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父、帰還する

窓辺に立ち、じーーーっと窓から外を見つめる。

外は一面茜色に染まり、木々が夕陽を浴びて地面に長い影を落としていた。


「お父さん、まだかなぁ」

「そうねぇ、そろそろ、着く頃だと思うけれど。さぁプリムちゃん、お茶が入ったから、こちらへいらっしゃい」

「はぁい」


ククルさんに呼ばれて、私は窓辺から離れ、テーブルについた。

テーブルにはウッドさんとアメリアお姉ちゃん、そしてなんとお祖父ちゃんが座っている。

初めてお祖父ちゃんに会い、昼食を共にしたあの日から、既に十日が経過している。

お祖父ちゃんは私を気に入ったらしく、それからも頻繁に私に会いに来てくれた。

そして、お父さんが帰ってくる予定の今日、なんとお父さんに会うつもりらしく、こうしてウッドさんの家にお邪魔し、共にその帰りを待っていた。

本人曰く、これから時々私を連れ出す許可を、お父さんから貰うんだそうだ。


「……あの、シュヴァルツ伯爵……本当にフォルツに会うおつもりですか?」


あ、ウッドさん、また同じ質問してる。

お祖父ちゃんが来て、お父さんに会うと告げてから、ウッドさんはちらちらとお祖父ちゃんを見ては、困ったような顔をしてこの問いを繰り返している。

そしてウッドさんがそうする度、ククルさんも同じような顔をしてお祖父ちゃんを見るのだった。


「……何度目の問いかね、ウッド君? ……まぁ、君の言いたい事はわかる。フォルツは私になど会いたくはなかろう。だが、今後プリムを誘うには、事前にきちんと彼の許可を取る必要がある。フォルツに、誘拐と誤解されるような事は避けねばならないからな」

「っ」

「ん? ……プリム、どうした?」

「あっ、いえ。なんでも、ないです」

「……そうか……?」

「はいっ。……お、お父さん、まだかなぁ」


誘拐というその言葉を聞いて思わず息を呑んだ私に気づき、お祖父ちゃんは訝しげに顔を覗き込んできた。

私はその視線から逃れる為、カップを持ったまま椅子から降り、再び窓辺へ足を向ける。

……危ない、危ない。

前世であんな事があったせいか、誘拐という言葉に過剰に反応してしまった。

これは、もしかしたらトラウマになっているのかもしれない。

私は溜め息を吐いて、徐々に朱から群青へ変わっていく空を眺め続けた。


★  ☆  ★  ☆  ★


「……」

「……」

「…………」

「…………」

「………………」

「………………」

「……………………はぁ。……わかりました。夜までにはきちんとプリムを返して下さる事を絶対条件としてお呑みになるなら、遊びに連れ出しても構いません」

「……そうか。わかった、約束しよう。日が落ちる前にはきちんと自宅かここへ送り届ける。ありがとうフォルツ。すまないな」

「……いえ。では念の為、誓約書もお書きになって下さい。伯爵を疑う訳ではありませんが、口約束だけではなく、きちんと形にしておきたいので。ご理解のほどを」

「ああ、わかった。書こう。それで、そなたが安心できるのならば」


よ、良かった、無事に話は済んだみたいだ。

向かい合うようにソファに座っている二人を、夕食を取りながらも、ハラハラして見守っていた私とウッドさん夫婦は、穏便についた話し合いに、ホッと胸を撫で下ろした。

――お父さんが帰って来たのは、完全に日が落ちて、周囲が暗くなってからだった。

玄関で出迎え、抱きついた私の頭を優しく撫でてくれていたお父さんは、お祖父ちゃんに声をかけられ、その姿を視界に捉えると、表情を険しく歪ませた。

私を腕の中に閉じ込め、ウッドさんを睨むと、『何故伯爵がここにいるんだ』と低い声で尋ねた。

お祖父ちゃんが『私が強引に押しかけたのだ』と言ってウッドさんを庇い、深々と頭を下げてお母さんの一件を謝罪すると、ほんの僅かながらもお父さんの態度は軟化し、話し合いに応じた。

けれど、お祖父ちゃんが『プリムを遊びに連れ出す許可が欲しい』と告げると、お父さんの纏う空気は再び剣呑なものになり、しばらく延々と無言で睨み続ける事態になったのだけど。


「さぁさぁフォルツさん、お話が済んだのならこちらへ来て下さいな。お夕食はまだなのでしょう? 貴方の分もご用意しましたから、召し上がって行って下さい」

「あ、ああ……はい。すみませんククルさん。ご馳走になります」

「では、私はこれで失礼する。ウッド君、ククルさん、長々とお邪魔をして申し訳ない。フォルツ、許可をくれた事、感謝する。プリム、またな」


お父さんがククルさんに返事を返すと、お祖父ちゃんはソファから立ち上がり、リビングの扉へと向かった。


「あ、なら伯爵、玄関までお見送り致します」


そう言ってククルさんがお祖父ちゃんの後を追う。


「お祖父ちゃん、またね!」


私は少し迷ったけれど、見送りには行かず、椅子に座ったままそう声をかけた。

そしてお祖父ちゃんの姿が扉の向こうに消えると、椅子から降り、ソファから食卓の椅子へと移ったお父さんの膝に飛び乗った。


「おっと……! こらプリム、膝に乗ったら食べづらいじゃないか」

「うん。でも、食べられなくはないでしょ?」

「そ、それはそうだが……ああもう、仕方ないな。今日だけだぞ?」

「うん!」


困った顔をしながらもどこか嬉しそうなお父さんに笑顔で返事をして、その体に寄りかかった。

ウッドさんは微笑ましそうにそれを見つめていた。

そしてふいに表情を曇らせると、ぽつりと


「フォルツ、伯爵の事、すまない。譲歩した提案をされて、プリムちゃんから遠ざけられなかった」


と言って、謝った。

お父さんはちらりとウッドさんを見て、首を横に振る。


「いい。お前のせいじゃない。……プリムを孫として可愛がり、ちゃんと俺に返してくれるなら、もうそれで構わないさ」


次いで、溜め息と共に、吐き出すようにそう言った。

やがてお父さんの食事が終わると、私達は『お世話になりました』とウッドさん一家に揃って頭を下げて、久しぶりの我が家へと手を繋いで帰って行った。

こうして、私の初めての他家での居候生活は、ちょっとした波乱を起こして、幕を閉じたのだった。

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