る必要がある休息なのに、俺たちにはそれを取れる場所がない。
こんな自分たちの現状を見るとハルなんかは見切り発車もいいところだと怒るかもしれない。けれども生憎、あの時の俺は考えているその一分一秒が惜しく思えたのだ。
「あの、船になにか近付いてきてませんか?」
考え込む俺に隣にいるヒカルが船とは別の方向を指差して訊いてきた。
何気なくその先を見てみると透き通る青い海の中に巨大な影がひとつ悠々と泳いでいるのが見える。
そしてその影が船に近付いているのまでも。
「なあリリィ、あれもモンスターなのか?」
ヒカルの腕の中でうとうとしているリリィに問い掛ける。するとリリィは眠い目を擦りながら俺たちの視線の先にいる影を見た。
「そうなんじゃない? 私も海に来るのは初めてだからはっきりとはわからないけど」
「ならあのモンスターは攻撃を仕掛けると思うか?」
「私たちに? それともあの船に?」
悪戯を仕掛けた子供のように含み笑いを見せながらリリィが聞いてきた。
こういう表情を見せられるたびに思う。ああ、これが妖精の性なのかと。妖精というのは古今東西ありとあらゆる神話では悪戯好きだと表現されているものだ。その度合いにこそ違いがあれど本質的には変わらないのだろう。
そしてリリィも例外ではないのはこれまでの付き合いから理解していた。最近は小さな悪戯を偶に仕掛けてくるだけだったこともあって失念していたが、リリィも根本的には悪戯が好きなのだ。
けど、今はそんなことに気を取られていられる暇はない。
「両方にだ」
「安心してここにいる限り私たちに攻撃は届かないはずだから」
「でも、あの船には攻撃が届くってことだよね?」
「そうだよ」
「だったら――」
「……無視できない」
「――だよな」
そう、俺たちにであろうと船にであろうと問題なのは同じ。
船の護衛というクエストの内容を鑑みるに仮にあのモンスターが俺たちを無視した所で、俺たちはあのモンスターを無視できない。
「クロスケ、あの船の甲板に降りてくれ」
「あのモンスターが襲ってくる前に、ですよね」
「当然だ」
俺の指示通りクロスケは眼下にいる船に目掛けて急降下を始めた。
幸いにも影しか見えないモンスターの進む速度はそれほど早くなく、俺たちが甲板で待ち構えるだけの時間は作れそうだ。
突風を巻き起こし降り立ったクロスケの姿にプレイヤーとNPCで賑わう船の甲板は騒然となった。
「お前たちだ誰だ!」
おそらく俺たちと同じようなクエストを受注したプレイヤーだろうか、武器を片手に他のNPCたちの前に出た。
声が上ずっているのはクロスケのダーク・オウルとしての迫力に押されているからか。
そういえば、クロスケは本来ボスモンスターとして精霊樹にいたんだもんな。突然現れれば驚くのも無理はないか
「落ち着け、俺たちは敵じゃない」
そういってクロスケの背から降りる俺を見てさらにどよめきが起こった。
俺のようにモンスターを連れたプレイヤーというのが存在することは知れ渡っているが、目の前にいるプレイヤーは実際にそれを目にするのは初めてのようだ。
確かにまだ数は少ないらしいけど、そこまで驚かなくても。
「お、お前らこの船に何の用だ」
同じようにクロスケの背から降りてきたヒカルとセッカを見て目の前のプレイヤーはより一層警戒心を強めたらしく、持っているランスの切っ先を忙しなく動かしながら俺たちに向けている。
「おい、何があった!」
「リーダー!」
船内から現れたリーダーと呼ばれたプレイヤーは筋骨隆々。漫画に出てくるようなプロレスラーを彷彿とされる出で立ちをしている。
「お前たちは……どこから現れたんだ?」
「空です。あのモンスターに乗って飛んできたんです」
「ほう」
ギロリと鋭い視線を向けてくるプレイヤーは静かに背負っている大剣に手を伸ばす。
「待て、俺たちは敵じゃない。そこのアンタにもそう言ったはずだがな」
「信じられるか! そんなモンスターに乗ってくるなんて――」
ランスの切っ先がクロスケに向けられたその瞬間、クロスケは眩い光とともに小さなフクロウの姿へと変わった。
その小さな羽根をパタつかせているクロスケは先程のような威圧感はおろか、攻撃を仕掛けてくるという気配すら感じさせないほどになった。
「これでいいか?」
「あ、う……」
「とにかく、俺たちの話を聞いてくれるか?」
俺はランスを持ったプレイヤーよりも後に出てきたプレイヤーに向けて話すことにした。
「良いだろう」
「まずは名乗らせてもらう。俺はユウ。で、後ろにいるのがヒカルとセッカ、あのモンスターが俺の契約しているクロスケだ」
「む、ならばこちらも名乗るのが礼儀だな。おれはギブリ」
「クリス」
「まずはこんな登場で驚かせて悪かった。それは謝っておく」
頭を下げて謝る。
それがどれ程の効果があったのか解からないが、少なくともギブリは警戒心というものを緩めてくれたらしいことが伝わってきた。
