おいしかったけど
まさかの翌日更新。
僕は僕だ。今更過去を振り返ることはない。僕はずっと僕だったのだから。
スプーンのカチャリという音で僕はようやく気を取り直して
「ごめんなさい。よく意味がわかりません」
と言うことができた。
僕の返事に彼女は落胆した様子で静かに座った。
「しかし勇者様。先ほど懐かしいと…」
「そんなこと言ったっけ?」
「おっしゃられましたよ。はっきりとこの耳で聞きました」
「ああ、確かに言ってたような…口に出ていたのか…」
「しかし、思い出されてはおられないのですね」
「ごめん…」
それからしばらくの沈黙があって気まずさをむしろ紛らわせるために僕は食事を続けた。彼女はそういえばまだ一口も手を付けていないんじゃないかな。
シチューの器を空にして食パンを全部食べきった後も彼女はしゅんとしていた。
「あの…」
彼女が顔を上げる。せつなそうに。ただ、何を言えばよいのやら。ほのかに漂うシチューの香り。
「冷めちゃいますよ?」
いやたぶんもう冷めているのだけど。それでもなにも言えないよりはましだろう。
彼女はほぼ冷め切ったシチューに視線を移した。じっと見つめる。目を閉じ祈るポーズをした。ぶつぶつと何かを言って「頑張らなきゃ…」と小さく聞こえたかと思うとカッと目を開け音を立ててスプーンやらを拾い上げた。
そしてガツガツ食う! そりゃもうガツガツと! シチューこぼしまくり! パンくずこぼしまくり! 野生的なのはシチューじゃない! 野生的なのはこの子の方だ! この子が作るから!
女の子があんなにガツガツとものを食べるのは初めて見た。なんか正直汚かったけど、なんか可愛い! 矛盾してるけどドキドキする。僕には女兄弟もいないし女友達もいないから女の子のことはあんまり知らないけれど、こういう子もいるんだ! なんかすごい世界だ地球って。人類すげー。
ってなことを思ってる内に彼女はあっという間にそれらをたいらげた。
机の上にはパンくずやシチューが散らばっていた。
彼女は立ち上がってそれらを丁寧に掃除した。一応綺麗にはするんだ…。僕がその姿にあっけにとられていると掃除を終えた彼女がこう言った。
「さあ勇者様どうかお手を…」
「お手?」
「はい、どうか」
なんだかよくわからないが僕は彼女の差し出した手のひらに自分の手をおいた。
また犬みたいだ。
「リレミト!」
リレミトだって…? ドラ◯エのあれだろ? ダンジョンから脱出する有名な…。彼女の顔は真剣だった。真剣な顔でリレミトだって…? それもわざわざ僕の手を掴んで…? なんか急に恥ずかしくなってきたぞ…。
「あ、あの…」僕はこの空気をなんとかしようととりあえずあのっとだけ言ってみたが後の言葉が続かない。面白い冗談ですね! といってしまっていいわけがない。ドラ◯エですか! と言ってしまうはどうだろう。あ、これはちょっといいかもしれない。共通項だ。彼女が僕と同じドラ◯エ好きだとわかったらこれからの話題が出来上がるし…この気まずさから抜け出せる。よし!
「ドラ…」
「やっぱり駄目みたいですね…」
さえぎられた。このこ役者だ。演技にこれだけ集中できるだなんて…。
「食事をすれば…MPも回復するかと思ったのですが…まだ十分回復して内容です…」
「MP」
「そういえば勇者様。先程から疑問だったのですが、MPをどうなされたのですか。今の勇者様からはあの底なしと言われたMPをまったく感じません」
「底なし」
「MPタンクとも呼ばれておりました」
「MPタンク」
「勇者様?」
「ああ、ごめん。なんかぼうっとしてた」
「もー勇者様ったら」
「ははは」
「それでMPをなにに使ったのですか?」
「…」
さすがに頭が痛くなってきた。