灰色商館、五階・六階
二階の扉の前で男の子と別れ、私達は五階へ上がった。
五階にもなると、階段で上がるのはちょっと辛くなってくる。
そろそろエレベーターが欲しい。
残念ながら、そんなものはこの世界にはなさそうだけど。
「……………」
「うふふふ、今日もバッチリきまっていて、美しいわぁ」
「……………」
「今日も綺麗よ。ア・タ・シ」
「…………お、お祖父ちゃん。商人さん、私たちに気づいてないみたいだけど、どうしよう?」
私としては全力で回れ右して次に行きたいんだけど。
私は隣に立つお祖父ちゃんをひきつった顔で見上げ、そんな思いを滲ませた声を出した。
五階の、この部屋には、壁一面が鏡張りになっていて、中には商人らしき女性が露出度の高い服を着て、壁、いや、鏡の前で様々なポーズを取りながらうっとりとした表情を浮かべていた。
部屋に入ってきた私達に一向に気づく様子もなく、だ。
もはや考えるまでもない。
この商人さんは自分大好きなナルシストだ。
「……お取り込み中申し訳ないが、そろそろ気づいて戴けないだろうか?」
えっ、声かけちゃった!
お祖父ちゃん声かけちゃったよ!
回れ右しないの!?
「はいはーい、気づいてますよ~? でももう少しお待ち下さいな~。……うふふ、本当にアタシって綺麗だわぁ」
えっ、気づいてる!?
今気づいてるって言った、この人!?
気づいてて放置してたの!?
しかもまだ放置する気なの!?
……ナルシスト恐るべし……!!
「…………仕方ない、プリム。ソファに座って待たせて貰おう」
「えっ、あ、は、はい」
ま、待つんだ……。
お祖父ちゃんに促され、私はソファに腰かけた。
そして、待つこと10分。
「はぁ~い、お待たせしました~。ようこそ、美しい私の店へ。本日は、どのような人材をお探し?」
そう言いながら、ようやく商人さんはこちらを向き、ソファに腰かけた。
「……孫の護衛を探している」
「護衛ですね。お孫様は、こちらの? 可愛らしい方ですわね、私には劣りますけれど。ふふ。それでは、護衛に適した私の商品を連れて参りますわ。少々お待ち下さいな」
そう言って立ち上がった商人さんは、優雅に奥の扉に向かい、その向こうに消えた。
そして、一人の少女を連れて戻って来た。
「お待たせしました。美しい私の商品で護衛用は、この子だけですわ。美しい私は野蛮な事は好みませんもので」
「そ、そうか」
「あ、あのっ、私、プリムっていいます! 平民です! でも危険にまきこまれるかのうせいがあるから、万一の為のたいさくとして護衛がほしいんです! ただ、その……あくまでも万一の為だから、その、な、何も起こらないときの、退屈しのぎに、屋外でもできるシュミをもってる人が、いいかと思うんです」
あの男の子が去って行ったのは、条件の事もあるけど、やる事なくて退屈だったっていうのも、あるんだろうし。
だからまた失敗を繰り返さない為には、事前にそういう人がいいと思うって事を、言っておかないと。
そう思って言った言葉だったけど、聞いた途端、少女はぴくりと眉を動かした。
「ちょっと待って。屋外でもできるシュミをって事は、貴女、屋外にいる事が多いの?」
「え? はい。私、庭師のお手伝いをしているので」
「庭師? じゃあ多いどころか、毎日外に居続けるって事じゃない! 嫌よそんな人の護衛なんて! 私の白くて綺麗な肌が日焼けして黒くなっちゃうじゃない! 冗談じゃないわ、お断りよ!」
「えっ……」
「話は終わりよ、帰って!」
少女はそう言い放つと、くるりと踵を返し、奥の扉の向こうへ消えてしまった。
「あらあら。残念ですが、ご希望には添えないようですわ。日焼けは確かに恐ろしいですもの……仕方ありませんわね。申し訳ありませんが、お引き取り下さいな」
「………………」
「……仕方ない。プリム、次へ行こう」
「……はい……」
お祖父ちゃんに促され、私は部屋を後にした。
★ ☆ ★ ☆ ★
そして次に入った、六階の部屋。
商人さんはやたらキラキラしている。
とは言っても、容姿が、ではない。
大量に身につけた、宝石がついたアクセサリー類がキラキラしているのだ。
「ようこそお客様、私の店へ。ええと、初めてのお客様ですわね? 失礼ですが、ご身分をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「身分? まあ、構わないが。私は」
「あっ! 平民! 平民です! 私、平民です!」
「! ……プリム」
恐らく伯爵だと言おうとしただろうお祖父ちゃんの言葉を遮って、私は慌ててそう告げた。
「平民……そうですか。では、誠に申し訳ありませんが、お引き取り下さいませ」
「えっ?」
すると商人さんは平民と呟くと、笑みをどこか冷たいものに変化させ、そう口にした。
意味がわからず、私は首を傾げる。
「私の店は、貴族専門なのです。貴族の方のみと、お取り引きをさせて戴いているのですわ。ですから……平民のお客様はお呼びじゃありませんの。どうぞ、お引き取りを」
「え……貴族、専門……?」
「そうか、わかった。ならば仕方がないな。プリム、行こう」
「お祖父ちゃん……は、はい」
お祖父ちゃんに促され、私は部屋を後にした。
「……ねぇ、お祖父ちゃん? 貴族専門のお店なのなら、どうしてあのエントランスの受け付けの人は、この階も勧めたのかな?」
「ん? ……ああ……それは恐らく、私を貴族だと見たからだろう」
「あ。そっか、お祖父ちゃんか……納得」
「まあ、まだ次も、その次もある。大丈夫だ、プリム」
「う、うん……」
お祖父ちゃんに慰めるように頭をひと撫でされて、私は次の階へと、昇って行った。
……それにしても、なんというか……ここにいる商人さんて、本当に個性豊かだよね。
次の階はどんな商人さんが待っているのか、なんだか少し楽しみになってきたよ。
今回のは、毎回運よくお試し期間にまで入るわけもないな~という考えからの門前払い回です。
決して巻いたわけではありません。




