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拡張するセカイ ♯.19

 『黒い梟』の名が石板に刻まれた瞬間、白一色の部屋に扉が現れ、開いた。

 ここにはもう用は無いだと告げられたかのように感じ、俺たちはその扉を潜り奥へと続く階段を上り始める。

 空へと続く螺旋階段を上って行くと次第に元のギルド会館のメインホールへと続く扉が見えてきた。

 重く閉ざされている扉を開けるとその先でベルグが俺たちを待っていたようだ。


「どうやら……無事にギルドを作れたようだな」


 壁にもたれかかる様に立つベルグが俺の顔を見て告げた。


「まあ、なんとか」


 先程のガーディアン・スフィンクスとの戦闘を思い出しながら答える。


「お前らも上手くいったみたいだな」

「はい。お陰様で」

「……上々」


 俺の後に続きさせん階段を上ってきたヒカルとセッカにベルグは見慣れない眼差しを向けている。

 その会話の意味が解からず俺は首を傾げ問い掛けた。


「何があったんだ?」

「えっと、さっき使ったアーツはベルグさんに進められて憶えたんです」

「ベルグに?」

「言っただろ。この二人にも足りないことがあるって、それを補うための手段の一つだ」

「……良い感じ」


 淡々と答えるベルグに俺はガーディアン・スフィンクスに挑む前にした会話を思い出していた。

 足りないものと問われベルグが答えたこと。ヒカルには決定打となる力が足りておらず、セッカは攻撃と支援の割合が中途半端だと。

 つまりはヒカルの攻撃に足りなかった決定打を補う手段として状態異常付与のアーツを選択したということ。一撃のダメージ量を上げるのではなく自身のスピードを生かし攻撃を当てられるチャンスを増やすことを望んだのだ。

 セッカはあの光の障壁や広域回復がその答えなのだろう。近接戦闘や魔法職としての能力を伸ばすのではなく支援職としてのバリエーションを増やすことにした。結果として先の戦闘では俺たちをガーディアン・スフィンクスのブレスから何度も守るという功績を残した。

 ベルグの言う通りになったことになるのかもしれないが、事実それが俺たちの勝利に繋がっているのだから苦笑するしかない。


「でも、ぶっつけ本番だったんですけどね」

「は?」

「練習する時間なんてありませんでしたから」


 ヒカルが向けてくる笑顔に俺は顔を引き攣らせてしまう。

 そんな俺を見て微かに笑うベルグがいった。


「全員揃ったみたいだな」


 最後にカルヲが現れたことで四人全員が螺旋階段から出たことになり開かれていた扉は独りでに閉まり、戦闘を行っていた部屋に繋がる道は完全に閉ざされてしまった。どうやらカルヲが俺たちのパーティに入ったのは臨時のことだったようで、螺旋階段の扉が閉まったことで俺の視界に映るHPバーの一覧からカルヲの名前が消えた。


「ベルグはここでずっと俺たちを待っていたのか?」

「いや、そんなことないぞ。俺はアンタにこれを渡そうと思ってな」

「私にですか?」

「アンタの部下らしき人が持ってきた」


 ストレージから取り出した白い封筒をカルヲに渡す。

 手渡された封筒を開けたカルヲがその表情を一変させた。


「連中の居場所が判明しました」


 一瞬で険しくなる表情とピンっと張り詰める空気は、まるで戦闘が始まる直前のようだった。

 俺たちを押し退けてギルド会館から出て行こうとするカルヲを呼び止め問い掛けた。


「ちょっと待て、見つかったって、それはいったい何処なんだ?」


 ガーディアン・スフィンクスとの戦闘が戦闘が終わったばかりで少しは休憩がしたいというのが俺の本音だった。せめてHPとMPの回復と消費したアイテムの補充はしたい。そう考える俺にカルヲがはっきりと告げた。


