新たな手段
「失礼する! フォルツ、プリム、おるか? 私だ!」
午後になって、ふいに、玄関からノックの音と、呼びかける声が聞こえてきた。
「あれ……この声って、お祖父ちゃん? 今日、来るなんて言ってたっけ?」
「いや。きっと、プリムを心配して来たんだろう。昨日会場から帰る時、俺や伯爵が何を言ってもプリムは俯いているだけで、反応がなかったから」
「え? あのときお祖父ちゃん、いたの?」
「……気づいてなかったのか。まあ、いい。今日はちゃんと、明るく元気に挨拶するんだぞ」
「う、うん! あ、じゃあ、お出迎えしなきゃ!」
「そうだな、行こう」
「うん!」
私はお父さんの後に続いてリビングを出て、玄関に向かった。
そして。
「こんにちは、お祖父ちゃん! いらっしゃいませ!」
玄関の扉を開け、笑顔でそう挨拶した。
★ ☆ ★ ☆ ★
「おいし~! すっごくおいし~!」
「そ、そうか。喜んでくれたなら良かった。さ、もっと食べなさい。全部食べていいんだからな、プリム」
「うん、ありがとう!」
テーブルの上には、所狭しと並ぶ、お菓子やケーキの山。
全部お祖父ちゃんが手土産にと持って来たものだ。
どれも私の好きなものばかり。
私を心配して、元気づける為に買って来たものなんだろう。
どれも凄く美味しいから、とても嬉しい。
もちろんお祖父ちゃんの気持ちもね。
……でも……全部はちょっと、一人じゃ食べきれないかなぁ?
お父さんやお祖父ちゃんにも、食べて貰わないと。
そう思いながら、私は新たなお菓子を口に放り込んだ。
「うん、これもおいし~! すっごくおいしいよ、お父さん、お祖父ちゃん! ほらほら、二人もたべて! はいお祖父ちゃん、あーん!」
「なっ!? あ、あーん……!?」
「うん! ほら、お口あけて? あーん!」
「……う……わ、わかった」
私が笑顔でお菓子を差し出すと、お祖父ちゃんは戸惑いながらも口を開けた。
私はその中にお菓子を放り込んだ。
「どう、お祖父ちゃん? おいしい?」
「ああ。美味しいぞ」
「良かった! じゃあ次はお父さんね! はい、あーん!」
「あ、あーん……うん、美味しいな」
「だよね! おいしいよね!」
私はその後も次々とお菓子を頬張りながら、時々、お父さんとお祖父ちゃんの口にもそれを運んだ。
うん、これなら問題なく全部食べられそう。
「と、ところでな、プリム? 昨日の、話なんだが」
「うん? ……あ……ご、ごめんなさいお祖父ちゃん。せっかく応援にきてくれたのに、あんなけっかで……。がっかりしたでしょ」
「なっ、そんな事はないぞ!? プリムが頑張っていた事はよくわかっておる! 結果など気にするでない! プリムがこれまでしてきた努力は、決して無駄にはならんからな! ……だ、だがなプリムよ。やはりか弱いおなごが剣を持つのは危ないと思うのだ。どうだろう、剣を習うのはやめて、淑女を目指さんか?」
「お祖父ちゃん……」
それって遠回しに、才能がないからやめなさいって言ってるんだね……。
うん、わかってるよ……これ以上続けても仕方ないし、やめる事にするよ……。
「うん……。……しゅくじょを目指すとかはべつにして、剣は、やめます。身をまもるほうほうも、何かべつのしゅだんを考えます」
「う、うむ! そうだな、それがいい! ……それでだな、プリム。その、身を守る方法だが、私にひとついい考えがあるぞ!」
「えっ、ほんとうに? どんなほうほうですか?」
「うむ! 護衛を雇えばいいのだ!」
「わぁ! ごえいを……………………お祖父ちゃん。うちに、そんなおかねはないですよ?」
胸を張って自信満々に言い放ったお祖父ちゃんに、私は冷ややかな笑みを浮かべてそう返した。
うちは、貧乏だ。
お母さんが残した借金は、お祖父ちゃんがくれた結構な額の慰謝料でも完済できない程の金額だった。
その為お父さんは毎月切り詰めて切り詰めて、少しずつ返済していたようだった。
