その関係は密やかに
「ふぅ。ダンス、緊張したけれど楽しかったですわね、プリム」
「え、あ、そ、そう、ですね……?」
「あら? ……プリムは、楽しくなかったんですの?」
「え、えっと……。……フレイ君と踊るのは、楽しかったんですけど……。王子殿下やクラウド君とは、緊張するばっかりで、楽しむ余裕なんて、なかったというか……」
「まあ。クラウド殿はとにかく、お兄様相手にそこまで緊張する事はありませんわよ、プリム?」
そう言って、フローラ様はクスクスと笑う。
……いや、フローラ様、ちょっと待って下さい。
「……フローラ様にとっては、そうかもしれませんけど……私にとっては王子殿下なんですから、緊張しないなんて無理ですよ、フローラ様」
「あら、それを言うなら、私だって王女よ? けれどプリムは普通にお話しているじゃありませんの」
「……それは……フローラ様は、お友達ですし。でも王子殿下とは、私、今まで挨拶くらいしかお話した事、ないですし」
「え? あら……? そうだったかしら?」
「そうですよ」
「まあ……。……でもそれなら、これからはお兄様ともお友達になればいいんですわ! プリムでしたらお兄様も、喜んでお友達になってくれますわよ?」
「えっ……。……えぇっと、な、なんだかちょっと、お腹空きましたね? 料理って、どんなのがあるんでしょう?」
ダンス後の談笑の最中、突然フローラ様から発せられたびっくり発言に言葉を詰まらせた私は、誤魔化すように料理が置かれている長テーブルのほうに視線を向けた。
「ああ、なら、プリムの好きそうなものを見繕って持ってくる。フローラ様も、何かお食べになりますか? 良ければ一緒にお持ちしますが」
「ええ、ではお願いしますわフレイさん。……けれどそうね、食事をするなら、ここでは時折貴族の方々がいらして落ち着かないから、静かなバルコニーで食べましょうか」
「あ、そうですね。そうしましょうか」
「わかった。じゃあ料理を取ったらそっちに向かう。先に行ってて、プリム」
「うん。じゃあ料理はお願いね、フレイ君」
「ああ」
「それじゃあ行きましょうか」
私はフローラ様と共にバルコニーへ出て、フレイ君が料理を持ってきてくれるのを待つ。
空を見上げると星が瞬いていて、時々、爽やかな風が頬を撫でていって、とても気持ちが良かった。
「ふぅ、風が気持ちいいですわね、プリム。私、少し疲れてしまっていたみたいですわ。プリムはどう?」
「そうですね、私も少し。ここは本当に静かですし、休憩には、ちょうど良かったでしょうか」
バルコニーに少し凭れるように立つフローラ様にそう返しつつ、私は見上げていた空から、下に広がる庭に視線を移した。
そのまま庭を眺めていると、ふいに、木陰に二つの人影を見つける。
その人影は手を取り合い、クルクルと回っていた。
その動きは、会場から聞こえる、ダンスの為の音楽にぴったりと合っていた。
「………………」
「ん……? プリム? どうしたの? ……あら? あそこにいらっしゃるのって……」
無言で一点を見つめ続ける私に気づいたフローラ様は、一瞬首を傾げたあと、私の視線を追って庭を見た。
そして、そこにいる人影を目に止める。
「……フローラ様。あの女性、どなたか知っていますか……?」
私は人影に視線を向けたまま、そう尋ねた。
フローラ様も人影を見たまま頬に手を当て、少しの間考える素振りを見せたけど、やがて私を見て、口を開いた。
「そう……確か、お抱え医師の一人だったはずだわ。だからもしかしたら、出張にも、幾度かご一緒してらしたんじゃないかしら……?」
「お抱え医師さん……? 出張に、一緒に……」
なら、それで親しくなっていった、って事なんだろうか。
こうして、仕事の合間に、まるで人目を避けるように木陰に隠れ、会場から漏れ聞こえる音楽に合わせて、こっそりと二人でダンスを踊るくらいに。
……私の知らない所で、いつの間にか、そんなふうに新しい関係が築かれていたなんて。
全然気がつかなかったけど、けど、それなら。
今度こそ、幸せに、なって欲しいから。
「フレイ君にも、協力を頼まないと……! まずはあの女性の事を調べなきゃ! お休みの日とか、行動パターンとか、とにかく色々! 調べなきゃ!」
私はそう呟きながら、気合いを入れるように、グッと拳を握る。
庭では、人影がーーお父さんと医師の女性が、飽きる事なく、いつまでもクルクルと楽しそうに回っていた。
たとえ短くとも、まるまる一月間を空ける事は避けようと、更新頑張りました。
ええ、短いですが。




