未知への旅路 ♯.1
運営からのメッセージに添付されて届けられたアイテムを俺は自分のギルドホームの一室に設置された真新しい作業机の上に置いた。
手の平に収まる程の大きさをした四つの宝石が等間隔で菱型に収められた金属のプレートは送られてきた運営のメッセージによると『輝石』と呼ぶらしい。
作業机にはその輝石の他にも各種インゴットと細工のための道具が並べられている。
輝石をお守りのようにして持ち歩くだけで効果を発揮するらしいが、生産職の身としては輝石をそのまま持ち歩くのは些か味気ないというものだろう。
メッセージには輝石の効果の一端が記されていただけでその輝石自体に手を加えてはいけないとは書かれていなかった。
禁止されていなければやってみたいと思ってしまうのは人の性。
頭の中には既に何を作るのか、その完成形のようなものはおぼろげながら存在している。
後はそれを現実に昇華させるだけだ。
使うインゴットは銀。腐食に強く、比較的形も変えやすい。
これまでお蔵入りになったものから今装備しているものまで数多くのアクセサリを作ってきた。だから銀の細工はお手の物だ。
インゴットを伸ばし、折り畳み、曲げる。
綺麗な筒の形になるまで、何度も何度も繰り返す。
数十回繰り返した後に、銀インゴットは一つの腕輪へと姿を変えた。
「さあ、ここからだ」
誰に向けたわけでもなく呟いた。
腕輪の基礎となるものは完成した。後はこれに輝石が収められたプレートを付けるだけ、なのだが、それが一番難しい。輝石自体を傷付けるわけにもいかず、下の金属プレートだけを腕輪の反りに合うように曲げなけれならないのだから。
慎重に慎重を重ね、少しづつ金属プレートを曲げていく。
ピタリと反りが合ったその刹那を見極めて、輝石の収められたプレートと腕輪を溶接する。
次の行程は冷やし固まった腕輪を磨き上げること。
くすんだ銀色だった腕輪の本体に光沢が宿り、曲げられた輝石の収められたプレートも同様に輝きを増した。
しかしながら肝心の輝石はお世辞にも輝きがあるとは言えない。これならば川の中で稀に見つけるガラスの欠片の方が綺麗だと感じるだろう。
「画像にあったのとは違うけど、一応はこれで完成……で、いいんだよな?」
手の中にある腕輪の名称が『輝石の腕輪』に変化したのだから当初の目的は成功した、と言えなくはないはずだ。輝石が収まっているただ金属プレートから、装飾品である腕輪へと姿を変えることができたのだから。
しかしこれでは質の悪い、それこそ俺の作った失敗作や実用に足ると判断しなかったアクセサリと大差ない。明確な違いや性能の差を求めるのならば、やはりこの輝石を使えるようにしなければならないらしい。
「あー、それなんですか?」
完成した輝石の腕輪を作業机に置き、使用した道具類を片付けているとヒカルが興味津々といった様子で俺の元へと近づき、作業机の上の腕輪を覗き込んできた。
ヒカルの後に続きセッカが作業部屋に入ってくると俺の作り上げた輝石の腕輪を一瞥しそのまま俺の方を向き訊ねた。
「……今日は早いんだね」
「そうか?」
「……そう。いつもは大体夕方過ぎか深夜にしか来ない」
「まあ、俺は現実では高校生だからな。休日でもないと朝からログインはできないよ」
道具を片付け終えた俺はそのまま作業机の上に置かれていた輝石の腕輪を右腕に付けてみることにした。
左腕には既に呪蛇の腕輪が付けられていることもあって新たに腕輪を付けるならば右腕に付けるしかない。剣銃を使う利き腕が右だからあまり装飾品を付けたくはない。そう考えていたがこうして付けてみればそれほど気にすることではなかったのだと思えてくるのだから不思議だ。
できる限り軽くなるようにと作ったのは自分だが、ここまで軽くなるとは思ってもいなかった。
知らぬ間に俺の細工の腕が上がったということか。
「あの……それって輝石ですよね?」
俺の右手を指差しヒカルが訊ねてきた。俺は「そうだ」と言い頷くとヒカルとセッカは一瞬で同じような表情に変わった。
その表情には見覚えがある。
ギルド『黒い梟』を作り、新たに鍛冶と細工と調薬の設備と道具を買い揃えた時に二人が俺に武器の修理を頼んできた時の顔と全く同じだった。
あの時は同じギルドに属しているのだからと断らなかったがそれ以降、珍しい鉱石や薬草を見つける度に俺に何か作れないかと聞いて来るようになった。俺も自分が知らない鉱石や薬草には興味を惹かれたし、何か真新しいものが作れるものかと試作をしてみたいと思ったことから断らなかったのも悪かったのかもしれない。
