未知への旅路 ♯.3
画面に表示されているゼロの数を何度数え直しても間違いなくその金額は二千万。俺が以前の工房を購入した時の金額のおよそ百倍。それは個人はおろか、いちギルドですら稼ぐことが難しいような金額だった。
あまりの金額に目を丸くする俺の隣でヒカルがカウンター越しに座るNPCに訊ねていた。
「これ間違いじゃないですよね?」
「はい。この金額で間違いないですよ」
満面の笑顔で答えるNPCに俺はなお顔を引き攣らせてしまう。
「ひとつ聞いてもいいか?」
「なんでしょう」
「このポータルを購入したギルドはあるのか?」
それはこの金額に対して浮かんできた疑問だった。小規模なギルドは勿論のこと、ギルドホームの設備に初期投資し過ぎたギルドもおそらくは購入することが出来なかったのだろう。ならば当然気になってくるのはそれを実際に買ったギルドがあるかどうか。
しかしそれに返ってきたのは「お答えできません」の一言。それ以上何を聞いても答えはしないという明確な意志を秘めた眼差しで俺を見上げている。
「これからどうするんですか?」
困り顔で訊ねてくるヒカルの隣で同じくらい困った顔をしているセッカが俺を見つめてきた。ここに来た目的はギルドポータルの購入。しかしそれは事実上不可能になってしまったことは二人も分かってはいるのだろう。
それでも俺になにか妙案があることを期待して訊ねてきたのだ。けれど俺にそんな妙案などあるはずもなく、一番確実で堅実な方法しか取ることはできない。だから、
「とりあえずは貯金するしかないだろ」
と溜め息交じりに告げた。
ギルドの金庫にある全ての金額を用いてもギルドポータルの購入にまでは遠く及ばない。金庫に入れなかった残りの所持金を合わせたとしてもそれは同様だった。
「ですよね」
残念そうに呟くヒカルが肩を落とす横で俺の意識は別のことに向かっていた。
ギルドポータルの購入のためにお金を貯めるのは決まったとして、もう一つの目的を果たすにはどうするべきか。
「話をするにしてもここは人が多過ぎる。どこか場所を変えたいんだけど」
「……それなら一度ギルドに戻らない?」
「ギルドに? どうして?」
「……そこが一番落ち着く、でしょ」
ギルド会館を出てクロスケの背に乗り自分たちのギルドホームに戻ってきた俺たちはそのリビングとなっている広い部屋に置かれたL字のソファに座り、町で起こったことを確認も含め話し合うことにした、のだがセッカだけはギルドホームに戻って来てすぐに別の部屋へと閉じこもってしまった。
「……おまたせ」
十分ほど経ったころ、セッカはその手に大量のアイテムを持って現れた。
「それって、ユウがボツにしたアクセサリだよね?」
「……そう」
「どうするつもりなの?」
「……売って資金源」
机の上に山のように積まれたアクセサリは俺が作るだけ作って棚に纏めて片付けておいたもの。いつかインゴットにしてまた別のアクセサリに作り変えようと思っていた物でもあった。
「や、それをインゴットに戻したとしても大した金額になんかならないぞ」
「……このまま売るの」
「このまま? このままって、このままか?」
適当にアクセサリを一つ持ち、俺は信じられないとでもいうようにセッカに何度も聞き返していた。
「だめ、なんですか?」
「……駄目じゃない。というより普通に使える性能ある」
戸惑いを見せる俺の代わりにセッカがヒカルの問いに答えるセッカを後目に俺は「ダメだッ」と声を荒げていた。
「俺は自分の作ったもので商売はしたくない。どうしてもというのならそれをインゴットに戻してそれを売ればいい」
「……だめ。それじゃ安くなる」
「俺の作ったアクセサリだってたいした金額にならないだろ」
「……そんなことない。ユウの作ったアクセサリならそれなりの金額になるはず」
「そんなわけないだろ」
握り締めたアクセサリを乱暴にテーブルに叩きつけ、俺はもうこれ以上この場にはいたくないと一人工房の奥へと歩き出した。
工房のドアに手を掛けた俺にヒカルが声を掛けてきた。
「どうしてユウは自分の作ったものを売るのが嫌なんですか?」
一人になりたいと思い工房へと向かったのだが、ヒカルはそんな俺の意図を知りながらも敢えて無視して付いて来ているようだった。
明るい口調で問い掛けてくるのはヒカルなりに俺を気遣っているのかもしれない。
「ユウの作ったアクセサリは他の一般的なアクセサリに比べても遜色無い性能をしていますよ」
そう言ってヒカルが取り出したのはNPCショップで売られているアクセサリと名も知らないプレイヤーが作ったアクセサリ。二つのアクセサリはシンプルな指輪の形をしているがその性能には明確な差があった。
けれど、俺が作ったアクセサリはそれ以上の性能を持っている。
今、俺が付けているアクセサリの内の二つは最初そのアクセサリよりも低い性能をしていた。だから何度も作り直してその都度性能を高めてきた。
先程セッカが持ってきたアクセサリはその練習に作ったもの。だから性能は確かに悪くない。
けど、俺にはどうしてもそれを世に出すことに抵抗があった。
