♯.11 『工房から再開』
翌日。
約束の時間に工房に現れた俺を待っていたのは全身の装備を一新したリタだった。
何かの動物の革で作られたエプロンに動き易さを重視したツナギのような服。自ら選んだ専用の武器である大剣が実用性重視の防具に比べて妙に浮いて見えるその格好はとある目的のためだけに作られている防具なのは明白だった。
「ユウくん。待ってたよー。時間ピッタリだね」
俺が向けている好奇の視線など気にしてないのか、リタは晴れやかな笑顔で手を振っている。
「まあな。それで、例の≪細工≫スキルを習得できるってのはどこなんだ?」
「秘密。でも行けばすぐに解ると思うよ」
「そうなのか? まあそれなら別にいいんだけどさ」
「ささ、案内するからついて来て」
工房を出て目的の場所を目指して町を歩く俺たちに向けられるのはどれも好奇の視線。
リリースされて二日目に初期装備以外の服を着たプレイヤーというもの自体が珍しいのか、それとも武器と防具のアンバランスな組み合わせが目立っているのか。あるいは完全な初期装備のままの俺がそうでは無いプレイヤーと一緒にいることが目立っているのか。
それともリタという女性プレイヤーとユウという男性プレイヤーが二人組のパーティを組んでいるかのように歩いているのが珍しいとでもいうのだろうか。
(ま、最後の可能性が一番高そうなんだよな)
一人でぼんやりと考えている俺は名も知らぬプレイヤーたちの視線が向けられている先が俺たち二人にではなく、リタ一人に向けられていることに気が付いた。
(いくら自由に作れるキャラクターだとはいっても、リタはかなりよく作られてるっぽいからな)
昨今、VRかそうでは無いかに問わずゲームをする人の男女比は同じくらい。それは老若男女全てに受け入れられるようにというコンセプトのゲームが少し前に流行し、他のゲームでもその流れを汲んだものが一般的になっているからだった。
それでもゲームのジャンルによっては多少の偏りがあるのは普通なのだが、この【ARMS・ONLINE】というタイトルは男女比というものについてはそれ程偏りがあるわけでは無いらしい。しかしながら、基本的に現実の性別と違うものにすることの出来ないこのゲームの町中で見かける一人気ままに行動しているプレイヤーは男性の方が多かった。なんでもその理由は男女によってプレイの傾向に違いがあるかららしい。
なんでも女性のプレイヤーは決まったパーティで活動することが多いのに対して男性のプレイヤーはソロを選ぶ傾向が強い。ソロプレイに行き詰まりパーティを組もうと考えた時には既に出来上がっているパーティに入れてくれなどとは言い出し辛く、結局同様の事情で町にいる他のプレイヤーと臨時のパーティを組むことが多いだと、以前ハルがベータテスト版をプレイしていた頃に自己分析の一つだと話していたことを思い出していた。
今が朝の十時という時間でも、休みの日ともなれば町にそれなりの人数がいる。これが夜というMMOのゲームで最も人の数が多い時間帯だったのならば、町はどれくらいの人で溢れているのだろうか。
普段人のそう多くない場所に住んでいる俺はそのようなことを想像するだけでゾッとしてしまった。
「なあ、一ついいか」
「何かな」
「その格好は何だ?」
リタのついでとはいえ、周囲のプレイヤーから好奇の視線を向けられることに耐えきれなくなった俺は気にしないでおこうと思っていたことを言葉に出してしまっていた。
正直、今の自分の装備はシンプルなデザイン過ぎて全くと言って良いほど格好よくも可愛くもない初期装備だが、隣に並ぶリタの装備よりは幾分かまともに見える。
見た目通りの意図があってその格好をしているのだとしても、折角のキャラクターの容姿なのだ。外見にもう少しだけ気を使った方がいいのではないかと思ってしまうのも無理はないだろう。
「そんなに変かな?」
「あ、いや、ちょっとだけ」
よくよくリタの防具をじっくり見てみれば、腰のベルトには厚手の革手袋が、革エプロンのポケットには長く使っていた感じの色合いをしているペンチと金鎚が入っているのが見えた。
全く、嫌になるほどの実用性重視だと溜め息が出る。
「ま、まあ。使いやすいからいいのよ」
リタの言うようにその格好で生産職としての作業をするには便利なのだろうとは思う。尤も俺が同じ格好をしたいかと問われれば答えはNOだが。
「そういえばだけどさ。リタの選んだ武器は両手剣だったよな」
微妙に気まずくなった空気を変えるために話題を逸らす。
リタの装備の中でアンバランスに思えていたのは何も服の組み合わせだけではない。自分の身長ほどの大剣を軽々と背負っている姿も十分に人目を引いているのだ。
「正確には両手用大剣だね。こう見えて意外と使いやすいんだから。これでモンスターをズドンって一刀両断にするの」
「へ、へえ……一刀両断…」
モンスターを前にしながらも身長と同じくらいの大剣を振り回すリタの姿を想像すると思わず笑ってしまいそうになる。
「…何か言いたいことあるのかな」
