♯.10 『工房の再会』
「リタいるかー?」
鍛冶師NPCの鍛冶屋から急いで走ってきた俺は息切らしながら辿り着いたリタの工房の扉を勢い良く叩いた。他人が所有している場所に入るのには主人の了承を得る必要がある。それは現実でもゲームでも変わらない。
ガチャと音を立てて鍵が外れる音が聞こえてきた。
そしてそれに続きリタの声が聞こえてきた。
「いるよー。鍵は開けたから入って来ていいよー」
了承を得たと言わんばかりに、俺は勢い良く扉を開けて工房の中に入った。
リタは工房の真ん中にある机の前にある椅子に座り、何やら傍からは良く分からない作業に没頭しているみたいだった。
「どうしたのユウくん。≪鍛冶≫スキルの習得クエストで何か困ったことでもあった?」
俺のあまりの慌てようを心配しているリタが問い掛けてくる。俺は黙ったまま首を振り「違う」と告げるとそのまま別の言葉を続けた。
「…悪い。思ってたよりも時間が掛かった」
「何のこと?」
両手を合わせるという分かりやすい動きで謝る俺に対してリタはわけが解からないという顔をして聞き返してきた。そして、そのまま俺に近くの椅子に座るように促してくるリタに従って俺はリタの正面の椅子に座った。
「何って、≪鍛冶≫スキルの習得だよ。正直、もう少し早く取れると思っていたんだけど」
既にゲーム内の時間は夕方を大きく通り過ぎ夜になっている。
ゲーム内の時間の流れは現実のそれより速い。だからこそ、各自のコンソールに表示される時計には現実の時間とゲーム内の時間を表しているものの二つがある。
奇しくも今はちょうど現実とゲームの時間帯がシンクロしているらしく、日が落ちて暗くなった町並みは現実のそれと一緒だった。
「ちょっと待って。もしかしてもう≪鍛冶≫スキル取って来たの?」
俺の様子を見てようやく思い至ったのか、リタが驚きながら聞いてきた。
「ああ。この通り」
外着の内ポケットに入れている『証の小刀』を見せる。
このアイテムこそ俺が≪鍛冶≫スキルの習得の成功した証であり、俺が初めて作ったアクセサリだった。
「何それ?」
自慢気に『証の小刀』を見せびらかす俺の意図がわからないというようにリタは首を傾げた。
「何って、俺が≪鍛冶≫スキルを習得する時に作らされた物なんだけど。あれ? リタは何か作らされなかったのか?」
「私の時は武器は作らなかったよ」
「え、ああ。これは武器じゃなくてアクセサリだぞ」
「アクセサリ!? ≪鍛冶≫スキルなのに?」
「変なのか?」
「うーん…」
自分が≪鍛冶≫スキルを習得した時のことを思い出しているのか、リタは目を瞑りながら「どうだったかな」と呟いていた。
「えっと、リタの時はどうだったんだ?」
「私の時? その前に確認だけど、ユウくんは私が教えた鍛冶師NPCの所で≪鍛冶≫スキルを取ったんだよね?」
「まあ、他に習得できる場所は知らないし」
「だよね」
そう言いながら俺の脳裏には全身余す所なく日焼けした渋いオッサンという印象の鍛冶師NPCの顔が思い出されていた。
先に言った通り俺はリタに教えてもらった鍛冶師NPCのところ以外に≪鍛冶≫スキルを取れる場所があるかどうかすら知らないのだ。だからリタがわざわざその確認をしてくる意味すら解らなかった。
「もしかして、スキル習得の条件はランダムなのかも」
「どういう意味だ?」
「私の時はこれの作成だったのよ」
リタが立ち上がって工房の奥にある棚から取り出したのは、腕に付ける形のプレートガードと呼ばれる類いの防具。装飾一つ施されていないシンプルな見た目のプレートガードからはどことなく俺の持つ『証の小刀』に似た雰囲気が感じられた。
他人の持ち物になっているアイテムは外から勝手に詳細な情報を見ることが出来ないようになっているらしく、俺がわかるのはあくまでもプレートガードという防具の種類だけ。
これまでのことを鑑みると何処にでも売っているようなアイテムを除けば人が持っているアイテムはその正式名称すら容易に知ることが出来ないらしい。
「これの名前はなんて言うんだ?」
「へ? 名前なんてないよ。これならただの『プレートメール(腕)』だね。ユウくんが持ってるそれには名前があるの?」
「ああ。『証の小刀』っていうらしい」
あくまでも自分が名付けたのではなく、このゲームのシステムが自動的に名付けたものだが、確かにこれには名前が付いている。
「ふーん。確かそれってアクセサリなんだよね?」
「そうみたいだな」
「アクセサリなら持ってるだけでいいの?」
「持ってるだけっていうか、装備してるだけって言えばいいのかな。服のどこかに付けていれば良いみたいだし、持ってるだけで防御能力に少しだけ補正がかかるっていう――」
「嘘!?」
食い気味にリタが叫ぶ。
自分が作り上げた『証の小刀』の性能を思い出しながら話す俺にリタの驚きの視線を突き刺さった。
「だって、それって≪鍛冶≫スキルの習得のために作ったやつだよね」
「あ、ああ。それがどうかしたのか?」
何を今更と、俺はその質問も意味が解らないというように問い返した。
「なんで……」