ここ最近の俺はエリアやダンジョンに出て冒険をするというより、自分の作業部屋に篭り生産をしてばかり。楽しいからいいのだが、現実の体は自分の部屋のベッドの上に横たわり動かないというのに、ゲームの中でも引き籠るのは些か不健康というものだろう。
ハルにもそう思われていたらしく、一度クエストに誘われたこともあった。
そこまで心配しなくても、というのが本音だが、友達の誘いを断ってはダメと偶然会ったリタに説教をされた。
「あの……」
「……おねがい」
ボーっと昔を思い出していると、ヒカルとセッカが俺を見上げ目を潤ませている。
通称『おねだりポーズ(命名ヒカル)』。これが最近追加されたモーションエフェクトなのだと以前自慢げに話してきたが、どう練習しても俺には再現不可だった。
「はあ……わかった。どんな形がいいんだ?」
この顔をした時のヒカルとセッカは引かない、諦めない。何を言っても無駄なのだと思い知らされ、最近はもう俺の方が諦めている部分があった。
「私はチャームが良いです。なんか可愛いの」
「……ペンダントがいい」
二人の要求はアクセサリとしては一般的な形だった。
作成難度はそう高くない。問題は使用するインゴットだが、これも最近は二人のおかげで余る程集まっている。
「二つ同時には作れないからな、どっちから先に作るか二人で決めてくれよ」
使用するインゴットをどれにするか考えていると、俺の後ろで二人が順番決めのジャンケンを始めていた。
チャームなら軽い金属。常に身に付けるペンダントなら腐食に強いものだな。
腐食に強いならば銀でいいだろうが、軽いものとなるとアルミが適当か。
作業部屋の壁に沿うように置かれた棚にあるインゴットの在庫にもその二つはまだ在庫があったはずと、棚を探していると、どうやらジャンケンに決着がついたらしく、
「……私のから作って」
と、セッカが告げてきた。
負けたヒカルはがくりと肩を落とし椅子に座っているみたいだが、それも自分の番となれば直ぐに機嫌は元に戻るだろう。
「どんな形がいいとかあるか?」
「……任せても、いい?」
「ああ。別にいいぞ」
とは言ったもののどうするか。
ペンダントならば首に掛ける鎖の太さや長さ、そしてペンダントトップの装飾のデザインが自由に出来るが、今回ペンダントトップの基本的な形は輝石の収まっているプレートを基調にしたものになるだろう。そう思うとあまりバリエーションは付けられないかもしれない。
「それじゃ作ってみるぞ」
「……うん」
満面の笑みを見せながら俺の手元を覗き込むセッカの期待を裏切るわけにはいかないのだがペンダントの鎖の部分は一から作りだすには手間と時間が掛かり過ぎる。
そんな懸念を予め予想され用意されているのか、時間を短縮させる方法としてはいくつか存在する。
元々作ってあるものを流用するのは勿論のこと、一度作ったアクセサリの形ならばそれをレシピノートというものに記憶させて同種のインゴットを使用することでそれを再現できるという機能だ。これのおかげで生産職のプレイヤーは個人のシンボル的な形を様々なものに付けられるようになっていて、自分が作り上げた装備に付ける生産者を示すための飾りなどに用いられている。
俺の場合は個人を示す必要はない。だから基本的なアクセサリのベースの形を記憶させていた。
今回製作するペンダントの鎖も太さと大きさが違うものが数種類。再現するのはその内の一つ。光沢があって細い、男性用ではなく女性用のアクセサリに良く用いられる形の一つだった。
ギルドホームの工房に置かれたレシピノートを捲り、目的の鎖の画像が載っているページを探す。
厚い背表紙が装丁されたレシピノートにある目的のページを見つけ出した俺はそれにそっと触れると普段使っているコンソールと同じものが浮かび上がった。
浮かぶ画面には作りますか? YESorNOの選択肢。
YESを押すとその瞬間に用意していたインゴットが消え、一本の鎖が出現した。
長さのあるその鎖を手頃な長さに裁断し、取り外しの為の器具を取り付ける。
簡単だがこれでペンダントの基本となる鎖は完成だ。
そして本番。輝石が収められたプレートをペンダントトップへと変形させなければならない。
俺が腕輪に輝石を付けた時は曲げて腕輪の反りに合うように形成すればいいだけだったのだが、ペンダントトップとなればそれだけで一つのアクセサリとして形を成してなければならない。