「あ、いや。レイジボアーに襲われてた時はその大剣どこに置いていたんだろうなって思ってさ」
誤魔化すように咳ばらいをしてから問いかけた。
巨大な猪のモンスターのレイジボアーに追われていた時のリタは今のように大剣は背負っていなかったはず。出来るだけ身軽になって逃げようとしていたのだろうとも思ったが、こうして軽々と担いでいる姿を見た今となっては自分の専用武器である大剣を棄てて逃げたとは考えられない。
「ユウくんも採掘したことがあるから解かると思うけどさ、ピッケルを持つ時っていうのは武器は持てないでしょ」
「…まあ、そりゃあ、な」
「それに大剣は大きな武器種だからね。しゃがんだりするとこんな感じで切っ先が地面に当たるのよ」
歩みを止めてその場でしゃがみ込んだリタが言うように大剣の切っ先は地面の石畳に当たっている。
「だから私はいつも採掘や採取の時は武器をストレージに戻すことにしてるの」
「専用武器をストレージに入れることなんて出来るのか?」
「出来るよ。ただ、戦闘になっても直ぐに取り出せなかったりするから生産職以外でしてる人は滅多にいないけどね」
滅多にいないと言われればその通りなのだろう。現に俺もそのようなことをしている人をリタ以外で見たことは無かった。
採掘の為にピッケルを使う時は剣銃を腰のホルダーに片付けなければならない。だから俺は先に周囲のモンスターを討伐することにしていたのだ。
剣銃のようにサイズの小さな武器ならば防具にある定位置に戻すだけで十分だが、リタの持つ大剣のように大きな武器となるとただ単に元の位置に戻すだけでは採取作業に影響を及ぼすものもあるということだ。それなりの重さのあるピッケルを振るうということは全身を使うことであり、それを用いる採掘の時にはその巨大な武器が邪魔になってしまい、採掘結果にだって幾分かの影響を及ぼすことがあるのかもしれない。
だからリタは戦闘における危険を冒してまで大剣をストレージに入れていたということらしい。
「というかそもそもだけどさ。なんで邪魔になるって解っててそんな大きな武器を選んだんだ? 生産職をするつもりならもっと扱いやすい武器種だってあったんじゃないのか?」
例えば剣がいいのならば片手剣というように、どの武器種にだってもっと扱いやすい武器だってあったことだろう。生産職になるのだと決めていたのなら、それこそ自分の武器選択は扱い易さ重視で決めたっていいはずなのだ。
だが、リタはそれをしなかった。だからなのだろう。俺としてはそのことが不思議で仕方なかった。
「まあ、それはそうなんだけどさ。私ってチマチマと攻撃するっていうのが性に合わないのよね。どっちかといえば一撃ででっかいダメージを与えるほうが好きっていうか、なんというか。ベータテストの時に使っていたのも大剣だったし、今更新しい武器種の練習をするのも面倒だったからさ。それに、これから私のステータスはどんどん生産職寄りになっていくと思うから、戦闘ではできるだけ武器補正が得られるほうが都合が良いのよね」
これが経験者の言葉というものなのだろうか。確固たる理由に後押しされながら自分のプレイスタイルを築いているリタは自分の選択に迷いを抱いてはいないように見えた。
「他にも理由を上げるならスキルも戦闘用のはあまり育てられないと思うし、単純に攻撃力の高い武器を選ぶと自ずと大きな武器になってきちゃうの」
俺が知る大きな武器と言えばキャラクタークリエイトの時に見た盾付きのランス、大斧、大鎌、それにリタが持っているような大剣。その多くが武器種のどこかに『大』という文字が入った武器だったような気がする。
「ま、こう見えて私も色々考えているんだよ」
「へえ。意外だな」
「こう見えてって言ったでしょ。それに意外って何よ。まさか何も考えていないとでも思ってたの?」
「少しだけな」
「もうっ」
リタが心外だというように頬を膨らませた。
穏やかな空気を感じながら歩いていると、町の中心部に近づいていくに連れてプレイヤーやNPCといった人の数が増えていった。そこにはこれから冒険の準備を始めようとしている人もいる。昨日の俺と同じように生産スキルを習得するための何らかのクエストに向かう人もいる。
様々なプレイヤーとすれ違いながら進んでいると、どことなく金鎚を打つ音が聞こえてきた。
「この町も活気づいてきたね」
感慨深そうに呟くリタはベータテストの頃の町の様子を思い出しているように感じられた。
「ん? もしかして、あそこじゃないのか」
視線の先にある店の看板にはアクセサリショップとカタカナで店の内容そのままの文字が並んでいる。昨日訪れた鍛冶屋に比べると程よく飾り付けられた外観は現実で言うところの町にある色んな雑貨が売られている個人経営の小物屋という印象を受けた。
その店の窓から覗く店内に並べられている小物はシンプルなデザインの指輪やネックレス、変わったところでベルトのバックルのようなものまである。なんでもかんでも雑多に同じテーブルの上に置かれている様子からは店主の独特なセンスが窺える。
