拡張するセカイ ♯.20
鎧を纏うNPCとベルグの戦闘は鬼気迫るものがあった。
ベルグが打ち出す拳が鎧を的確に捉えるが、妙なことに効いている感じは見受けられない。それはさも痛覚など無い人形と戦っているかのようだ。
確実にダメージを与えたと思っても次の瞬間には元に戻る。
鎧を砕いたとしてもすぐに復元されてしまう。
まるで無意味な攻撃をしているかのような錯覚がベルグの精神を徐々に追い詰めていった。
「どうしたんだ? キツそうじゃないか」
シェイドとの戦闘を離れベルグの元に駆けつけて言った。
横目で俺を見て、ベルグは肩で息をしながらも微かに笑う。
「お前こそ、皆を放っておいていいのか?」
「ベルグがもっと早くこいつを倒してくれれば俺が来る必要もなかったんだけどな」
「はっ、言ってろ」
「シェイドを集めているのはこいつが持つ笛だ」
「ということはこいつを倒さない限り終わらないってことか」
「そういうことだ」
鎧を纏うNPCが持っている笛を棍棒のように振り降ろしてきた。
俺とベルグが立っていた場所に出来る地割れが笛の一撃の程を物語っている。
剣銃の銃口を向ける。
浮かび上がるHPバーは一本だけ。しかしそれはこれまでベルグと戦っていた痕跡すら無いように全快状態のまま。
同時に見えてくる名前も不吉極まりないものだった。
『呪われし者』
ボスモンスターなのではなく、ただのNPCのはずが、その名前は既に人ではないことを表しているようだった。
引き金をひき銃弾を撃ち出す。
鎧に当てたのではダメージを与えられないのかもしれないと敢えて鎧を避けて銃撃を放ったのだが、どうやらそれは間違いだったようだ。
剥き出しの頭部を撃ち抜いたハズがまるで意味など無いと言わんばかりに頭部に出来た穴が瞬時に塞がってしまう。
それと同時に一瞬減ったHPも元に戻ってしまったのだ。
「どうなってるんだ? ベルグが使っていた時も回復、というよりも再生か。そんな機能なんてあったのか?」
「ない。これはおそらくあのNPCが鎧に呑まれた結果生じた効果のはずだ」
俺の問いに答えながらもベルグは休むことなく拳を打ち込んでいた。
一撃一撃が命中するごとによろめきすぐに元に戻る様はさならがゾンビのよう。
攻撃も、歩くことすらゆっくりとした動作が呪われし者の気味悪さに拍車をかけている。
「倒し方は?」
「単純なことだ。再生される前に倒しきればいい」
「出来るのか?」
「やるしかないだけだ」
渾身の拳が呪われし者を捉える。
激しい衝撃が生じたように吹き飛ぶ呪われし者のHPバーがガクンと減少し、砕けた鎧の欠片が周囲に舞う。
普通の戦闘なら大きなダメージを与えた後は一度体制を整え、反撃に備えたりするのだが、今回の相手はそうはいかない。休む間もなく追撃を与えようとベルグが拳を握ったまま駆け出す。
倒れた呪われし者にもう一度拳を振り降ろそうとしたその刹那、砕け散った鎧の破片がまるで動画の動画の逆再生を見ているかのように鎧の元に集まり、減っていたHPごと砕けた鎧を再生させてしまった。
「ぐおっ」
動きが遅いと言っても攻撃に移る動作に入っていては回避など出来るはずが無い。
腹部を笛で殴打され反対に吹き飛ばされたベルグが地面を滑るようにして俺の立っている場所に戻ってきた。
「あ、おかえり」
「クソッ」
「再生が早いな」
「見れば解かる」
「だったら吹き飛ばすのは得策じゃないだろ」
「ヤツが勝手に吹き飛ぶんだ」
取り出したポーションを使いHPを回復させたベルグが乱暴に空になった瓶を投げ捨てた。
「お前こそ、見ているだけか?」
「そんなつもりはないんだけどね」
「言っておくが、お前お得意の強化術は使っても無駄だぞ」
何故と問い掛けるように視線を向ける。
「ヤツに近付けばわかるがあの鎧は常時周囲の魔法効果を吸収している。お前が使う強化も魔法の類なのだろう」
「ってことはベルグは腕力だけでヤツをふっ飛ばしているのか」
「何か問題があるか?」
「滅茶苦茶なヤツ」
「はっ」
