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未知への旅路 ♯.4

 ギルドホームの外には調薬に使うための薬草類を栽培した畑と巨大な精霊の樹がある。

 自然が溢れるこの場所で俺は指輪を掲げリリィを呼んだ。

 飛来する小さな妖精のリリィは無邪気に俺たちの間を暫らく思い思いに飛び回るとようやく気が済んだのか俺の顔の近くで止まり、透き通るような声で問い掛けてきた。


「なんか用?」

「教えてほしいことがあるんだけど、リリィは石碑っていうのを見たことがあるか?」

「うーん、どうだろ?」

「やっぱりわからないよな」

「ねぇねぇ石碑ってどんな形をしてるの?」

「こんな形の……」


 と俺は記憶に新しい石碑の形を思い浮かべながら宙に描いて見せた。

 リリィはそれを見て思案するような素振りを見せると直ぐに目を見開き、


「ある! 見たことあるよ」

「本当!? リリィちゃん」

「このくらいの石なんだよね? それなら間違いないと思う」

「……どこ?」

「えっとね、ここの近く? にもあったし、別の所にもあった」


 何気ない様子で話すリリィに俺は自分の耳を疑った。こんなにもあっさりと手掛りを掴めるとは思ってもいなかったし、先程は自信たっぷりに妖精の郷にあると予想していたのがこうも見事に外れてしまっていたのだ。恥ずかしがることではないのかもしれないが、少しだけ顔が熱くなってしまった。

 気を取り直すように咳払いをしてリリィに聞いてみた。


「俺たちをそこに案内してくれないか?」

「そこってどこ?」

「この近くにあるっていう石碑のある場所だ」

「んー、いいよ」


 悩む素振りすら見せずに了承したリリィはそのままギルドホームのある敷地から出ようと飛んで行ってしまった。

 慌てて俺たちはそれを追い駆けると、ギルドの敷地の外、元のエリアである迷いの森の一角でリリィが俺たちを待っていた。


「こっちだよ」


 俺たちが来たのを確認するとリリィがさらに森の奥へと進んでいく。リリィのその後ろ姿を見失わないように追いかけていると次第に一度も通ったことの無い脇道へと入っていってしまった。

 見慣れない木々の並びに新鮮な感想を抱きつつ歩いていると、次第に木々のざわめきが大きくなってきているように感じた。


「なんか気味悪くないですか?」


 まるでホラー映画の冒頭。決して帰っては来られない樹海に迷い込んだ主人公のように感じたのだろうか。ヒカルがギュッとセッカの手を握りながら呟いていた。


「もう少しだよ」


 一度軽く振り返り告げたリリィの言葉にヒカルは微かに表情を明るくしたが、次第に目に入ってきたものに再び表情を強張らせた。


「あれは、井戸、か?」


 苔の生えた古い石造りの井戸。

 それが木々の中心部にわざとらしく作られている。


「あの中だよ」


 井戸を指し明るい声で告げるリリィにヒカルは笑顔を引き攣らせている。


「どうしたの?」

「……もしかして、怖い?」

「こ、怖くなんかないもん」


 それが強がりなのは明らか。

 ヒカルの声は震え、今度は俺の上着の裾をセッカの手を握っているのとは反対の手で思いっ切り掴んできた。


「怖いのか」

「怖くないって言ってるでしょ」


 顔を赤くして否定しながらも俺の上着の裾とセッカの手は放そうとしない。

 ここで手を放せと説得するのに時間を取られるよりも、まずはリリィの話通りにあの井戸の中に本当に石碑があるのかどうかを調べるのが先。

 その方法も単純明快。井戸の中を覗き込むだけでいい。


「……なあ、ヒカル」

「なんですか?」

「やっぱりその手を放してくれないか?」

「何でですか?」

「動けないんだ」


 ヒカルにがっちり上着の裾を掴まれているせいで歩くことはおろか動くことが出来ない。片手をずっと握られているセッカも同様のようで、俺を見て困ったと言わんばかりに眉を顰めた。


「このままだとヒカルも一緒に井戸を覗き込むことになるけど」

「へ!?」

「いいのか?」

「い、嫌ですよ。っていうか、なんでそんな怖ろしいことするんですか!?」

「なんでって、聞いて無かったのか? リリィが言っていただろ。この井戸の中に石碑があるって。そうだよな、リリィ」

「うん。そうだよ」

「なら、実際にどんな効果があるのか確かめないといけないだろ」


 実際に試してみたことはないが、おそらくは町にあった石碑と同様に輝石を近付ければ何らかの反応が出てくる。そうすることでここの石碑がもたらす効果の正体が分かるはずだ。

