フローラの秘密 1
王様にお会いする、といえば、それはそれは広ーい部屋で、入り口から真っ赤な絨毯が真っ直ぐに伸びていて、左右には鎧を着込んだ騎士様達がまるで銅像のように身動きひとつせずずらりと並んで立っていて、奥にある大きな緋色の椅子に威厳や威圧を放って座り、隣には宰相様を従えた王様が、よく通る素敵な渋い声で『よくぞ来た、面を上げよ』と言って始まる謁見風景が思い浮かぶ。
昨夜、お城での仕事から帰ってきたお父さんに、『プリム、陛下がお前にお話があるそうなんだ。だから明日、お父さんと一緒に陛下にお会いしに行こうな』と言われた私は、何で王様が私にお話?とか疑問に思うより先に、あのファンタジー物語によくある王様との謁見風景がついにこの目で!とか思っていた。
隣にいたフレイ君に、『赤い絨毯だよ! 緋色の椅子だよ! 謁見の間だよ!』と興奮気味に言ったら微妙な顔で苦笑された。
何でだろう。
そうしてやって来た、お城。
通されたのは、思い描いた謁見の間ではなく、王様の執務室だった。
「あぅ……私の憧れのシチュエーションが……」
「……残念だったな」
「うん? どうしたプリム、フレイ?」
「ううん……何でもないの……」
「陛下は只今、謁見の間にて隣国のご使者様と謁見中ですので、こちらで少々お待ち下さい」
「ああ、ありがとう」
ここまで案内してくれた騎士様は扉の脇で一礼すると、部屋を出て行った。
「……王様が謁見の間にいるんなら、私もそっちでいいのにぃ……。むしろ、そっちが良かったのにぃぃ」
私はそう悲壮な声を上げて、項垂れた。
するとフレイ君が励ますかのように私の頭を優しく撫でてくれる。
「プ、プリム……? いや、あのな? 陛下はプリムに内密なお話があるそうなんだ。だから人のいないこちらでと仰ったんだよ。陛下の執務室なんて、滅多に入れないんだぞプリム?」
「……謁見の間だってそうだもん……」
「そうだな」
「う。いや……確かにそうだが……」
「すまない、待たせたな。フォルツ、プリム、少年、よくぞ来た。……む、どうした?」
項垂れる私と頭を撫でながら相槌を打つフレイ君、そして戸惑うお父さんが話していると、扉が開き、王様が現れた。
そして王様は私達の様子を見ると、不思議そうに首を傾げる。
「い、いえ。陛下におかれましては、本日もご機嫌麗しく」
「ああ、良い。堅苦しい挨拶は抜きとしよう。三人共、座るが良い。早速だが、本題に入ろう」
「は、はっ。さぁ、プリム、フレイ」
「あ……っ、うん!」
「はい」
王様が部屋を横切り、ソファに向かうと、お父さんは床に膝をついて頭を下げ、挨拶の言葉を口にしようとする。
王様は片手を上げてそれを制した。
うわぁ、『よくぞ来た』から始まるよくある一連の流れだぁ!
私は思い描いていた光景のひと欠片が見れた事に少しだけ気分を上昇させながら、お父さんに促されてソファに腰をおろした。
フレイ君もそれに続く。
「さて、プリム。そなたに話というのは、他でもない。フローラの事だ」
「あ、はい」
王様からフローラ様の名前が出て、私は即座に頷いた。
王様が私に話となれば、まず間違いなくフローラ様関連の事だろうなと、ここに来るまでに結論づけてある。
ただ、内容に関してはさっぱり見当もつかない。
まさか今更、フローラ様は姫君なのだから平民の娘との交流は良くない、とかは言わないだろうし。
「……これは、城の中でも、極々一部の者だけしか知らない秘め事なのだが。実はな、フローラには、生まれつき不思議な力がある。これは魔法とは違う力でな。フローラは、人の心が読めるのだ。フローラの意思とはまるで関係なく、側にいるだけで、フローラは人の考えている事がわかってしまうのだよ」
「えっ……?」
「意図せずして流れ込むその感情に、フローラは時に傷つき、時に恐怖し……人が大勢集う場所では、感じるその膨大な量に耐えきれず、倒れてしまう事さえあった。それ故にフローラは、滅多に部屋から出ない、暗い子であったのだ。プリム、そなたに出会うまではな」
「えっ、あの、でも、初めて会った時、フローラ様は庭園に」
「うむ。あれはフローラが自棄になった上での行動であった。私達夫婦やフローラの兄は、どうにかしてフローラを部屋の外へと思いあれこれ試していたのだが、効果がなくてな。その事でしびれをきらした兄が、フローラをつい叱ってしまったのだ。それでフローラは自棄を起こし、反抗心から兄の大切な時計を盗んで、庭に出た、というわけだな」
「あ……」
あれは、そういう経緯での事だったんだ。
そういえばフローラ様は、どうして王子様の時計を持ち出したのかは言わなかったっけ。
あれ、だけど……。
「あの、フローラ様、その後も頻繁に庭園に出てきてましたけど……? 今も変わらず遊びに来られてますし」
私の知るフローラ様は、部屋に籠る暗い子とは、程遠い。
いつも明るく元気な、可愛らしい方だ。
王様が話すフローラ様とは、ほど遠い。
「うむ。そなたに会ったから、フローラは外へと出るようになった。主に、そなたに会いにだがな」
「私に?」
何で、私に会ったからって、外に出るようになったっていうんだろう?