驚く俺を鼻で笑いならがベルグは再び立ち上がった。
「準備はいいか?」
「ああ」
「なら今度は二人で行くぞ」
返事を待たないまま俺は駆け出し、それを追い駆けベルグが並ぶ。
拳と剣。
二つの武器が同時に呪われし者を撃ち抜いた。
ベルグの拳によって鎧は砕け、俺の剣によって笛を持つ腕は切り落とされる。
与える衝撃も今度は吹き飛ばすまでいかずに呪われし者の耐性を崩すまでに留まった。
「休むなよ」
「解かってる」
返す刀で砕けた鎧を斬りつけ、もう一つの拳がさらに鎧を砕く。
鎧を纏っていても呪われし者の防御力はかなり低いようで、俺たちの攻撃は一撃一撃が必殺の威力を持っているように呪われし者のHPを大きく削り取っていく。
言葉にならない呻き声を漏らし呪われし者が地面に膝をついた。
俺の目に映る呪われし者のHPバーは既に全損状態になっていた。
一度攻撃の手を止め距離をとると俺は溜め込んでいた息を吐き出す。
「さあ、どうなる?」
HPを失えば消える。
それがこの世界の法則であり、唯一モンスターとプレイヤーに共通することだった。
法則に則っているいるのならば呪われし者はこのすぐ後にも消えてしまうだろう。その時、残るのは鎧と笛だけなのか。それとも鎧も笛も巻き込んで消えてしまうのか。
注意深く様子を窺っている俺の目に移り込んで来たのはそのどちらでもない、予想外の現象だった。
砕けていた鎧が元に戻ろうとして集まってくるのは先程目の前で見たことだ。装備者のHPが全損してもなおその機能が生きていたことには驚いたが、アイテムとして元の状態に戻っているだけなのだとしたらさして問題ではないことのようにも見える。
しかし目の前のそれは先程と同じとは思えない様相を表していた。
集まってくる破片は装備者すら呑み込み鎧の一部へと変化させている。呪われし者が持っていた笛ももはや別個のアイテムではなく鎧の一部としてしか存在していない。
「終わった、わけじゃなさそうだな」
鎧の欠片が全て集約したその時、全損していたHPバーが全快状態へと戻り、表示されている名前にノイズが生じ、別の名前を映し出した。
『吸魂の鎧』
それはアイテムの名前なのか。それとも目の前に現れたモンスターの名前なのか。
確実なのはどちらともとれる名前が俺たちの敵として、目の前に現れたということだけだった。
「来るぞっ」
吸魂の鎧が真っ先に狙いを付けたのはその本来の持ち主だったベルグだった。
何かを撒き散らしながら迫りくるその様は恐怖しか与えない。
「――チッ」
舌打ちをし両手を交差させて防御姿勢を取りながらも吸魂の鎧の一撃はベルグを簡単に吹き飛ばしてしまった。
「ベルグっ!」
壁に激突するベルグを心配し吸魂の鎧から視線を外してしまったのが良くなかった。視界の外から襲う衝撃が俺を反対側の壁へと叩きつけていた。
予想外のダメージに体を硬直させた俺に吸魂の鎧の追撃が襲いかかる。
振り降ろされるのは笛と同化した腕。
じっと体を固め、攻撃を耐えていると、その度に撒き散らされているものの正体に気付いてしまった。
それは装備者だった者の体の欠片。
鎧が修復するのと同時に朽ち果ててしまった人の体が細かな塵のように風に待っていたのだ。
「俺を忘れるなよっ」
背後から繰り出されるベルグの拳が鎧に拳大の穴を空ける。
「なっ」
あまりにも空虚な手応えだったのだろう。驚いた声を出すベルグを吸魂の鎧は我武者羅に振りほどいた。
「お、おおおおおお!」
ベルグの攻撃によって出来た僅かな隙に俺は壁から離れ、剣銃で笛と同化していた腕を斬り落とした。
腕から離れ地面に落ちたその時、笛と鎧の腕部分は瞬く間に塵となってしまう。
「砕けろっ」
そう叫ぶベルグが言い放った言葉通りに、突き出された拳によって吸魂の鎧の頭部が波に浚われた砂山のように崩れさった。
「これでもダメなのか」
腕と頭部を失い、それでもなお動く呪われし者のHPは未だ一ミリたりとも減ってはいない。
しかしこれまでのように腕や頭部が再生する気配もないのはどういうことだ?
