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拡張するセカイ ♯.17

 再び部屋に響き渡るスフィンクスの咆哮に促されるように俺たちはそれぞれの武器を抜いた。

 俺の眼に映るスフィンクスのHPバーは四本。毎度お馴染みボスモンスターであることを指し示しているHP量がある。

 そして同時に見えるスフィンクスの正式名称『ガーディアン・スフィンクス』

 守護者の名冠するこのボスモンスターはいったい何を守っているというのだろうか。


「ATK、SPEED、ブースト」


 いつもの強化術を自分に施し身構える。

 ガーディアン・スフィンクスを観察する俺に向けてグームが持っていたのと同型の銀色の直剣を構えるカルヲが叫ぶ。


「気を引き締めろ。来るぞ!」


 巨大な翼を畳み、襲いかかるその様はまさしく猛獣。

 人のそれによく似ている顔も、こうして正面から対峙してみれば獣のそれと大して違いは無いように感じる。


「――おっと」


 少しづつ後退しながら剣銃のトリガーを引く。

 撃ち出される二連の銃弾が命中してもなお、ガーディアン・スフィンクスはその勢いを損なうことなくたった今まで立っていた場所に大きなクレーターを作り出した。

 密室に響き渡る轟音と巻き上がる砂埃、そして飛礫となって飛んでいく床の残骸。

 開幕直後の一撃としては強力過ぎる一撃が俺を直撃したかのように見えたのかヒカルが慌てて声を上げた。


「無事ですか?」

「俺のことは気にするな。それよりもスフィンクスが地上に降りた今がチャンスだ。攻撃を――」

「分かっています」


 着地姿勢からゆっくりとその身を起こすガーディアン・スフィンクスに向かって緑色の光が伸びる。

 緑色?

 ふと疑問に感じ、目を凝らしてその光の先を見つめるとヒカルの持つ短剣の刃が怪しく光を放っていた。


「ディゾルブ・エッジ!!」


 アーツの名前を叫びつつ、ヒカルが緑色の刃で連続してガーディアン・スフィンクスを斬り付けた。

 今までの攻撃では細かな切り傷をいくつも作り出すだけだったその攻撃が、今ではヒットする度にガーディアン・スフィンクスを緑色に染めていく。


「今です。ここを狙って!」


 ガーディアン・スフィンクスの右足がヒカルの攻撃によって鮮やかな緑色に変色している。

 ヒカルに促されるがまま、俺は緑色になった右足に向かって剣銃の刃を振り降ろす。


「インパクト・スラッシュ」


 反射的に俺は威力強化のアーツを放っていた。

 与えることのできるダメージは様々な要因で決定する。自分の攻撃力、相手の防御力、攻撃が当たった場所、クリティカル値、攻撃の属性、相手の耐属性、アーツの威力など。

 それらを瞬間的にシステムが計算してダメージ値が決定するのだが、これはどういうことだろうか。

 たった一発の俺の攻撃が与えるダメージにしては些か数値が大き過ぎはしないか。

 ガーディアン・スフィンクスが痛みに耐えきれないというように体勢を崩し、その場に倒れ込んだ。本来ならば追撃の好機なのだろうが、戦闘はまだ始まったばかり。この行動が反撃の為の誘いである可能性は否定できないと追撃を諦め攻撃を繰り出した場所から元の距離へと戻る最中、不思議に思い自分の手や剣銃を見る俺にヒカルが自慢げに告げてきた。


「どうですか? 驚いたでしょ」

「やっぱりヒカルのアーツの効果なのか?」

「そうですよ。≪短剣≫スキルにある状態異常付加の攻撃です。効果は防御力低下と毒の付与です」


 防御力低下の付与。確かにあれだけのダメージを一撃で与えるのは俺には不可能に近い。≪強化術≫スキルのATK強化の重ね掛けと威力強化のアーツ、そしてクリティカルの発生。今与えたダメージはそれらが重なりあってようやく叩き出せるダメージと同格。

 そう言う意味ではヒカルと俺との連携攻撃はこれまでに無い攻撃パターンの一つとして定着しそうなほど有益に思える。

 小さく安堵するヒカルはぼそっと思いを溢した。


「毒はやっぱりレジストされたみたいですけど、防御低下は効いてよかったです」

「やっぱり?」


 そう言えばヒカルのアーツは毒と防御低下の二種の状態異常付与だと言っていた。しかし、ガーディアン・スフィンクスが毒を負っている様子は見受けられない。それどころか俺が一撃を与えたその瞬間から与えていたはずの防御低下までも消えているみたいだった。