 俺のしたい事としようとしている事の両方が分かり、直ぐにヒカルは俺の上着を掴んでいた裾を放し、同時にその手で残るもう片方のセッカの手を掴んでいた。


「それじゃここで待っててくれ」

「はいっ」


 力強く頷くヒカルとその隣で微かに頷くセッカを残し、俺は一人、井戸のもとへと近づいていった。

 唯一リリィが付いて来てはいるのだがその動機は好奇心からくるもののようで無駄に楽しげに俺の周りを飛び回っている。


「この中、か」


 苔の生えた井戸の縁に手を掛け身を乗り出し、問題の井戸の中を覗き込む。

 日の光も月の光も届かない程の深淵が井戸の中に、底の見えない闇となって続いている。

 足下に転がっている石ころを投げ込むとそれほど時間をかけずに地面とぶつかる音が返ってきた。どうやらそれほど深い井戸ではないようだ。


「けど、このまま飛び込むのはな」


 安全かどうかと問われれば確実に安全ではないと言い切れる。

 高い場所からの落下がどれ程のダメージを与えるのか、再び地上に戻ってくることが出来るのか。試す気にもなれず俺は何か井戸の中へ入る方法がないものかと辺りを探した。

 森の中にあるものの言えば土と樹、後は草花くらいのもの。

 その中でも使えそうな物といえば、


「これくらい、か」


 土に埋まっている樹の根を一本引き抜く。

 その伸縮性と耐久性を試すために数回引っ張ったり振り回したりをくり返した。

 検証の結果、この樹の根は足場としてロープ変わりに使用することが出来る程度の強靭さを持っている。だが問題なのは長さだった。力任せに引き抜いたせいもあって俺の手にある樹の根の長さはせいぜい一メートル。ロープとして使用するのはこれと同じ樹の根が数本必要だ。

 これが一つのアイテムとして設定されているのならば適当に同じ樹から根を引き抜いても同じ長さ形となるはず。

 確信と疑心に苛まれながらも俺はもう一つの樹の根を手に入れるために別の樹の根を引き抜いた。

 結果としては俺の疑心は間違いで、確信が正解だった。

 同じ長さ、同じ形、同じ色をした樹の根が二本、俺の手に収まったのだ。

 二本の樹の根を両手に持つ俺にリリィが首を傾げながら問い掛けてきた。


「それをどうするのさ?」

「こう、結んでロープにならないものかと」


 自分の考えを確認するかの如く、樹の根を結んでみるが、その強靭さが仇となり直ぐに元の形に戻ろうとして解けてしまった。


「無理じゃない?」

「かもな」


 などと言いながらも俺はこの樹の根の使い井戸の中へ入る別の方法を考えていた。

 一度の失敗で諦めるのは生産職のプレイヤーにはありえない。これまで自分の装備、アクセサリだって失敗したのは一度や二度じゃない。失敗した数に成功した数が追いついたのだって最近になってようやくだ。

 結んで駄目ならどうするか。

 いっそのこと無理矢理繋いでしまうのもいいかもしれない。これを貫けそうな針と糸があればの話だが。


「縫製が無理なら溶接か? くそっ、そんな道具持ってきてないぞ」


 燃えやすい樹の根に溶接など無理なように感じるが、パッと思いついたのがそれなのだから仕方ない。

 とは言え道具は持ち合わせていない。

 後はこれを井戸の中に投げ入れクッションのようにするくらいか。

 駄目だな。それじゃ最悪の場合、井戸の中に飛び込んだ瞬間に串刺しになりかねない。


「あの樹の特徴はなんだ?」


 素材アイテムにはそれぞれ適した加工の方法がある。金属と木材では当然その用いる道具が違うように、金属の中にもそれぞれ火を加える時間やインゴットを叩く回数、形成するまでの時間など様々。

 特に木材、それも珍しい種類になればなるほどその方法は難解になる。

 茹でたり、凍らせたり、潰したり、それこそ組み合わせと行程手順の数次第では正しく星の数程あると言ってもいい。

 いくつもの経験から推測するのはあの樹の特徴と加工の手段。

 迷いの森にある樹の特徴は、ここで採取出来たものに共通するのは。


「魔法、か」


 特殊な素材の代名詞なのか、ある種類の素材の加工には魔法、というよりも魔力、俺たちで言う所のMPが必要なものがあった。

 ただの炎ではなく魔法スキルで生み出した炎。

 ただの水ではなく魔法スキルで生み出した水。

 凍らせるための氷や通電させるための雷も同様、魔法で生み出したものでなければならない。そうでなければ反応が現れないのだ。

 その中でも特殊なのが回復魔法に反応する素材だった。傷を癒す時のように再生する力を利用して素材の形を変える。

 魔法を使えない俺はそれらの素材の加工の度に最近売り出された魔法を封じた石『魔宝石』というものを使用しなければならない。面倒な上コストも掛かることから最近はあまり素材に利用しなくなっていたが、今は寄り好みしていられない。

