拡張するセカイ ♯.14.5
ベルグは王都にある転送ポータルを使い、一人で師匠の居る場所へと戻って来ていた。
その表情は険しく、これまで誰にも見せたことの無い、まるで別人かと思わせるほどだった。
「帰りました」
師匠の居る洋館のドアを開け、師匠の私室へと入って行く。
「久しぶりの王都はどうじゃったんじゃ」
「ええ。問題はありませんでしたよ。ただ一つを除いては」
「それは何より。ではそのただ一つを教えてくれんかのぅ」
「はい。そのつもりで戻ってきましたから」
それからベルグは王城の中であったことを話し始めた。
夜が更け、洋館の周りは暗闇に包まれ、遠くから聞こえる鳥の声と風が揺らす枝葉の音だけが聞こえてくるなか、次第に師匠の顔つきが険しいものに変わっていく。
一通り話し終えた時、洋館の師匠の私室は沈黙に包まれた。
重苦しい空気を裂くように、師匠が言葉を紡ぎ始めた。
「なるほどのぅ。それじゃあ前国王とレビィ姫はプレイヤーという言葉の意味を知らずに使っていたということじゃな」
「はい。どうやらそのようです。一応使わないように注意しておいたのでむやみにその単語を口にすることは無いとおもいますが」
「意味を知らないのであれば放っておいてもよいじゃろう」
「分かりました」
険しい顔付きのまま師匠は立ち上がり、窓の向こうの空に浮かぶ月を部屋の中から見上げる。
「じゃが、やはり王族にはその単語が伝わっていたというようじゃの」
「どうしますか?」
「下手に突いて蛇を出すのも野暮じゃろうて。警戒と監視は続けた方がよいじゃろうが、いかんせん王族が相手じゃからのぅ。どうしたものやら」
「いっそのことその言葉の意味だけを話してしまい、彼らも『識ル者』にしてしまうのは?」
「それこそ軽率というものじゃ」
師匠がより一層険しい顔付きに変わり、ベルグを窘めた。
「ですが、このままでは師匠の目的も――」
「それこそ慎重にならねばならんことじゃ」
吹きつける強い風が窓ガラスを叩く。
たったそれだけの自然現象だというのに、この私室内に漂う空気が一層重々しいものになってしまった。
「どちらにしても、その時期はまだまだ当分先の話じゃ」
瞬間、師匠の雰囲気は柔和なものに変わる。それと同時に私室内に漂っていた空気もいつも通りのものに戻った。
「ベルグも自分の世界へと戻り体を休ませるほうがいいじゃろう。明日も王城へ行くのじゃろ?」
「はい。そのつもりです。この流れに沿っていけば面白いものが見られそうですから」
「ほほっ。あの小僧は中々面白い奴だったみたいじゃのぅ」
「この流れが出来たきっかけもユウと俺が出会ったことから、いや、ユウが騒動に巻き込まれたことから始まったみたいですから」
「どうやらその者が今回の特異点のようじゃのぅ」
「特異点、ですか」
「物事を動かす出来事の始発点となるもののことを特異点と呼んでおるのじゃよ」
「『識ル者』の間で、ではですよね?」
「ふむ。まあそうなるのぅ」
「俺たちプレイヤーの間ではそう言った出来事に遭遇する人のことを違う呼び方をするんですよ」
「ほほう。それはなんじゃ?」
ベルグがニヤリと笑い、告げる。
「主人公、です」
今回の話はこういう展開にいったかもしれないよ、というif話です。
この路線だったならばもう少しシリアスになっていたかもしれませんが、作者が明るい路線にもっていきたいので無くなったルート分岐の内の一つの序章という感じで読んでいただければ幸いです。