「ボスモンスターには効かない場合があるって書いてありましたから。それに防御低下も持続的なものではなくて次の攻撃にのみ効果を発揮するって」

「だから俺を呼んだのか」

「はい。一撃の威力なら私よりユウの方が高いですから」


 平然とそんなことを言ってのけるヒカルの顔をまじまじと見つめてしまった。

 こと最近に至っては戦闘ではヘイトを管理することを役割としていたために気付かなかった。こんなにも冷静に戦況を見れるなんて知らなかった。

 しかし思い返せばそれが自然なことなのだろう。ヒカルは俺と出会う前は一人、もしくはセッカと二人でゲームをプレイしていたのだ。それこそなんでもある程度は出来なければやっていけなかったはずなのだ。俺と出会い、三人でパーティを組むようになってなりを顰めていたが本来はヒカルはこうやって前線で攻撃を仕掛けるのが得意なプレイヤーだったということだ。

 ダメージを受けて体勢を崩していたガーディアン・スフィンクスが身を起こす。

 それと同時に垂直に飛び上がり、大きく息を吸うようなモーションを見せた。


「あれは――」


 あのモーションが何を意味するのか。俺はこれまでの経験から予測が出来ていた。おそらくは広範囲攻撃、ドラゴンが繰り出すようなブレス的な何かを吐き出そうとしているのだろう。

 回避方法は単純。射程外へ逃げればいい、のだが、残念ならがここは閉鎖空間。それなりの広さがあろうとも広範囲攻撃であるブレスの範囲外となるにはどれだけ離れればいいか分からない。

 それでも、と前速力で距離をとってみるが、空中で滞空飛行するガーディアン・スフィンクスが周囲の空気を大きく吸い込みながら身を反らした。


「――チッ、速い」


 それはブレス攻撃の前段階である溜めが終了した証のようなものだった。

 想定していたよりもガーディアン・スフィンクスから離れることができていない。これではまともにブレス攻撃を浴びてしまうことは明白だ。


「……任せて。ウォール・オブ・キャッスル」


 後方で十字のメイスを構えているセッカがアーツの名を唱えた。

 ガーディアン・スフィンクスのブレスに脅かされている四人の足元から白い光が天高く伸びる。


「動かないで」


 セッカがなおも距離を取ろうとする俺に告げる。

 そして、ガーディアン・スフィンクスの口から灼熱の炎が吐き出された。床を、壁を、大気を焦がし迫りくる炎は恐怖以外の何物でもない。ブレスが与えるはずのダメージだってかなりのものだったのだろう。しかし、俺たちはセッカの作りだした光の障壁によって無傷で耐えられた。