「私たちがいるこの町。ウィザースターの地下です」


 驚き声を失う。

 狙いがウィザースターであることは昨晩前国王から聞いていた。だが、まさか既に町に侵入していたなんて。


「どうやらあまり余裕はなさそうだな」

「はい。既に町に侵入しているとなるといつ攻撃が始まってもおかしくはありません」

「攻撃? 町中で戦闘になるというのですか?」

「連中が持ち出した物から考えるとその可能性も低くないと思います」


 持ち出した物。それは吸魔の鎧と魔物を喚ぶための笛。どちらも人が密集する場所で使用するのはあまりにも危険だと言わざるを得ない。

 しかも町中というのが問題だ。

 俺たちプレイヤーは町の中でも戦闘が出来るという保証はない。なにより、イベントでもなんでもないこの状況で突発的に大規模戦闘が起こるとすればそれは確実に混乱を呼ぶだろう。


「行くぞ」


 率先してベルグが歩き出した。

 真っ直ぐ町の地下へと続く場所を目指して。


「ヒカル、セッカ、ポーションはどのくらい残ってる?」

「さっきの戦闘でかなり使ってしまいましたから、あまり残ってないんです」

「……だいたい一緒」

「だったら俺たち三人のアイテムを分配したほうがいいだろうな。まずHPとMPを全快させたとして、残るMPポーションはセッカに渡して、HPポーションは俺とヒカルが使う。勿論最低限はそれぞれ所持してもらうけど、余剰分はないと考えるべきだと思う」


 ストレージにあるポーション類を取り出し、使用して残りをそれぞれが分け合う。

 些か心許ない数になってしまったが、それでも中途半端に残ってしまったポーションを抱えるよりはマシというものだ。


「こちらです。地下に行くにはこの用水路を通って行くしかありません」


 町はずれにある巨大な坑道。町が出来る前は鉱石の採掘が行われいたのだろう。トロッコが行き来していたであろう錆びた線路が水の流れる溝に残っている。

 そして今も用水路として使用されているせいなのか、壁にはいくつもの松明が照明代わりに取り付けられていた。


「灯りが点いているってことは誰かがいるってことなんですよね」

「だろうな。常に火が灯っていたのではこんなものすぐに燃え尽きてしまうからな」


 火の灯る松明を見ながらベルグがヒカルの問いに答えていた。


「そして、誰か、ではなく、俺たちが追っている連中だってわけだ」

「はい。問題はその規模なんですが……」

「どうした?」

「先程の報告からすれば私共が遭遇した時よりも大きくなっているみたいなんです」

「あれからまだそんなに時間は経っていないのに、ですか?」

「元々俺たちが出くわしたのが連中の一端だったのか、それとも突発的に数を増やしたのか」

「どっちにしても、この先に行くことは変わらない」

「ベルグ?」


 不意にその様子が俺の知るものと違うような気がした。


「なんでもない。行くぞ」


 用水路の中は蟻の巣のように無数に枝分かれしているというのに、ベルグは真っ直ぐ迷う素振りすら見せずに進み続けた。

 カツカツと俺たちの足音が木霊する。


「止まって下さい」


 そう言って立ち止まるカルヲに続き、俺たちも歩を止めた。

 立ち止まり耳を澄ましていると同じ速度で進んでいる俺たちとは別の足音が微かに聞こえてきた。


「この先に誰かいるってことですか」

「そのようですね」

「どうする? 戦うのか?」


 枝分かれした先の一つだとしてもそこに連中の一味がいるのだとすれば無視できない。そう思い確認したのだが、返ってきたのは意外な言葉だった。


「いいえ、ここは迂回して戦闘は避けましょう」

「え!?」


 カルヲの言葉に驚くセッカとは反対にベルグは納得したように頷いている。


「この先、どれ程の数の相手が待ち構えているか解かりません。それに、こんな場所に例の鎧や笛を持ち出しているとは思えないのです」

「アイテムも消費してしまっている現状、無駄な戦闘は避けるべきってことだな」

「はい」


 セッカがわかったと言わんばかりに頷き、俺たちは人のいなさそうな道を選び、前進することにした。

 手元のマップは正常に機能しているらしく、これまで進んだ道をしっかりと記録している。機会があればこのマップを埋めてみるのも悪くないと思いながら進んでいくといくつかの道が収束しているであろう広い空間が見えてきた。


「この先、か?」

「だろうな」


 用水路の最奥で陣を構えているとは思っていない。だとすればその前にあるある程度の広さを持った場所で集まっているのだろう。今回で言えばそれはこの先にある空間。

 まだ行ってない場所はマップに記載されない。だが、この先に誰かがいるであろうことはなにも記されていないマップに浮かぶいくつかの光点が示していた。光点の色はプレイヤーでもモンスターでもない黄色。それは町の中でマップを広げてみれば解かることだが、NPCを示す色だった。