 その場合、さらに問題になるのは、俺が魔宝石を一つとして所持していないことだ。

 現在の俺たちのパーティの中で加工に使える種類の魔法を使えるのは水属性に限るがリリィ、回復魔法を合わせればセッカもということになる。

 煮ようにも炎を出すことは出来ないからリリィの水魔法だけでは不十分。

 となれば自ずと試せる可能性は限られてくる。


「セッカちょっといいか?」

「……なに?」


 両手をヒカルに繋がれたままセッカが答える。


「こっちに来れるか?」

「……ん、無理」

「だよな」


 がっしりセッカの手を握ったまま動こうとしないヒカルを引き摺っては来ないだろうと思っていたが、やはりその通りだった。


「これに回復魔法を使って欲しいんだけど、出来るか?」


 二本の樹の根を持ったままセッカに問い掛ける。


「……別にいいけど」


 と言いながらもセッカは困った顔をしている。

 そしてヒカルに握られたままの手を軽く上げて見せつけてきた。


「ヒカル、その手を放してやってくれ」

「え!?」

「頼むから、な?」

「はい」

「……で、これに使えばいいの?」

「あ、ああ。頼む」

「……分かった」


 自由になった両手で回復魔法を二本の樹の根に発動させる。すると、仄かな光に覆われた二本の樹の根は独りでに一本に繋がった。


「……これでいいの?」

「ああ。成功だ」


 一本になった樹の根はその長さが3倍になった。どうやら2本を合わせると倍の長さの一本が出来上がるという単純なことではないらしく、思っていたよりも少ない本数の樹の根を集め、セッカの魔法で合成するだけで済みそうだ。

 近くの樹の下から別の根を採取し、セッカに告げる。


「これも頼むよ」


 採集すること七回。

 魔法で合成するのも同じく七回。

 出来上がった一本の樹の根はなんと三十メートルを軽く超えている。


「んじゃ、行ってくる」


 今度こそ井戸の中へ突入すべく俺は長い樹の根を近くの樹に回しその片方を体に巻き付けた。

 暗い深淵の底へ降りて行くのは多少の勇気が必要だ。

 踏み外さないように慎重に、それでいてゆっくりし過ぎないように大胆に、一歩づつ確実に降りて行く。

 そうして俺が再び地面に足を付けた頃には井戸の入り口が遥か彼方になっていた。


「意外と明るいね」

「何も見えない、なんてことは無いみたいだな」


 井戸の中は暗いは暗いがそれでも全くの暗闇ではなかった。どこからか灯りが漏れているのか、それとも井戸の中自体に光源があるのか、ある程度は見通せる程度の光があるようだ。

 これは以前行ったことのある洞窟でも同様だったことからこのゲームの仕様なのだろう。


「この先にあるのか?」

「そうだと思う」

「見たことがあるんじゃなかったのか」

「そんなこと言ったっけ?」

「言った」


 リリィと軽口を叩きながら井戸の中を進んでいく。

 足下に生えた苔が滑り易くなっていて俺は若干歩き辛いが、飛んでいるリリィには全く関係ないようだ。


「石碑ってあれだよね?」


 真っ先にそれを見つけたリリィが見つめる先には探し求めていた石碑が井戸のなか同様に苔に覆われて立っていた。


「輝石も反応してるし、間違いないみたいだ」


 輝石の腕輪にある石が光る。

 それこそがこの石碑が本物である証拠だ。


「効果を確かめるには……こうか」


 浮かぶ専用のコンソールに表示されるのはこの石碑が宿している効果の詳細。

 治癒魔法効果の増強。

 俺には必要無いが、これならセッカが使えるだろう。

 来た道を戻り、そのことをセッカに告げると一考し直ぐに頷いた。どうやらセッカも自分に有用だと感じたらしい。

 問題だったのはその後だ。

 井戸の中と周囲には何もいないことは既に分かりきっている事なのだが、その気味の悪さというのはどうしても拭い去れない。

 一人になってしまうことを嫌がったヒカルを強引に連れて行くことはできない。それに、ロープとして使っている樹の根も同時に何人もの体重に耐えられる保証はない。

 相談した結果、俺がヒカルとこの場に残り、セッカが単独で井戸の中へと入り、リリィが石碑までの道案内をすることになった。

 再びセッカが俺たちの元へと戻ってきた時にはその首に提げられた輝石のネックレスの四つの石のうちの一つに淡いピンクの色が宿っていた。




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