お母さんが出て行って間もない当時は、夜中にトイレに起きるとよく、お父さんがリビングにいて、頭を抱えながら、『生活費が……食費が……ああ、金が欲しい……』とぶつぶつ言っている姿を目にしたものだ。
その為私は、誕生日などにお祖父ちゃんが『プリム、プレゼントは何が欲しい?』と聞いてくると、『おかね!』と答えていた。
最初にそれを言った時は、何故かお祖父ちゃんは真っ白になって固まり、側で聞いていたお父さんは『俺は幼い娘になんて気遣いを……』とか呟いて泣いていた。
お父さんが頭を抱えてお金が欲しいと言っていたからそう言ったのに、何で泣かれたんだろう。
今だに謎だ。
あれから数年経った今はもう借金は完済できてはいるけど、とても護衛を雇う程の余裕はないはずだ。
「というわけで、その方法はつかえません。何かべつの方法を……」
「大丈夫だ、プリム。護衛は護衛でも、最初しかお金がかからない護衛だ。あとは衣食住の提供さえあれば、一切お金はかからない」
「え、そんな護衛さんがいるんですか? ……ああ、でも、やっぱりダメです。その"さいしょのおかね"が、うちにはないですもん」
「何、それくらいは、私が出してやるとも! 結局今まで、プリムの誕生日はフォルツに幾ばくかの金額を渡すだけで、プリムには何もやれてないからな。その分を今こそ、護衛という形で贈ろうぞ! それにプリム、この護衛はな、プリムから片時も離れる事なく、家族のように毎日ずっと一緒にいてくれるのだぞ!」
「えっ……家族のように? まいにち、ずっと一緒に? ほ、本当に……?」
「うむ! 本当だとも!」
「じゃ、じゃあ……私、もう……さびしい思い、しなくても、よくなるんですかっ?」
「うむ、そうだ! ……そうだが……プリム。……そろそろ、フォルツが泣くぞ……?」
「……えっ?」
お父さんが、泣く?
満面の笑顔から、僅かに苦笑に変えて告げられたお祖父ちゃんの言葉に、私は首を傾げながらもお父さんのほうを見た。
すると何故かお父さんは、両手とおでこをテーブルに乗せ、項垂れていた。
「金の……金の心配をまだ、俺はプリムに……! ……しかも、"寂しい思いしなくても"って……いや、わかってた……わかってたけど……っ!!」
「え、えっと……お父さん? どうしたの……?」
「……いや、何でもないよプリム。何でもないから、お父さんの事は暫くそっとしておいてくれ……」
「??? えっと……お、お祖父ちゃん……?」
何かを小声でぶつぶつと呟くお父さんに声をかけると、お父さんは項垂れたまま片手を上げてそう言った。
訳がわからず、私はお祖父ちゃんに助けを求める。
「ふむ……放っておけと言うなら、放っておきなさいプリム。そのうち立ち直るだろう。それよりも、護衛の話だがな。先ほども言った通り、お金がかかるのは契約時だけだが……それよりも前に、護衛のほうに、プリムを主人にして貰わねばならんのだ。認めて貰わねばならん。契約前に、主人として相応しいかどうかを判断する為の試行期間、つまりお試し期間があるからな、頑張るんだぞ?」
「おためし期間? ……わ、わかりました、がんばります!」
「うむ。ではプリム、支度をしてきなさい。早速護衛を見に行くとしよう」
「あ、はい! じゃあ、ちょっとまっててください!」
お祖父ちゃんに返事を返すと、私は上着を取りに自分の部屋へ駆けて行った。
「……フォルツ。お前も共に行くだろう? しゃんとせんか。いつまでも項垂れておるでない」
「……はい、すみません。俺も、勿論一緒に行きます。……それにしても、今のお話……"認承従属"の護衛ですか。……得る事がステイタスと言われる彼らに、プリムは、認めて貰えるでしょうか……」
「何、探せば良い。あれだけいるのだ、一人くらいは認めるだろう。何と言っても、プリムは可愛いからな!」
「……ああ、そうですね。きっと一人くらいはいるでしょう。プリムは、可愛いですから!」
……え……二人揃って、何で親バカ、爺バカ発言してるの……?
上着を着てリビングに戻った私は、扉を開けた途端聞こえてきた二人の発言に、数秒の間、その場に立ち尽くした。