未知への旅路 ♯.5
「で、次の石碑があるのはどこなんだ?」
セッカが戻り、全員が井戸のある森から抜け、三度自分たちのギルドホームへと戻ってきた俺はいてもたってもいられずリリィに詰め寄っていた。
しかし余程俺の顔が怖かったのかリリィはヒカルの後ろに隠れるように飛んでいってしまった。そんなリリィをヒカルはそっと抱き上げ、優しげな声色で問い掛けている。
「ねえ、リリィちゃんはあとどのくらい石碑がある場所を知っているの?」
「んーとね、わたしが知ってるのは砂漠のオアシスの近くでしょ。あとは川の近くにある街の中」
「川の近くの街? それってどこの街だ?」
リリィの口から出てきた言葉に直ぐさま記憶を辿りながらも思わず俺はリリィに詰め寄っていた。
「ちょっ、ちょっと待ってください、リリィちゃんが怖がってますよ」
「あ、ごめん」
「それで、どんな街だったの?」
「なんか同じような建物ばっかりあったよ」
「同じ建物? もしかして王都でしょうか?」
「……ウィザースターかも」
「んー違うと思う。もっと変な建物、こう灰色で、四角くて――」
「それってビルのことか?」
「ビルって何?」
「えっと、沢山の窓があったり、大きかったり、あとは、その、なんでしょう」
ヒカルは上手く説明できないでいるようだ。曖昧な笑顔でヒカルの視線を受け流し好奇心の塊のような目を向けてくるリリィを見た。ヒカルの代わりに俺が、と思わなくもなかったが、実際にビルを知らないものにどう説明すれば分かり易いのか見当もつかない。
結局は実物を見せるのが一番。この場合は現実のビルになるのだろうがここに写真のようなものを持ち込むことは出来ない。つまりはその現地に行きこの世界のビルを見ながら説明するのが手っ取り早い方法なのだろう。
「とにかく、次の目的地はそこで決まりだな」
「はいっ!」
「……うん」
「それで、その場所ってのはここから遠いのか?」
俺が気にしているのはその距離ではない。
そこに行くために何らかの手段を講じなければならないのならば先にそれをクリアしなければならない。問題なのはそちらの方だ。
「うーん、そう遠くないと思う」
「だったら今日中に着くことも出来そうだな」
コンソールを出現させて今の時間を確認する。
現実の時間で午後二時五分。俺がログインしてきてから三時間が経過しようとしていた。ゲームに連続して繋いでいられる時間には個人差があるものの本来ならこの辺りで休憩を挟むべきだろう。
俺はそれを件の街とやらに着いてからにしようと思っていたのだが、ヒカルとセッカの二人はそうではないらしい。
突貫して行こうとする俺の提案にあからさまな嫌な顔を見せてきた。
「なら現実の時間で二時間後、ここに再集合ってのはどうだ?」
メーカーに推奨されている休憩時間通りの二時間。無意識に俺の口から出た時間がそれだったのだから自分でも驚くほどのハマりっぷりだと思う。
そんな自分を自嘲するかのように笑う俺を見て、二人も同様に困ったような笑顔を見せてきた。
「わかりました。ではまた二時間後に」
「……また、ね」
ほぼ同時にログアウトしていく二人を見送って、俺も静かにログアウトボタンを押した。
現実へと引き戻される意識を知覚しつつ、俺はゆっくりと目を開けた。まっさきに飛び込んでくる景色はいつもと同じ変わらぬ天井。HMDを外しベッドの脇に置いて俺はベッドから起き上がり自室から出て行った。
キッチンに行きコップ一杯の水を飲む。
三時間に及ぶゲームプレイで喉が乾いていたのだろう。ただの水が殊の外美味しく感じる。
「さて、これから二時間どうするかな」
なにもすることなくぼーとするには長く感じる半面、どこかに出かけるには短く思える。二時間というのはそんな風に思ってしまう中途半端な時間だった。
かといってこれから行こうとしている街の情報を探すことをする気にもなれないのは、休憩という言葉通りに自分の意識をゲームから切り替えたいと思っているからだろうか。
早めの昼食を取っていたからお腹は減っていない。ゲームを始める前はこういう時に何をしていたのかと考えてみても明確な答えは思い浮かんでは来なかった。
「ああ、なにもしてなかったっけ」
そういえばゲームを始める前は自分は無趣味な人間だった。特別何かをするのではなく、与えられた宿題をしたあとは何もしないでぼーとしているのだって特に珍しい事ではない。それがこうして退屈を持て余しているのは自分が常に何かをしているという状況に慣れたからか。
それとも、元来自分はこういう性質をしていたということか。
何かをしていなければ落ち着かないのであれば何かをしていればいい。
単純明快、誰にでもわかる解決法だ。
「とはいえ、何をするかな」
自室に戻ること無く俺はリビングの椅子に座りおもむろにテレビを付けた。
朝に親たちが見てそのままのチャンネルに合わせてあったのだろう。電源を入れてすぐに入ったのは昼にやっているニュース。最近、数を増やしてきたVRゲームを特集したコーナーだった。
興味をそそられるわけでもなく、ただ茫然と目と耳に入ってくるBGMでしかないそれは俺の記憶には残らない。
暫らく見ていたそれも程なくして興味が薄れ電源を切った。
次に何をするでもなく俺はソファに腰深く座り、静かに目を閉じた。
眠るでもなく、ただ、目を閉じているだけでは自然と脳裏にいくつもの思考が浮かんでくる。