「さ。行くよ、ユウくん」
「あ、ああ」
リタがアクセサリショップのドアを開ける。すると開けれれたドアに連動して備え付けられている大きめのベルがカランと鳴り来客を告げたのだった。
「こんにちわー」
大きめの窓から差し込む陽の光が店内を照らしている。それなのに妙に暗く感じるのは窓から見えない辺りのテーブルに並んでいるアクセサリの形状所以か。
「いらっしゃい」
店の奥から出てきたのは19世紀の西洋が舞台の物語によく出てくるような給仕服の上からフリルのついたエプロンを着た女性。明らかに鍛冶師NPCとは見てくれから違うのだが、不思議とあのオッサンと同じような雰囲気が見られた。この空気はNPCだけが漂わせる独特の空気とでも呼べばいいのか、プレイヤーが操作するキャラクターからは感じられない何かであることは確かだ。
「あら? 何か御用かしら?」
「≪細工≫スキルを教えて貰いたくて来ました」
リタがそう告げると女性NPCは僅かに表情を変えたように見えた。
「そちらの方も?」
女性のNPCが入り口近くで立ち止まっている俺に訊ねてくる。
「あ、はい。俺も…です」
顔はにこやかに笑っているものの、纏っている雰囲気は鍛冶師NPCのそれによく似ている。それは同じNPCだからという以前に、同じ熟練の生産職がこれまで築き上げてきた実績に対しての自負とそれがもたらす自信がその目や全身から滲み出ているように感じられたからだ。
「ではまず自己紹介をしましょうか。私の名前はドーラ。ここでアクセサリショップを営んでいます」
NPCにも名前があるのかと驚いている俺の横にいるリタは平然とそのままの様子で、
「私はリタで彼がユウ。もう一度言わせてください。私たちはドーラさんに≪細工≫スキルを教えてもらうために来たんです」
と告げていた。
NPCが相手とはいえ深々と頭を下げるその姿からは礼儀正しいという印象以前に、NPCもプレイヤーと同等に扱おうとしているリタの姿勢が窺えた。
「わかりました。私があなた方お二人に≪細工≫スキルをお教えしましょう」
ドーラがそう言うと俺は新たなクエストが発生すると思って身構えた。≪鍛冶≫スキルの時はここから素材を取りに行かされたのだ。今回もどこかのエリアに出てアイテムを採取して来いと言われるか、もしかすると珍しいモンスター素材を集めてこいなどと言われるかもしれないと思っていたのだが、どういうわけかドーラは俺たちを残して店舗の奥に引っ込んでしまった。
取り残されてしまい何をすればいいのかすら分からないまま立ち尽くす俺を余所にリタはドーラを追いかけてアクセサリショップの奥に向かっていく。
「なにしてるの? 早く行こうよ」
「ん、ああ。わかった」
アクセサリショップの奥に続くドアを開けて顔を出すと立ち尽くしている俺を呼んだ。
おそらくはβ版でも同じスキルを習得していたリタはこれから何が起こるのかを知っているのだろう。既に≪細工≫スキル習得のための何かが始まっているのだと信じることにして、俺はリタの後に続きアクセサリショップの奥へと入っていった。
「最初にあなた方はどのようなものを作るつもりなのですか?」
アクセサリショップの奥にあったのは大きめの机とそれに合うように作られた木製の椅子。壁に沿って置かれた棚には完成品のアクセサリと作成に使ったと思われる道具が綺麗に並べられていた。
「私は金属の細工をするつもりです」
「あなたは?」
「俺も同じ、です」
「そう」
腰のホルダーに収められた剣銃に触れながら告げる。後々戦闘に使えそうな性能を持つアクセサリを作れるようになれればいいと思うが、今の目標は剣銃の強化だ。
リタは≪細工≫スキルを武器の強化に使用するわけではないのだから純粋にアクセサリを自作するのこと、あるいは防具の装飾の作成だろう。真っ先に俺がしようと考えていたのと同じ金属細工を告げたのは金属製の防具を作っていくという先のことも見据えているからのはずだ。
「でしたらこれに何かを彫ってみてくださいな」
俺たち二人にドーラが渡してきたのは一枚の金属板。薄く小さいそれを触った感じではネームタグなどに用いられる類の素材のようだ。
「なんでもいいんですか?」
「はい」
確認するかのように問い掛けたリタにドーラは即座に頷いた。
彫るべきモチーフなどの指定はない。つまり、自分の思うがままに彫刻をしてみろということだろう。
「それで私が十分な出来だと判断したら、次の行程に進んでもらいます」
どうやらドーラを納得させられる彫刻が出来なければずっと同じ作業を繰り返すということになるらしい。
そして困ったことに次の行程に進むと言われても俺は何をするのかさえも知らないままだ。
「ちょっと聞きたいんだけど――」
説明を求めようとした時、俺の質問を遮るようにドーラが言った。
「道具はここにあるものを自由に使ってくれて構いません。それでは始めてください」
そして俺に準備する時間など与えられないまま、ドーラがパンっと手を叩いて作業の始まりを告げたのだった。
17/5/14 改稿