呪われし者の体を形成しているものが普通のモンスターとは違い屍肉だとすれば、それを破壊しても意味が無いということだろうか。
ならば確実に存在するはずだ。
意味の無いものを束ね、意味のある物へと変えている何かが。
思い出せ。
呪われし者が吸魂の鎧であった時のことを。
吸魂の鎧が吸魔の鎧であった時のことを。
そして、吸魔の鎧がベルグの鎧だった時のことを。
「教えてくれ。ベルグが使っていた時と今とで何か違っているとこはあるのか?」
「違う所、か。ここまで変化していては何もかもが違うようにも見えるが」
ただの装備品とモンスターでは確かに違いしかないのだろう。
「なら、同じところは? ベルグが持っていた時と変わらないものはあるのか?」
各形態を比較しても意味はないのかもしれない。比較すべきは現在と最初の二つのみ。そして間違い探しをするのではなく、正解を探す。全てが変わってしまったように見えても確実に変わらないものがあるはずなのだ。
それはただの直感だった。
その変わらない何かが唯一の弱点になり得るのだという確証は無い。けれどどれ程砕いても平然としている呪われし者を倒すにはその何かに賭けるしかない。そんな風に感じられたのだ。
「ある、あるぞ。鎧の胸部。そこにある彫刻だ」
ベルグの言葉の通り、呪われし者の鎧の胸部、装備者の心臓の近くになる場所にはこぶし大の金属プレートが埋め込まれていた。
彫られているのは読めない文字が作る何かの図形。
それが呪われし者のウィークポイントなのだとすれば。
なんとなくそう理解していながらもいまいち解からないものがある。それはあのレリーフの形だった。文字とも記号とも読み取れる何かが円を描くように一筆書きで彫られている。
意味がある、のだろうが、その意味は読み取れないのだから知る由もない。
「あれは何のレリーフなんだ?」
「言っただろ。俺が鎧の製作に使用したアイテムは悪魔の卵だって。その卵の外殻に記されていた記号をそのまま写したらしい」
「らしいって、ベルグも意味を知らないのか?」
「当たり前だろ。あんなもの読める訳が無い」
力強く言い切るその姿は潔さすら感じるが、そんな得体の知れないアイテムを使用した装備品など使おうと思わないで欲しかった。
というか、作成者も使用するアイテムのことくらい調べろよ。
「とりあえずアレを狙ってみる、でいいんだな?」
「あ、ああ。壊すなら俺よりもベルグの方が適任だろ。任せるぞ」
「構わんぞ」
俺とベルグはそれぞれの武器をじわじわと迫ってくる呪われし者へと構えた。
常に中身が崩れているのか、歩くたびに足下に砂のみたいなものが足跡のようにして残っている。
このまま逃げ回っていればいつかは中身の方が先に消失してしまうのではないか、とも思ったが、後方で今もシェイドと戦い続けている三人を思うとあまり時間を掛けてもいられないような気がした。
動きが鈍重で一点だけを狙うような攻撃もそれほど難しいという印象はない。けれど、確実に当てるには呪われし者の動きを止める必要がありそうだ。
「タイミングは任せる」
ベルグに視線も向けずにそう言われ俺は一歩前に出た。
迫りくる呪われし者の動きを止めるにはどうするか。考えに考え抜いた結果、俺は呪われし者の弱点とも言える打たれ弱さを利用することにした。
拳で殴れば砕け、剣で斬り付ければ容易く両断される。HPは減らないのだとしても見て分かる程の損傷を回復出来ないのならば全く効果がないハズがないのだ。
ベルグが狙うべき一点がレリーフなのだとすれば、俺が狙うべき一点はその鈍重な動きを可能にしている脚。
出来る限り体を屈め、狙いを低く付ける。
水平に構えた剣銃を握りしめ、俺は全力で駆け出した。
居合切りの要領ですれ違い様に呪われし者の左足を切断する。
鎧の脚部がガタンと音を立てて倒れ、片足を失った呪われし者がその場でバランスを崩ししゃがみ込んだ。
「今だっ!」
「砕けろオオオオオォォォ!!」
それは見事な正拳突きだった。
真っ直ぐ、流星の如く伸びる拳が的確に呪われし者の鎧にあるレリーフを捉え、砕く。
満タンだったHPバーとレリーフが同時に粉々に砕けたその瞬間、鎧の元の材質が金属であったのかどうかも解からないくらいに腐食が進み、その中身同様に塵となってサラサラと崩れ始めた。
それはまさに一瞬の出来事。
瞬きをした次の瞬間には呪われし者も鎧もそこには存在しない。あるのは子供が砂場で作り上げたような小さな砂山が出来ているだけだった。