この鎖に合う形となると輝石の下にあるプレートを頭の中にある形になるように削り、石だけになるようにすればいいはずだ。
ヤスリを使って削っていくと輝石が四つ並ぶプレートがそれぞれ独立し輝石が前面に押し出された別々の四つの小型プレートになった。
分割された輝石のプレートにそれぞれ余らせていた鎖を取り付ける。その後に輝石の一つに小さな輪を溶接し、それに先程作っておいた鎖を通すことでペンダントが完成した。
「これでどうだ?」
出来たてホヤホヤのそれをセッカに手渡したのだが、直ぐに「……付けて」と言いながら返されてしまった。
梃子でも動かないという意思を秘めた目で見つめられれば、俺は諦めるしかない。
深く溜め息を吐きながら、
「わかったから、せめて後ろを向いてくれ」
「……ん」
俺の指示通りに後ろを向くセッカに俺は照れながらもペンダントを付けてあげた。
するとセッカは笑みを見せ、
「……ありがとう」
「こういうのは勘弁してくれ」
「……照れてる?」
「慣れてないだけだ」
図星を突かれ俺は顔を背けた。が、背けた先で待っていたヒカルが頬を膨らませ明らかな不機嫌顔を見せつけてくる。
「あのぅ」
「なんだ?」
「次は私の番ですよっ!」
「ああ、わかってるって。ヒカルはチャームで良いんだよな?」
「そうです。うんっと可愛いのにしてください」
「努力するよ」
余った鎖と削りカスを棄て、俺はヒカル用にと準備していたインゴットを作業机の上に置いた。
チャームを作るならば鎖の部分はペンダントよりも太く頑丈なものでなければならないのだが、あまりに頑丈さだけに固執すると可愛さの欠片もないデザインになってしまう。ペンダントと仰々しい鎖の中間の太さになるようにレシピノートから選ぶと先程と同じようにインゴットが消え、代わりに適したデザインのチェーンが出現した。
輝石が収められたプレートはドッグタグのようにしてもいいのだけど、可愛くというリクエスト通りにするならばそれは駄目、なのだろう。
とすれば一枚のプレート状のまま形成するしかない。
板状で片面に輝石が収められたいる以上、自然と俺が作れる形は限定してしまう。スキルレベルが上がればもっと複雑な形も作れるのだろうが現状できるのはここまでだ。
プレートを削り、形成し、でき上がった形はトランプのクローバーのような形だった。
輝石が収められたプレートはタグの形になり、それを先程のチェーンとくっつける。
完成したチャームはまだ鈍い元のインゴットの色のまま。それを磨き上げることで完成した。
「どうだ?」
「さっきよりも簡単に出来あがった感じがするんですけど」
「それはまあ、ペンダントとチャームだからな。作り易さが違うさ」
「なんか釈然とませんけど、まあ良いです」
「いいのか?」
「可愛くは出来ていますから。どうですか? 似合ってますか?」
ヒカルがチャームを取り付けたのは腰に取り付けた革製のベルトポーチ。そのベルト部分にある金具にチャームの金具を付けたのだった。
「ああ、似合ってる、似合ってる」
「へへー、そうでしょう。このベルトポーチ昨日やっと完成したんです。なんとなんとリタさんのとこで作って貰ったんですよ」
「へえ、リタのとこでか」
「どうですか? いいでしょー」
見慣れないと思ってはいたが、リタに作って貰っていたとは。以前ヒカルがいつかはリタに装備を作って貰いたいと言っていたのを思い出し、ようやく自分の力でそれを叶えられるようになったのだと思うと、なんだか感慨深くなってしまう。
「とりあえずは全員分が出来たってことでいいな?」
俺は腕輪、セッカがペンダント、ヒカルがチャームと見事にバラバラに出来あがったがこれはこれで各人の個性が出てると思えばいい。そもそも配られたままで所持してもいいのだから、形自体にはそれほど意味がないと考えるのが妥当だろう。
それに輝石を取り付けたことで全部のアクセサリの名称に『輝石の』という冠詞が備わった。
『輝石の腕輪』『輝石のペンダント』『輝石のチャーム』
出来あがったアクセサリをそれぞれ身に付けた二人が頷き、俺もそれに応じるように頷いた。
「それじゃ行こうか?」
「……行くって――」
「どこにです?」
輝石を本当の意味で完成させるにはそれぞれに効果を付与しなければならない。そしてそれぞれに効果を与えるには別々の大陸に行く必要がある。
だから、まずは近場から。
「探しに行くのさ。これに付ける効果ってヤツをな」
自分の右腕に嵌められている腕輪を見つめ、告げた。