「それで、本題なんだけど、ここにはどれほどの戦力がある?」
「どういうことだ?」
「……端折り過ぎ」
「あの、実はこの船にモンスターが迫って来てるんです」
「なにっ!?」
ヒカルの一言で野次馬の如く集まって来ていた人達に動揺が走った。
「数は多分一体。でも、もの凄くおっきいんです」
「詳しく教えてくれるか?」
「はい。実は私たちは――」
ヒカルは俺たちがこの船の護衛クエストを受注していること。船に乗り損ねて仕方なくクロスケに乗って空から追っていたこと。更にそこで目にした海の中に潜む影とこの船に向かって進行していることを話した。
ちなみに乗り損ねた原因が船のチケットを取り忘れたことだとは言ってなかった。
「ふむ、それを知らせに来てくれたというのだな」
「まあ、そういうことだ」
「成る程、理解した。クリス、NPCたちを誘導して船内の安全な場所に連れて行け」
「リーダーは信じるんですか?」
「嘘を言う必要などないだろう?」
「あいつらの目的がこの船を襲うことならあります」
「そんなことっ――」
「それならおれたちに気付かれないようにした方が利口だ。わざわざ衆人環視のど真ん中に降りてはこないさ。違うか?」
「そう、かもしれませんけど」
クリスはバツが悪そうに視線を反らす。
「それに、嘘だというのならそれでいい。おれたちのクエストはこの船の護衛なのだからな」
やはりこのプレイヤーたちの目的も俺たちと同じだったらしい。それなら尚更協力することができるはずだ。
「嘘じゃないんだけどな。まあいい。この船にはギブリたちの他には戦えるプレイヤーは乗っていないのか?」
「いるぞ。おれのパーティが残り二人。他にも三組ほどパーティがいる」
「だったらその人たちにも協力を――」
「止めておいた方がいいだろうな」
「どうしてですか?」
「俺たちの足場の問題さ。魔法職ならいいかもしれないけど、前衛職が増えても互いの動きを阻害するだけだからさ」
「ふむ、それには同感だな」
「それに、人数が増えればその分連携が取れ難くくなる」
「そちらのパーティに回復役はいるのかな?」
「……私がそう」
「他の二人は自力でも回復が出来るのかな?」
「アイテムを使えばできますけど」
「数は用意してあるのか?」
「ボスモンスターとの戦闘三回分くらいなら」
別の大陸に行くとなって俺たちはギルドホームにある回復アイテムの殆ど、所持限界になるまで持って来ていた。
「上々だ。ならばおれたちパーティからも回復役を一人呼ぶとしよう」
「前衛はアンタ一人でいいのか?」
「ギブリと呼んでくれないか」
「あ、ああ。そっちのパーティはギブリ一人で大丈夫なのか?」
「問題無いだろう。おれの得物はこれだからな」
と背中の大剣を抜いた。
事実ギブリが見せたその大剣は剣というよりも盾に近い大きさをしていた。刀身の幅が広く長い。俺が見たところあの大剣が一般的な大剣に比べて欠点があるとすればそうとうATKが高くないと巧く扱えないことだろうか。
「リーダー、来ましたってあなた達は誰ですか?」
船内から現れたのは昔のゲームに出てくる僧侶のような格好をした女性プレイヤーだった。
「ライオット早かったな。彼らは、そうだな、助っ人だ」
「助っ人、ですか」
「アンタがギブリのパーティの回復役か」
「ええ、ライオットっていいます」
「俺はユウだ。よろしくな」
「あ、はい、よろしくです。あの、それでこれはどういうことですか? 突然クリスがNPCたちを連れてきたと思えばわたしは呼ばれて」
「彼らがいうにはこの船に大型のモンスターが迫っているらしい」
「それは本当なのですか?」
「本当です」
ヒカルが力強く答えた。
どうやら未だ信じきられていないのが悔しいらしい。
「それを彼らと協力して討伐することにしたから、ライオットにも手伝って欲しいというわけだ」
「別にいいですけど」
「あっちの回復役はあの子らしいから、仲良くしろよ」
「……セッカです。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
「あ、あの、繰り返すようで悪いんですけど、本当にモンスターが迫って来てるんですか?」
「本当ですって」
「しかし、海はこうして静かですし」
「だったら自分の目で見てみるか?」
「はい?」
「一度どのくらいまで近づいて来ているか偵察に行かないといけないと思っていたからな。ちょうどいい機会だ、ヒカルと一緒に見てきてくれないか?」
俺は再びクロスケをダーク・オウルの姿に戻しながら告げた。
「わかりました」
「あ、あの、リーダー」
「んん、これもいい経験だ。連れてってもらえ」
「ええっ!」
「さ、行きましょう」
ヒカルに手を引かれクロスケの背に乗り込むライオットを見送った。




