千客万来
お待たせしました。
翌日、午後になると、フレイ君は『じゃあ、行ってくる』と言って私の頭をひと撫ですると庭園を後にした。
私は『いってらっしゃい』と手を振りながら、その後ろ姿が見えなくなるまで見送り、庭仕事を再開した。
するとすぐに、何故か王太子殿下の側近様の一人がやってきて、私に一礼すると、少し離れた場所にある木の下に立った。
何をしているのかな、と思って見ていても、側近様はただじっと立ち尽くしているだけで何かをする気配はない。
それを不思議に思いながらも、これ以上見ていても仕方がないなと判断した私は庭仕事に戻った。
★ ☆ ★ ☆ ★
「まあ……綺麗なお花ですわね。貴女が手入れをされていらっしゃるの? どのお花も鮮やかに咲き誇って……素晴らしいですわ。良い腕をお持ちですのね」
「えっ……。あ、あ~……はい……ありがとう、ございます……」
手入れに精を出している最中、背後からふいにかけられた声に驚いてぴくりと肩を揺らし、振り返る。
するとそこにはピンクの可愛らしいドレスを着た、愛らしい顔立ちをした少女が立っていて、微笑んでこちらを見つめていた。
その姿を見て、私はげんなりと眉を下げ溜め息を吐く。
こんなふうに声をかけられるのは、これで何度目だろう。
今日の午後から急に始まったこの事態は、まず庭の花ばなを褒める事から始まり、次に自分の名前を名乗り、また花ばなを褒め、そして私の事を褒め、最後に『フローラ様か王太子殿下とはお親しいのですか?』という問いが発せられる。
つまり、話しかけてくる人達の目的はフローラ様と王太子殿下なのだ。
今までは一度もこんな事はなかったのに、どうして今日になって突然? と首を傾げた私だったが、今までと今日とで違う点がある事に気づく。
フレイ君の存在の有無だ。
もしかしたら、今までもこうして私に声をかけようとした人達はいたものの、それを私が知らぬうちにフレイ君が追い払ってくれていたのかもしれない。
という事は、あと二日、同じ事が繰り返されるのかもしれない。
それは正直ちょっと面倒だけれど……まあ、いいかぁ。
そう結論づけて、私は小さくまた溜め息を吐いた。
「あら、どうされましたの?」
「あ、いえ……ちょっと、疲れてきまして」
「まあ、そうですの? あまり根を詰めるのも良くはありませんわよ? ……ところで……貴女、王太子殿下のリュクセル様とは、お親しいんですの?」
はい、やっぱりその台詞きました~。
この少女の目的は王太子殿下らしいですよ~。
少女がお決まりとなった台詞を口にしたところで、私は木陰に佇んでいる側近様へと視線を向ける。
すると、側近様が既に木陰から出て、こっちに歩いて来るのが見えた。
良かった、これで終わる。
「プリム殿、手が止まっておられます。すぐに仕事に戻って戴きたい。一人でもきちんといつも通りの作業を終えるようにとの、王太子殿下のご命令です」
「あ、はい。ごめんなさい。すぐに戻ります」
側近様はすぐ近くまで来ると、無表情に私を見下ろし、短くそう告げる。
私はそれにこれまた短く返事を返し、そそくさと隣の花壇に移動し、手入れを再開する。
数秒経ってからちらりと横目で元いた場所を窺えば、側近様に何かを言われた少女が顔を青ざめさせて、逃げるように足早に去って行くのが見えた。
そしてその姿が見えなくなると、側近様は私のほうへ向き直り、小さく頭を下げてから、木陰へと戻って行く。
不思議に思っていた側近様の行動は、どうやらこの為のものらしい。
声をかけられ、いちいち手を止めさせられるのは面倒だけれど、それもそう長くはかからないし、王太子殿下やフローラ様の為にもなるみたいだから、我慢するしかない。
側近様が止めに入るのは、必ず相手が自分の名前を名乗った後だから、私を利用してまで自分達に取り入ろうと企んでいる人達の名前を、この際しっかり把握して対処しようと、しているんだろうし。




