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灰色商館、八階 3

どうしよう、困った、どうしたらいい?

もう後がないんだし、やっぱりここは、土下座をしてでもお願いするべきかな?

あ、でもこの世界に土下座ってあるんだっけ?

してる人、見たことないなぁ。

だとしたらやっても通じないかな?

あああ、どうしよう?


「プリムちゃん、伯爵、いらっしゃったわよ」

「プリム、待たせたな。では行こうか」

「えっ、あっ! お祖父ちゃん!」


ククルさんの後に続いて、リビングにお祖父ちゃんが入って来る。

その姿を見て、私は慌てた。

しまった、悩んでたらお祖父ちゃん来ちゃった!

もうそんな時間になってたなんて……!


「これで商館に戻れるわね! さ、行きましょ!」

「……」


そう言うと少女は少年の手を引き、共に玄関へ向かって歩き出した。


「あっ……!」

「さぁプリム、我々も行こうか」

「お、お祖父ちゃん! どうしよう、私、まだあの子に護衛になるって言ってもらえてないの! どうしたらいい? 行くまえに頭をさげてお願いしたらひきうけてくれるかな?」

「む?」


私はお祖父ちゃんの服の裾を引っ張って、早口にそう告げた。

今日は、お試し期間最終日。

これから灰色商館へ少年と少女を送り届けなければならず、少年から確定的な言葉を何も貰っていない私は、焦りに焦っていた。


「ああ……そうか。そういえばプリムは知らなかったな。決定は、客と候補の子供と商人の、三者が揃った場で話す決まりなのだ。故に、まだ何も言われてなくて当然なのだよ、プリム」

「えっ……そ、そうなの? うぅ、じゃあ、あの商人さんの所に戻る最後の最後まで結果がわからないんだ……」

「はは、焦れったいか? ……そうだな、私も昔そうだった。懐かしいものだな」

「え? 懐かしいって……お、お祖父ちゃんも、昔誰かにお試しをされたの?」

「うむ。私の場合は、護衛ではなく執事だったが。彼は時が経った今も、私に仕えてくれていてな。重用しておる」

「へぇ……!」


お祖父ちゃんは目を細め、どこか嬉しそうな表情を浮かべて語った。

きっと、いい執事さんなんだね。


「ちょっとぉ! 何してるのよ? 早く来なさいよ~!」

「あっ!」

「おっと、待たせてしまったな。行くとしよう」

「うん! ククルさん、行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃい。いい結果になるように祈っているわ」


少女の催促の声に、私とお祖父ちゃんは話をやめて玄関に向かい、外にある馬車に乗り込む。

そして、ククルさんに見送られながら、灰色商館へと向かった。

いい結果に、かぁ。

うん、私もそうなって欲しいです、ククルさん。


★  ☆  ★  ☆  ★


「いらっしゃいませ、お客様。二人はお帰り。お試し、お疲れ様」

「ただいまお師匠さん!」

「ただいま」

「え、"お師匠さん"?」


商人さん、じゃなくて?

部屋に入って、少女が元気よく商人さんに告げた挨拶の言葉に、私は首を傾げた。

すると商人さんは私を見て柔らかく微笑み、口を開いた。


「子供達に教育を施すに当たって、私の事はそう呼ぶようにと言っているのですよ。子供達に何と呼ばせるかは、商人によって違うようですが」

「あ……そうなんですか」


そういえば、脳筋マッチョな商人さんの所の男の子は、あの商人さんを"マッチョ"と呼んでいたっけ……。

……それでいいのかな、あの商人さん……。


「さて、それでは早速ですが本題に入りましょう。お客様、この子達は如何でしたでしょうか? この子達と、契約を望まれますか?」

「あっ、はい! 私、その男の子に、護衛になってほしいです!」

「おや、彼に、ですか。……承知しました。金色(こんじき)、お客様はこう仰っているが、君はどうかな? このレディをご主人様にする気はあるかい?」


私が望みを伝えると、商人さんは頷き、少年に向き直ってそう尋ねた。

……こんじき?

それが、この子の名前…………な、わけはないよね?

そう思って首を傾げると、肩にお祖父ちゃんの手が置かれた。

視線を向けると、お祖父ちゃんは小声で囁くように話し出した。


「仮の名だよ、プリム。商館の子供達は商人に売られると主人が決まるまで仮の名で呼ばれる。契約時に本名を主人に告げる事で、契約の証しとされるのだ。あの子の仮の名は、どうやら髪の色から取られたようだな」

「髪の色……そっか」


あの子、綺麗な金髪だもんね。

瞳も紫で……まだ子供だから、格好いい、よりは、可愛いって感じの容姿だけど……成長したら間違いなく、格好いい、になるんだろうなぁ。

そんな事を考えながら少年を見つめていると、段々その姿が近づいて来た。


「ん?」


少年は私のすぐ前まで来ると、立ち止まった。

その目はまっすぐに私を見ている。


「俺の名は、フレイ・ルードです。よろしくお願いします、ご主人様」

「えっ……!!」


い、今この子、名前……!!

ご、ご主人様って、言った~~~!?

き、聞き間違いじゃないよね!?

空耳でもないよねっ!?


