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拡張するセカイ ♯.13

「これは、どういうことだよ!?」


 男たちが去った場所に俺の大声が木霊する。突然の戦闘が終わったことで平常に戻りはしたのだが、いまいち動揺が隠しきれていない。さらに言えば動揺が隠せていないのは俺だけではなく後からここに来てあの男たちの顔を見たヒカルとセッカも同じだった。

 男たちが去った場所を散策し始めようとするグームとカルヲに唯一冷静さを保っているベルグが問い掛ける。


「説明してくれるな」

「そう、ですね」


 厳しい眼差しを向けられ、仕方ないなという感じで溜め息を吐き出したカルヲが話し始める。


「貴方達には王都へと着いた段階で話そうと思っていたのですが、こうなっては隠しだてすることは無理でしょう。大体の想像通り、あの者たちは貴方達も知る通り町で騒動を起こした騎士団です。尤もそうではないものも居たようですが」

「それがどうしてここにいるんだ?」

「理由ははっきりしませんが、騒動の責任を問われ騎士団から追放されてからどこかに姿を消したことは聞いていました。一応人員を割いて探してはいたのですが」

「先に俺達が見つけてしまったというわけか」

「はい」

「というか、確かに騒動を起こしたことは問題ですけど、それだけで騎士団から追放されるものなんですか?」

「それは、その……」

「さっきも話しただろ。現国王は罪というものに異常なほど潔癖なんだ。騎士団であっても例外じゃない。っていうよりも騎士団だからこそ他より厳しく罰が下るのさ」

「だから逃げ出した、という訳ではないのだろ?」

「……はい」


 罪を犯せば罰が下る。それはどこの世界でも一緒だ。あの男たちもそれを理解しているからこそ罰が下されること自体に文句があるという感じではなかった。どちらかといえばその原因足り得るものに納得していないという感情が感じとれた。

 しかし、それがこの状況にどのように繋がっているのかが解からない。逃げた罪人を偶然見つけたというだけでは説明のつかない不可解さがどうしても拭い去れなかった。


「そもそも彼らがどうやって牢から逃げ出したのかすら分かっていないのです。牢の鍵は確実に施錠され、人族が出入りできるような窓のや隙間はありません。道具を使って逃げ出したような痕跡すら残されていませんでした」


 状況を思い出しながら話すカルヲは納得ができないと言いたげな表情をしている。


「ですから本当に逃げ出したのかどうかも確証がなく、当然のようにどこを探せばいいのかという見当も付いていないのが現実でした」

「けど、あの連中は本当に逃げ出していた」

「ええ」

「で、カルヲはこれからどうするんだ?」

「どうする、と言いますと?」

「逃げたあいつらをこのまま追うかどうかってこと聞いてるだ。今ならまだそれほど離れてはいないはずだ。追いかけるなら最後のタイミングだと思うけど」

「それは……そう、なんですが」


 煮え切らない態度のままカルヲは俺たちの顔を見回した。


「私は彼らを王都に連れていくという命令も受けていますし」

「あの数に対応できるかどうか分からない、か」

「正直、その通りです。先程も言ったようにここにいた者たちの中には騎士団を追放された人物もいましたが、そうではない人物もいました。人数の上でも劣り、どういう能力を持った人物かどうかも分からない現状で私が単独追いかけるのは得策とは思えません。今はこの現状を保存し、彼らがここで何をしようとしていたのかということを突き止める方が先決かと」

「それが騎士団団長としての判断なら俺は何も言うつもりはないさ」

「ということで皆さんにはここで少し待ってもらう必要が出てくるのですが」

「私たちは大丈夫ですよ。ね?」

「……うん、大丈夫」

「ありがとうございます。なるべく早く終わらせますので」

「あー、ちょっと待て、それなら王都からちゃんとした人員を要請した方がいいんじゃないか? ここは俺が責任を持ってこのままにしておくからよ」


 周辺の調査に乗り出そうとするカルヲをグームが止める。

 予想していなかった言葉にカルヲは心底意外そうな顔をして、


「しかし、団長は他の騎士団員に会いたくないのでは?」

「そうも言ってられないだろ。俺の見た感じではあいつらは何かを企んでいる。違うか?」

「それは――」

「あの現国王は手元に罪人を置いておきたくないだけだ。だから逃げ出した罪人は大概無視をする。わざわざ騎士団を動員してまで追うのは余程の事情がある場合だけだ。重罪人が逃げた時とかな。今回はカルヲ自ら追っているんだからその余程の事態ってことなんだろ?」