 ブレスが止んだその時同じくして光の障壁もまた砕け散った。


「――暑ッ」


 周囲に残る熱が瞬時に襲う。

 だが、これはあくまでただの現象に過ぎず、攻撃とは認定されないようでダメージは無いかった。


「……どう?」


 十字メイスを胸の前で抱えてセッカが問い掛けてきた。


「最高だ!」

「……でしょ」


 ブレスを無傷にやり過ごせたのはセッカの功績。

 俺たちが傷一つ負っていないことに気付いたのか、上空でガーディアン・スフィンクスが咆えた。


「……さっきのアーツは一定量までダメージを遮断するの。その間は動けないって条件があるけど、それでもあの犬のブレスは問題無く防げるみたい」

「い、いぬ?」

「……アレ」


 滞空しているガーディアン・スフィンクスを指差す。

 確かスフィンクスの体のモチーフは獅子、つまりはライオンだったはずだ。言うなら犬ではなく猫、なんじゃないだろうか。

 自分が犬呼ばわりされたことに怒ったのか、それとも次なる攻撃の為の布石なのか、ガーディアン・スフィンクスはさらに巨大な咆哮を上げた。

 地面を揺らすその音量に驚きながらも、俺たちは決してガーディアン・スフィンクスから視線を外さない。


「そこにいたんじゃオマエの爪は届かないぜ。降りて来いっ」


 再び剣銃を銃形態へ変形させて、即座に銃撃を繰り出した。

 今や発砲からリロードまでは一連の動作となっている。減少するMPも当初から比べれば雀の涙ほど。

 一回、二回、と銃撃をくり返していると痺れを切らしたのかガーディアン・スフィンクスが最初に見せた突進をくりだしてきた。

 今度も同じなら大きな隙が生まれる。そう思って近づいて行くと地面に激突した瞬間、ガーディアン・スフィンクスは体を起こし、闇雲にその鋭い爪の付いた前足を振り回した。

 咄嗟に立ち止まる俺の目の前を鋭い爪が通り過ぎる。


「あ、危なかった」


 直撃していればどれ程のダメージだったのだろうと考えるだけで背中に嫌な汗が流れた。

 だが、当たって無いのならば問題無い。当初予想していた隙が無くとも地面に降り立ったのなら同じこと。こちらの攻撃の届く範囲に来たということだ。


「ヒカルは俺と一緒に攻撃。さっきのヤツが効いたら知らせてくれ、俺も積極的にそこを狙うから」

「りょーかい」

「セッカはこのまま援護に徹してくれるか?」

「……ん、問題無い」

「で、カルヲは――」


 どこだ?

 思い返せばこれまでの攻防でカルヲは目立った動きを見せていなかった。だからと言ってここから出ていくことが出来ない以上、少なくともこの部屋の中にはいるはずなのだが。


「私はここです」

「うおっ」


 探していたカルヲが俺の背後から現れた。


「どこに行っていたんだ?」

「ずっと近くに居ましたよ」

「そうなのか?」

「はい」


 近く、とはどれくらいの距離を指しているのだろうか、と問い詰めたくなるほどカルヲの顔が近い。


「それにしても、やはり貴方がたは私共とは違うのですね」

「そうなのか?」


 感心したように呟くカルヲに俺は思わず聞き返していた。


「魔法に関しても剣技に関しても貴方がたは私共よりも速く習得してしまう。なにより魔法と剣技を両立させるなど一朝一夕では出来ないことです。しかし、貴方がたはそれをいとも容易く成してしまう。それは、私共からすればとても恐ろしい事なのかもしれません」

「カルヲも俺たちを怖れるのか?」

「いいえ。今はとても頼もしく思いますよ」


 ニコッと笑い、カルヲは銀色の直剣を構えてみせた。


「さあ、私にも指示を。この隊のリーダーは貴方なのでしょう」

「ああ。カルヲはセッカに攻撃が来るようならそれを防御。後は好きなように攻撃をしてくれればいいけど、ヒカルの声があったら攻撃の手は一旦止めてくれ。その後にもう一度俺が合図するから、その後にまた攻撃を再開してくれ」

「分かりました」

「行くぞ!」


 俺はカルヲと別れ、ヒカルの近くへと駆け出した。

 連携攻撃を目論んでいる以上ヒカルの近くに居た方が何かと都合がいい。後衛にいるセッカのことはカルヲに任せればさほど問題はないだろう。セッカ自身も戦闘出来る能力はあるのだからより心配無い。


「ヒカル、あの攻撃はどのくらいで効果が現れるんだ?」

「それが……いまいち、はっきりとしないんです。最初の時と同じくらいは攻撃が当たってるはずなんですけど――」


 緑色に光る短剣を構えながら呟くヒカルの視線の先にいるガーディアン・スフィンクスの後ろ脚は幾度となく切りつけられた跡が見える。だが、傷口が僅かに緑色に発光しているだけで、先程のように脚全体が緑色に変色するといったことはないようだ。

 となれば、


「効果が現れるまでランダム、もしくはスフィンクスに耐性が付き始めている?」


 前者ならまだいいが、後者なら問題だ。この連携の要となるものに回数制限があるというのは、戦闘の組み立てを根本から揺るがしかねない。


「よしっ、効いた。ユウ今です!」


 浮かんできた可能性を心配する俺にヒカルの声が届けられる。


「ATK、ATK、ブースト!」


 二重の攻撃強化術を施し、続けて、


「インパクト・スラッシュ」


 威力強化のアーツを放つ。

 これが現時点の俺の最大攻撃。

 緑色に変色したガーディアン・スフィンクスが苦悶の表情を表し、同時に上部に浮かぶHPバーが著しい減少を見せた。

 ボスモンスターとの戦闘とは思えないほどガーディアン・スフィンクスのHPは簡単に削れている。これまでの攻撃に加え、二度に渡るヒカルとの連携攻撃。それだけで一本目のHPバーが消失したのだ。

 先程の打ち合わせ通りカルヲに攻撃の許可を出すと直ぐに攻撃を再開した。

 二本目のHPバーに突入してもその攻撃パターンや行動パターンに変化は見られない。

 基本、上空で滞空し誰か一人を狙い突進を仕掛けてくる。時織り交ぜられるブレス攻撃もセッカのアーツによって問題無く防御できる。攻撃のタイミングと防御のタイミングを完全に掴むことのできた今となっては、一連の攻防はある種の作業のようにもなりかけていた。