人の心を読んじゃって辛いのは、変わらないはずだよね?
「ふむ、やはり自覚はないのだな。プリム、どうやらそなたにも、不思議な力があるようだぞ。フローラは、そなたの心は読めぬらしい。いや、詳しく読めぬ、というべきか。フローラ曰く、そなたの喜怒哀楽は感じ取れる。だが、何を考えているかまではわからない、らしい。そしてこれはそなたに限らず、そなたが側にいる時だけ、他の者の考えもわからぬらしいのだ」
「へ?」
「へ、陛下? それはつまり……プリムが、フローラ様のお力を阻んでいると……?」
「そのようだ。故にフローラは、プリムの側にいると安らげるらしい。プリム。そなたという存在に出会えたおかげで、フローラは救われた。救いを得て、フローラは見違えるように明るくなった。私も妻も王子も、そなたにとても感謝している。ありがとう、と、いつか伝えようと思っていた」
「えっ……い、いえ、そんな……」
お礼なんて、言われても……。
私、何かした覚えないし。
ていうか、そんな事ができるなんて、知らなかったし。
フローラ様が無意識に人の心が読めるように、私も無意識にフローラ様の力を和らげてた、って事、だよね、これ。
私の……不思議な力、かぁ。
私は両手を胸の前まで持ち上げて、じっと見つめた。
それはいつもと変わりなくて、王様から告げたような力があるなんて、まるで実感が湧かない。
「……さて……プリムよ。ここからが、本当の本題なのだが。……そなたに、今度王家が主催する舞踏会に出席して欲しいのだ」
「………………はぇ?」
次いで、改まった様子で王様から告げられた言葉に、私は再び顔を上げると、間抜けな声を出した。
ぽかんと口を開けて、王様を見てしまったのも、無理はないと思う。
だって、私は平民なのだ。
舞踏会なんて無縁の世界だし、ダンスだって勿論踊れない。
なのに、出席して欲しいなんて言われても。
「えっと、無理だと、思います……」
私は呆然としたまま、ぽつりと返事を返した。
途端、王様は溜め息を吐く。
「……そう言われる事はわかっていた。だが、私は引き下がるわけにはいかんのだ。プリム、作法やダンスについては、これから当日まで、フローラと一緒に師について学ぶ事を許す故、心配はいらぬ。舞踏会はまだしばらく先だ、まだまだ時間はある」
「えっ、いえ、でも、あの」
「プリム、頼む。フローラは姫だ。そろそろ社交界に出さねばならん。だが、大勢の人々に囲まれれば、あれはまた倒れてしまう。それは避けたい。故に、そなたも出席して、フローラの側にいてやって欲しいのだ。そなたが側にいれば、フローラの力は抑制されるのだから」
「あ……!」
そっか、そういう事か!
私に舞踏会に出ろなんて、何を考えてるのかと思ったけど、それなら納得だ。
要するに私は、フローラ様に心の声が聞こえないよう、側で耳栓の役をしてればいいんだ!
なら別に、ダンスを踊る必要もないよね。
王家主催の舞踏会なら、高級食材を使った、見たこともない美味しいご飯も食べれるだろうし、うん、問題ない!
「わかりました、そういう事なら、出席します!」
不肖プリム、大切な友達であるフローラ様の為に、全力で耳栓させていただきます!