「そう、レディの元へ行くんだね。わかった。ではお客様、この子の代金のお支払いをお願い致します契約書も発行しますので、どうぞお座り下さい」

「!」

「うむ、承知した」


だ、代金の支払い……!!

契約書!!

てことは、やっぱり私、この子を護衛にできるんだ!!

や、やった……!!

続けて聞こえた商人さんの言葉の内容に、私は少年の言葉が聞き間違いでも空耳でもないという事を確信して、喜びが胸に広がった。


「待って! お師匠さん! 私もその子の護衛になります!」

「おや……君もかい? 深紅」

「!」


お祖父ちゃんと商人さんがソファに座ると、案の定、少女が声を上げた。

契約書らしき紙をテーブルの上に広げていた商人さんが、視線を少女のほうに向ける。

うっ、や、やっぱりそうきたかぁ……。

いや、そうなるかもとは思ってたけどね。

けど、彼女を護衛にするのは遠慮したい……。

よ、よし、考えておいたお断りの理由を言ってなんとか諦めて貰おう!


「あ」

「何で? お試し中の深紅の態度、とてもこの人を主人になんて考えてるようなものじゃなかったと思うけど」

「え」


私が断りをしようと口を開くと、けれどそれよりも一瞬早く、少年ーーフレイ君が、少女にそう問いかけていた。


「な、そ、そんな事ないわ……! わ、私は、そう、あえてそういう態度取っていただけよ! お、お師匠さん! 私の分の契約書も用意して下さい!」

「深紅、それは少し気が早いよ。まずはお客様にお聞きしなければならないだろう? 君達には主人を選ぶ権利があるけれど、それはお客様に望まれるという前提があっての事だ。望んでいない者と一方的に契約させられたら、お客様は困惑なさって扱いに困る。そうだろう?」

「わ、私を望まない人なんているわけないです! だから契約を」

「いいや。それは思い上がりというものだよ、深紅」


フレイ君に指摘された少女は、僅かに動揺しながら、商人さんに言い募る。

商人さんはそれを穏やかに諭しながら、言葉を重ねた。

よ、良かった……この流れなら、問題なく断れそう。


「お客様、お聞きの通り深紅も護衛になる事を望んでおりますが、如何でしょうか? 深紅ともご契約なさいますか?」

「ふむ……どうする、プリム? プリムが決めて良いぞ」

「あ、あの、私は、一人だけでいい……! お祖父ちゃんに二人分もお金出してもらうのも悪いし、うちだって、二人分もかかる生活費が増えるのは、まだきびしいかもしれないし……!」

「なっ! 貴女、私の申し出を断るって言うの!? この私が仕えてあげるって言っているのよ!?」

「えっ……!」


お祖父ちゃんから判断を任された私は、今度こそ考えていたお断りの理由を口にした。

けれど私の言葉を聞いた少女は、声を荒げてつかつかと私に詰め寄って来た。

反射的に一、二歩後ずさると、スッと、私と少女の間に人影が割り込んだ。

その後ろ姿は、フレイ君のものだった。


「深紅。俺のご主人様になる人に、何をするつもり?」

「なっ……! 何もしないわ!! ただお願いをっ」

「深紅、諦めなさい」


フレイ君が少女を見据えてそう言い放つと、少女は立ち止まり、狼狽えたように声を上げる。

そしてその声を、商人さんが遮った。


「先ほどのレディの言葉から察するに、断られたのは、金色の言う通り、お試し中の君の態度に問題があったのだと思うよ。君は、今のような態度を取っていたのだろう? だから断られた。レディを主人にと思ったのなら、真摯に接するべきだったね。そうすれば、多少無理をしてでも、きっとレディは君の事も買ってくれたはずだ」

「な……! だ、だってお師匠さん! 立場は私達のほうが上でしょう!? なのにっ」

「深紅? 立場はどうでも、所詮は人と人との付き合いなんだよ。君は、たとえ相手が望もうとも、付き合いづらい人と、大金を支払ってまで付き合おうと思うかい?」

「……え……」

「さあ、話は終わりだ。お客様、こちらが契約書です」


商人さんがそう言うと、契約書が光を放ち、小さな光の玉となって、私とフレイ君の左腕に向かって飛んできた。

そして光が消えると、そこには金色の腕輪が嵌まっていた。

け、契約書が腕輪になった……どういう仕組みなんだろう?

私は腕を持ち上げてまじまじと腕輪を眺める。


「はい、代金は確かに。では金色をお連れ下さい」

「え?」


ふいに聞こえた商人さんの声に視線を向けると、テーブルの上に大量の金貨が積まれていた。

どうやら私が腕輪に気をとられていた僅かな間に支払いは済んだらしい。


「ではプリム、フレイ君。帰るとしよう」

「あ、はい、お祖父ちゃん」

「はい」

「商品のお買い上げ、ありがとうございました。金色、幸せになりなさい」


私達が部屋の扉へ向かうと、商人さんがそう言って深々と頭を下げる。

その横には少女がいて、こちらに駆け寄ろうとしているのを、商人さんに腕を掴まれて止められていた。

口をぱくぱくさせているのに声が出ていないのは……商人さんが何かしているのだろうか。

ちょっと可哀想な気がするけど……今までの態度を考えれば、やっぱり彼女まで買うわけにはいかないしなぁ。

私は少し罪悪感を感じながらも、そのまま灰色商館を後にした。

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