 罪の種類に大小などありはしない。そう言う人もいるだろう。だが、実際には感じるものに違いがある。人を殺した者。国を滅ぼした者。軒先でパンを盗んだ者。全部同じ罪人だ。でも、全く同じ罪人ではない。それぞれにバックボーンがあり、原因があり、犯した罪の重さがある。

 それが違いだ。

 違いを認めて初めて一つ一つを正面から捉えることができる。

 グームたちが話すように現国王が潔癖なのだとしてもカルヲ自ら出張るような事態はそれだけで大事なのだと言っているようなものだ。

 程なくしてカルヲは重い口を開いた。


「……これは聞かなかったことにしてくださいますか」

「ああ」

「他の皆さんもです」

「分かった」


 ベルグがしっかり了承し、ヒカルとセッカが真剣な面持ちで頷いた。

 俺も小さく首を縦に動かす。


「あの者たちは王城の倉庫からあるものを持ち出した疑いがあります」

「ある物?」

「それは――」

「成程な。王族が持ち出されて困る物といえば大体限られてくるが、どれだ?」

「魔物を呼ぶ笛と吸魔の鎧一式です」

「二つもか」

「それはどんなアイテムなのか教えてくれるか?」

「――分かりました。魔物を呼ぶ笛はその名前の通りに魔物を呼び寄せることのできるものです。そしてもう一つ、吸魔の鎧は対象の魔力を奪うことが出来ます」

「その対象ってのはモンスターに限ったことじゃないんだな。そうじゃなければ倉庫に置いておくなんてしないはずだからな」

「はい。吸魔の鎧が魔力を奪うのは人からも可能です」

「魔力を失った人がどうなるのか、お前らは知ってるのか?」

「あんまり」


 グームに訊ねられ俺は首を横に振り、質問を投げかけたグームはそれを見届け説明を続けた。


「簡単に言うとだな、魔力を失った人は全身から力が抜けたようにその場で倒れるか、最悪ずっと気を失ったままになる。見たことあるだろ」

「いや……無い、かも」


 それは俺の知るMPを枯渇させた時に見られる症状とは違っていた。

 俺たちプレイヤーはMPを全て使い切ってもHPさえあれば問題なく動きまわることが出来る。出来なくなることといえば魔法やアーツの使用だけ。戦いにおいて不利になることはままあることだが、それも念頭に置いて動けばそれなりにカバーすることができる。

 だからMPの枯渇がそこまで大事だとは思っていなかった。

 プレイヤーとNPCの違いだと考えれば納得できることでもあるが、それにしたってこの違いは大きすぎる。動けなることは戦場においてそのまま死に繋がる。たった一揃えの鎧のせいでだ。

 それが盗まれたのだとすれば大事なのは疑いようのない事実だ。


「あの、さっきはそんな鎧付けてませんでしたよね」

「それに俺にはアンタらと同じ鎧を着たていたように見えたが。見間違いかなにかか?」

「見間違いなんかじゃない。あいつらは騎士団の装備も同時に盗み出した。違うか? カルヲ」

「はい、それも私が直接命じられた理由の一つです。騎士団の格好をしたものが罪を犯したかもしれない。そんなことが知れ渡ってしまえば騎士団の信用が疑われてしまいますから」