「皆さん、準備は良いですか?」


 四者四様に頷いて見せると、カルヲは先陣を切って駆け出していった。

 それに続き俺たちも広い空間へと出るとそこには案の定騎士団の鎧を着たNPCたちが群れを成している。

 突然の敵の襲来。それがもたらすものは混乱か闘争、あるいは逃走。そう思っていた俺の目に飛び込んできたのは虚ろな目をしたNPCたちの姿だった。


「これは……なにがあったんだ?」


 焦点の定まっていたに目で天井を見上げ、口からは血が一筋顎を伝い地面へと垂れている。


「なに……これ……」

「……気持ち悪い」


 ヒカルとセッカがNPCたちを見て呟いていた。

 こんな状態のNPCはプレイヤーにだって見たことはない。これではまるで魂が抜けてしまっているかのよう。

 呆然とする俺たちにカルヲが告げた。


「急ぎましょう」

「急ぐって、こいつらは放っておいていいのか?」

「こうなっては私たちにはどうしようもありません」


 きっぱりと言い切るカルヲはこの状態のことを知っているみたいだった。そして、表情を曇らせるベルグもまたなにかを知っているかのような雰囲気がある。


「答えてくれ。彼らに何があったんだ? どうしてこんな状態になってしまっている?」

「彼らは鎧に魔力を限界以上に吸われてしまったのでしょう」


 魔力は俺たちプレイヤーで言えばMPのことだ。それを全損、あるいはそれ以上の状態にされたことで精神が崩壊してしまったということなのだろうか。

 そうなのだとすれば、気になることが一つ浮かび上がってくる。


「何故、鎧は魔力ってヤツを集めるんだ?」


 そもそもただの装備品である鎧がここまでのことを起こすとは思えない。

 これは明らかに装備品の枠を超えた能力であり、攻撃だ。


「それは――」

「この先に行ってみれば解かることだ」


 言葉を詰まらせるカルヲに変わり、ベルグが答えた。

 まるでこれ以上を追求を阻むような答え方に俺はここに来てから感じていた不信感が徐々に大きくなっているのを感じていた。

 どちらか一人に対して、というわけではない。

 カルヲもベルグも同様に少しづつ不信感を募らせているのだ。


「ダメだ。二人を巻き込んでいるのだから危険な真似は出来ない。俺たちがあのNPCたちのようにならないとも限らないのだろう?」

「それは問題ないはずだ」

「どうしてそう言い切れる? そもそも、随分と慣れた足取りだけど、ベルグはここに来たことがあるのか?」


 俺の言葉にベルグが目を伏せてしまう。

 それは俺の言葉が的を射ているからなのか、それとも単純に答えるつもりが無いのか。どちらにしても俺の一言がこの場の空気を変えてしまったのは事実。

 一度口に出してしまった言葉を取り消すことが出来ないように、一度溢れてしまった不信感を拭い去るのは困難を極める。


「答えてくれ。でないと、俺はもうアンタ達と一緒に戦うことができそうにない」


 マネキンのようになってしまったNPCたちの中で俺は二人に向けていった。これまでのように仲間として信じたい。だから隠していることを話して欲しい、そんな願いを込めながら。


