劇団ふたり
その日の僕は僕にしては珍しく機転が利いていた。
「魔王との戦いで全部使い切っちゃったんだ」
「魔王!」
彼女は目を輝かせた。
「そうそう」
「魔王についての記憶はあるのですね!」
「え、あ、うん。奴との戦いは熾烈を極めたよ」
たとえ彼女がコスプレイヤーでいきなり人の手を掴んで呪文唱えちゃったりする変な奴でも、付き合ってやるのが大人の余裕ってやつだ。
「はい…。あの戦いは壮絶でした。さすがの勇者様でも魔王相手ともなると…あ、いえ! 決して勇者様のお力が足りないとかそういうわけでは!」
「はは。気にしてないよ」
「申し訳ありません」
可愛い。
「それでは、ご自身が今、魔王の手により葬られたことは覚えてますか」
「え?」
「俺、葬られてるの?」
「はい、魔王は私達の予想以上に強く、勇者様は私達をかばって…本当になんと申し上げたらいいか…」
「……」
やけにシリアスな設定に開いた口が塞がらない。でも俺生きてるよ?
スン、と鼻をすすって彼女が言った。
「私達はなんとか魔王城から脱出することが出来ました。今、こうして私達の命があるのも勇者様のおかげです。そしてこの場所でまた勇者様に会えた。神に感謝します。エイメン」
「……」
もう何も言わないほうがいいと思った。流れに身を任せ全部彼女に委ねればいずれこの劇は終わる。エイメンはおかしいだろと思ったが言わなかった。
「私、勇者様を連れ戻しに来たんです。それでこの場所に辿り着いたのですが…おそらく魔王の邪悪な魔力がこの空間を作ったのでしょう…なんとしてでもこの冥府から脱出しなければ…」
「そうだね」
「もー! 勇者様、さっきからどうしたのですか!? なんだかとっても変です!」
そんなこと言われてもなあ…。
「やはり魔王の邪気が…」
「ごめん。ちょっと整理させて。僕は魔王に殺された勇者で、君は僕を連れ戻しに来た。つまりここはあの世ってこと? 連れ戻すって僕を生き返らせるってこと? …てことは僕死んでるの!?」
「魔王目…勇者様が亡くなられた後でもこれだけの混乱を…」
「…さすがに設定凝り過ぎじゃないかな…」
「!!!!」「設定じゃありません!!!! 事実です! 勇者様は勇者様で! 魔王に殺されて…」
「だったら君はなんなの…いや…見ればわかるんだけど…」
「私のことは覚えておられないのですね」
「ごめん」
「いえ、いいんです! このくらいじゃ私めげませんから!」
「私、勇者様にお供させて頂いております。僧侶のセラと申します。戦闘では主に後方支援を担当しておりまして、傷ついた仲間を回復させたり生き返させたりしています。得意な呪文はベホイミで、最近ザオリクが使えるようになりました。回復役はパーティには欠かせない存在で…」
「あ、もういいよ」と彼女を止めた。よくしゃべるなあ…。これはなんの面接だ?
「私、勇者様を生き返らせたくて覚えたてのザオリクを使ったんです。ザオリク。わかりますか? 亡き者を百発百中で生き返らせる呪文です。呪文を唱えたらフッと意識が飛んで…目が覚めたらこの場所で…こんなこと初めてだから…私…」
彼女は泣きそうな顔をしていた。なんだか申し訳ない気持ちになってきた僕は
「じゃ、じゃあ! 僕、生き返るよ!」と言って、その後多少の後悔が襲ってきた。
なんか今、すごいおかしなことを言った気がする。
「そう…ですね…こんな得体の知れないところ早く抜け出しましょう!」
得体の知れないって…僕ここで10年以上過ごしてるんだけどなあ…。
「でもいったいどうしたらいいのでしょうか。今はまだMPが回復していませんから…聖水があれば良かったのですが…」
「宿屋で休んだらMP回復するんじゃない?」
「宿屋…この近くにあるでしょうか…」
「なんならうちに泊まっていけば?」
冗談のつもりだった。
「よろしいのですか?」
「あ、うん。別にいいけど…」
本当にいいの?
「…冥府とはいえ勇者様のご自宅に泊めていただけるなんて…私この御恩は一生忘れません」
そんな…感謝されても…。
「は、ほんとにうちに泊まるの…? 今うち両親いないよ…?」
体と心が離ればなれになる感覚だった。だってほんの冗談のつもりだったんだから。
「だ、駄目でしょうか…」
でももう後戻りはできなかった。
「…あ! いや! 全然! 全然もう! 大歓迎! はは!」
こんな状況、笑うしかない。
「…今宵はよろしくおねがいしますね」
と彼女は微笑んで、そして彼女が今晩うちに泊まることが決定した。
よっしゃあああああああああああ!!!!!!!!!!!