ワナワナと震えるリタは俺の手にある『証の小刀』を真っ直ぐ見ている。
「なんで、そんなに良い物が出来てるのよー!」
俺の肩を掴んで揺らしてくる。
ガクガクと揺れる視界に映るリタは昼間の大人っぽい印象とは百八十度違っていて、駄々をこねる子供のよう。
不謹慎ながらも見た目とのギャップがあって可愛いとすら思ってしまった。
「そそそ、そんなこと、俺が知るわけないだろ。リタのそれは違うのか? っていうか放してくれ。酔いそう」
「あ、ゴメン」
「――っ、うぷっ。それで、リタは何が気になってるんだ?」
「……うぅ。私のはどこにでも売ってる初心者用の装備品と何も変わらないのに」
悔しそうに言うリタからプレートガード(腕)を手渡され、そのままじっくりと目を凝らして見てみることにした。
外見は綺麗に作られており、その作りもしっかりしている。俺は防具に関しては――というか武器に関しても――素人だが、自分が想像する初心者用の装備品とこれではその出来はともかく、性能に大きな違いがないとはとてもじゃないが思えなかった。しかし、全身から悔しさを滲ませるリタのあの様を見る限り、彼女の言葉に偽りは無いのだろう。
俺が作り上げた『証の小刀』だけが特別だなどとは思うつもりも言うつもりもないが、リタが≪鍛冶≫スキルを習得する際に作り上げたものとは明らかに性能が違っているのもまた事実だった。
「どうしてなの? ベータテストの時もスキル習得の作成でこんなアクセサリが出来上がったなんて話は聞いたことなかったのに。はっ。もしかして、製品版からの変更点? それならもっと真剣に作ったのにー」
ぶつぶつと自問自答を繰り返すリタはやはり筋金入りのゲーマーなのだと理解した。それと同時に俺がしでかしてしまったことの重大さについても嫌というほど理解させられた。
どんなにスキル習得の為のクエストだったとしても、適当にこなしていたのでは幾分かのマイナスが発生する可能性がある。手に入るアイテムの性能がその時の行動によって決まるのだとしたら、リタは貴重な機会を一つ失ったも同然だった。
「と、とにかく。これから俺たちは≪細工≫スキルを取りに行くんだろ。習得できる場所は分かっているのか?」
いつまでもリタの自問自答を眺めているのでは何をしにここに来たのか解からない。
報告を済ませた以上、大事なのはこれから取ることになるスキルの方だ。
「え? それは勿論。≪細工≫スキルも≪鍛冶≫スキルと習得方法自体はそんなに大差ないよ。基本的に町に出て、対応しているNPCから作り方を教わるの」
それがクエストになっているの、と俺に問い掛けられて落ち着きを取り戻したリタが答えた。
「ベータテストの時と同じならアクセサリ専門のNPCショップに作り方を教えてくれる店員NPCがいるはずよ」
≪細工≫スキルがアクセサリ製作に必要になると言っていたのはベータテストの頃の経験に加えて、実際に製品版でも習得できる場所を確認しているからなのだろう。だから事前に習得出来る場所をリタが知っていてもおかしくはない。
「それじゃあ早く行こう」
≪鍛冶≫スキルの習得を待っていてもらっていたという理由もあるにはあるのだが、実際そんなものは建前だ。
俺としては早く新しいスキルを手に入れたい。そして何より、剣銃の強化を早くしてみたい。自分の頭の中にあるのはそんな好奇心からくる「やってみたい」という気持ちだけだった。
「ちょっと待って。ユウくんは時間いいの?」
「え?」
話をしてる間にコンソール上にある現実の時間を示す時計の文字盤は午後六時を過ぎていた。これでは昼にログインしてから既に四時間近くぶっ通しでプレイしていたということになる。
「あ…そうだな。悪い、そろそろ晩飯の時間だ」
時間を忘れて熱中していたなどという体験はどれくらいぶりだろう。そんなことを考えると俺がまだ小さい頃、友達と公園で遊んでいた頃を思い出した。
「私もそろそろ落ちないといけないのよね。えっと、どうかな? ≪細工≫スキルの習得は明日にしない?」
リタの提案は願っても無いこと。反対する必要などは全くないというように俺は頷いた。
「時間はどうしようか? ユウくんは明日朝からログイン出来る?」
「ああ」
幸い明日も休日だ。
朝からVRゲーム三昧というのは少しだけ不健康だとは思うが、休みの日に朝からゲームをしたところで誰にも文句は言われない。
「それなら明日の朝十時に私の工房に集合でどうかな?」
リタにとっても新たなスキルの習得は待ち遠しいもののようだ。
自己紹介の時にすら自分を防具屋と称しているからにはそれに使う≪細工≫スキルも防具屋のロールプレイには必要不可欠なスキルの一つなのだろう。
「わかった。それでいいよ」
「よかった」
明日の約束をして俺はリタの工房を後にすることにした。
俺がドアを開け外に出ようとしたその瞬間、工房の中からリタの力強い声が漏れて聞こえてくる。
それは強い決意が込められた言葉というよりも、もはや執念の籠った言葉のように聞こえてきて、俺は聞かなかったことにしようと足早に工房から離れていった。
17/5/12 改稿