俺は何をしたいのか、これから何をするのか、自問自答をくり返している間に、俺は眠ってしまっていた。
目を覚ました俺は壁に掛けられた時計の針を見て慌ててゲーム世界へと戻っていった。
約束の時間まであと五分もなかったからだが、どうやら俺は二人よりも速くこの世界へと戻ってきたらしい。
一人ギルドホームのリビングにある椅子に俺はリリィを喚び出すよりも先に再び自身の輝石を確認することにした。輝石の腕輪の真上に浮かぶコンソールに記されているものは以前と変わらないまま、あの時、井戸の中で見つけた石碑の効果を付与していればなにか変わっていたかもしれないが、結局俺はそれをしなかった。あの効果は俺には適していない、そう思い決めたはずだが、付与し直せるのだから今更ながらも試しに付与しておけば良かったと思ってしまったのだ。
石碑に近づけた時にも街で石碑に近づけた時と同様の反応が見られた。ならば既に効果を付与した輝石と付与していない輝石には石碑で付与した効果以外の違いがあるのか確かめたい。そう思ったのだがどうやらそれはもう少し先のことになりそうだ。
やはり自分の輝石に自分が納得した効果が宿った時こそ、俺がそれを確かめることの出来る瞬間になるはずだ。
「やっぱり先に来ていたんですね」
ギルドホームのドアを開けて現れたヒカルが開口一番に告げた。
「まあ、他にやること無いからな」
我ながら呆れてしまう。
ゲーム以外にもなにかやりたいことくらいないのかと考えてしまうと負けのような気がする。
「そうなんですか?」
「ああ。なんせ寝てたくらいだから」
「……おまたせ」
再びギルドホームのドアが開きセッカが現れた。セッカの首に提げられたネックレスの輝石の一つに宿る淡いピンク色が仄かに光って見える。
光に見惚れているとリリィが現れて問い掛ける。
「準備はいい?」
「ああ」
ギルドホームの外へと出て、俺たちはリリィの案内のもと新たなる地へと向かった。
移動手段はいつもの通りクロスケ。
その背に乗って飛んできたこの場所にはリリィが言っていたようにビルが建ち並ぶ街のようだった。しかし、ここに人のいた形跡はない。綺麗なままの形を保っているビルが妙な感じに思えた。
「ねぇねぇ、これがビルなの?」
「そうだよー。私たちは普段こういう建物に住んでいるんだよ」
「え? これに?」
思いっ切り引き攣った顔を見せるリリィにヒカルとセッカは揃って疑問符を浮かべている。
「ああ、ビルというよりマンションだけどな」
「ユウもマンション住まいなんですか?」
「まあな。そういうヒカルもなのか?」
「私だけじゃないですよ。セッカちゃんもです」
「ん? ってことは二人はリアルでも知り合いなのか?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ」
「なんとなくそうなんだろうなとは思ってたけど」
「はい。実はそうなんです」
衝撃の事実発覚、なわけもなく、単純にリアルの一面が知れただけなのだが、こういう話が出来るようになったのは俺たちの付き合いもそれなりになってきた証なのだろう。
しみじみとそんなことを考えているといつの間にかセッカが俺たちの近くからいなくなっていた。
「……こっちに来て」
ビルの影から顔を覗かせたセッカが手招きをする。
「どうしたの?」
「なにかあったのか?」
誘われるままビルの中へと足を踏み入れると、そこには見覚えのある石碑が一つ建っていた。
「簡単に見付かるもんだな」
「でも、変ですよ」
「……輝石が反応しない」
「え!?」
驚き、自分の右腕を確認すると、確かに井戸の中にあった石碑の時とは違い、反応らしい反応は何一つ現れなかった。
「どういうことなんだ?」
石碑に輝石の腕輪を近づけたり離したりしてもやはり反応は無い。
まるでこの石碑は形だけ似せて作られた模造品のようだ。
「ユウ来てください。こっちの部屋にも同じ石碑がありますよ」
「なにっ!?」
慌ててヒカルの元へと近づいて行くと、先程と同じような作りをした部屋に、同じように石碑が鎮座している。
そして、同じように輝石を近づけても反応が現れなかった。
なんとなく浮かんでくる嫌な予感に顔を引き攣らせている俺に更なる言葉が告げられた。
「……あっちの部屋にもまたあったけど、無反応だった」
それは俺から遅れること数分、別の部屋を見に行っていたセッカが戻って来てすぐに発した言葉。更にそれを受け、ヒカルが俺に問い掛けてきた言葉だ。
「もしかすると奥の部屋にも石碑があるんですかね」
「ある、だろうな。多分、いや、ゼッタイ」
この時、俺の中の嫌な予感は確信へと変わっていた。
輝石に効果を付与する石碑探しというものが、宝探しのようだと思ったことはある。そして宝探しに付き物なのが偽物の宝箱。この場合は偽物の石碑。
遠くから本物と偽物を見分ける方法は無くても、近付き輝石を翳しさえすれば直ぐに真偽は判明する。だから偽物はあまり意味の無いと考えていたのだが、どうやらそれは俺が物事を甘く見過ぎていただけのようだ。
実際に自分の輝石を照らし合わせなければ真偽が分からないということは、即ち正解に至るまで何度もここら辺一体の石碑を確認しなければならないということ。
果てしなく面倒なその方法に激しい徒労感を予測したものの、ここまで来たら引き返すことこと徒労。
結局はここで、自分の目と足で、本物を見つけ出さなければならないのだと割り切り俺たちはそれぞれに別れて本物の石碑を探し始めた。