「終わった、のか?」
「……それ、フラグなんじゃないの?」
「セッカの方も終わったみたいだな」
「それもフラグですよ」
武器を仕舞いながらヒカルも俺たちの元へと駆け寄ってくる。
「フラグとはなんなのですか?」
その後ろで首を傾げているカルヲが銀色の直剣を鞘に収めながら訊ねてきた。
「えっと、なんて言うかお約束みたいなもの、かな」
「約束、ですか?」
「いや、その約束とはちょっと違って――」
なんと説明すればいいものか。しどろもどろになりながら言葉を探す俺を見てベルグが堪え切れないというように吹きだした。
「もう大丈夫だろ」
「そうか?」
「ああ。シェイドが消えたからカルヲ達もこっちに来たのだろうし、なにより、この状態の鎧が元に戻るとは思えないからな」
自分の過去を振り払うように砂山を蹴るベルグの顔はどこか晴れやかだ。
舞い上がる塵は微かな風に乗り目に見えないほどに消えてしまう。それは先に落としていた腕、それと同化していた笛も同じだった。
「これが笛ですか?」
「えっと、今はそうは見えないけど、確かにこれが笛だったものだよ」
今やごく小さな砂山しか残っていないそれを指差し、俺は答えていた。
呪われし者もシェイドも、鎧も笛も、何もかもが消えてしまったこの場所にはもう何もありはしない。それがあったのだと証明できそうな物はせいぜい俺たちが獲得した経験値と受けたダメージを残しているそれぞれのHPバーくらいのもの。
だからと言って同じ場所にいたカルヲが疑念を抱くはずもなく、前国王にどう報告したものかと悩んでいるようだった。
「さて、戻るとするか」
悩んでいるカルヲを一瞥しベルグが軽い口調で告げた。
「ここにはもう用は無いんだろ?」
「え、ええ。別の部屋にいる者たちは後に来る騎士団の者が――って、ああ!」
「どうしたんです?」
「時間。今の時間はどうなってますか?」
「時間は――」
迷路のような用水路の中にいては太陽の灯りで時間を知ることなど出来るはずはない。
時計はそれぞれのコンソールに備え付けられているもので事足りているせいもあって失念していたが、用水路に入る前にカルヲから言われていたことがあった。
それは文字通り俺たちにタイムリミットを与えるもの。戦闘の最中は集中のあまり頭から抜けていたが、こうして平静を取り戻してみれば自然と思いだすことができる。
「そろそろ夕方になるんじゃないか?」
「あっ!」
「そうなんです。急いで戻らないと入り口が塞がれてしまうんです」
焦るカルヲを見て同じように焦りだしたヒカルとセッカが互いの顔を見合わせた。
「確か月が出るまで、じゃなかったか?」
「そうです。それに夜になれば月はすぐに出ますよ」
「すぐ?」
「はい。すぐです」
忘れがちになるがここはゲームのなか。現実より時間の進み方は早く、昼と夜のメリハリもはっきりしている。
陽が昇れば朝、月が出れば夜というように、朝になれば必然的に太陽が空に昇り、夜になれば月が黄金色の光を降り注ぐ。
不可逆であり法則に沿った現象がこの世界に時間という概念をもたらしているのだ。
「それじゃあ、急ぎ足で戻りましょうか」
カルヲはそう告げるや否や真っ先に来た道を戻り始める。俺たちもそれに続き用水路を入り口に向かって歩き出した。
暫らくして俺たちは用水路から出て町へと戻ってきた。
入り口付近に集まっていた騎士団の人達の中にいた魔法使いらしき装備を纏った人たちがいた。時間がくればそれらが一斉に魔法を放ち用水路の入り口を塞ぐ手筈になっていたかと思うと思わず顔を引き攣らせてしまう。
「俺はここで落ちることにするよ」
と、ベルグが最初に告げたのをきっかけに、俺たちは皆それぞれの帰るべき場所というものに向かって行った。
ヒカルとセッカはベルグの後を追うようにログアウトして現実に。
カルヲは王城へ。
俺はログアウトをする前に一つだけ寄っておきたい場所があったために一人、町の中を歩き出した。このゲームの中で俺が帰る場所といえば一つしかない。ギルドという新たな居場所を作ったことによりもう戻らないかもしれない場所に現実に帰る前に行きたかったのだ。
暫らく歩いていると馴染み深い建物が目に入ってきた。
ドアを開け、自分の工房へと足を踏み入れる。
どこか懐かしくもあり、もうすぐ離れることになる風景を見ながら俺はログアウトボタンを押した。淡い光に包まれ消滅するユウを第三者の目線で眺めながら意識は現実へと帰っていった。
