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読むのがしんどい桃太郎 その1

作者: 山野穴太

これはその1です。

続編をアップするかどうかは考えます。

 一羽の鳥が悠々と大きな円を描いているのだが、それはひょっとしたら備中だか備前だか、もしかしたら吉備かも知れぬ、まあその辺りをゆっくりゆっくりと、まるで何かに狙いを定めているかのように旋回の径を縮めたり広げたりしながら飛んでいる。長い尾羽をきらきらとなびかせながら飛ぶその姿は何を隠そう迦陵頻伽であり、その口にはどこから持ってきたのか桃の実を咥えている。ただ桃の実ではない、遠目には尋常の小ささに見えるが、この霊鳥の口に収まる大きさならばこれはかなりの大物である。そう考えるとそこら辺の桃園から失敬してきた物ではないことは想像に難くない。果たしてそれは唐の国の遥か西方、率直に言えば西王母の秘密の桃園になっていた物であり、となれば当然普通の桃ではない事は必定、この鳥が咥える桃がどんな奇跡を宿しているのか分からないが、例えばかつて、やはりこれは別の鳥がやはり西王母の桃園から一つばかり失敬してふらふらと唐の上空を舞っていて、ふとした気の緩みからどこかの神州にそれを落としたらそれがたまたま花果山とかいうごうごう燃える山だったものだから、いつかその実は溶岩に包まれ、月日が流れ冷えて固まって頑丈な石となり、さらに年月は経って石は風化し、遂には中から一匹の猿が生まれたと言う、そんな話が伝わっているくらいだからひょっとしたら中から人が生まれたりすることもあるかもしれない。西王母はこの実を他人に渡すのを好まない、それが宿敵迦陵頻伽ともなればなおさら、いつも爛々と目を輝かせて桃園を見張っているのだが、どうにも仙女は気まぐれでちょっと酒を傾けてはやれ今日はどこの男を誑かしてやろうかなどと言う白昼夢にふける事がしばしばあり、本当なら木から落ちた実は自分で、あるいは手下の仙女の手を使ってきっと拾っておかなくてはならないのがそんな事をしているものだから何十年かに一個くらいは見逃すこともあって、かの霊鳥はこの落ちた実が大変においしいものだからいつもこれを狙って桃園の上を飛びながら、その実が地面に到達するが早いかその優美な姿におよそ似つかわしくない俊敏さでこれを攫っていく、西王母ははっと我に返ってこれに気づくのであるが、かーっと憤慨するもののやっぱりこれを見逃す、そんなこんなで偶に世の中に奇跡の桃の実が姿を顕す事がある。例の桃を咥えた霊鳥はさて、これをすぐに食すのではなくいったんどこかへ隠そうとはるばる東方まで飛んでくるのだが、人の頭をしていても中身は鳥なのか、あるいは単に気まぐれなのか、あごが疲れただけかもしれないが、咥えたこの実をよく落とす。落としては地上に騒動を巻き起こすのだが、そこは優雅な霊長である。そんなことは気に留めずにもう一個取ってこようとくるりと来た方へとまた飛び去ってしまうのである。かの霊長も例にたがわずその実をポロリと口から離してしまったのだが、もしかしたら何か思う事あってそこをめがけて落としたと言うこともありうるかもしれない、なんて事はどちらでもよいが、とにかく桃の実は今で言うところの吉備あたりに落ちたらしい。そしてそれはどっかの山肌にドスンと大穴を空けて土中にはまって何の目にも留まらず腐れて行く運命だったのを、何の偶然か一頭の猪がふんふん鼻を突っ込んでこれをほじくり返し、当の猪はミミズを咥えて満足したのか一方の桃には目もくれずこれを蹴飛ばし、あろうことか浅瀬に転がしてしまった。落とされた桃は浅瀬を水に流されてころころ転がり、遂に川へと流れ込んでどんぶらこと行く当てのない旅をする羽目とはなったのだが、幸か不幸か川で洗濯をする女――年齢などの言及は避けるが、まあ若いと言う程ではない――の目に留まり、先程も述べたがこれはものすごく大きな桃で、なおかつとてもうまそうである、そんな桃なもんだから、その女の手によって収奪されてしまった。女は洗濯の手も程ほどに嬉々としてこれを担いで帰ったところ、男――これは女の夫である。やはり若くはない――はもう既に家にいたので、これは芝刈りも適当に済ませて帰って酒でもかっくらっていたに違いないとちょっと思いつつも、そんなことはおくびにも出さない楽しげな表情でこれこれこうだと桃の話を夫に語って聞かせると、夫は己の怠惰に悪びれる様子もなくそれじゃあ早速これをかち割って食ってやろうと土間に寂しく放ってある鉈を手にとり、人の頭程もある巨大な桃の前に立ちはだかって、一刀の下にこれを真っ二つにした。その割れ目からは噴出すほどの甘露な香りが漂い、そしてそれは一瞬にして夫婦の正気を奪ってしまったのだろう、夫婦は目を血走らせてこれにかぶりついた。それほど甘味に飢えていたのである。二人は夜になってもその興奮を収めることができず、お互いの体にそれをぶつけ合った。月日が経って一人の男の子が生まれたのだが、これが丸々と太って、まるでもう何年も育てられたかのような体格だったものだから、これはきっと例の桃のおかげなのに違いないと、二人はたいそう喜んで、その感謝を別に誰に表すつもりでもないがとにかくその赤ん坊を桃太郎と名づけ、これを記念としたのである。

この話はフィクションであり、実際の人名、地名、団体、宗教、神様、生き物などとは一切関係ありません。

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