 戦闘は順調に進んでいる。そう思わせるような展開だが、俺にはどうも順調過ぎているようにしか思えない。

 そして、俺の心配を余所にガーディアン・スフィンクスの二本目のHPバーが砕け散った。


「このまま押し切りましょう」


 周囲を警戒しながら近付いてきたヒカルが意気揚々告げてきた。しかし、俺は攻撃の手を止め険しい表情のまま地面に倒れ込むガーディアン・スフィンクスを見つめていた。

 そんな俺の様子が気になったのだろう。ヒカルが不思議そうな顔をして訊ねてくる。


「って、どうしたんです?」

「起きるの遅くないか」

「そうですか?」


 この一度の戦闘で俺たちは何度かガーディアン・スフィンクスを転倒させてきた。それはこれまでガーディアン・スフィンクスが体を起こすまでの時間、大きな隙を作り出すことに成功していたのだが、どうも今回は様子が違う。倒れ込んだまま動かないガーディアン・スフィンクスはまるで倒されてしまったかのようだ。

 いつまで経っても攻撃を再開しない俺とヒカルの元にカルヲとセッカが揃って集まってきた。


「何故攻撃をしないのですか?」


 せっかくの好機なのにとカルヲが訊ねてきた。

 しかし、それに俺は何と答えればいいのだろう。迷う俺はただ無言で視線を送ることしかできないでいた。

 何かが待ち構えている、それだけは間違いないのだが。

 四人で集まりガーディアン・スフィンクスを警戒していると不意にどこかからピシッという何かにひびが入ったような音が聞こえてきた。


「……何の音?」


 いち早くその音に気付いたのはセッカだった。

 十字のメイスを胸の前で抱き構え、身構えるセッカは音のした方を指差した。

 そこにいたのは倒れたままのガーディアン・スフィンクス。身動き一つしていないはずのその足下から蜘蛛の巣を這わすように床一面にひびが渡った。


「下がるぞ!」


 カルヲが慌てて叫ぶ。

 ガーディアン・スフィンクスから伸びるひびは俺たちの立っている場所までも呑み込もうと襲いかかってくるこれはブレスでも、まして攻撃というわけでもない。だからセッカの使うアーツでは防御できない。だから逃げるしかない。

 けれど、だとしたらこれは何だ?

 戸惑いながらも必死で逃げて、逃げた先は壁。

 これ以上逃げ場はないと振り返ったその刹那、地面を這ったひびに沿い床が崩れた。


「これは……」


 崩れ残った床を見て、俺は思い違いをしていたことに気付く。

 地面を這ってできたのがひびではなく、そのひびだけが本来の地面だったのだ。

 蜘蛛の巣のようになった地面はもはや部屋の床の様相を成していない。これが本来のガーディアン・スフィンクスの根城だったのだとすれば、俺たちはその格好の餌場にまんまとおびき寄せられたということになる。

 足場となるひびはせいぜい片足が乗せられる程度の広さしか持たない。だから進むには綱渡りをする様に動くしかないのだろう。そうなるとこれまでのような攻撃は出来ないということだ。

 限られた足場で攻撃をするならば俺は剣形態ではなく銃形態での攻撃を主軸に置く必要がある。そして、短剣を使い身軽に動くヒカルはともかく、攻撃を受けないように距離を取る必要があるセッカや重い鎧を纏うカルヲではこの足場は最悪だとも言える。

 落ちたらどうなるか、そんなことを思い床の底を覗いても、見えてくるのは暗い闇だけ。


「……落ちるわけにはいかないな」


 この状況で最善の手は一つしかない。


「来い! クロスケ。でもって、《解放(リリース)》」


 浮かぶ小さな魔法陣から飛び出してきたクロスケが瞬時に元のダーク・オウルへと変わる。


「セッカとカルヲはクロスケの背に乗ってくれ。ヒカルは……動けるな?」

「……わかった」

「了解した」

「任せてください」


 蜘蛛の巣の中心にいるガーディアン・スフィンクスがその身を起こし大きく羽ばたいた。

 ガーディアン・スフィンクスとの戦闘でHPバーを減らした際に訪れる変化はガーディアン・スフィンクスに現れるものではなかった。その住処、戦場となるこの部屋に現れるものだった。


「さあ、戦闘再開だ」


 剣銃の照準をガーディアン・スフィンクス合わせ、瞬時にトリガーを引いた。



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