「良いだろう。まず鎧の効果が俺たちプレイヤーには深刻なものになり得ないという事実だが、それは俺が自分の身を持って確認したことだ」

「それは本当なのですか?」


 ベルグの言葉に驚いて見せたのは俺でもヒカルでもセッカでもなくカルヲだった。

 そしてもう一つベルグの口から信じられないような言葉が告げられた。


「ああ。あの鎧の本来の持ち主は俺だからな」


 鎧というものが格闘家の格好をしたベルグには似つかわしくないように思い俺は無意識のうちに首を傾げてしまっていた。


「詳しい説明は省くが、俺は元々こんな格好やこんなグローブじゃなく、しっかりとした鎧と金属製の手甲を使う拳闘士だったんだ」


 過去を慈しむような眼差しで自身の手を見るベルグは俺が不信感を抱いた当人とは似ても似つかない。

 悩んでばかりいた過去の自分のように何かを悔やんでいるという風に見えた。


「ここで一つ問題だ。俺が近接戦を主とする拳闘士だとして、最大の敵は何だと思う?」

「敵? ですか。それは……」

「……魔法」

「セッカ、正解だ」

「……ふふん」

「あ、もぅ。私だって解かっていたんですからね」

「兎に角、俺の問題は遠距離から攻撃されることだったんだ」

「……それであの鎧を作り出したと?」

「まあね。ちょうどいいレアアイテムを手に入れていたし、知り合いの防具屋に頼んだんだよ。実際効果があるかどうかは作ってみないと分からなかったけど、運良く、いや悪くか。作りだすことに成功したんだ」

「成功したのにどうして手放して、しかも王族の元に渡っているんだ?」


 わざわざ手放した理由が解からない。望んでいた性能の防具が手に入ったのならば使い続けていればいい、俺が持つ数多くの装備品のようにだ。


「王族の元に渡ったのは全くの偶然だが、手放した理由は鎧の効果が強過ぎたことに尽きる。それこそ俺の手に負えない程にな」

「手に負えないほど?」

「カルヲは知っているかもしれないが、以前NPC達の暮らす村が一つ壊滅しそうになったことがあるんだ」

「確かに記録では壊滅は免れたものの甚大な被害があったとされています。そして村の中に残されていた鎧が原因だと解かり我々騎士団が回収したことになっていますが、それは何年も昔の話ですよ?」

「事実だ」


 NPCとプレイヤーの時間のズレ。それは既に慣れてしまっていたことだが、思い返せば異様なことだ。ゲーム内の時間は現実よりも何倍も速く流れている。だから数年前の話だとしても俺たちからすれば数カ月前ということもあり得る。


「だから俺は一度このゲームを離れた。でも、辞め切れずに戻ってきた。その時に装備を一新してこの格好になって、師匠と鍛え初めて、お前が現れた」


 真っ直ぐ、俺のことを見るベルグの奥に初めて人の影を見たような気がした。

 強く逞しい格闘家ではなく、俺と同じように普通の青年。それがベルグの奥にいる。そう感じられたのだ。


「何の因果かお前と行動を共にしていくうちに俺はもう一度自分の鎧と向き合う時が来た。それだけのことさ」

「じゃあ、用水路を迷わずに進めてたのはどうしてなんです?」

「俺は迷路なんかじゃ迷ったりしたことがないんだ」


プレイヤーが世界にもたらす影響というのを間近で見た。それと同時にプレイヤーが負うべき責任というものも。

 この先、最奥で待ち受けるのはベルグにとって重要な一戦なのだろう。俺がギルドを作るためにガーディアン・スフィンクスと戦ったように。


「私からもいいですか?」


 胸に秘めていた物を吐露したベルグをみてカルヲも固く閉ざされていたその口を開き始めた。


「皆さんには黙っていましたが、ここに救援は来ません。騎士団は私が戻らなかった場合ここを封鎖する手筈になっています。期限は今夜、月が輝くまで」

「……月?」

「ということはあと四時間くらいですね」

「いいね」


 不意に高揚感が込み上げてくる。


「ユウ?」

「……ユウ?」


 小さく拳を作り、笑う俺を不思議そうに二人が見ている。


「どのみち負けるつもりは無いんだ。だから勝つしかない。どうだ? 分かり易くて良いじゃないか」

「そう、だな」

「行きましょう。最奥地点はもうすぐです」


 誰にでも何か事情はある。それを共有することは難しいことだ。けど目的を共有するのはたいして難しいことではない。

 仲間として戦うための信頼は結局の所自分がどれだけ相手を信じられるのかに掛かっている。解かりきっていたことだったはずだ。けれどほんの些細な不信感が容易く自分の目を曇らせてしまう。