「それでも駄目なんだ」
「どうして?」
理由らしい理由は自分にも解からない。
売ると考える度にもやもやっとした感情が湧きあがってくるだけなのだ。
「素材なら今までも売ってきたんですよね?」
「あ、ああ。最初の頃はそれで金策にしてた位だからな」
「でも、自分の作った物は売ったことが無い、と」
「そうだな。あげたことはあるけど売ったことは無い」
「なら試してみませんか? 実際に売ってみてその反応を見てみるんです」
名案が浮かんだと言わんばかりにヒカルが告げた。
「いくら自分が良いと思っていても売れるかどうかは別の話、それに自分が悪いと思っていても案外すんなりと売れたりするものです」
「なんか、随分自信あり気だな」
「こう見えて私はいろんな個人のお店を見て回るのが趣味なんです。だから良く分かるんです、どれだけいい品でも絶対に売れるわけじゃないって」
「そういうものなのか?」
「はい。リタさんみたいに名前も売れていてその装備の質も高いような場所は例外として、普通の、それこそ個人のプレイヤーが開いているショップなんかは売れることの方が珍しいんです」
「だったらなおさら俺の作ったものなんて売れるはず無いだろ」
「大丈夫です。リタさんが作ったギルドが今度面白いことをするみたいですから」
「面白いこと?」
「ま、それは追々話します」
ヒカルがニヤリと笑い、何かを企んでいるような顔を見せる。
「あ、そうだ。もしユウが自分の名前が知られるのが嫌だっていうのなら、自分の名前を隠すことは出来ないんですか?」
「別に名前が知られるのが嫌ってわけじゃないんだけど」
「そうなんですか?」
「まあな」
「なら何で売るのは嫌なんですか?」
「だから、それは分からないんだけど、なんとなく嫌なんだよ」
なんとなくでは納得させられそうもないなと大きく溜め息をつくと、俺は諦めたように向きを変え再び先程の部屋へと戻ることにした。
俺の後に着いてくるヒカルと一緒にリビングのドアを開ける。ソファの上には先程までと同じ格好でセッカが寛いでいた。
「……もう、いいの?」
「よくは無いんだけどな。二人が諦めないのはよく分かった」
「なんかそれだと私たちが頑固みたいじゃないですか」
「みたい、じゃなくて、正真正銘の頑固だろ。普通は作った本人が売る気が無いって言ったら諦めるもんだぞ」
「……でも、いい切っ掛けでしょ?」
「切っ掛け? まあ、確かにそうなのかもな」
もしかするとセッカは俺の為になると思って強引に話を進めていたのかもしれない、と思った矢先、
「……お金も欲しいから」
「本音はそれか」
肩透かしを食らった気になり肩を落としてしまう。
「何度も言うけど俺のアクセサリが売れたからといって直ぐにポータルが買えるとは思うなよ」
「……ん、わかってる」
「っていうか、どれくらい足りてないんですか?」
「えーっと、いま残っているのが三百万くらいだから、全く足りてないな」
不足分1700万。アクセサリが売れたとしても到底足りる金額ではない。
「そんなにですか」
「そんなに、なんだよ。けど、とりあえずはそのアクセサリが売れてから考えることにしないか?」
「……売ってもいいの?」
「ああ、もう諦めたよ。それに『黒い梟』のためだって思うことにした」
いまなお残るこの感情に説明が付かないのならば、いっそのこと実際に売りに出してみてから考えるのも悪くないかもしれない。
どちらにしろ何か金策を講じなければならないのは変わらないのだから、二束三文だろうと足しになるには越したことはないだろう。
「任せてください。絶対いい感じで売ってみせますから」
「ヒカルが売るのか?」
「違いますよ。さっき言ったでしょう。リタさんが面白いことをするって」
「だからその面白いことってなんなんだよ」
「……ギルド主催のオークションをするみたい」
「オークション? ああ、前にリタが言っていたのはそれか」
「そこでユウのアクセサリも売ってみるんですよ」
「……オークションなら多分、売れる」
「かもしれないな」
自分で店を開いて客を待つのではなく、何かを買うつもりで集まった人に向けて売るのならば確かに売れる確率はそれなりに高いのかもしれない。
「それに実はリタさんには話をしてあるんです」
「……驚いた?」
「ああ、驚いた。だからこれは二人に任せることにするよ」
ヒカルとセッカは初めからそのつもりでリタと話を進めていたのだろう。上手く乗せられたようになったのかもしれないが、ようやくこれはこういう運命だったのだと諦めがついた感じがした。
「それで輝石のことだけど、当てもなく探すのは無謀だよな?」
「でもそれ以外の方法なんてあるんですか?」
「無い。無いけど、ある、かもしれない」
「どっちなんですか」
「心当たりというほどじゃないんだけど行ってみたい場所があるんだ」
「どこなんですか?」
黙って俺の言葉を待っていたセッカも俺の顔を見つめている。
「リリィの故郷。妖精の郷だ」
窓から射し込んだ太陽の光が俺の手の妖精の指輪に当たり眩く光を反射して輝いた。