灰色商館、八階 1
八階へ昇り、扉の前に立つ。
私は手をノブへ伸ばして……けれど、触れるのを躊躇った。
「プリム?」
お祖父ちゃんが不思議そうに私を覗き込み、声をかけてくる。
「……ねぇ、お祖父ちゃん。今度は……大丈夫かな?」
「プリム……。……大丈夫だ。きっと、大丈夫だ」
私が扉を見つめたまま、ぽつりとそう呟くと、お祖父ちゃんは優しい声でそう返してくれた。
「……うん。……じゃあ、開けるね」
その言葉に勇気を貰い、私はしっかりノブを掴んだ。
そして扉を開けると、カラン、と音がした。
見上げれば、内側に小さな鐘がついている。
「いらっしゃいませ。ようこそ、私の店へ」
「!」
聞こえた声に室内へ視線を向けると、中央にあるソファの横に立った男性が深々と頭を下げていた。
……この人が、この部屋を使っている商人さんだろうか。
見た目は、普通だけど……今回はどんな個性を持った商人さんなんだろう?
そんな事を思ってまじまじと見つめていると、商人さんと目が合った。
「初めまして、小さなレディ。こちらのソファへどうぞ」
「あっ、は、はい」
商人さんはふわりと笑い、手を広げてソファを示した。
私は頷くと、お祖父ちゃんと共にソファに腰かける。
すると、前にあるテーブルの上に、二つのカップが置かれた。
「紅茶ですが、よろしければどうぞ。……本日は、どのような商品をお求めでございましょうか?」
「孫の護衛を探している」
「護衛を。お孫様は、こちらのレディでございますね?」
「そうだ」
「ふむ…………可愛らしいお孫様でございますね」
お祖父ちゃんと言葉を交わすと、商人さんは何故か数秒じっと私を見て、そんな事を口にした。
次いで、お祖父ちゃんに視線を戻す。
「では、商品をお見せする前に、お客様について、いくつか質問をさせて戴いてもよろしいでしょうか?」
「うむ、構わん」
「ありがとうございます。ではまず、お客様のお名前とご身分、またはご職業をお聞かせ戴けますか?」
「クロウ・シュヴァルツ。伯爵家当主を務めて」
「あっ! あの、私、プリム・テイエリーです! 平民出身の騎士の娘で、時々お城で庭師のお手伝いをしています!」
「む……。……という事だ、商人」
今日もお祖父ちゃんの言葉を遮って告げると、お祖父ちゃんはそう言って短くため息を吐いた。
う……ご、ごめんなさい、お祖父ちゃん。
でも、私自身は平民だから……ちゃんとそう言っておいたほうがいいと思うんだ。
「左様でございますか。伯爵様のお孫様で、騎士様のお子、そして城仕えの庭師の、お手伝い……。……なるほど。では次に、商品について何かご希望はございますか? 容姿、性格、能力など、何かありますなら、出来るだけそれに添う商品をご紹介させて戴きますが」
「希望か……。孫を守れるならばそれで良いが。できれば肉体的だけではなく、精神的にもな」
「あっ、あの、あと、平民が主人でもよくて、長時間外にいても嫌じゃなくて、外でもできるしゅみとか持ってて、食べ物の好き嫌いがあんまりない人を、おねがいします!」
「……伯爵様のご希望はともかく……お孫様のそれは……もしや、失敗に基づくものでしょうか? だとしたら、随分ご苦労なさったのですね。目が赤いのも、そのせいでしょうか。お痛わしい……」
「う……」
私の希望を聞いた商人さんは、僅かに眉を下げてそう言うと、憐れみを込めた目で私を見た。
い、いたたまれない。
ていうか、まだ目、赤いのか。
泣き止んでから、わりと時間経ったんだけどなぁ。
「……けれど、ご希望はわかりました。では、商品を連れて参りますので、紅茶をお飲みになりながら暫しお待ち下さいませ。一度、失礼致します」
そう言うと商人さんは立ち上がり、優雅に一礼してから、奥の扉に消えた。
……う~ん……なんか、普通だ。
というか、丁寧で、紳士的?
イロモノでない商人さん、いたんだ……。
私は何故かその事に小さな感動を覚えながら、紅茶を口に含んだ。
あっ、美味しい!
「お祖父ちゃん、この紅茶、おいしいよ!」
「うむ、悪くない味だな」
カップを口に運んだお祖父ちゃんも、満足そうに頷いている。
カップの中の紅茶を飲み終わると、私は近くにあったティーポットから紅茶をカップに注ぎ、おかわりした。
それをゆっくり味わって飲んで、もう一度おかわりした頃、商人さんは二人の少年少女を連れて、戻ってきた。
「お待たせ致しました。こちらの二人がご希望に添う商品になります。二人ともお試しに行くと申しておりますので、お連れ下さいませ。どちらか、あるいは両方に、無事に主人と認められる事を、お祈り致しております」
「は、はい! ……あのっ、よろしくお願いします!」
「……うん、よろしく」
「ふん、よろしくしてあげるわ! 一応ね!」
軽く頭を下げた私に、少年は無表情に、少女は腕を組んで言葉を返した。
……う~ん……なんだか今回も、不安だなぁ……。