 並んで歩を進め遂に用水路の最奥へと辿り着いた。

 そこにいたのは先程と同じ用に虚ろな目をしたNPCそして、巨大な角笛を持った異様な鎧を纏ったNPCが一人と無数の人の影のような姿をしたモンスター『シェイド』


「マ、マッて、イいイイいタゾ。き、キシダダ団チョう」


 まるで壊れかけのプログラムのように、途切れ途切れで話すNPCは既に死人になってしまったようにすら見える。


「鎧に喰われたみたいだな」

「喰われた? ただの装備品なんだろ?」

「俺たちプレイヤーにとってはな。だが、NPCにとっては見に付けているだけで命を脅かす毒でしかない」

「ベルグ、あれに使用したアイテムって何なんだよ」

「……言いたくない」

「いや、言えよ。明らかにおかしくなってるだろ、アレ」

「悪魔の卵」

「は?」

「だから悪魔の卵だ。お前も見たことがあるだろう。あの変な店主のいる店で売っている物だ」

「あ、ああ。って、なんであんなよくわからないものを」

「いや、出来るかなと」

「なんか、ベルグに親近感が湧いてきたよ」


 生産職の好奇心にも似た何かをベルグに感じ、俺は思わずそう呟いていた。

 今にも攻撃を仕掛けてきそうなシェイドに囲まれ壊れかけているNPCと向かいあっているにもかかわらず、どこか和やかな空気が流れた。


「あのっ、楽しそうなこと悪いんですけど、来ますよ」


 ヒカルが慌てて告げる。

 いつの間にか数を増やし俺たちを囲んでいるシェイドが一斉に襲い掛かってきた。


「こいつらは俺たちに任せろ。ベルグは鎧と決着を付けるんだろ」

「いいのか?」

「任せろ。でも、ヤバいと思ったら俺たちも参戦するからな」

「わかった。恩に切る」


 俺たちから離れ一人鎧を纏ったNPCに向かってくベルグを見送り、俺たちは無数のシェイドとの戦闘を開始した。

 シェイドというモンスターには実体があるようで無い。砂漠に浮かぶ蜃気楼の如く幻のような、不確かな存在がモンスターとして顕現しているようなものだった。

 幻の攻撃が俺たちに当たるその一瞬だけ実体化しているかのように思えるが、実際は幻のように見えているだけで常に実体はそこにあり続けている。

 戦い難い印象を与えるというだけで、俺たちの攻撃も問題無くシェイドに通用するのだ。


(数が減らない――!?)


 目の前にいるシェイドを一体づつ確実に倒していくことでいつかは戦闘が終わる。そんな当たり前の常識がここでは通用しない。

 シェイドの強さはそれほどではない、というよりもかなり弱かった。それこそ幻を掻き消すかのように剣を振るえばそれだけでシェイドは消えていく。

 簡単に倒せるからこそ戦闘開始直後は拍子抜けしたものだが、今では絶えず数を一定に保つその存在が確かな脅威として認識できていた。


「どうすればいい?」

「私にも解かりません。ですが、これは明らかに異常です」

「そんなことは解かってる」


 孤軍奮闘していたカルヲの元へと近づき、背中を合わせて会話をする。

 伝わってくるのは焦り。

 それと、不安、だろうか。

 無尽蔵に湧いてくるシェイドと対峙しているのだから無理もないが、それでも、焦っているだけでは何の解決にもならないのは誰の目にも明白だ。


「教えてくれ。カルヲはシェイドというモンスターについて何か知らないか?」

「シェイドについて、ですか?」

「ああ。この状況を打破するためにも情報が欲しいんだ」

「そう言われても、シェイドという魔物は滅多に現れないとされてましたから」

「ここに死ぬほど出てきてるんだけど」

「ええ、だからこそ不自然なのです」

「だったら、その不自然を引き起こしている何かがあるってことだよな?」

「そうなります」

「心当たりは、やっぱりアレか」

「アレ、でしょうね」


 俺とカルヲの視線が鎧を纏ったNPCが持つ笛に集まる。

 この戦闘において魔物を呼ぶ笛が呼び寄せているモンスターがシェイドだと考えるのが妥当だろう。


「ユウ、行って下さい」

「……シェイドは任せて」


 離れた所でシェイドと戦っているヒカルとセッカが一瞬だけ俺の方を見て告げた。


「シェイドは私たちでどうにかします。ですから――」

「ああ、笛を壊してやるぜ」

「え、あの、出来れば奪い返してもらえると」

「やってみる」


 迫りくるシェイドを掻き分け、鎧を纏ったNPCの方へと駆け出した。



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