 カルヲが気にしているのは面子なのだろうか。いや、決してそれだけではないのだろう。俗に言う現実にもある信用と信頼の問題というやつらしい。


「それなら尚更カルヲ達は王都へと急いだ方がいいだろう」


 グームの言う通りだ。

 ここでじっとしていては無駄に時間だけが過ぎていく。その分だけ現場の証拠は薄れていき、男たちは遠くへ逃げおせてしまう。


「団長、本当にここを任せてもよろしいのですか?」

「ああ、任せとけ」

「ありがとうございます。では急ぎましょう。ここから王都まではそう遠くないはずですから」


 いつの間にか名前を訂正することを諦め、グームは肩を竦めている。

 カルヲは俺たちに我先にと来た道を戻り始めた。


「ほらお前らも早く行け。置いていかれるぞ」

「あ、ああ」


 自分たちを置いて進む展開に俺は呆気に取られてしまっていた。


「ここはグームの指示に従っておこう。行くぞ」


 草むらから木々の中へと向かうカルヲとベルグの後を追うように俺も林の中へと入っていった。

 ヒカルとセッカはこの時もまだ無言のまま、互いの顔を見合わせてなにかを思案するような表情を浮かべている。

 そして、二人を追う俺の後に続いてヒカルとセッカも林の中へと進んだ。

 無数の木々の合い間を通り抜け、ポルト村を素通りし、王都に続く街道を行く。

 それからは寄り道などしてはいられなかった。

 ただひたすらに王都を目指し歩き続ける。道中、会話らしい会話などありはしない。ピンっと張り詰めたような空気が漂い息の詰まる思いを強いられていた。

 俺たちが王都へと着いた頃には日は傾き、辺りはオレンジ色に染まり始めていた。

 橙に染められていく城壁の向こうに見えるのは王都の建造物。

 夕暮れ時の騒々しさに包まれる街にはプレイヤーNPC問わず大勢の人が行き交っている。その殆どが笑いあい楽しげに肩を並べ歩いていた。

 王城はそんな喧騒の中でも唯一荘厳さを保ち、街の様子を見下ろしている。


「私は先に王城に戻り手筈を整えておきますから、皆さんはここで少し待っていてください」


 王城の近くにある宿屋の一つに案内された俺たちは部屋に着いた途端、カルヲにそう告げられた。

 部屋を出ていくカルヲに残される形になった俺たちはそれぞれ思い思いの場所に座り、これまでの疲れを癒すことにした。

 連続した戦闘もさることながら、自分がコントロールし得ない事態に巻き込まれていくという現実が俺の精神を疲弊させていく。近くの椅子に座ったその瞬間、俺は全身から力が抜けていくのを感じた。

 深く椅子に腰かける俺にヒカルが話し掛けてきた。


「もうすぐなんですね」

「何が?」

「私たちはあの城の中に行けるってことなんですよね?」

「多分そうなんだろうけどさ、ヒカルは気にしてないのか」

「何がです?」

「俺たちはクエストでもイベントでもない事態に巻き込まれてる。それは解かるよな?」

「……なんとなく」

「でも大丈夫です。意外かもしれませんけど私たち結構ワクワクしてるんですよ」

「ワクワク?」

「だって、王城といえばお姫様ですよ、お姫様。それも本物の。一度くらい本物のお姫様ってのを見ていたいじゃないですか」

「そういうもんか?」

「……そういうもん」


 目を輝かせるヒカルと同じくらい好奇心を秘めた表情をしているセッカが応えた。

 予想外の態度に言葉を失う俺にベルグが微妙に笑いながら囁く。


「あの二人はお前よりも肝が据わっているかもしれないな」

「だな」


 思わず苦笑が漏れた。

 ベルグの言うようにこの状況でもなお楽しめているヒカルとセッカは俺よりもタフなのだろう。それか俺が心配し過ぎなのかもしれない。

 未知の出来事が巻き起こるという確信が常に俺の脳裏について回り、そのせいで肝心な時に一歩足が竦んでしまうことがあった。実のところ、俺がNPCとの戦闘で勝てない理由はこれなんだろうと以前からなんとなくだが予想はついていた。予想がついていたのに何も出来ないでいる。未知への恐怖とも呼べるそれが僅かでも前に出ることを遅らせていたのだ。