一連の出来事をカルヲが前国王にどういう形で報告をしたのか、気にならないといえば嘘になるが、俺はにそれを知る術は無かった。
あの日以降、俺はカルヲにもベルグにも会っていない。
あれからというもの俺はヒカルとセッカと、それにリリィとクロスケと一緒になって設立した自分たちのギルド『黒い梟』のギルドホームを何処に建てるかという相談で日夜無駄な時間を過ごし、結局は俺の工房でいつものように無駄話をしているだけだった。
現実の時間で三日が過ぎたその翌日。突然俺の工房のドアを叩く音がしたかと思うと、そこにはあれから一度も連絡を取っていなかったカルヲが立っていた。
見慣れた戦闘用の騎士団の鎧ではなく、儀礼用の制服のようなものを身に纏い、髪型も普段の簡単にまとめられたものではなく、ちゃんとした人にセットされたかのように綺麗にしていた。
穏やかな表情で俺たちに告げたのはもう一度前国王が話をしたいと言っているということ。そして、今度は正式に王城に客人として招きたいとのことだった。
詳しく聞いてみると、どうやら社交会のようなものを開いて俺たちの活躍を知らしめて、且つプレイヤーとNPCとの溝を埋めるきっかけにしたいとのことだった。
話を聞く限り俺たちに不利益なことは何一つなく、あの出来事に直面した張本人としてはその申し出を受けたいと思わなくもなかったのだが、結局断ってしまった。現実の自分に社交会の経験などあるはずもなく、好奇心に駆られもしたのだが、やはり自分たちがプレイヤーの代表のようなことをするのは何かが違うと感じたからだ。もし、そう言う機会が再び巡り合うのならばその時は俺たちはただの一プレイヤーでいるべき。何かを代表するようなことはすべきではない。そう説明するとカルヲはどこか納得したような顔をして素直に俺の申し出に応じてくれた。
その代わりと続け様にもう一つ別の案を提示してきたことから俺が断ることは想定済みだったのかもしれない。
カルヲが――いや、その規模からすると前国王がかもしれないが提示してきた案は現在の俺たちにとっては願ったり叶ったりのもの。
悩むまでも無くその案を受け入れることを告げると、今度こそカルヲがほっと安心したように肩を撫で下ろしていた。
そしてさらに次の日。
カルヲに提示された案を受け入れた俺たちはとある場所へやって来ていた。
俺とヒカルとセッカ、それに小さなフクロウの姿をしたクロスケとその背に掴まっているリリィが皆、同じような顔をしてある一点を見上げている。
天高く聳える精霊樹。
そしてその隣に建てられた一つの家屋。
カルヲが俺たちに提示したもう一つの案。それは自分たちが作り上げたギルドホームを建てる場所を出来る限り考慮しようというものだった。
元来ギルドホームは運営側に提示された場所からギルドの代表たるギルドマスターが選ぶようになっていた。選びギルドホームが建てられたエリアは元のエリアとは切り離されてギルド所有のエリアへとなりそのギルドに所属していない他のプレイヤーが訪れることは原則できないようになっている。他のプレイヤーのプレイの妨げにならないようにとの理由から通常のサーバから切り離すという仕様になっているらしい。そのお陰でどんなエリアでも気兼ねなくギルドホームを立てることが出来るのだとも聞いたことがあった。
その為に他のプレイヤーは町に近いとかモンスターの狩り場やアイテムの収集場所が近いなど利便性の高いエリアを選ぶ傾向が強いらしいが、俺たちが選んだのは利便性という面からは程遠い場所。
迷いの森にあった精霊樹がクロスケの本来の住処であり、リリィのいる妖精の郷への入り口があるということから、この場所を選んだ。
一夜にして出来たギルドホームはたった三人のギルドの割にはかなり大きい建物だったが、これは前国王からの贈り物なのだと、ギルド会館で建物の鍵を受け渡された時にNPCが言っていた。
いってしまえばこのギルドホームがあの戦闘で得た俺たちの報酬なのだ。
ギルド会館で手渡された俺たちのギルド『黒い梟』のシンボルマークが焼印された看板をストレージから取り出して、ギルドホームの入り口に立てると俺は自分たちのギルドホームの中へと入っていった。
ここはまだ何も家具や道具類の無いまっさらな場所。
これから俺たちが自分の手で自分たちの色へと染めていくのだ。