「で、お前はどうするんだ?」

「それを聞くのか、俺に」

「ああ、聞くさ。ここにいる四人で腹を決めていないのはお前だけだからな」


 その一言に思わず俺はヒカルとセッカの顔を見た。二人は落ち着いた様子で椅子に座り、これから起こることを想像しながら楽しそうに話している。


「俺は行くぞ」


 決意を込めた言葉が告げられる。


「初めは師匠に言われてついて来ただけだが、この展開で途中下車はあり得ないさ。お前が俺の立場ならそうするはずだろ」

「……かもな」


 確かに、俺がベルグの立場ならそうするだろう。でも、俺は俺だ。ベルグじゃない。だからこうしてたった一言が言えないでいる。


「悩んでばかりの自分が嫌になるか?」

「……まあな」

「ならいっそのこと何も考えるな」

「何も?」

「そうだ。お前が悩もうと悩むまいと事態は進む。ならば何も考えないのも一つの手だとは思はないか」

「それでいいのかな」

「さあな。どのみち、迷っていられる時間はそう残されていないらしいぞ」


 ベルグが告げたその次の瞬間、俺たちのいる部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。


「早いな」


 感心したように呟き、ベルグはゆっくりとドアを開け来客を部屋の中へと招き入れた。


「お待たせしました」

「カルヲさん。もういいんですか?」

「ええ。準備は整いましたよ」

「準備?」

「貴方たちを迎え入れる準備ですよ」

「行くぞ。いいな?」

「はい」

「……うん」

「お前もだ。流れのままに、な」

「わかってる」


 頷き俺は椅子から立ち上がった。


「ついて来て下さい」


 そう言うカルヲの後を追い俺たちは宿屋から出て王城へと向かった。

 宿屋から王城までは建造物五つ分しか離れていない。夜になり人通りの少なくなった通りを抜けるとその先には無数のたいまつに照らされた王城が姿を現した。


「こちらです」


 カルヲが示したのは正門ではなく、裏門。豪華絢爛な装飾のある正門は固く閉ざされたままなのに対し、裏門は少しだけだが開かれている。

 開かれている裏門を開け、カルヲに先導されるがまま王城の中へと入って行った。

 等間隔で備え付けられた燭台に火が灯り足下までも明るく照らしている。

 冷たく無機質に感じられる石の廊下を進んだ先に、俺たちを待つ人がいるであろう部屋のドアがあった


「失礼します」


 ドアを開け、部屋の中へと進む。

 その部屋は大きな長机と十近い椅子があるだけの簡素なもの。長机の上に置かれた燭台と天井から吊らされたシャンデリアの灯りが暗い部屋に光をもたらし、俺たちを待っているその人の姿を浮かび上がらせていた。

 まるでトランプに描かれているキングをそのまま出現させたかのような老人がたった一人で椅子に座っている。


「アンタが俺たちを呼んだんですか?」

「ほう、威勢がいいのう」

「気になりますか?」

「いいや。気になどならんよ、好きにするがいい」

「では、このままで」


 白く長い髭を蓄え、彫りが深くいくつもの皺が刻まれた老人がまるで少年のように笑う。

 ベルグが物腰を丁寧にして問い掛けた。


「俺たちを呼んだ理由を聞いてもいいですか?」

「カルヲから聞いてはおらんのか?」

「一応は。でも、俺は直接あなたの口からお聞きしたいのですが」

「なるほどのう。ま、いいじゃろう。お主らを呼んだ理由は単純なことじゃ。儂らに力を貸してもらいたい」

「力をですか?」

「私と共に鎧と笛を取り返すのに協力して欲しいのです」


 俺たちの背後に立つカルヲが前国王の言葉に続き告げた。


「ここに来るまでのことで私は確信しています。貴方たちとならこの問題を確実に解決するることができると」


 振り返るとカルヲが力強い言葉を言い放った。

 背筋をピンと伸ばし立つその姿はまさに騎士団団長という風格が滲みだしている。そんなキリッとした表情と仕種のまま、頭を下げた。


「お願いします。私に力を貸して下さい」


 頭を下げたまま俺たちの返答を待つカルヲにかける言葉を選ぶ俺は同時に自分の気持ちと向き合うこととなっていた。

 ベルグの言うように流れに身を任せるのも方法としては間違っていないのだろう。だが、俺は、どうせなら自分で選択した未来を選びたい。

 その結果がどうなろうとも。

 俺たちの返答を待っている僅かな時間が僅かな静寂を破る様に固く閉ざされていた扉を開かせた。


「お話は終わりましたか? お爺様」


 逆光を背負いつつ現れたのは小さなヒカルと同じくらいの背丈の少女。

 華美なドレスと宝石を身に付けたその少女の出現に、前国王が大きな溜め息を吐き出した。



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